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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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49/50

流行っている漫画を読んだ

 日本と王国を結ぶ魔法陣はすぐ近所のトーヤ城にあるので、ぶっちゃけ日本に戻ろうと思えばすぐ戻れる。


 けど、俺はずっと王国に留まっている。


 理由はごくつまらんものなのだが、あまりにも気楽に戻っているとモチベーションが下がる気がしているのだ。


 俺は異世界に住み、異世界の生徒に小説の書き方を教え、異世界最初の本格的ライトノベルを出版するべく頑張っている。

 それがしょっちゅう日本に戻る生活をしてたら、アウェーであえてやってる感が薄れる。

 たとえば、アフリカの小さな国で奮闘してる日本人を映した番組とかがあるが、あれ、実は一週間に一回日本に戻ってるんですって設定だったらすごくしょうもなく感じないだろうか。


 頻繁に戻ってると、通勤の先が遠いだけのように感じるわけである。

 なので、できうる限り、日本の土は踏まない気持ちでいる。


 ただ、日本で流行ってるものがわからないのも困るので、新刊は週一でとにかく俺の家に運んでもらうことにした。


 なお、厳密には俺のものではなく、アルクス王国のものである。

 その中から面白かったと思うもの、手元にほしいと思うものは、通販で自分の分を購入し、あとは王国の異文化研究機関(という名のシーナさんの漫画等のコレクション)に送っている。


 漫画にしてもラノベにしても、売れてれば○○部突破とかアニメ化とか書いてるので、それで流行りは把握できるというわけだ。


 今週も新刊一覧が届いた。

 馬車便が家の前に止まるので、書斎の窓の前に本のダンボールを置いておいてもらう。

「今回もすごい量だな……」

 ダンボールを開けると、中身を吟味する。数が多すぎるので読まないものが大半だ。オビとタイトルで気になるのがないか、確認していく。


 その中にこんなタイトルの本があった。

『国家公務員の女騎士子おんなきしこさん』


 オビには「twitterで話題沸騰のコミック、待望の書籍化!」と書いてある。

 ああ、よくあるやつ。


 twitterとかで跳ねたやつを紙媒体にすると既存読者が多いので売れるというビジネスモデルだな。


 ちょっと気になったので本を開いてみる。いかにもウェブコミック臭がする。

 国家公務員の女子社員がミスをするごとに、すぐに「くっ、殺せ……」とか言って、死のうとして、それをまわりの人間が止めるというのが一連の流れ。


 あと、オークっぽい係長がすごくいい人で、酒飲みすぎるなとか止めようとしたりする。

 いわゆるじっくり時間をとって読むようなものではないが、車内とかでスマホで読むにはちょうどよいのではなかろうか。


「ただ、小説とは媒体が根本からして違うから、利点を吸収しようがないよな」

 一ページ分の話を二百種類集めて一冊にするとかいう方法は文章だと不可能だ。

 けど、国家公務員の女騎士か。

 ある意味、シーナさんだよな。


 国家公務員という単語から国に仕える女騎士は出てこないけど、概念としては間違ってはいない。

 まあ、女騎士なんていつのまにか定着したテンプレキャラだし、それとOLっぽいのを足すぐらいのことは誰でも考えるだろう。この女騎士主人公にまったくシーナさんっぽさはない。


 一応、作者名を確認するが、「埼玉の53位」という人だった。

「これまたハンドルネーム感がすごいよな……。何の53位なんだよ……」

 ――と、たたたっと聞き慣れた足音が響いてきた。


「おはようございまーす!」

 シーナさんが窓から入ってくる。手にはカゴがある。

 今日は休日なので、シーナさんがよく本を読みに来る日なのだ。


「サンドウィッチ持ってきましたよ。あとで一緒に食べましょう!」

「お! ありがとうございます!」


「新刊も来てますね。今週は『スクール・サーカス』の二巻が出てる週ですね。あと、『江戸儒学者擬人化計画』も出てましたね」

 江戸儒学者はすでに全員人だと思うが、この場合の擬人化というのは美少女にしているということである。


 ナチュラルにシーナさんはダンボールから本を出して物色する。

 そして、すぐさま寝転がって、足を交互に水でもかくように動かしながら漫画を読みはじめる。普通は兄の部屋でもこんな気やすくはできないと思う。


「いきなり表紙をめくってカバー裏に描いてるおまけ漫画を読むのは、ネタバレのリスクもあるからダメなんですよ。キャラ設定とか描いてるケースもありますからね。でも、あえてそれをやる私! そんなハードボイルドな私がかっこいいっ!」


 もはやどっちが部屋の主かわからないぐらい、なじんでいた。

 ただし、同棲生活に近いような距離感かというと、まったく違う。

 大学生時代、休日になるとふらっとやってくる友達がいたが、ノリとしてはアレに近い。

 本音を言うと、ワンチャン恋愛関係になれたらよかったかなという未練もなくもない。

 シーナさんほどの美少女との接点なんて、まず生まれないからな。


 けど、これだけ友達感覚が強くなったら、もう無理だろうな。

 しかも、俺もそれを楽しんでるわけだから、共犯みたいなものだ。


 シーナさんはいろんな問題を持ちこむがそれがギャグですんでいる。悪ふざけの多いムードメイカー的なポジションの奴って小学校から大学まで一人はいたが、シーナさんはその遺伝子を受け継いでいる。


 気のおけない友人と漫画を読んだり、漫画の話をしたりする、そんな日々も間違いなくプライスレスの時間になる。

 ここは素直に幸せと受け取っておこう。

 それとも俺があと五歳若かったら、恋愛対象に見てもらえたのか?


 …………やめとこう。考えても一切の発展性がない。


 俺もぱらぱらと『国家公務員の女騎士子さん』をめくる。

 余計なことを考えたから頭に入りづらいかなと思ったが、そこは一ページ完結の話だけあって、とくに問題なく理解できる。


 女騎士子が係長のオークの横で豚のしょうが焼き弁当を美味そうに食べてる図がシュールでいい。しょうもないけど、しょうもないがゆえの面白さがある。


「あっ、それ、出てたんですねー」


 シーナさんも反応してきた。


 さすが日本の文化(偏りアリ)に詳しいな。案の定、この漫画も知ってたか。


「ちなみにどのネタが一番面白かったですか?」


「『殺せ』と『コロセウム』をかけたやつですかね」


「あ~、あれですか。ゴリ押し感がよかったんですかね」


「全体的にかなり笑えますよ。あとで渡します」


「いえ、見本誌届いてるんで大丈夫です」


 なんか変な単語が出てきた。

 見本誌というのは作者のところにやってくる完成した本のことである。本を書いて、自分で書店に買いに行けというのはひどすぎるので、郵送されてくることになっている。

 問題はその単語がシーナさんの口から出てきたという点だ。


 シーナさんが指で自分の鼻を差した。



「それの作者、私でーす」



「国家公務員の女騎士が書いてたっ!」

 まさかとは思ったが、そのまさかだったのか……。


「ああ、いろいろ聞きたいこと多くて混乱する! 一つずつつぶしていこう! まず一点目! シーナさん、漫画描けたんですか?」

「日本留学中に覚えました」


 この人、本当に何の留学で日本に行ったんだろう。


「とはいっても、そんなガチな週刊連載みたいなのは無理ですよ~。エッセイコミック系の作風なら毎日更新でもどうにかできますから~」


「次! この国、ネット環境がないですけど、どうしてるんですか?」


「週に一回、大学時代の日本の友達に郵送してます」


「この『埼玉の53位』というのは……?」


「留学時代、twitterの診断アプリで、『あなたは埼玉県の53位です』って言われたので、それを使ってます」


 いかにもありそうなエピソード!


「じゃあ、次が最後です……。なんで、俺に教えてくれてなかったんですか?」


「てへっ! ぺろっ!」


 シーナさんは全部口で言って、本当に舌も出した。


「忘れてました! ごめんなさい!」


 多分今週最大のサプライズだな、これ……。

 さっき、独白で「大学生時代、休日になるとふらっとやってくる友達」などと表現してたわけだが――


 それぐらい距離感近い人間のつもりだったのに、ウェブコミックの書籍化の話、聞かされてないってどういうことだよ!


「あの、一族に伝わっている秘密とかそういうのは黙っておいてもらえればいいんですけど、こういう情報は教えてください。知らされてないと悲しくなるんで……」


「はい、合点承知のすけ!」


 胸をどんと叩くシーナさん。


 この人、日本生まれなんじゃないか疑惑が再燃した。異世界人を自称してるだけでは……。

「あっ、今度見本誌送りますね」


「いや、せっかくなんで僕が一冊買います、埼玉の57位さん」

「53位です」


 訂正された。


『国家公務員の女騎士子さん』は売れ行きも好調で増刷も決定したそうです。


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