イラストレーターに会った(前編)
俺は、カフェのテラス席で本を読んで待っていた。
何を待っているかというと、お茶ではない。お茶はすでに来て湯気を立てている。
ずばり、今度出版する本のイラストレーターを待っているのだ。王国初出版の本格的ライトノベルなので、イラストも王国民に頼むことにした。
画廊でその絵を見たのだが淡い雰囲気のタッチながら、描かれている少女は美麗でかわいさもあり、ライトノベルにもう少し寄せれば充分に通用すると判断した。
だが、編集者のジンボーさんはこの打ち合わせに来ない。
書店の仕事が忙しくて手が離せないらしい。
作者とイラストレーターだけで打ち合わせをしろだなんて日本のシステムだとありえないのだが。だって、お金の交渉がもし起こったとして、出版社の人間しか何も言えんからな。まあ、王国には王国のやり方があるのだ。
たまにちらっちらっと通りのほうに目をやる。
イラストレーターは女性のエルフらしいので、それっぽい人間を探しているのだ。
と、待ち合わせから五分遅れで、つかつかと店のほうに歩いてくる少女がいた。
その子が帽子をとると、とがった耳と長い金色の髪が目につく。まさしく、エルフだ。
これだけエルフらしいエルフを正面から見たことは、人生でなかったので「うおぉっ」と情けない声をあげてしまった。若々しい女エルフだ。
服装は緑主体で腕も足もかなり露出したものだが、森を自在に動き回るにはこういうのがいいのかもしれない。王都はけっこうあったかいしな。
こっちの声で、向こうも俺が作者だとわかったようだ。視線が合った。
しかし、気になることがある。
ファーストコンタクトにしては顔が仏頂面なのだ。
いきなりエルフの風習に反するようなことをしたかな……?
「はじめまして、イラストをつとめます画家のナナオン・ハタキヤムです。何か、注文してきますのでお待ちください」
「あっ、俺が払います。あとで編集に経費で請求できますんで」
ナナオンは桑の葉でできたお茶を注文したが、その間も険しい顔は変わらなかった。
デフォルトがいかめしい人はたまにいるが、そういうことなのだろうか?
正直言って、仕事を進めるうえでハードル高くなってるぞ……。
不安を抱えながら、とにかく席につく。
「え~と、今回、イラストをぜひナナオンさんにお願いしたいと思いまして……。必要なキャラの数と、シーンについては編集から連絡もあったかなと」
「はい、すでにいただいています」
まだ、この女エルフはむすっとしている。
やはり、イラストレーターとサシで会うべきではなかった。
「ええとですね、王都の画廊でナナオンさんの絵を見て、素晴らしい絵を描くなと思って、今回お仕事をお願いしました」
「はい。私もお話を聞いて光栄なことだと考えていました――最初は」
おい、なんか、意味深な「最初は」が来たぞ。
「あ、あの~、納得いかない点がありましたか?」
ジンボーさんがカラー口絵を二十枚描けとか無茶な要求をした可能性もありうる。
「すごくありました」
マジかよ! もう帰りたい! これ、絶対に上手くいかない!
「こういう指定が来たので、驚いています」
ナナオンさんは書類をごそごそと出した。どうやら、ジンボーさんが届けたものらしい。
「これです、これ!」
指で書類の一行を指し示す。俺もおそるおそる、目で追っていくと、
カラー口絵
主人公がヒロインのお風呂のぞいちゃったシーン。
胸と股間は湯気で隠す。
「あ~、そういうことか」
「こんなの恥ずかしくて描けるわけないじゃないですか! 私は人物画も描く画家ですけど、春画は担当してません!」
ばんばんばんと、ナナオンさんはテーブルを叩く。よほど、腹に据えかねているらしい。
「ほかにも、ほかにも! 『倒れて誤っておっぱいをもんじゃうシーン』とか『きわどい水着を恥ずかしげに着ているシーン』とか『なまめかしげに指についたクリームを舐めているシーン』とか、どんな小説なんですか! あなた、こんな、いかがわしい話を作る仕事をしていたんですか! こんなひどい小説だとは伺っていませんでしたよ! ライトノベルって子供に夢を与える小説って聞いていたのにっ!」
十一月中旬のもみじみたいにナナオンさんの顔が赤くなっている。
この仕事依頼が、一種の辱めになっていたらしい。
いかがわしい、か。そりゃ、いかがわしくもあるが。
「俺の中では、これぐらい許容範囲なんだよなあ。どうせフィクションだし」
「えっ! あなた、正気なんですか!」
「正気まで疑わなくてもいいだろ」
「だって、倒れたはずみにおっぱいつかんでそのままもむって異常ですよ。そんなこと、現実に起こりえないでしょう!」
「ナナオンさん、あなたにライトノベル理解に必要な言葉を教えましょう」
「いったい、何です?」
「現実から目を背けろ」
「そこは普通『目を背けるな』って言うところじゃないんですか!?」
ストレートなツッコミが来た。
だが、違うのだ。
「ライトノベルに必要なのはリアリズムではない。いや、まあ、リアリズムを上手く入れてる作家もいるし、現に俺のデビュー作もアンチヒロイズムの精神で、味方が敵の幼女をコンクリートブロックで撲殺するシーン入れたりしたけども、基本的にはファンタジーなんだ。もっと楽しく、都合よくあるべきなんだ。主人公は最強で女にもてるべきだし、おっぱいがあれば偶然にももんでしまうべきなんだ」
「真面目な顔で語ってるけど、けっこう人間のクズなこと言ってますよ!」
「クズか。まあ、小説なんて反道徳的でナンボじゃないのか? それで自由の国に亡命して、創作を続けるぐらいのほうがかっこいいだろう?」
「いや、おっぱいもむことやお風呂のぞくことに思想なんてないですよ!」
久しぶりにまっとうな精神の人間に会った気がする。
「それと、このシーンもおかしいですよ!」
またナナオンが本を開いて見せてきた。
主人公がヒロインに抱きついてしまって、いい香りがするというシーンだった。
「別に女の子にひっついたからってとくにいい香りなんてしないでしょう! 香りがするなら、それは香水がきついだけじゃ……」
また、女性読者からの真摯な批判が来た!
「……それもファンタジーなんだよ……。近づきすぎた女の子からはいい香りがしなくてはならないんだ。五感のうちの嗅覚を表現に動員することでより女の子の魅力を高めているんだ。だって、女の子に近づいたことない人間は、どんな香りがするかどうかなんてわからんじゃないか! 想像で書くしかないだろ!」
「ライトノベルってとことんリアルからかけ離れた表現形式なんですね」
「リアルが満ち足りていたら、ライトノベルなど書かんし読まん」
いくらなんでも暴言すぎたかもしれない。
だが、価値観の違いですね、ははは~では仕事にならない。説得せねば。
新作の、「ギルド・クラッシャー」を連載開始しました! よろしくお願いいたします! http://ncode.syosetu.com/n2161dj/ ギルドにすべてを奪われた男がその復讐のために戦う話です。




