王国での家が決まった(後編)
今の長ったらしい発言で何もかもわかった。
この人、自分の職場から近いところに遊び場がほしかったのだ。
それで、俺の住居をていよく利用しようとしているのだ。絶対そうだ。
「殿方の部屋にお邪魔するのは抵抗あっても、主屋から分離してる倉庫なら出入しやすいですしね。我ながら完璧なアイディアです。名軍師ノトー四世のごとくです」
王国の人物なんだろうけど、何者かわからん。
「シーナさん、貴族階級なんだから自分で買えばいいんじゃないですかね」
「それだと、国費が使えないじゃないですか。私のお財布にも限度があります」
この貴族、すごいダメな人だ。
「それに、こういうのは自分の屋敷だと落ち着かないんですよ。ちょっと離れたところにあるほうが息抜きにはいいんです。チカラ先生もワンルームから徒歩五分のカフェ・トトールで仕事してたじゃないですか」
「なんで俺の執筆スタイルまで知ってるの!?」
「編集の上杉さんから聞きました」
あの人、べらべらしゃべりすぎだろう……。
このままだと、シーナさんの大人の秘密基地の夢をかなえるためにボロ屋に住むことになってしまう。
もっと小さなことなら、美少女の頼みに安易に妥協するところだが、住環境は年中無休でかかわってくるのであまり妥協したくはない。
いや、絶望するのは早い。俺は脳内で既読文章チェック機能を使った。
ギャルゲーをそれなりにやってきた人間は、少し前に交わされた会話内容を文字化、視覚化して脳内に出すことができるのだ。
たしか、シーナさんはこう言っていた。
<ここがチカラ先生のお住まい候補です>
つまり、ほかにも候補がある可能性は存在するのだ。
一言も、ここしか空いてませんなどと言われてはいない。
「すいません、シーナさん。職場に近いとか、そういう利点をはずすとほかにどんな候補があるんでしょうか?」
「そうですね、ごく普通にマスクリフ家の屋敷にお住まいいただくことも考えています。メイド長などにも可能かどうか打診しておきました」
「それそれ! そっちでいきましょう!」
しかも文脈上、複数のメイドさんがいらっしゃることは確実だ。
中にはうら若いメイドさんもいるかもしれない。自分専用のというわけではないが、絶対にそちらのほうがいい。
「その場合、ちょうどいい空き部屋がないみたいで、私の部屋を半分に区切って使っていただくことになります」
「え、シーナさんと同じ部屋……?」
「現時点で私の部屋は日本で言うと二十畳ほどありますし、大半のスペースは遊ばせているので、分割してもらう分には構わないです。先生のお仕事を身近で拝見するのも貴重なので、私としてはそれでもいいですよ」
にこりと天使のような笑みをシーナさんは浮かべた。
むしろ、天使がシーナさんのようなのだと言うべきかもしれない。
本物の天使は見たことがないので、こちらが本家だと考えたい。
シーナさんは嫌そうな顔一つ向けてこなかった。
この調子だと俺がOKと言った途端に同じ部屋を使えることになる。
シチュエーションとしては最高ではある。が――
「俺、こっちのボロい物件でいいです!」
「あれ、遠慮ならなさらなくてけっこうですよ……? もし、嫌なら最初から私は提案していませんし……」
なるほど、シーナさんとしては俺が遠慮しているように映るよな。
しかし、そうではないのだ。
これは俺の職業倫理の問題なのだ。
「美少女と同じ部屋で暮らすだなんてリア充な生活をしたら、ラノベが書けなくなります」
ライトノベルで、やたらとハーレム展開や俺TUEEE的な展開が多いのはぶっちゃけ商業的な要請である点が一番大きい。ハーレム展開にしたらまったく売れなくなるなら誰もそんなものは書かない。
とはいえ、だ。
そういうものが多く存在するということは、書き手なり読者なりにそういう欲求があるわけである。
欲求があるということは充たされてないということである。
実際に彼女が五人いる生活をしている男は、多分ハーレムものを書かない。
もし、そんな奴がハーレムものを書いていたら、あらゆる手段を駆使して爆発させる。
話がそれかけたので、元に戻そう。
一言で言えば、ルサンチマンをぶつけるという行為が、小説創作の根底にあるのだ。
おそらく、これはラノベにも、小説にも限ったことじゃないだろう。
俺が最初に小説を投稿した時、「復讐してやる」という熱意に突き動かされていた。
ちなみに、何に対する復讐なのかは具体的には自分でもわからない。
おそらく、高校時代のクラスに友達が誰もいなかった経験などに対する憎悪の念ではなかろうか。
休み時間はしゃべる相手もいないのでひたすら問題集を読んでいた(マジです)。
弁当を食べる時間もつらいので、トイレに座って食べたこともある(マジです)。
ライトノベルに限らず、多くの物語は人間同士の関係性を書く。
つまり、完全なる孤独は物語すらも誕生しない無の状態なのだ。
とにかく、鬱屈した気持ちの発散のために、小説を書いていた。
その小説自体は落選したものの最終選考まで残り、それで味を占めた俺は復讐心という負の感情をエネルギーにして、一年後にとある出版社からデビューした。
ライトノベル業界に入ると、過去にぼっちだったような人はたくさんいたため、高校時代ほど絶望的な気持ちにはならずに今に至っている。
友達いないのとコミュニケーションできないのは別なので、普通に仕事もできている。
しかし、俺の根底に負の感情があることまでは変わらないのだ。
なので、あまりにも欠けたところのない生活を送ると、原稿のレベルが落ちる。
原稿が下手になるのは素人にとっては悲しい出来事の範疇ですむが、小説家にとっては死活問題だ。
聖人のような心持ちになる代わりに小説が書けなくなるなら、一生人間を憎悪する代わりに小説が書ける人生のほうがいい。
以上の理由から、俺はシーナさんと同棲するわけにはいかないっ!
俺は作家なんだ!
まだ生涯年収分も稼いでないから働くしかないじゃん!
誰かが俺に五億くれたら作家やめてもいいよ!
「なぜだか、チカラ先生からみなぎる気迫を感じました」
「それを感じ取っていただけたなら、光栄です」
「では、この物件ということで決まりですね。家具はすでに新しいものも入れていますし、寝具もありますので、本日からご利用ください」
「わかりました。まあ、都内の部屋より広いぐらいだからどうとでもなりますよ」
「開校日は三日後です。何か疑問がありましたら、私が城か屋敷にいるので、聞きにきてください。携帯電話とかメールとか便利なものが使えませんので。それにしても――」
シーナさんは、
「お前ならそう言うと思ってたぜ。ほんとにバカな奴だな。だけど、最高のバカだ」
みたいな顔をした。
「――先生のライトノベル作家としての意地が早速見れてうれしかったです」
「作家っていうのは、ちょっと不幸なぐらいがちょうどいいんです」
言い過ぎたかな。不幸よりは幸せなほうがいいな。
シーナさんが帰ったあと、俺は早速布団を出した。
思いのほか、疲れてるし早く寝よう。
いよいよ、俺のアルクス王国での新生活がスタートすることになるらしい。
他人事みたいな表現なのは、まだ実感が伴わないからだ。
昔のことを思い出してたせいか、孤独な高校時代の夢を見ました。
出かける前に更新できなかったので、寝る前にあと二回ぐらい更新できればと思います!