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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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パクリ疑惑があった

 昼間、俺は城下町を歩いていた。


 王国で出版する小説もなかなか快調に進んでいるので気晴らしだ。


 やはり職業柄、一番気になるのは書店である。王都にもいくつか書店がある。


 中でも、デカいのがこの「アルクス・オーク書房」である。


 店舗は二階建てで、王国の古典から最新作まで置いてある。


 規模の大きさだけでなく、ほかの縁もあって、俺はこの店をよく使っている。


 今の時代、メインの刊行物は日本など、地球の国や文化、自然などについて書いたものだ。そりゃ、王国側にとっても異世界だから興味も湧くだろう。


 あと、最近は輸入も緩和されてきていて、ライトノベルも平積みになっていたりする。文化の流入って本当に早いなと感心する。


 それと、王国で出版されたとおぼしきライトノベルっぽい表紙のものもあった。紙やサイズが日本からの輸入品と違うのですぐにわかる。


 表紙ほど内容はとくにラノベラノベはしてなかった。とはいえ、先にこういうのを出されると、俺が最初の本格的ライトノベルを出すというインパクトが薄まるな……。


 そんななか、ふと、あるライトノベル系の本が目に入った。


 俺が過去に出した小説、『お前の胞子は繁殖力が足りない』の表紙によく似ていたのだ。真っ白な背景の前でヒロインが笑って立っている構図だ。


『お前の胞子は繁殖力が足りない』は、ヒロインがすべて菌類であり、胞子生殖で主人公の体にヒロインが生えてくるという、けっこうシュールなラブコメだったが、俺の中では比較的よいセールスを記録した本である。あの時期、寄生虫がヒロインとか異形の神がヒロインとかそもそも死体だとか、そういうのがたくさん出ていた。


 まあ、ライトノベルなんて数え方によっては月に百冊以上出てる計算になるしな。タイトルロゴを人気作に平然と寄せてる不届き者すら普通にある世界だから、表紙が偶然似るぐらいしょうがな――


『お前の胞子はその程度か?』


 あれ? タイトルまで似てるぞ、これ!


 ぱらぱらと本をめくってみた。王国の本は紙質が悪いからめくりづらいが、キャラ紹介みたいなのもある。


 キャラの名前まで俺のと一緒だった。


 キャラデザも、明らかに一緒だった。


 パクリというより、内容を見るに、俺の作った世界観で続編を書いているらしい。


 まさか俺の本が海賊版になって出回るとは……。感無量だ――って違う、違う。これは怒らないといけないことだろ。権利が侵害されている。


 後ろの版元をチェックする。


 アルクス・オーク書房ブックス


「ここで出してる本じゃねえか!」


 なんで書店が出版をしているのかと思われるかもしれないが、実はこういう形態は江戸時代の日本などでも行われていた。


 書店経営者が編集も出版もやっていた時代があったのだ。


 すぐに俺は三階の書店事務所にずかずか入っていった。


「ジンボーさん、いますか? 多分、いるから入りますよ!」


 俺は社長室にずかずか入った。


 奥のデスクではオークが座っている。オークって上半身裸なイメージがあるが、ちゃんと王国の正装をしている。


「いったい、何があったブヒか? 今、来月刊の編集作業中で忙しいブヒよ」


 この語尾がブヒというオークがこの書店の社長兼俺が出す予定の王国ライトノベルの編集者、ジンボー・トヤムルクさんだ。


 この国では集英社のような大手出版社が存在しない。


 そこで王都で一番デカい書店に出版と編集作業を頼んだのだ。


 なかにはDTPとかに詳しい作家もいるが、俺は書くことしかできない。パソコンでの作業もデビュー以来一貫してメモ帳である。編集者は必須なのだ。


「原稿できたブヒか? でも、前の進捗状況だとそれはないブヒよね」


「ここから出てる本が明らかに俺の本のパクリというか、無許可の続編になってる。取り締まってくれ!」


「ああ、長谷川無力先生の『お前の胞子はその程度か?』ブヒね」


「長谷部チカラってペンネームまでかぶせてきやがった!」


 戦後、美空ひばりの偽物の美空こひばりなんて歌手が出没するといったことがあったようだが、それに近いものがある。モノマネ芸人とは意味が違うぞ。


「海賊版が生まれるほど、ファンがいるということブヒ。きっと王国に移住したことが利いているブヒ。よかったブヒね」


「うん、ピクシブでイラスト発見した時みたいにうれし――なわけないだろ! これ、俺の権利が侵害されてんですよ! 出版停止と回収をお願いします! まあ、回収とか面倒だろうけど、せめて原作者印税を俺に!」


「著作権法がこの国にはないブヒ」


 しまった。


 そうだ。日本文化の将来的な普及のためだとか、そもそも近代法とちょっと価値観が違うからとか、そんなもろもろの理由で著作権法が王国内部では機能してないのだ。


「その本が日本で出版されたらいくらでも訴訟したらいいブヒが、王国内では同人誌みたいなものブヒ。というか、厳密に同人誌と商業出版の垣根自体が王国にはないブヒ」


 ぐぬぬ。


 さすが、やり手の書店経営者だ。


 法的に問題がないのだから、こっちで対処させようがない。


 だが、こちらにも手はまだある。


 法で訴えられないなら、情に訴える。


「でも、道義的におかしいでしょ、これ……」


 ぶっちゃけ、同人誌と考えればうれしくはあるが、原作者に金が入るシステムにはしてほしい。


「道義的ってどういうことブヒ?」


「いや、だって、小説家は頭の中からいろんな設定を考え出して、それでお金を稼いでるわけです。文字という誰でも書けるもので商売する以上、オリジナルの設定にしかお金が発生するところってないはずなんです。だけど、その設定を考える部分をこの海賊版は省略してるでしょ。じゃあ、設定のアイディア代が俺に入るべきです」


「別に長谷部さんのこの小説だって、そんなにオリジナル要素はないブヒ」


 おい、今、なんて言った、編集者?


「豚だからって、好き勝手言っていいと思うなよ」


「僕は豚じゃなくてオークという人間の種族ブヒ。長谷部さんの国で女性を雌豚呼ばわりしたら、超怒られるはずブヒ。それと同じブヒ」


「そっちが先に、俺の小説にオリジナル要素がないなんて言ったんだろ!」


 ジンボー(敬称はずす)は、ぶふーと大きく鼻息を吐いた。


「わかったブヒ。あまり気乗りしないブヒが、オリジナルと言えないところを列挙してみるブヒ」


「よし、のぞむところだ」


「じゃあ、いくブヒよ……。


・メインヒロインのツンデレ口調が類型的ブヒ。


・冒頭がお風呂のぞいちゃうシーンではじまるのもよくあるやつブヒ。

・なし崩し的にハーレム展開で、それに気づかない主人公ブヒ。


・途中で入るバトルが、最弱と見せかけて最強の設定ブヒ。


・特殊な社会を書いてるのに現代日本の価値観の人間しか結局出てこないブヒ。


・はいはいチョロイン、チョロインブヒ。


・妹が主人公を溺愛してるブヒね、妹出てきた時から知ってたよブヒ。


・けっこう激しいバトルがあるはずなのになぜか死者の出ない戦闘ブヒ。


・ヒロインの中にすごい金持ちがいるブヒ。


・そのすごい金持ちが南の島を持っててそこで合宿をやるブヒ。


・はい、文化祭でメイド喫茶やってるクラス出たーブヒ」


「やめろ! 頼むからやめてくれ!」


 だいたい事実だから言い返せない!


 だからやめてくれと言うしかない!


「別に僕もオリジナリティがないことを嗤うほど愚かでも世間知らずでもないブヒ。ライトノベルというのはオリジナリティを競うジャンルではなくて、これまで積み重ねられてきたテンプレートをいかに上手に楽しく読ませるかというジャンルになっているというだけのことブヒ。そういう文化はいくらでもあるブヒ。だから、長谷部さんも素晴らしいテンプレートを作ることを考えて仕事をすればいいブヒ。もちろん、自分だけが書けるものを目指してもいいブヒが、今回目指してる王国初の本格的ライトノベルはそういう方向性ではないブヒよね。


 これまで積み重ねられてきたテンプレートをいかに上手に楽しく読ませるかというジャンルになっていることに不快感を持つ人もいるかもしれないし、もっとオリジナリティを競う世界になってほしいと願う気持ちも理解できるブヒが、現実としてその数は多数派とはいえないのが現状ブヒ。でなければ、もっとライトノベルの展開は変わっていたかと思うブヒ」


 俺は普通に論破された。


 正論というか、俺がまさに言いたいようなことを代わりに言われた。


「ジンボーさん、クレバーですね」


「地球のファンタジー小説のせいで、オークがあほそうというイメージがついて悲しいブヒ。しかも女騎士を陵辱しそうってものすごく名誉毀損ブヒ」


「わかりました。海賊版、どうぞ、作ってください」


「了承したブヒ。こちらももっと早く伝えておくべきだったブヒ。今度の打ち合わせで献本するつもりだったブヒよ」


「じゃあ、このシリーズの次の巻から、原作者として解説を書かせてください」


「えっブヒ!?」


「なお、原稿料はもらう。こっちの落としどころはそこです」


「ちゃっかりしてるブヒ……。まあ、いいブヒよ」


 このあと、監修もすることになって、そのお金ももらえることになりました。


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