イラストレーターに会った(後編)
「どうやら、君は裸を描くことが恥ずかしいらしいね?」
腕組みしながら、言った。
「なんで、タメ口になってるんですか? 別にいいですけど」
「だが、この王国でも古代の女神像は服着てないだろ。王城のコレクション室や神殿で見たぞ」
「あれは崇高な神だからいいんです! あなただって自分の世界の神話読んで劣情催したりしないでしょう!」
「…………ほぼ正しいが、一部の人は『古事記』読んで、近親相姦来たとか異種姦来たとか思っているおそれはある」
「変態の国かっ!」
変態が褒め言葉に聞こえる俺は、この業界にどっぷりつかりすぎたのだろうか。
「それに、こういうものは男が描くべきです! 女子に頼むだなんて非常識です!」
「え、なんで?」
「だって、指定内容がいかにも女体に悶々としている男の視点じゃないですか!」
「いや、女性イラストレーターはたくさんいるぞ。普通にエロ同人描いてる人も珍しくない。なので、ライトノベルの仕事依頼をしたのも自然だ」
「やっぱり、あなたの国、変態の集まりですよ!」
いかんな。どんどん日本の価値が下落している気がするぞ。いや、一個人に対する日本の印象がどうなろうといいんだけど、これでは仕事自体を断られてしまう。
イラストレーターが変更になると発売が延期される。
その間に、たとえば、堀松ひらが、余ってた原稿を王国で発表するわ~なんてことを言い出したら、俺の計画に支障が出る。
それだけは、俺のために、なんとしても阻止しなければならない。
「ナナオン」
「ついに呼び捨てですか。私、若く見えるから、いいですけど……」
「俺は君に惚れたんだ」
「えっ……!? 何を言い出すんですか……」
「君じゃなきゃダメなんだ」
名づけて、褒め褒め作戦。
ネーミングセンスないな……。
異世界のイラストレーターとはいえ、クリエイターはクリエイター、つまり同じ穴のムジナのはず。
そしてクリエイターは褒められると弱いのだ。
自分も弱いからよくわかる。
絶賛されてるツイートなど見たら、それだけで一日中楽しかったりする。
「王国初のオリジナルのまっとうなライトノベルを発表する時、君のイラストは不可欠なんだ。誰でも代替できるものじゃない。やってくれ」
ナナオンはほうけたような顔で、俺の言葉を聞いていた。
いい感じだ。あとは五感で誠意を伝える。
しっかりと、ナナオンの碧い瞳を見つめる。
それから、その手に俺の右手を重ねる。
「俺はふざけているわけじゃない。君の画家としての技巧と、人物画のかわいさに賭けている」
「二言はないんですね……? エルフは言葉の軽い者を蔑みますよ」
「君と一緒にこの仕事を続けていきたい。ライトノベルはイラストがあってはじめて命を宿す。俺が父親なら君は母親だ。二人で一緒に二人三脚でやって行こう」
ナナオンが感極まったように口を押さえた。
「突然のことでびっくりしましたが、なかなか男らしいですね」
「これでも男だからな。男らしいのは当然だ」
意を決したようにナナオンはうなずいた。
「そうですね……恥ずかしい仕事とはいえ、人生のパ、パートナーの手伝いと考えれば、そうおかしなことでも……ないかもしれませんね……」
「ありがとう、ナナオン」
人生のパートナーって言うのは言いすぎな気もするけど、アニメ化作品を狙うならそれぐらいの親しい関係がいいのかもしれない。
「わかりました、やりましょう!」
ナナオンが席から立ち上がる。
それに釣られるように俺も立ち上がる。自分だけ座っているのが失礼な気がするし、握手ぐらいしたほうがいい流れだろう。
「よし、これから、このシリーズを一緒に――」
ナナオンが飛びこんできた。
気づいた時には、両腕で思いきり抱きつかれていた。
痛いぐらいの抱擁だ。
そうか、王国の感情表現だと握手よりもハグなんだな。海外でもハグをする国ってあるし、原初的な感情表現って似てくるのかな。
エルフはお香のようなものを使うのか、高貴な香りが抱きしめられたせいで、鼻に当たった。
「俺もこの気持ちにこたえられるように立派な小説を作――」
「私、求婚されたことなんてなかったんです……。しかも、こんな熱烈に……」
ん? 球根?
違うな、いくら植物に詳しそうなエルフでもこの文脈で球根はないな。
あとは辞書的に求婚ぐらいしか思いつかない。
「最初は虚言を弄するだけのうさんくさい男かなと思っていましたが、あんなにはっきりと強い言葉で求婚するだなんて……。あなたはエルフではないですが、それに負けないぐらい強い信念を持った男ですね!」
ああ、俺、さっきこう言っちゃったな……。
――俺は君に惚れたんだ。
言うまでもなく君(の描いた作品)に惚れたということなのだが。
これは確実に勘違いが起こっている……。
「今度、ナギの大木が祀られているエルフの神殿に行きましょうね! そこは二人に降りかかる苦難をすべて追い払うというご利益があるんです!」
「あの、すいません……解釈の面で大きな問題がありましてね……」
「両親からも、女のエルフが画家なんてやってどうするんだと言われたりして、王都に出てきましたが、あなたみたいに私の仕事まで認めてくれる人がいて、本当によかった……。この仕事をやってよかったと心から胸を張れます……」
ヤバい。なんか感動的な話になって、どんどん打ち明けづらくなってる!
「一度、深呼吸をしよう。それから俺の話をゆっくりと聞いてくれ」
「今なら作品の中で『愛』を表現することもできそうです!」
「俺は求婚してない! 惚れたと言ったのは比喩というか、作品のみ!」
そのあと、座りなおして、説明をした結果、理解はしてもらえたが――
ずっと、ナナオンは山火事のあとの森みたいな表情をしていた。
この比喩、わかりづらいな。
FXで多額の金を失った人の顔に似ていた。
「――というわけで、紛らわしかった俺の言葉にも責任はあると思うので、五、六発殴ってください。それで少しでも気がすめば、全然OKですんで……」
「いえ、こちらの早とちりでもありますから」
ああ、キレて「もう、こんな仕事するわけないでしょ!」と言われたりしなくて本当によかった。
「ただ、ちょっとだけ、こころにだめーじがきたので、もしかすると、えをかけないかもしれません」
「うああっ! メンタルを打ちのめしてるパターン!」
個人事業主が陥ると一番まずいやつ!
「すうかげつ、おんしんふつうになってもきにしないでください」
音信不通って、一番編集者が頭抱えるやつ!
そのあと、自費で五回ほど、食事に誘って、やっとテンション戻してもらいました。




