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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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24/50

昼食代が浮いた(後編)

「ああ、そうそう、教師のお前の小説も読んでやったですう」


 ミクニが焼きながら言う。


「ありがとな、お前は絶対に教師の本を読まないタイプだと思ってた」


「デビュー作は正直暗いばっかりで、読者を楽しませるという気持ちに欠けているですう。あれではヒットなどしないですう。けど、新人なりのやる気は感じなくもなかったですう」


「言いたいこと言いやがって……」


「次の作品は、とにかく設定を詰めこみすぎて何のことかわからなかったですう。前作同様、読者のことを考えていない小説ですう。でも、普通の枠にとどまりたくないって気持ちは伝わったですう。


 その次は売りに走った姿勢が、逆に気持ち悪かったのでパスするですう。


 違う会社から出した次の本は、のびのびしているというか、悪くはなかったですう。


 相変わらず、鬱々とした展開で売れなそうでしたけど。


 その次は気持ち悪さ自体に商品価値をつけるという発想からすれば正解だったんじゃないですか。


 SFなのかファンタジーなのかはっきりしたほうがよかったですけど。


 あと、昔の投稿作をリライトしたやつ。売りやすいように毒を抜いたんでしょうけど、逆効果だったかもしれないですう。お前のよさは気持ち悪さぐらいですう。


 その次の『お前の胞子は繁殖力が足りない』はまあまあ続いたから、まあまあ売れたんですかね。小器用にはなってるけど、おかげで何でも屋感が出ちゃってますう。


 社会人が主人公の小説はやりたいことを一巻で出し尽くしちゃって、続きが大変そうでしたですう。


 温泉街を立て直す小説は地味ですう。題材のチョイスが謎ですう。


 大学生のサークルを書いた小説は、お前の中では上手くまとまってるほうですね。


 ヒロインがエロネタを言いまくる小説は、エロネタは別としても、俺はこんなのも書けるぜって雑に書いたのが伝わってしまうですう。ちゃんと完成はしてるけど、鼻につくですね。


 同性愛小説のやつは、多分編集者が編集者らしいことしなかったんでしょうけど、その分、お前らしさは結果的に出てるですう。ジャンルがジャンルだから人を選ぶでしょうが、よくやってるんじゃないですか?


 短歌小説は同時期のお前の本ではマシですね。ギリギリ合格にしてやるですう。


 あと、去年出たシリーズ――」


「ちょっと待て」


「何ですう? 話の途中でぶった切るとは万死に値するですよ」


「お前、俺の本、全部読んでるのか?」


 七年や八年やってる作家の本を全部読むって、相当な分量だぞ。


「う、うるさいですね……。ミクニは何も知らない相手を愚弄するほど世間知らずではないですう。お前の実力を作品から知ったうえで、この程度かって愚弄してるんですう」


 じゃあ、正真正銘の愚弄かよ。


 とはいえ。


「たくさん読んでくれて、ありがとう」


 ここまで追いかけてくれるだけで、すごく貴重な読者さんだ。


「ま、まあ、暇つぶしぐらいには貢献したですう……」


 ありがとうと言われて不意を打たれたと思ったのか、ミクニは顔を背けて言った。


「それと、読んできてわかったですが、お前のデビュー作が結局一番マシだったですよ」


「一番よかったのか」


「一番マシと言ったですう。耳鼻科行きやがれですう」


 ほかの作家はわからないが、デビュー作を褒めてもらえるのは本当に光栄だ。


 マシとしか言われてないけど。


「今日はこの感想が言いたかったですう。やるべきことはほぼ終わったですう」


 そして、無事にクラーケン焼きが焼きあがった。


 さささっと、ミクニはクラーケン焼きを皿に並べていく。


「ソースはかけるですう?」


「いや、お前の手間になりそうにだからやめとく」


 容器に入ったソースをかけるだけってレベルならいいけど、ここは異世界だからな。


 イチからソースを作るなんてことになりかねん。


「そしたら、これで完成ですう」


 皿の上には球形のコナモン料理の代表格が並ぶ。


「助かった。一食浮いた」


 ただ、皿にはつまようじがない。ああ、つまようじは日本にしかないのか。


 となると、フォークのような――


 ミクニはフォークを取り出すと、それで、どすん! と一個に突き立てた。


 その刺し方がちょっと怖いが、ミクニの態度も挙動不審だ。


 くちびるのあたりがふるえている。何か思うところがあるらしい。


「ほら、あ~ん、するのですう……」 


「えっ……?」


 ミクニの顔が真赤になっている。


 この調子だと王国ではごく普通の食習慣ってこともないみたいだ……。


「せっかく作ったのですし、食べさせてやるのですう……遠慮せずに口開けろですう……」


「いや、俺の国だと、それって教師と生徒の間でするようなことじゃないぞ……」


「お、お前のことなんて教師だと思ってないから、も、問題ないですう!」


「それはそれで問題だろっ!」


「早く口開けろですう! こっちもそれなりに恥ずかしいのに提案してやってるですう! でないと、刺し貫くですよ……!」


「わかった……お前がそう言うなら……」


 徹底して拒否するのも変に意識しているみたいなので、そこで口を開けた。


 がたがたフォークが揺れていて、これ、ノドにでも刺さるんじゃないかと不安になったが、無事にクラーケン焼きだけが口に入った。


 祭りで食べたことがあるので、味は知っているのだが、あつあつでおいしい。


 ちょっと、熱すぎるぐらいだが。


「はふはふ……うん、うまい」


 一瞬、ミクニの表情が明るく輝いたように見えた。


 こいつ、笑うとすごくかわいくなるな。


 けど、一瞬だから、見間違いかもしれない。


 もう、元のふてくされたような顔に戻っている。


「うまいのは当たり前ですう。せいぜい感謝しろですう。それじゃ、もう一個行くですう。まだまだありますからね。人様が作ってやった料理を残す奴は、将来餓死するですよ」


 そのあとも少し恥ずかしい昼食が続いたが、無事に十個食べ終えた。


 正直、ちょっとうれしかった。


 教え子にこんなふうに料理を作ってもらえることなんて、教師をしていても滅多にないだろう。


 家庭科の教師とかなら別かもしれんけど。


「ありがとな。たまにはこういうのもいいな」


「もっと感謝するがいいのですう。じゃあ、また作ってやるですう。お前は庶民の舌だから、この程度の単純な料理でも喜ぶようですう」


 ミクニもありがとうと言われてまんざらでもないらしい。


 月に一回ぐらい来てもらえたら、俺も元気になれそうだ。


 さて、腹もふくれたし、もう一仕事――


 だが、ミクニはまた油を引いて、火をつけだした。


「じゃあ、次はチーズ入りとハム入りのやつを作ってやるですう」


「え、今から?」


「材料が余ってもったいないですう。もちろん、残すことは許さないですう!」


 そのあと、ミクニがはりきって俺だけで五十個ぐらい作ったので、当分コナモンは食いたくないと思った。


「ごちそうさま……。しばらく球形の食べ物はいらんぞ……吐きそう……」


「ちゃんと食べきりましたですね。何か料理を覚えたら、試しに来るですう」


 まあ、ミクニが満足しているようだからいいか。


 最後、部屋を出る時に、ミクニが恥ずかしそうにこちらを振り返った。


「それと、今日、作ってやったことは誰にも言うなですう! お前なんかのためにミクニが頑張ったと思われるのは末代までの恥辱ですからね!」


 その夜、食べ過ぎのせいで、本当に吐きました。

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