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教師生活がはじまった(後編)

「日本からプロの作家先生に来ていただけるなんて光栄の至りですわ! たくさん教えてくださいませ! 立派な小説家になれるよう精進いたしますわ!」


 出たな、プロの人間に過剰にあこがれる奴。


 地方にサイン会に行った作家の話だけど、都内のサイン会より明らかにお客の喜び方が強かったそうだ。


 また、地元の県立図書館から直筆原稿などを展示したいのでほしいと言われた奴もいた。そいつは、「パソコンで書いてるからないです……」と断ったらしい。


 特殊な職業の人間はその絶対数が少ない地方だとやけにありがたがられることがある。


 この場合もそれに近い。

 王国にライトノベル作家なんていないからな。


「そうか、よろしくな、ユサ」


「先生の著作もたくさん読んでいますわ。デビュー作の『ハレルヤ・イン・ザ・スカイ』も素晴らしかったですわ!」


 ありがとう。褒めてくれてありがとう。


 でも、タイトル間違えてる。


 俺のデビュー作は『ハレルヤ・イン・ザ・スノー』だ。

 空じゃなくて雪だ。


「とくに『荒野聖人』のラストのシーンがよかったですわ! あの雨の中で傘を差さずに走って追いかけるシーン、最高ですわ! あれはライトノベル史上でも最も感動的なシーンの一つですわね!」


 うん、褒めてもらえるのありがたい。承認欲求ゲージが満たされていく。


 でも、何かほかの小説と間違えてる。


 その本のラストは、夕方の教室でお互いに平手打ちするシーンだ。

 追いかけないし、雨降ってない。


「カナタの『さようならとは言わない』って台詞、最高にかっこよかったですわ!」


 そんな名前のキャラ、いねえよ。

 あの小説のヒロインはルカだぞ。ていうか、マジで何と間違えてるの? 間違え元の小説が気になるわ!


「そのカナタを雨の中、五キロ追いかけるユタカもいいですわよね」


「距離、長っ!」


 もっと早く追いつけよ。

 ユタカ、どんだけ足遅いんだよ。


「ああ、語ったらまた読み返したくなってきましたわ。家で読みますわ」


「その本、貸してくれ! かなり読みたいぞ!」


 やっと、俺が書いた本(ということになってる謎の本)のプレゼンが終わった。


 そうそう、自己紹介どころじゃなかった。

 野良ドレイクがいたのだ。


 ドレイクは命に別状はないようだが、動きがやけに緩慢だ。ケガをしたらしい。


「これ、ガラスが刺さってるかもな」とヌクイー。


「治療しないといけませんわね」とユサ。


「このわたしに任せるっピー!」


 奥のほうでまた生徒が手を――というか翼を挙げた。


 ハーピーのサッサー・サルサーラか。

 日本語にすると、やけに「サ」が多いな。


 ハーピーは半鳥半人の種族なので、手が翼になっているらしい。


「わたしは簡単な回復魔法が使えるっピー!」


「それじゃ、早速お願いいたしますわ」


 サッサーが歌と言ったほうがいいような美しい呪文を唱えた。


 俺もつい、聞き惚れそうになるぐらいだ。


 よし、これでドレイクが回復したら、授業の続きを――


 ――グアシャーンッッッ!


 ほかのドレイクが窓を割って入ってきた。


「間違って、撒餌効果ルアーの魔法を唱えちゃったっピー!」


 状況、悪化した!

「さすがハーピーですわね。セイレーンのような見事な撒餌効果ルアーでしたわ」


 ユサが感心してるが、それどころではない。

 魔法のせいか、何匹もドレイクが入ってきた。

 そんな東京街中で見かけるカラスみたいな感じでカジュアルにドレイクに集まられても困るぞ。生態とか知らんぞ。


 どうにかドレイクを回復させて割れた窓から出して、一段落ついた。


「ええと、いろいろアクシデントもあったが、自己紹介をはじめよ――」


「先生、すいません……」


 生徒から手が挙がった。ユサのちょうど後ろだ。


 この生徒はすぐに名前が覚えられそうだ。


 なにせ巨漢で一つ目、クラスで唯一のサイクロプスの男子だったからだ。


「イタミルだな。これは姓なのか、名前なのか?」


「あの……サイクロプスは姓はなくて、名前だけなんです……すいません……」


 なぜかイタミルは小声で謝った。体のサイズの割に気は小さいらしい。


「それで、いったい、何だ?」


「鉛筆がすべて折れました」


「早っ! まだ書くことないだろ!」


「ノートに『講義第一回』と書こうとしたところまでで五本とも折れました……」


 たしかに机にはへし折られた鉛筆の残骸が転がり、凄惨を極めていた。


 人間なら鉛筆が短くても書けるだろうが、サイクロプスの手の大きさだと不可能だ。


「細くて、上手く握れなくて……力の入れ方が難しくて……すいません……」


 イタミルが目を閉じて、申し訳なさそうに言った。


「盲点だった……。鉛筆って地球の人間が使いやすいサイズでできてるんだよな……。ちょっと、今後考える。今日はひとまず、誰か貸してやってやれ」


 ……しーん。


 みんな、貸したくなさそうだった。

 だって授業開始前に全滅してるからな。

 今、貸したら生還不可能だよな。


 しかし、このまま放置してはいかん。最初の授業からトラウマを植えつけかねん。


「わかった……イタミルには俺のシャーペンを貸そう……」


 折られそうなので、イオンで九十六円で買ったやつを渡した。

 五百円ぐらいするやつは貸したくなかった。


「折れたら言ってくれ」


「折れました」


 五秒ともたなかった!


 俺のミスチョイスだ。

 仮に本体が折れなくても、鉛筆をへし折るなら、シャーペンの細い芯など無力に決まっている。さて、どうしたものか……。


「うん、イタミルにはマジックを貸そう」


 極太サイズのマジックをイタミルに渡した。


 これならそうそう折れんだろうし、持つところも太いからサイクロプスでも握りやす――


 ――バシュッッッ!


 マジックがはじけ飛んで、インクが飛び散った。

 俺の顔にも飛んだ。


「……タッチパネル型石板を用意してもらうので、次回からそれを使おう」


 俺はすべてを諦めたような顔で言ったと思う。


 それは一種の悟りであったかもしれない。


 最初だし、いい授業にしようという迷いと執着から解き放たれたのだ。


 もう、どうでもいい!


 矢でも鉄砲でも来い!


 すべて、受け入れてやろう。

 用意周到な授業などクソ喰らえだ!

 ありのままにやるぞ!

 ライブ感を俺は大切にするぞ!


「よし、いろんなアクシデントがあったが、自己紹介に入ろう! まずは列の前の――」


 ――ヒューン!


 割れた窓から三匹目の野良ドレイクが入って――


「もう、入ってくんじゃねえ!」


 俺はカウンターのようにドレイクに拳を突き出した。


 授業の邪魔に来るなら、それもよかろう。すべて俺が追い返してやる!


 ――ズガアァァァッッッ!


 右の拳がドレイクの腹に直撃する。


 決まった。大ダメージだ。


 俺の拳が。


「かったぁ! ドレイク硬い! 鱗が硬い!」


 教室の前で俺はのたうちまわった。

 そこを怒ったドレイクが翼で叩いてくる。くそっ! ドレイクは戦闘レベル1の小説家が倒せる敵じゃなかった! やばい! 殺される!


 治療のため、自己紹介のみで授業は終了しました。


次回は明日の夜に何度か更新できればと思います!

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