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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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26/50

プチ修羅場を体験した(前編)

 夜八時頃、俺は部屋のパソコンで王国用の小説を書いていた。


 なお、パソコンといっても、文字を打つぐらいしかできない低スペックである。


 異世界なのでどのみちウェブに接続はできないのだが、日本でも同じだった。


 もしウェブが使えると、確実にツイッターを見たり、何か調べるついでにソシャゲのまとめウィキを見たり、ついでにエゴサーチしたりして、時間を無駄にするからだ。


 小説を書く以外に何もできないストイックな環境が効率性を高める、冷静に考えたらなんとも因果な話である。不便にしたほうが仕事環境としてよくなっているのだから。


 ――どんどん、どんどん!


「このノック音はシーナさんじゃないな」


 シーナさんよりもっと雑だ。シーナさんは女性的なやさしさがある。


 押し売りか? 怪しい奴が来ると怖いし、スルーしようかな。


 ――どんどんっ、どんっ!


「さっきより激しい。気味悪いな……」


 しょうがないので、俺は鍋を頭にかぶって、右手に辞書(投げると武器になるし防御力も高い)を持って、書斎横の窓から回りこんだ。


 これなら遠距離から不審者に気づけるからだ。


 窓を狙って侵入されたら終わりだが。最近はシーナさんなど、こっちから直接やってくる。


 さて、ドアをどんどんする奴は誰だ?


「あっ、チカラ~、早く出なさいよぅ……」


 堀松ひらだった。


 顔の表情がゆるんでいるので、これはあれだな。

 酔ってるな。


 ちょっと離れたところからでも顔が赤らんでいるのがわかる。


 辞書と鍋を置いて、玄関に回りこんで、鍵を開けた。


「お前、酒飲みすぎたな」


「大丈夫だお~、二杯しか飲んでないお~」


 たしかに二杯ならいつものひらなら耐えられる量だが――


「王国の酒は度数がきついんだよ。日本のノリで飲んだだろ」


「そうだったんだ~。はははぁ~」


「あっ、おい、土足であがるな! 王国は靴脱ぐ文化なんだよ!」


 いきなりあがりこんでこられて迷惑だが、追い返したら路上で倒れかねんし、やむをえない。数少ない日本人が問題を起こすと、俺の立場も悪くなる。


「酔いつぶれるのはいいけど、ゲロするなよ」


「はぁぁぁ~い!」


 ひとまず、コップに水を用意する。少しは酔いを醒まさせないとうるさい。


 多少、ひらの扱いには慣れていた。


 こいつ、最初のうちは淡々と飲んでいて理性的なのだが、あるラインを超えると突然酔いだすのだ。


 ビールだと三杯目までは平気で四杯目を飲んでる途中でこんな感じになる。


 ひらは俺の書斎で倒れこんでいる。本人は終始楽しそうだが、こっちは邪魔だ。


「ほれ、水だ。ちゃんと受け取れよ」


 ――びしゃあっ!


 飲もうとして、思いっきり自分の服にこぼした。


「あ~、こぼれたった~♪」


「ああ、バカ! もう一杯持ってくる!」


 ――びしゃあっ!


 また、やらかした。


「胸から足下まで全滅だな……」


 酔っ払いにキレてもしょうがないので、粛々と三杯目の水を用意して、飲ませた。


「もう、お前、まともに歩けなそうだから、今日は泊まれ」


「ありがと~、チカラってやさし~」


 いきなり、ひらは俺のほうに倒れかかってきた。酔っ払いの行動は予測回避不可能だ。

「ふふ、チカラ好き~、キスして~♪」


「酒臭いんだよ。素面で同じこと言えるんだったら言ってみろ」


 ほかの作家の前で酔ってるのをあまり見たことがないのでわからないが、酔うとやたらと浮かれる人間もキス魔になる人間もいるようだから、ひらもそのタイプなのだろう。


 紳士的にというか、単純に酔っ払いが鬱陶しいので、ひらを押し離した。


「チカラ、ほんとに好き~」


「お前、酔うと誰にでも好きって言うだろ」


「違うお~。チカラだけが好きだお~」


 また寄りかかってきたので、しょうがないので、俺は背中を向けた。


 背中にひっつかれるぐらいならいいだろと思ったが、こいつ、服濡れてんだな……。


 一応、胸を押し当てられてる体勢だが、服が濡れてることのほうが気になる! 地味なイヤガラセかよ!


「もう、いい。勝手にしろ。俺は仕事に戻る。ノルマが終わってない」


 背中にのしかかられたまま、パソコン前の椅子に座る。


 ホラー映画のシーンみたいだが、幽霊でも妖怪でもなく、同期の作家である。


「書いてたの、ちょうど酒場のシーンだな。ある意味、リアリティある」


「ふふふ~、この私が手伝ってあげる~。任せて~♪」


 右後ろから、ひらが手を伸ばしてきた。


「おい、邪魔す――」


「私の美文をどうぞ~」


 ひらの指がバックスペースキーに伸びた。


 猛烈な勢いで、原稿が消えていった。


「うあああああ! 押しっぱにすんなああああああああ!」


 俺は心の底から絶叫した。


「おい、放せ! お前がやってるのは創作活動に対するおおいなる冒涜だ!」


 手をどけることはできたが、まだまだ文章は消え続けている。バックスペースキーは押しっぱになるとしばらくその効力が続くのだ。


「だいじょぶ~、上書き保存を押せば~」


 ひらはタッチパネルに指を当てて、左上の「ファイル(F)」にカーソルを持っていった。


 そこで「上書き保存(S)」を押されたら、俺の文章が殺される!


 即座に割り込んで右上の×を押して、「保存しない(N)」を選択した。


「本日の労働を無にされるところだった……」


 俺はこまめに上書き保存をして書いているから、おそらく被害はゼロか最小限に押さえられているはずだ……。


 ファイルを開きなおすと、よし、ほぼ消えてない。



「ったく、この酒場は、いつも街のどうしようもない奴らが



 ここまで書けていた。そのまま仕事続行だ。


「私にかかれば、もっとかっこよくなるお~♪」


 また、キーボードにひらが横から手を伸ばしてきた。


 ――カタカタ、カタカタッ!



「ったく、この酒場は、いつも街のどうしようもない奴らがおjkbじょdにおh8おいごlmんぶいfhbぎゅ、もhん」



「マジでやめろ! そろそろ殺意芽生えてきたわ!」


「うぇ~? チカラ、怒っちゃいや~。ほら、いい子、いい子~」


 今度は頭を撫でてきた。幼児退行してるのはお前のほうだろ……。


「チカラ、今度、結婚しお~。今の貯金だったら、家、三つぐらい買えるし~」


「結婚から先の発言部分が微妙にイラっとする!」


 こいつと結婚したら収入的に死ぬまで頭上がらんではないか。絶対嫌だ。


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