地下室に監禁された(中編)
室内は割とこぎれいで、日本のゴスロリ少女の部屋みたいなところだった。
職業柄、大きな壺や瓶がたくさん並んでいて、キャラ作りじゃなくてガチな本職なのだと感じるが、お化け屋敷的な禍々しさはない。
魔道士といっても、女子は女子らしい。
「思ったより趣味がいいな。怖さよりかわいさが勝ってる」
「お褒めにあずかり光栄なのじゃ」
「それで、作業の部屋はどこなのかな」
わざわざ森まで来たけど、正解の環境だな。軽井沢の別荘に来たような感覚だ。
「ああ、ここじゃ、ここじゃ」
シヴァが案内してくれたのは竃がある台所だった。
「えっ? こんなところでやるの……? まあ、調理も自分でやれっていうのならわからなくもないけど」
「はん? 台所ではないぞ。この下じゃ」
と言うと、シヴァは床の取っ手みたいなものを引いた。
地下階段が薄暗い先にあった。
ランプで照らされてはいるが、そこは地下牢みたいな不気味な空間だった。
というか、実際、部屋の隅に地下牢があった。
牢の向かい側の隅には、金属の鎧と一匹のコウモリと黒猫がいる。
で、部屋の中央に机がぽつんと用意してあった。
その机だけ、あからさまに浮いていた。
「こ、こんなところでやるのか……?」
「缶詰めに最適であろう。ここなら台所に重しでも乗っければ絶対に脱出できん。書くよりほかにない」
「それ、ガチの監禁だろ!」
「トイレはこの階にもあるから心配いらんぞ。何かあったら台所の床の蓋を叩いてくれれば、すぐに出向こう」
「想像の斜め上で本格的な缶詰めだ……」
昔の作家はホテルに連行されて、書き終わるまで帰してもらえなかっただなんて話も聞いたことがあるが、地下牢に閉じこめられる作家は俺ぐらいものだろう。
「では、頑張って働くのじゃ。あとで手料理を振る舞ってやろう!」
「あっ! 魔女的な、ムカデとかいろいろ入ってる紫色のスープとかはナシな!」
怖いからとにかく安全弁を作っておくぞ。
「わかっておる。ちゃんと一汁二菜的なものを用意する」
シヴァが行ってしまい一人になると、いよいよ気味悪さが増した。
でも、ここはプラス思考になるしかないな。気味悪いのも忘れるぐらいに、執筆に集中しないといけないと考えよう。
ノートパソコンを開いて、作業を開始する。
たしかに缶詰め作業には最適の場所かもしれない。静まりかえっていて、本当に物音一つしないのだ。俺がキーボードを打鍵するカタカタという音だけが例外だ。猫もコウモリもいるが、置物みたいにじっとしている。
自宅や喫茶店よりは二割ほどペースが早い。
この調子だと早い段階でノルマを超えてくれるかもしれない。
そして、一時間近くが立った頃。
――カタッ。
何か物音がしたような……。
地下牢には誰も入っていないはずなので、その逆側を見た。
人はいなかった。アンデッドのようなものもいなかった。少し落ち着いた。
ただ、心なしか、鎧がこっちに寄ってるのではないか。
「気のせい……だと信じたい」
猫が歩きでもしたんだろう。鎧の場所も細かく確認してなかったしな。ははは……。
再び、作業を開始する。怯えている場合じゃない。
また二十分ほど進めて、一話分が書けた。
ある程度書けたら巻き戻って、その都度、改稿していくスタイルの時もある。原稿のレベルを保つにはこのほうがいい。だが、今回はこのまま二話目に入るか。ここまで筆がノってる時は勢いに任せたほうがいい。
――カタッ。
また物音がした。
まさか、鎧が来てるなんてことはないよな。
真横に鎧があった。
「絶対、こいつ!」
あわてて階段駆け上って、蓋の板を叩いた。
いっそ板を叩き割ってもいいという気持ちで叩いた。命の危険を覚える。
「シヴァ! 至急来てくれ! 鎧が迫ってる! マジ怖い!」
三十秒ほどドンドンやってたら戸が開いた。
「なんじゃ、騒々しいのう。別に怖い者などおらんじゃろう」
「いるし! 鎧が近づいてる! 悲鳴出るわ!」
てくてくとシヴァが地下牢に降りてきた。家の主にどうにかしてもらうしかない。
「ああ、本当じゃの。近づいておるの」
「だろ! これ、放っておくと取り返しつかないやつだろ!」
シヴァは背伸びをして鎧の頭をなでなでした。
「おお、そうか、そうか。ヨロ坊は師のことが好きなのか。そうか、そうか」
「鎧に名前つけてんの!? ていうか、それ生きてんの!?」
「ヨロ坊は興味を持った人間には近寄るんじゃ。害はないから心配せんでよいぞ」
不安を煽るという害がすでにある。
「ヨロ坊は過去に肉体が朽ちてしまった使い魔の魂が入っておる。わらわの眷属じゃ」
もう少し友好的であることがわかりやすい態度をとってほしい。
「ところで、鎧の言いたいこと、わかるのか?」
「うむ。できれば、動く鎧が無双する小説を書いてほしいと希望しておる」
「需要、こいつにしかない!」
鎧には気が散らない距離にいてくれと頼んで、作業を再開した。
異様な環境も慣れてくれば日常になる。横の地下牢で何が行われていたか考えなければ
、さくさく進んだ。
昼には、シヴァが野菜と鶏肉を煮込んだ料理とパンを持ってきてくれた。
夜には、鍋の中にパスタ的なものが入った、ほうとうの王国版みたいな料理が来た。
「料理は基本的に体をあっためることを考えればよいのじゃ」
まさにおふくろの味というか、おばあちゃんの味という感じの、地味あふれる料理だった。見た目は幼女でも年齢的にはひいおばあちゃん以上なのだから、それも当然なのかもしれない。
結局、初日だけで当初予定よりも十五ページも多く書けた。
しかも、速さばかりに目がいった、筆が荒れた原稿でもない。缶詰め効果のおかげで集中力が持続してくれたせいだ。




