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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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プチ修羅場を体験した(後編)

「もう、ウザいから寝てくれ……」


「じゃあ、チカラ、一緒に寝お~♪」


「寝れるか。布団は出すから一人で寝落ちしろ」


「でも、服、びしょびしょだし~」


 たしかに王国の民族衣装みたいなのから、リアルに水がしたたっていた。何度も水ぶっかけたからな。


「わかった……。着替え出すから自分で着替えてくれ」


 俺は衣類棚からカッターシャツを取り出して渡した。これなら、直接肌に触れるものじゃないし、礼服着る時ぐらいにしか使ってないし、こいつも納得するだろう。文句があるなら帰れ。


「その他、自分で使えそうな服出して着てくれ。どこまで濡れてるのか知らんけど」


「ありがと~、チカラ大好き~」


「お前、好きって言葉、もうちょっとセーブしないと、どんどん下落するぞ」


「チカラ、百年後にはきっと評価される小説家になるお~」


「百年かかんのかよ!」


 もっと早く評価してくれ。


 ひらが服を脱ぎだしたので、俺は隣の食事用テーブルのある部屋に移動した。


 風呂わかそうかな……。いや、酔っ払ったあいつがはまって溺死する危険もある。今日はやめよう……。


「ぬぎぬぎ~♪」


 これはもう書斎に入れんな。


 ノルマが終わらないまま、俺も隣の部屋でごろ寝することにした。


 おのれ、ひらめ、俺の仕事の邪魔をしおって……!



 ――翌朝。


「えぇぇぇっ! ど、どういうことなのっ!」


 隣の部屋から悲鳴に近い叫びがあって、目を覚ました。


 スルーして二度寝するわけにもいかないので、あくびしながら隣の部屋に入る。


「なんだ、虫でも出たか――――うっ……」


 俺は思わず絶句した。


 その、ひらの服装にいろいろと問題があったのだ。


 裸の上から俺のカッターシャツを着ている。


 というかそれしか着てない。下にも何もつけてない。


 いわゆる裸ワイシャツというやつだ……。


 とりあえず、応急処置として首を横に向けた。見てたら絶対キレるだろうしな……。


「ああ、起きたか、ひら?」


「ちょっと! 明らかに凝視したらまずいから顔を横にしてるでしょ! つまり、最低一度は見てたでしょ!」


「しょうがないだろ。そんな格好で寝てたとか俺も予想してない」


「あ、あのさ……。ど、どうして私がチカラの部屋で寝てたの……?」


 この反応だと見事に記憶が残ってないな。


 ここでうかつな対応をすると半狂乱になって攻撃してくるおそれがある。空手をやってた奴を怒らせるのはまずい。


「ひら、冷静になれ。何も問題はない。昨日、酔っ払って、勝手に転がりこんできただろ」


「あれ、そうなの……?」


「でなきゃ、お前が覚えてない理由が説明できん」


「けどさ、なんで、私、服脱いでるの……?」


「それはお前が自分で脱いだんだから、俺は知らん……」


 おおかた酔っていたから、脱いで途中で寝たんだろう。


 ちらっと、ひらのほうを見ると、どうもわなわなふるえていた。


 これは武者ぶるいっぽいぞ!


 まずいな。変な誤解を受けて、殴られたんじゃふんだりけったりだぞ。


「私、酔って記憶がない間に……と、取り返しがつかないことしちゃった……」


 涙声?


 ひらのやつ、泣いてるのか……?


「こ、こういうことはちゃんと手順を踏むべきだと思ってたのに……。そりゃ、酔ってた私も悪かったとは思うけど……」


「おい、声を大にして言うが、昨日の晩に何もなかったからな!」


「けど、うっすらと記憶があるの。たしか、あなたに大好きとか結婚しよとか言ったような……」


「ピンポイントでそこだけ覚えてるのかよ!」


「あっ、やっぱり酔って言っちゃったんだ……。それで、そのままの流れで……。あわわわわわ……」


「だから、違うからな! 俺は潔白だからなっ!」


 ひらは何も言わなかった。


 代わりに部屋の隅に目をやっていた。


 丸めたティッシュが転がっていた。


「違うぞ! それもお前が水で濡れた~とか言って、使ってたとか多分そういうやつだ!」


「うあぁ~ん! 状況証拠的に何かあった気しかしないよ~! ものすごい事後感だよ~!」


 ――こんこん、こんこん。


 不吉なノックの音が聞こえてきた。


 ドアにしては、やけに近くからノック音がする。


「チカラ先生、私の家においしいお菓子が届いたので、おすそわけですよー!」


 書斎の窓を開けて、シーナさんが入ってきた。


 うわ、今日だけは無断で入るのやめてくれ!


「ちょうど朝食中ですか――――うわわわわわっ! タイミング最悪でしたっ!」


「うん、俺もそう思いますよ!」


「なんという圧倒的事後感!」


「もしかして事後感って言葉、はやってるの!?」


「しかも泣いてるっ! ジャパニーズ修羅場ですっ!」


「それ、別に日本関係ないでしょ! 普遍的に修羅場でしょ!」


「ああ、やっぱり修羅場なんですね!」


「違います! 本当に関係ないです! ひらが酔って俺の部屋に来ただけで――」


「いえ、もう何も言わなくていいです。すべてわかりました」


 右手を前に突き出して、シーナさんは俺の言葉をさえぎる。


「つまり、このようなことがあったんですね。夜に酔っ払ったひら先生が部屋にやってきた。で、心やさしいチカラ先生はちゃんと介抱してあげるわけです」


 うんうん、そのとおり。俺はやけにうなずいた。


「だが、そこにチカラ先生に一筋の情念の火が灯ったわけです。自分より売れてる作家を食ったら、自分はもっと売れるんじゃないか、そんな謎のマウンティング理論が頭をもたげた。そして、酔って動けないひら先生に襲いかかり、『お前が何百万部売れようと、お前は俺が支配するんだ』と――」


「待て待て待て! 何、勝手に妄想ふくらませてるんですか!」


 しかもかなり失礼じゃねえか!


「『俺の特殊能力は【部数簒奪アブソーブ】、関係を持った相手の部数を吸収する力を持っているのだ』などと言い出し――」


「もはや化け物の域だぞ!」


「ほ、本当なの、チカラ……?」


「本当がどの部分を差すのか確認したいぐらいだわ!」


 なんで、証拠も何もないのに普通に問題あったような流れになってるのか……。冤罪ってこうやって生まれるのだな……。


「こほん、すいません。生の裸ワイシャツを見て、騒ぎすぎてしまいました」


 シーナさんが落ち着いてくれたのはいいが、この人、本当に王国の人間なのか。


「チカラ先生がそうまでおっしゃるなら、何もなかったのでしょう。そうでしょう」


「やっとわかってくれた……」


「ただ、一つだけ言わせてください」


 ぽんとシーナさんは俺の両の背中に手を置いた。


 すごく真剣な顔だった。


「生徒には手を出さないでください。先生を招いた私の責任問題になります」


「やっぱり、信用されてなくない!?」


 誤解はかろうじて解けました。また、ひらが着たワイシャツは俺が所有してると、また変な誤解を生みそうなので焼却処分しました。

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