小説学校の教師になった(後編)
「アルクス王国にお住みいただいて、そこで王国民のための小説学校を開いてほしいんです! 給金は国家から支給いたします! 王国でわからないことは私がお教えします! 王国の出版文化の普及のためにご協力ください!」
「内容はわかったんだけど……。異世界で働くんだよな……ライトノベルの仕事はどうすれば……」
給料が年俸一億とかなら話は別だが、あくまでも文章を書くのが好きでこの職業をやっているのだ。作家から講師に転職というのは抵抗がある。
繰り返すけど、年俸一億とかなら作家を諦める。
年俸五億なら俺の著作が焚書されても許す。
「ご懸案の点ですが、原稿の輸送ぐらいはできます。パソコンを動かすバッテリーも一年分は日本から持ってこれます! その他、必要なものは随時取り寄せ可能です! 注文した翌日には届きます!」
つまり、仕事自体はできるということか。
授業もしないといけないから兼業にはなるが、兼業作家ぐらい腐るほどいるから、できないことはないだろう。授業だって小説に関することなわけだし。
「そういえば、出版文化っておっしゃってましたけど、書店とかあるんです?」
「はい、王都には何店舗がありますよ」
その時、俺の中で素晴らしいアイディアがひらめいた。
もし、俺が王国に行って、ライトノベルを書けば――
それは王国史上最初の本格的ライトノベルとして長らく歴史に残るのでは?
日本ではライトノベル作家が多すぎる。
マジで多すぎる。
おかげで刊行点数も多すぎる。
こんなん、気合入れて本書いたって埋もれるわ。
ただでさえ小説の面白さなんてがっつり読まないと判断つかんのだぞ。
漫画の何倍も読むのに時間がかかるから、月に何十冊も読めんのだぞ。
新人でも表紙のレベルが高ければベテランがあっさり売り上げで負けるんだぞ。
クソゲーじゃねえか!!!
ならば、俺はアルクス王国のライトノベル作家になる。
唯一無二の、アルクス王国のライトノベル作家になる。
一人しかいないから、絶対に負けない。
俺が、ナンバーワン。
マジでオンリーワン。
かつて浮世絵がヨーロッパの絵画に影響を与えたのは、ヨーロッパにない独自のものだったからだ。ライトノベルもファンタジー世界ではきっと独自だろう。
勝機はある。
それだけで食っていけるかわからんが、日本用の仕事も続ければいいだろう。
「わかりました。行きます」
「長谷部さん、えらくあっさり決めましたね!」
編集の上杉さんのほうがびっくりしていた。
「だって、仕事にはそんなに影響しないんでしょ。だったら、稼げる仕事は受けますよ。それに、俺、東京が地元じゃないんで、よそで働くって意味だと一緒ですし」
あと、ファンタジー世界をリアルに見ることができるというのはライトノベルを書く者として貴重な体験だ。日本で出す小説にもフィードバックできる。
異世界転生ならぬ異世界引っ越しだ。
「ありがとうございます! 尊敬する作家さんに来ていただけて本当にうれしいです!」
握られたままの手をまたぶんぶん振られた。振られすぎて、体が揺らめいた。
「あっ、漫画とか小説とか資料とか持っていけますか?」
「はい! すべて持ってきてください! むしろ多いほうがいいです! ほしい漫画やDVDがあったらどんどん言ってください! 国費で買います!」
喜色満面の笑みでシーナさんは言った。
いや、国費使ちゃいかんだろ。
●
荷造りは、友人の作家である堀松ひらに手伝ってもらった。
「あんた、本気で王国に行くの……?」と三回聞かれた。
「むしろ、どうして忌避するのかわからん。トンネルをくぐれば王国の言葉は全部日本語に聞こえるように変換されて、文字も日本語に見えるらしい。魔法ってすごいよな」
「言語の問題だけじゃないって。異世界よ、異世界」
「日本で空気の合わん場所よりは異世界のほうがマシだ。たとえば非モテの俺がいきなりキャバクラとか連れていかれたら、勝手がわからず、半泣きになって逃げ出したくなるだろう。それならファンタジー世界のほうが気楽だ。あと、本物のエルフとか見たい」
「はあ……これ以上言っても無駄か」
「うん、無駄だ。お前は俺の漫画コレクションをダンボールに入れる作業を手伝え」
「はいはい……。うわ、七〇年代初期に出た『金ゲバ』の00年復刻の愛蔵版持ってるの!? これ、ちょうだい!」
「ダメだ! 本は一冊も捨てずに持ってこいってシーナさんに言われてるんだ! お前、金はあるんだから買えるだろ」
人数が倍になるとペースは倍以上になる。一日で荷造りは終わった。
「ったく。手伝ってあげたんだから感謝しなさいよ」
「わかった。お礼にツイッターでお前の新刊、すごく面白かったって連投しとく」
「そういう実利的なお返しは求めてないの!」
その日の晩飯はさすがに俺がおごった。
ひらよ、今は売り上げで大差をつけられているが、いずれ文学史の上では俺のほうが著名になるのだ!
●
王国とのトンネルはとてつもなく厳重な警備をしている都内のビルにあった。
さらにその場所を口外してはいけないという書類まで書かされた。
テロ組織などに狙われることを防ぐためなのだという。実際のところ、魔法でできているのでトンネルの封鎖はたやすいらしいが。
手続きを終えて、トンネルのある部屋に入った。
ドライアイスで演出でもしているみたいな白い煙が漂っている中に、半円形の白い入口が見えた。たしかに扉というよりはトンネルという言葉が近かった。
「けっこう怖いですね……」
「なんてことはないですよ、チカラ先生」
引率はシーナさんがしてくれる。俺だけで行ってもどこで何をしていいのかわからず、おいてけぼりになるのでシーナさんの随行は必須だ。
「学校の準備も部屋の用意もしていますからね。王国の文化発展のためによろしくお願いしますっ! では参りましょうっ!」
俺の手をぐいっと引くと、シーナさんはずんずんトンネルのほうに進んでいって――俺も知らないうちにトンネルをくぐる。
そういえば気候を聞いてなかったな。Tシャツの上から一枚羽織ってるだけだけど、シベリアなみに寒いだなんてことはないよな? 住みやすい気候でありますように。
そんなしょうもないことを危惧しながら、俺はアルクス王国に着くのを待つ。
ある意味、アニメ化よりレアな経験を俺はしにいくのだ。
でもアニメ化も経験したいけど。
余裕があれば、次も今日中に更新したいです。