POPを作ってもらった
まず、POPとは何かを説明しておこう。
書店で本を宣伝するために、主に書店員さんが作ってくれる販促用の紙みたいなやつである。なんていうか、クリスマスカードみたいな雰囲気のやつ。言葉で説明しようとすると、意外と難しいな。
まあ、とにかく、この本をプッシュしてますということを店側から伝えるものだ。
わざわざ紙に宣伝内容を考えて自作しないといけないので、やってない書店も多い。
逆に言うと、これを積極的にやってる店はやる気がある可能性が高いし、自分の本をPOPで推してくれようものなら作家は無茶苦茶感激する。
事前の説明終わり。
その日、俺はいつもの授業の帰り、アルクス・オーク書店に寄った。
アルクス・オーク書店は王都でもかなり大きな書店だ。自分の会社でも本を作っているぐらいである。
俺が見るのはもちろんライトノベルのコーナーだ。そりゃ、そうだろうという話である。
ひらの本ばかり大々的に売られていたら嫌だなと思っていたのだが、いい意味で裏切られた。
俺の本がものすごく展開されていたのだ。
もちろんきらきらなPOPもたくさん作って。
・王都在住の作家、長谷部チカラ先生、渾身の新シリーズ『五勝五敗のメイデン・ライフル』! せせこましいけどアツい! これは人生の縮図だ! 最後に待ってる謎の感動! これが今時のラノベだ!
・長谷部チカラ先生のデビュー作! 淡く切ない、でも怖い! さあ、この甘美な痛みを味わえ!
・前代未聞! 本気の短歌で戦う異能力バトル!
「ありがとう! ありがとうっ!」
ついつい、気持ちが声に出た。
黙ったまま感謝できる次元ではなかった。
スマホがあったら撮影して、即座にツイッターにアップしていたと思う。
これ、わざわざ紙を切ったり貼ったり、相当な力作だぞ。全部で二時間はかかったんじゃないか。あんまり上手くはないけど、キャラのイラストまで描いてあるし。
なんて熱烈な応援なんだ! 俺はこんなに愛されていたんだ! とてつもないほどの自己肯定感! 今の俺なら宇宙服なしで火星にも行ける!
俺は早速、書店事務所にいるジンボーさんのところに行った。ジンボー・トヤムルクは書店だけでなく、王国での本の発行もやっていて、俺が王国で出すラノベの担当編集でもある。
ジンボーさんは王都発刊の新聞を読んでいるところだった。
「いったい何ブヒ? 今日は打ち合わせの日じゃないはずブヒ」
「ありがとう! あんなに俺の本を盛り上げてくれてありがとう! あんた、一流の編集者だよ! だってこんなに作家が喜ぶようなことを取り計らってくれるんだから!」
「ん? 悪いけど、何の話かよくわからないブヒ……」
「ほらほら、ラノベコーナーのPOPの数々だよ。王国への永住を本格的に検討するレベルだった」
「POP? ああ、誰か作ってくれてたみたいブヒね」
ジンボーさんのテンションは平常のままだった。
相対的にはしゃいでる俺がすごくあほみたいに感じる。
「あれ、その反応は作ったの、ジンボーさんじゃないのか?」
「多分、☆とかいくつも書いて、かわいいPOPにしてたと思うブヒが、あれはどう考えても僕のセンスではないブヒ」
そういや、あれは男が作った感がなかった。
まあ、POPなんていくらでも性別を誤魔化せるものではあるが、わざわざ性別を偽るノリで作る必然性もない。
「じゃあ、あの素晴らしい作品は誰がやったんです?」
「最近入ったバイトの女の子ブヒ。詳しくは知らないブヒが、長谷部さんの小説を愛していることは間違いないようブヒね」
「そうか、その子がシフトで入る時間を教えてくれ」
迷わずに俺は言った。
「ス、ストーカーはダメブヒよ……?」
担当作家を信じろよ。
「ありがとうって伝えるだけだ。あと、あれだけ愛の詰まったPOP作る人なら、俺が出向いたら絶対喜ぶと思う」
「それもそうブヒね。じゃあ、時間だけ教えるから、勝手に会ってほしいブヒ。週三の夕方から夜の閉店までブヒ。明日は出勤日のはずブヒ」
「よし、じゃあ、明日必ず行く!」
お菓子でも買って持っていこう。
俺は有言実行の男だ。翌日の夕方、日が陰ってきた頃に店に行った。
こういうあいさつ目的の時って、なかなか落ち着かないものだが、多少挙動不審なままラノベコーナーに近づいていった。
もし、このあたりで仕事をしていれば、その人がPOP制作の人である可能性が高い。そうじゃないとしても、働いてる時間なら、どこか違うところにいるだろう。
そして、俺は決定的瞬間に立ち寄ったのだ。
造花をつけた新たなPOPが俺のコーナーに追加されるタイミングだったのだ。ノリをつけて、ひっつけている。
おお! まだまだバージョンアップしてくれるのか! この世界は愛に満ちている!
俺は書店員さんに後ろから声をかけた。
「ありがとうございます! 作者の長谷部チカラです!」
その声で背の低い書店員さんが思わず振り向いた。
俺と目が合う。
「ふぇっ……ふぃいい……」
相手の口から変な声が漏れた。
実際、俺も衝撃を受けたのでお互い様だ。
俺も笑みは消えた。相手のインパクトがデカすぎた。
「な、なんで、お前がいるですかぁ!」
ミクニが書店員のエプロンをつけてPOPを取り付けていたのだ。
「なんでって、長谷部チカラコーナーを作ってくれたお礼に来たんだけど……もしかしてお前がやってたのか……?」
そういえば、ミクニって俺の本をだいたい全部読んでたんだよな……。
だとしたら、いろんな本のPOPを作ることは可能だ。
「そ、そうですぅ! 何か悪いかですぅ! 店の在庫を売りさばかないといけないから、根も葉もない美辞麗句を並べ立てたですぅ!」
顔を赤くして、ミクニが早口で言った。
「何だよ、その言い方! じゃあ、ウソを書いたってことかよ!」
「そ、そもそも、売れる本ならPOPなど作らなくても商売になるんですぅ! お前の本は追加の宣伝がないといけないような売れ行きなのですぅ! こっちに感謝する前にPOPがいることを恥じ入れですぅ!」
なんで店員にそこまで言われないといけないのか。
「じゃあ、別に俺のファンってわけじゃないのか……」
「調子に乗るなですぅ……。ファンの存在なんて売れてる作家になってから意識しろですぅ……。まさか、お礼に来るとは思ってなかったですぅ……」
ミクニはずっとこちらから目を背ける。もう、視線が合わない。
こいつも俺に出くわすことまでは想定してなかったのだろうか。
「でも、これだけ宣伝してくれてるってことは、そこそこ俺の本、好きなのか?」
「だから思い上がりを捨てるですぅ……。そこそこ……せいぜいそこそこですぅ……。人生が変わる一冊なんてことはないですぅ……」
これ以上、ここにいるとミクニの営業妨害になりかねんな。
「わかった。もう俺は帰る。お前の働いてる時間とかぶらないようにする」
「そうするですぅ……。知り合いがいては集中できないですぅ……」
「じゃあ、これを渡す。POP代だ」
俺は王都の店で買ったクッキーの箱をミクニに押しつけた。
「なっ……」
「お前が俺を舐めてたとしても、俺のために活動してくれたことは事実だ。これはその対価」
「わかったですぅ……。それなら、もらっておいてやるですぅ……」
ミクニもその箱を受け取った。
そうなんだよなあ。猛烈にプッシュしてくれてると思ったら、知り合いだったって、よくあることとだよな……。
それでも本を売ってくれることはありがたい。
たくさん売ってくれ。
単行本未収録原稿も尽きたので、これにて幕といたします! これまでご愛読ありがとうございました!




