王国での家が決まった(前編)
今回、微妙に長いので前中後編の3つに分けます。
アルクス王国の気候ははちょうどよかった。
ほどよくあったかい。
寒くもないし、暑くもない。
砂埃が待っているということもない。
神殿のようなところの中庭っぽい場所に俺は立っていた。ワープ完了だ。
足下には魔法陣らしきものが彫ってある。これがワープに関与しているのだろう。
「アルクス王国にようこそ!」
きょとんとしている俺に、シーナさんが美しい笑みを見せてくれた。
「ここは王都トーヤの中心、トーヤ城です」
「王城に汚い格好で来ちゃって、すいません」
こんなことならスーツを着てくるべきだったか? でも、スーツがこっちの人にとって、正装と認識されなければあまり意味もないか。
「陛下への着任のあいさつなども必要ないですので、このまま城下町に出ましょう。主だったお荷物が届くのは明日ですし、今日はひととおり案内しますよ!」
「では、お言葉に甘えて……」
――と言う前からシーナさんに手を引かれていた。
このシーナさん、なかなか押しが強いタイプらしい。
これだけの美少女が何か頼んだら「この場で爆発して夜空に輝く星になって」みたいなことでない限り、だいたいの言うことは聞いてもらえただろう。
早起きは三文の徳、美少は三千両ぐらいの徳である。
中世ヨーロッパの城をイメージしていたが、その城はだいたいそんな感じだった。
少なくとも天守閣はない。
「立派なお城ですけど、これ、水堀を突破されたらモロそうかな……」
「あらら、物騒なことをおっしゃってますね」
「すいません、日本で城を攻略するゲームをやってたもので……」
「このお城はそんなに頑丈にする必要がなかったんですよ。西側にカミートル川、東側にジョーガ川と、大河川にはさまれていて、北も三キロも行くとホタ湖という巨大な湖があるんです」
「キロ……? ああ、そうか、翻訳されて、キロに聞こえるんだな」
言葉や単位をいちいち覚えなくていいのは非常に助かる。
「それじゃ、早速街に出かけましょう!」
俺はシーナさんに手を引かれながらついていく。
これが日本なら彼氏のふりをして、ちょっといい気分になれたかもしれないが、見るものすべてが初めてなので、むしろこの手が命綱みたいな気持ちである。
「……おっとっと。いったんストップです!」
急にシーナさんが止まったと思ったら、目の前を馬車が通り過ぎていった。
この世界でも「車」には気をつけないといけない。
ただし「馬」車とわかりやすく表現してしまったが、引いていたのは馬ではなくて軽トラぐらいはある巨大な牛っぽい動物だった。
よく見ると、地面には鉄の轍が敷いてある。これは鉄道であるらしい。
「日本で言うところの市電ですね。郊外に出る時に使います」
平安時代の牛車の五倍ぐらいの速度で牛鉄道は走っていった。
気をつけよう。轢かれると死ぬ。
城から数分歩くと、シーナさんいわく、トーヤ一番の大通りに案内された。
たしかに道の両側に店舗がずらりと並んでいる。空き店舗は一つもない。お店からは店主の威勢のいい声も飛んでくる。
店を横目に見ていくと、
――パンとクッキーの間みたいなものを売っている店(ほこりが入らないようにガラスケースにしまわれている)。
――魚を焼いて売っている店。
――薬局のような、薬が並んでいる店。
――鳥が吊るしているのは、鶏肉の専門店なのだろう。
――隣には兎や鹿、猪、豚といった獣の絵が描いてある店。この国で食べてる肉か。
――あとはほかより間口の広い店は衣類を並べているのがわかる。ディスプレイされているのはエルフが着ていそうなファンタジーっぽい服だが、それ以外の部分だと一番日本の店に近いか。
そんなことを考えていたら、角の生えた巨大な兎に首輪をつけて散歩していた。ぎょっとして、ちょっと身構えてしまった。
「あれはアルミラージですね。この国ではよくあるペットです」
「やっぱりファンタジー世界だ……」
「野生のものはなつきづらいのでペットショップで育てているものを買います。夜に外に出しておけば番犬代わりにもなりますし」
一人暮らしだし、ペットでも飼おうかな。
でも、無茶苦茶エサ食べそうだな。そういうのは生活が慣れてきてからか。
まずは店に目がいったが、どちらかというと通行人のほうが面白い。
大半は普通の人間だが、たまにエルフやゴブリンみたいなのも歩いている。
「人間以外の種族の方は、仕事で王都トーヤに住んでいたり、移住してきた方ですね。居住権を買えば誰でも王国では暮らせますから」
「その居住権というのが国籍みたいなものってことですね」
「おそらく、地球の国ほどかっちりしてないですけどね。国境があいまいで、両属状態の地域もありますし。それじゃ、ここから少し通りを替えましょう」
シーナさんは大通りから左の路地に入っていく。
曲がる時に、シーナさんの手に少し力が入って、ちょっとどぎまぎしてしまった。
恋人でもないのに、始終、手をつながれているのだ。
この人のボディタッチの多さは卑怯だ。絶対に勘違いする奴いるぞ。
「あら、体調、悪いんですか? 困ったような顔になってましたが」
「いえ、いたって健康かつ、正常な反応をしたまでです」
住宅街になっている路地を三分突っ切ると、また広い道路にぶつかった。
道路をはさんだ向かいには会社の事務所や本社といった感じの石造りや木造の二階建て、三階建ての建物が並んでいる。
「あれを使っていただくことになります」
シーナさんが指差した先には、ひときわ立派な二階建てがある。
ごつごつした石が威厳を加えているし、入口の扉もイギリスの伝統ある商館みたいだった。
正直、これが地球なら俺の貯金を全額はたいても、購入は不可能だろう。
というか、個人の邸宅の広さじゃない。
こんなところに住めるのか! やはり、異世界行きを決めてよかった!
次回は明日の朝あたりに更新します。