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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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42/50

おおいなる存在と出会った(後編)

 俺たちは地図を作りながら、ゆっくりと探索を開始した。


「あれ、ここ一度来た道なような……」


「ループですね。正しいルートに行かない限り、戻ってきてしまいます」

「ループって概念、実在するの!?」

「ここは魔法のある世界ですから」

「生身の体でループに入ると想像以上にイライラするな……」


 ――そして、何度も道に迷いながら、二時間後。

 いかにもゴールという場所にたどりついた。

 エンタシスの柱が両側に並んだ先に神々しいと言うべきか禍々しいと言うべきか、判断に苦しむ竜の石像がある。


「ついに来ましたよ、チカラ先生」

「そうですね、長い道のりでした」

「セーブポイント、ないんですね」

「それはこの世界でもないですよ」


 とはいえ、心情としてはボス戦に入る前のような緊張感がある。


 ――――よくやってきたな、人間たちよ。


「なんだ、これ……。頭に直接聞こえてくる……」


「私もです……」


 ガチな超自然現象がやってきた。


 ――――我は地下を統べる者である。自力で我を見つけたことを評して、願いを一つ聞き届けてやろう。


 マジか! 太っ腹すぎる!


 地竜は実在したのだ。この石像はおそらく地竜と交信できるマジックアイテムのようなものなのだろう。


 途端に脳内にあらゆる欲望が湧き出てきた。


 以下、ありとあらゆる欲望です。


 どう発言すれば効率がいいんだ? ベタだけど願いの数を百にしてくれとか言えばいいのか?


 でも、反則を試そうとしたからアウトって言われたらダメだよな。本を五百万部売ってくださいと頼めばいいか。


 いや、部数に上限を決める時点で発想が貧しくないか? 何でも聞いてくれるならベストセラー作家にしてくれと頼むべきじゃないか。けど、五十万部程度でもベストセラー作家というカテゴリーに入れられるおそれもある。なら、数字を確定したほうがよい。


 いやいやいや、そもそも売り上げに関する願い事をする時点で恥ずかしくないか。ここは世界最高峰の作家になりたいなどと願うべきなのではないか。そしたら売り上げも評価もついてくるだろう。


 けどなあ、芸術の評価なんてあいまいなものだしな。死後に無茶苦茶評価される例だって、ゴッホとか宮沢賢治とかなんぼでもある。できれば生きているうちに評価されたい。


 あ、そうか、不老不死を願うとかのがいいんじゃないか? でも、不老不死ってことは永久に専業作家をしないといけないってことだな。無理だろ。永久に専業作家で食っていくって難易度高すぎるやろ。不老不死であるがゆえに死を願うなんて話も多いしな。


 やっぱり、小説に関することかな。最高の文章力がほしいって願うか。しかし、文章力って定義は何なんだ。「わかりやすい平易な文章」も文章力があると言われることがあり、「難解だが、かっこよく見える文章」も文章力があると言われることがあり、しばしば後者を評価する人間は前者を文章力がない、下手なものとみなしたりするのだ。つまり、文章力という言葉が抽象的すぎるがゆえに明確な答えがなく、それゆえに文章力談義はいつもいつも空しい水掛け論に終始してしまうのだ。これはラノベヘビーユーザーの求めるものが二方向に分かれる理論と似ている。「ベタなことをしっかりやった王道作品こそがラノベだ」と思う人と、「たくさんラノベを読んだからこそ、デッドボール並みの問題作を楽しみたい」と思う人がヘビーユーザーにもいるはずだが、この両者が求める作品はほぼ確実に一致してない。


 いかん、いかん、また答えのない悩みに入りこんでいた。願いがフリースタイルなら根本的な欲求でもいいのか。ぶっちゃけ、肉欲とかでいいのか。俺はラノベ主人公じゃないから、人並みに肉欲はあるぞ。美少女としっぽりセクロスするチャンスがあるならセクロスする。しかし、酒池肉林の日々が一年続いたら、それが普通になって何の感動も生まれないのではなかろうか。アスファルトの道を歩いて、「アスファルトの道って砂埃たたないし便利!」と幸せを噛み締めてる現代人など一人もいない。「空気が吸えて最高!」と酸素と二酸化炭素と窒素に感謝している現代人も一人もいない。なので快楽を願うのはリスクが高い。


 有名な「世界の半分」をお願いするか? しかし、世界の半分を統治するとなると、ものすごく働かないといけないことと同義ではないか。気苦労ばかり多いんじゃないか。それこそ半年で後悔しないか。あと、おそらく反政府勢力みたいなのが生まれて、暗殺の恐怖に怯えて暮らすことになりそう。最後、暗殺されたり逮捕されたりして終わった独裁者なんていくらでもいるけど、それって平凡な一市民の生活とどっちが幸せかっていうと難しいよな。


 あ~、ずっと俺一人の願いについて考えてたけど、シーナさんもいるんだよな。一方的に俺が願いを言うのってフェアじゃない。まずはシーナさんと話し合うべきだろう。しかし、こんな大チャンスだぞ。フライングして願いを言ってしまうのもアリじゃないか?


 いや、それ、人間が小さすぎだろ。小物界の大御所。視野の狭さ天下一。その程度の侮辱はやむをえない。それでも惜しくはあるよな。ならば、ここは「シーナさんと幸せな一生を送れますように」というのはどうか。これならシーナさんも幸せになるから問題ないんじゃないかな。無論、俺もシーナさんみたいな美少女と添い遂げられて確実に幸せだ。完全無欠の答え。これぞ万物理論。


 いや、何を勝手にほかの人の幸せを規定してんだよ。それって自己中心的すぎるだろ。普通に考えてシーナさんが俺なんかと添い遂げたいと思うわけがない。それを勝手に幸せだと思わせるとしたら、洗脳みたいなもんだぞ。それはアウトだろ。ああ、脳内で考えても無駄だろ。まずは話し合いだ。シーナさんとどうするか議論しろ。それで、もし一緒に幸せなるだなんて案が採用されたら、その時に胸を張ってその願いを言えばいいのだ。あれ、けど、その提案をしてOKもらった時点で願う必要なくないか。だったらやっぱり別の願いを何か――――


「『フリテンの健一』最新巻が読みたいです」


 俺が悩んでいる間に、シーナさんが言った。


 ――――うむ、聞き届けた。


 あれれ……?


 頭に語りかけてくる声はそれきり聞こえなくなった。


「すいません、チカラ先生。あまりにも怪しいんで、無難なお願いでお茶を濁しちゃいました。ほら、もし、危険な悪魔とかが化けてたら大変じゃないですか」


 シーナさんが笑いながら言う。


「あっ、そっか……そうですよね……。悪魔の契約とかだったらまずいですよね……。パソコンのソフトみたいに読む気しない規約の箇所にとんでもないこと書いてないとも限らないですもんね……」


 五百万部とか不老不死とか言うだけ言っとくべきだったかな……。


 三十分後、俺たちは部隊に発見されて、救出された。


 その地竜の像はなかなかの大発見らしく、王国の歴史書に載るらしい。


 後日、シーナさんの家に差出人不明の『フリテンの健一』五十六巻が届きました。


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