表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/50

地下室に監禁された(後編)

 作業を終えて、一階に戻ってきた。


「シヴァ、ありがとう。こんなに書けるとは思わなかった」


「それは師の実力じゃ。わらわはちょっと場所を提供しただけじゃ」


「これはお礼に何かあげないといけないな。かといって生き血みたいなのは困るけど」


「そんな、取り返しのつかないものは要求せん」


 心外だったのか、シヴァはちょっとむすっとした顔をした。


「ほしいものがあるなら言ってくれていいぞ」


「そうじゃの……」


 シヴァは右の人差し指を口の端に当てて、思案している。


 だんだん年の離れた妹に見えてきた。


「で、では……いい年して恥ずかしい話のじゃが、一緒に寝てくれんかの……?」


 もじもじした顔で、シヴァが上目づかいで言った。


「え~と、先に確認させてほしいんだけど、性的な意味ではないよな……?」


 本物の七歳児が言うならこんな断りはいらないのだが(むしろ尋ねる時点で犯罪くさい)、相手は七歳児に見える大人なので念を押した。それと魔女の儀式って全体的にエロいイメージがある。


「やはり、師はペドフィリアか?」


「違うわ!」


 というわけで、「川」の字ならぬ、「い」の字で寝ることになった。


 ベッドの右側で、シヴァがちょこんと俺にくるまるような形で入っている。


 ちなみに就寝時はトレードマークのとんがり帽子もはずしている。あの帽子のせいで実際より背が高く感じていたが、あれがないと、さらに幼女感が強くなる。


 俺は持ってきたパジャマを着ている。シヴァは夜着も黒系だった。


「ずっと一人で寝ておったからのう。昔、お父上と寝た記憶を思い出しそうじゃ」


「自分より年上の人間を寝かしつけるっていうのも変な感じだけどな」


 この程度のことでお返しになれば本当に安いものだ。


「百年以上も生きておると、友達もあまり生きておらんのでな。寂しくないわけでもないのじゃよ」


 シヴァの声は感傷的な響きを持っていた。


 俺は八百比丘尼やおびくにの伝説を思い出した。死ねなくなった女は、死ねないがゆえに苦しんで各地を彷徨う。長く生きるせいで生じる苦しみというものもある。


「これも魔道士を極めようとした業のようなものじゃな。後悔はない。自分で選んだ道じゃからな。それでも寂しいのだけはどうしようもない。魔法を使っても癒せぬ」


「生きるのって大変だよな」


 俺も小説家としての業みたいなのは背負っている自覚はささやかながらある。


 自分の経験した嫌なことやつらいことを小説の中に書いたこともある。


 ずいぶん若く死んでしまった友達を小説の主人公にしたことさえある。


 冷静に考えれば、みっともない生き方かもしれない。人として間違った生き方かもしれない。


 少なくとも、架空のヒーローを作って、たくさん本を売る生き方と比べると、華もないし、辛気臭くもある。


 でも、こういう生き方しか自分はできない。


 だから業なのだ。


 俺の胸の中に、シヴァが入ってきた。


「こっちのほうがあったかいのう」


「そりゃ体温があるからな」


「炎を生み出すことぐらいなんでもないが、このあったかさとは違うのじゃ。不思議なものなのじゃ」


 俺は魔女の孤独の一端を知った気がした。


 それと、シヴァが俺を呼んだ理由もわかった気がした。


 小説家というのはわいわいしゃべりながら仕事をするわけにはいかない。友達が何人いようと、仕事をする時はひとりぼっちだ。


 シヴァも長らくひとりぼっちで魔道士をやってきたのだろう。この屋敷には使い魔を除けばシヴァ以外の人間の気配がない。


 実は魔道士と小説家というのは近い職業なのかもしれない。


 左手をシヴァの頭に載せた。


 これで孤独というものを減らすことができたらいいなと思いながら、眠りに落ちた。



 一人で寝ているわけじゃないから、奇妙な夢を見た。


 目の前に立っているのは背の高い少女だ。


 なぜか、シヴァだとすぐにわかった。帽子がいつものと同じだったからだろうか。


「ふふふ、夢の中だと、全盛期の頃に戻れるのじゃ」


 シヴァは楽しそうにくるくるとローブをはためかせながらターンした。


「全盛期って魔道士って知識を蓄積していくものなんじゃないか」


「肉体的な全盛期じゃ。この頃は技量も生半可じゃったが夢や希望にはあふれておった。ちょうど、今のおぬしみたいにな」


 師ではなく、おぬしとシヴァは言った。


「夢で自由の利く魔法を使ったのじゃ。寝つく前におぬしに慰められたから、今度はこっちの番じゃ。悩み事があったら先輩になんでも話してみよ♪」


 いかにも魔女ですといった顔でシヴァは、にっかりと笑った。にっこりというには、含むところがあるから、にっかりだ。


「やっぱり、年上の教え子ってやりづらいな」


 俺は苦笑するしかない。


「授業中見ていても、おぬしで悩みを抱えているように見えたからのう」


 ああ、シヴァは小説家としての俺をずっと見てたってわけだ。


 魔道士と小説家が近いって冗談でも何でもなくて事実みたいだ。


「そうだな。同じスタートラインから出発したはずの奴にどんどん離されるのがつらいかな。しかも、自分じゃ何が足りないのかよくわからないんだ。わからないうちに、みんな、アニメ化だ、アニメの脚本だってキャリアアップしてく。まあ、だからって、自分が面白いと思うものを書くしかないんだけどさ」


「そうじゃのう、わらわの百二十年前にそっくりじゃ」


 昔すぎるだろ。


 シヴァはうむうむと腕組みしながらうなずいた。身振りだけは年上に見えた。


「まあ、人間、急に成長するとなると大変じゃが、少しずつならそう難しいことでもないわ。一歩一歩、前に進むことじゃな」


「わかってるよ。いい大人なんだから」


「それが大人だからといってわかるとは限らんのじゃよ。むしろ、大人になってしまったがゆえに他人の言葉を聞けずに過ちを繰り返す者もおる。それに大人は成長も遅いから、ついつい努力することを忘れてしまう。魔道士の中にも、そのせいで失敗した者が何人もおる。きっと、今が正念場じゃぞ」


「肝に銘じておくよ、マジで」


「結果が見えずとも努力、努力じゃな。さすれば風穴も開くじゃろう」


「その根拠は?」


 あまりに典型的な努力論だから、少し意地悪のように言った。


 シヴァはもう一度魔女の笑みを浮かべた。八重歯がのぞいていた。


「百三十七年生きてきた大先輩が言うておる」


 やっぱり、百年以上年上の人間には勝てないや。


「もし努力が実らなかったら、魔法でアニメ化してもらうからな」


「今日は疲れたじゃろう。ほれ、わらわがいい子、いい子してやろう」


 シヴァがゆっくりと両手を広げた。


「いつもの姿ではこんなことできんからのう。ほら、夢の中だけのサービスじゃ」


 俺も夢の中という言葉に少しだけ甘えてみることにした。


 ゆっくりと抱きついた。


 シヴァの服には複雑な香辛料のような香りがした。魔法で使う粉のにおいだろう。それは不思議と胸の鼓動を早めた。


「おっ、がらにもなくどきどきしておるの。ペドフィリアではないのじゃな」


「だから、違うって言ってるだろ」


「どうじゃ、夢の中ならこの体で性的なこともしてやらんでもないぞ?」


 顔は見えないけど、こいつ、絶対にやにや笑って言ってるだろ。


 本音を言うと、かなり本気で迷ってしまった。夢とはいえ、目の前に美少女がいるのだ。


「やめとく。思い出が気まずいものになりそうだし、あと……魔女とそういうことするとあとが怖い……。命とか吸い取られそう……」


「失礼な奴じゃの」


 シヴァのあきれた声が響いた。



 気づいたら、子供のシヴァが俺に抱きついてきたまま眠っていた。


 これが現実だよな。少なくともサイズ的な面ではこのシヴァに包容力はない。


 静かな部屋に寝息が聞こえてくる。魔道士様も今は熟睡なさっているらしい。


 もう、あの大人のシヴァは出てこないだろうなと思いながら、再び眠りについた。


 快眠して、明日もまたしっかり原稿を書こう。


 ――翌朝。


「猛烈に頭が痛い……。本を一ページも読みたくない気分……」


 どういうことだ、これは……。寝冷えでもしたか? だけど、とくに寒くもなかったよな……。


「しまったのじゃ……」


 あちゃ~とシヴァは顔に手を当てていた。


「実は、昨日の夜着は体力を吸い取るマジックアイテムでな……それで抱きついて眠ってしまったせいで、師は寝ている間、全力で山を走り抜けたぐらいに疲弊しておる」


「えええっ! 結局、体力吸い取られ――うわ、自分の声が頭に響く……」


 立っていられなくて、その場にしゃがみこんだ。絶望的なぐらい力が入らん……。


「あ、なんか熱っぽい気もする……」


「どれどれ、見せてみるのじゃ」


 シヴァが俺のおでこに手を伸ばした。


 それから「あっ、やばっ」という顔をした。


「これ、高熱が出ておるの……。わらわが看病する……」


 その日は一日中、シヴァに介抱されて、一文字も書けませんでした。


新作「スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました」の更新を本日から始めました! よろしくお願いします!  http://ncode.syosetu.com/n4483dj/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ