教師生活がはじまった(前編)
――王国に引っ越してきてから四日目。
俺は「アルクス王国小説書き方教室」という看板がかかった校舎の前にいた。
ちなみに俺の目には看板は日本語で「アルクス王国小説書き方教室」と見える。
本当はアルクス語という文字で書かれてるはずなのだが、そのあたりはトンネルをくぐった時に翻訳魔法が自動でかかるようになっているのだ。
この魔法、海外旅行などに便利すぎるのでぜひとも地球でも実用化してほしい。
新入生の一覧は昨日、シーナさんが紙を持ってきてくれた。
生徒数はちょうど二十人。
よくもまあ、怪しい学校に二十人も集まったものだ。
日本でも、こんなん駅前にできたら、ちょっと警戒するぞ。
「入口の前で待ってたら、生徒が入りづらいよな」
校舎の中で待つ。
教壇も、生徒の席も、ずらっと並んでいて、間違いなくここは教室になっている。
教室には立派な黒板がかかっている。
日本から取り寄せたものだ。
ものの取り寄せ自体はかなり容易にできる。
トンネルの出入口である王城からここまで数分だし。
「教壇の前にいて、生徒が一人ずつ増えてきても気まずいな……」
結局、二階にある講師控室に入る。銀行時代に支店長の部屋だったものだろう。
「ううむ、落ち着かん……。缶コーヒーでも買ってくるか……。ダメだ、コンビニも自販機もない」
言葉は魔法のおかげで通じるとはいえ、異国どころか異世界で初めての教師をやるのだ。
緊張しないわけがない。
クマのように部屋の中をぐるぐるまわっていた。じっと座っていられないのだ。
こんなことならシーナさんに初日だけ見にきてと頼んでおくべきだったか。
けどそれはみっともないだろ。それに向こうも王国の高官だ。あまり時間を取るのもまずい。
むしろ、今日は何を教えよう……。
こんなことなら専門学校で教えてる同業者から話を聞いておくべきだった。
いかん。二度目の「こんなことなら」だ。後悔しすぎ!
五十周はクマのように周ったあたりでゴーン、ゴ~ンと鐘が鳴った。
授業開始時刻になると、鳴るように設定されている。
「さて、行くか……」
●
「みんな、おはよう。講師の長谷部チカラだ。本日から文章の書き方を一緒に勉強していこう。最終的にはみんなが一冊分の小説を作れるまで指導していくつもりだ」
「「よろしくお願いしまーす」」
生徒たちがあいさつを返してくる。
人間、コボルト、ドワーフ、ハーピー、サイクロプスか……。
名簿で知っていたとはいえ、なんとも新鮮だ。
明らかに教育者ビギナーとしてはレベルが高い。
こほん。
小さく、空咳をする。
自分を盛り上げていけ。俺は教師だ、教師なんだ!
「まず、鉛筆という筆記具を一人五本ずつ配るからな」
鉛筆もシャーペンも日本からどっさり輸入してきていた。
といっても、生徒数二十人だから、輸入というほどの量ではないが。
この国では羽ペンで文字を書く習慣があるのだが、これがかなり高架な代物で、日本円にして一本三万円ぐらいするのだ。
庶民階級の子供も来たりするので、自前で用意させるのも悪いから、こちらで書くものは支給することにした。
どうせ王国の税金だ。
ちなみに、学費も超格安である。国がバックにつくと強い。
生徒からは「すごく書きやすい!」「これは便利だ!」といった声が聞こえてくる。
早速国費で配布してるノートにぐるぐる○を書いてる奴もいる。
ファンタジー世界では鉛筆もレアアイテムなのだ。
シーナさんいわく、地球で見たパソコンの技術を応用して、文字をタッチパネルで打ちこめる石板も存在するようだが(魔法の技術ってすごいな……)、まだ数に限りがあるらしい。当分はノートでいいだろう。
さて、記念すべき第一回目の授業だが、
「まずはみんなに自己紹介をしてもらおうかな。動機や目標も聞いたうえで授業に活かしたいと思う」
こっちに洗練されたカリキュラムがあるわけでもないので、生徒側に合わせたい。
これで最初の授業は無事に終わるだろう。話の中から次の授業も決めていけば――
――ガシャーンッッッ!
窓が割れた。
えっ! いきなり学級崩壊!?
おかしいだろ! 小説や文章を教える学校で崩壊とか、そんな事態ありえんだろ! 人間的な向上なんて俺は教えられんぞ!
「あっ、野良ドレイクが入ってきちゃったなー」
人間の男子生徒が呑気に言った。座席表に目をやる。ヌクイー・テンドールという生徒だ(年齢は十六)。
たしかに教室の中に小さなドラゴンみたいなのが入りこんでいた。
こんなの、入ってくんのかよ!
「そういえば、この季節は野良ドレイクが多いですものね。しょうがないですわ」
巨乳の、長い黒髪が似合う、巨乳の少女が言った。
二度巨乳と言ってしまった。
むしろ、巨乳という言葉では足りないのではと思うほどだ。
絶乳とかそういう言葉が必要なのではないか。
しかし十五歳の胸ではないな。あれ以上成長したらいろいろまずくないか。
ああ、よくない、よくないぞ……。どうしても胸に意識がいってしまう……。
「あっ、先生、わたくし、ユサ・ミヤケルカですわ。法務官ハクサン・ミヤケルカの娘で今年で十五になりますわ」
順番とか無視してユサが自己紹介をした。法務官の娘ということは貴族令嬢か。
そして順番をわざわざ無視した理由がわかった。
ユサの目はクリスマスのイルミネーションぐらいキラキラ輝いている。
「日本からプロの作家先生に来ていただけるなんて光栄の至りですわ! たくさん教えてくださいませ! 立派な小説家になれるよう精進いたしますわ!」
できれば寝る前にもう一度ぐらい更新します!