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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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王国のオタクイベントに参加した

 さて、シーナさんが勢いで企画したと思われるこのお祭りだが、俺が関わっている催しもあるのだ。


「はーい、では、日本のライトノベル作家、長谷部チカラ先生をお呼びしての、質問教室を開始しまーす!」


 シーナさんがウサ耳メイドのまま、特設ステージで司会をしている。


 俺も呼ばれて、ステージの椅子に座った。


 聴衆は五十人から六十人ぐらい。一部に生徒も混じっているが、まずまずの数だ。


 このイベントが計画された要因の一つに、現役のライトノベル作家が王都に住んでいるということもあったのだ。


 なお、ひらは引越しが割と最近だったので、イベント自体には関与していない。


「ライトノベルや小説の質問だったらなんでも受け付けますので、どうぞ」


 こういうの、だいたい、「どうしたら小説家になれるんですか?」とかそういう牧歌的な質問が来ると相場が決まっているのだ。


 それを無難に答えるだけでいいのだから、どうとでもなる。


 早速、いくつか手が上がった。


 では、そこの無邪気そうな少年からいこうか。


 いかにも「どうしたら小説家になれるんですか?」とか聞きそうだ。


「初版部数って今だとどれぐらいなんですか?」


「答えられません!」


 いきなり言えない質問するな! じゃあ、次はあの村娘っぽい子!


「過去にやっていたフラッシュ文庫の作品は打ち切りなんですか?」


「答えられないけど、本が出てないってことで察してくれ!」


 シーナさんほどじゃないけど、王国民、割と訓練されてるぞ……。


「さすが王都の皆さんですね~。業界に造詣が深い質問ですね~」


 司会のシーナさんがほがらかに言った。


 いや、これ、昼のステージでやる内容じゃないですよ! 夜にするような話! ロフトプラスワンとかでやるタイプの話!


 そのあとも、俺と聴衆のガチバトルみたいな様相を呈していた。


「殴りたい歴代編集者ベスト5とその理由を教えてください」


「俺の仕事が減るから無理!」


「同業者がアニメ化したら素直に祝福できるものなんですか?」


「ぶっちゃけ、無理だね! 先を越された感があるしね!」


「ライトノベル作家は同業者の本を読んでなさすぎると思う」


「こんなに出てるんだから読めるわけないだろ! 自分が書く時間なくなるわ!」


 はあ、はあ……。


 心に的確に毒針を刺してくるような質問の数々だった……。


 みんな擦れすぎだ。もうちょっと夢見ろよ! ある種、夢を売る仕事なんだからさ!


 ――と、空いている椅子に変な客が座った。


 ドラゴンだ。


 なお、着ぐるみである(この世界には本物もいるらしい)。


 これもコスプレの一環なのだろう。


 そのドラゴンが手を挙げた。可動域のせいでちょっと挙げづらそうだが。


「はい、そこのドラゴンさん」


「こほん、こほん。あ~、え~」


 やたら咳払いしたりして、もったいぶってから、ドラゴンは言った。


「同期の作家さんでこの人はライバルだと言う人はいますか?」


 やっと、答えやすい質問が来た。


 正直、「小説で一番好きなドラゴンはどれですか」ぐらい聞かれると思っていた。


「そうですね……堀松ひらかな。ほら、『泣き虫うさぎ年代記』って小説の作者。アニメ化したから、知ってる人もいるんじゃないかな」


 ちょくちょくうなずいてる人もいた。


「ひらは、デビュー作を読んだ時に衝撃を受けたんですよ。とてつもなく文章が上手い。上手いというか、文章に色気があるっていうか、艶があるっていうか。とにかく、文字が並んでいるだけっていうのと、まったく意味合いが違ったんです」


 なつかしいな、デビューの頃を思い出すなんて。


「同期作家にすごい才能がある作家がいるっていうのは怖いことですよ。読んだあとは打ちのめされるんですから。でも、だからこそ、こいつをライバルだと思っておかないとなって感じたのかな。ああ、こいつと近いところにいたら、多分自分もやってけるなっていうのは、なんとなくわかってた」


 今日やっと、まともに質問に答えられている気がする。


「それで初めて作家の飲み会でひらに会った時に、向こうも俺の本を読んでくれてて、気に入ってくれてたみたいで、それは素直にうれしかったな」


 ドラゴンもいい話だと思ったのか、こくこくとうなずいてくれていた。


「あと、境遇も似てたんですよね。お互い、変な話でデビューしたから、ろくに売れなくて、飲み屋で愚痴ったりとかね。けど、結局、ひらは自分の書きたいものだけ書きましたね。それしかできなかったっていうんもあるんだけど。それで、三作目の『泣き虫うさぎ年代記』で売れましたね。あの時は素直に、正しい努力は人を裏切らないんだって感じました」


 うん、なつかしい。今でもあいつの本が即座に重版した日のことを思いだせる。


「まあ、くそ、お前だけ売れやがって! って心の底から呪いましたけど」


 さて。


 ここからは呪いをぶつけるターンだ。


「やっぱり、自分と同じようなポジションの作家が抜け出して売れると、祝福なんてできないんですよ。なんで、あいつだけ……って思う。それは俺の心が狭いからじゃなく、人間が生まれながらに持っている原罪みたいなもんです。それに、あいつはいい小説書きますけど、はっきり言って、売れたのは運ですよ。売れ線とかとは関係ない小説でしたからね。売れたことはいいことなんだけど、一番面白いのはあいつ、売れたことと偉いことを同一視してたってことですよ。途中から明らかに俺への態度デカくなってきましたもん。金を持つと人間って変わるんだなーってよく理解しましたよ。それまであいつ、売れるかどうかとか関係なしに自分の書きたいもの、書けるものを書くだけだって考え方してたんですよ。けど、途中から、自分はアニメ化作家としてどうこうとか、自分の才能のほうが五ランクぐらい俺より上だと思ってるような言い方しはじめたんですよね。なんだ、そりゃって。ずっと自分の書きたいこと書いてきて、そこに優劣なんてないって考えだったはずなのに、この変化って何なの? アニメ化すると小説も偉いことになるの? つまり、目がね、曇っちゃったわけですよ。アニメ化するとみんな不幸になるんですけども、あいつの場合、目が曇るという弊害が来たわけです。特権意識がね、無意識のうちに入ってきて、ありのままに小説が見られなくなってるんです。あれはそのうち痛い目見ますよ。結局、ライバルというのは『好敵手』と書くってことです。敵なんです。今じゃ、ただの敵ですね。俺の可能性の邪魔をする存在でしかないですね」


 ドラゴンの客が立ち上がった。


 ステージにつかつかやってくる。


 あれ、なんでこのドラゴン、来てるの?


 ドラゴンが頭の部分を外した。


 ひらの顔が出てきた。


「あんたが、どう思ってるかよくわかったわ」


 目が据わっている。これは人を殺してきた目だ。


「かつての日本では、祭りの日には無礼講になるなどという習俗もあり――」


「残念。ここは日本じゃないわ」


「このトークはフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ない」


「そんなわけがあるか! ちゃんと影ながら応援してあげてたのに! ライバルだと思ってあげてたのに! チカラの本なんて全部絶版になって、電子書籍も配信停止しろっ!」


 ひらが着ぐるみから飛び出て、殴りかかってきた。


 ちなみに痴話ゲンカ的猫パンチではなく、顔に直撃したら失神するような、暴行罪になるレベルのパンチである。


「私、空手を習ってたことあるのよ! 覚悟しなさい!」


「武道を人を傷つけるために使うなっ!」


「おおっと、ここで作家同士の乱闘ですっ! けんはペンよりも強し! 文壇バーでもかつては殴り合いが日常茶飯事だったそうですが、ライトノベル作家でもその血は受け継がれているのでしょうか!」


「シーナさん、実況せずに止めてくれっ!」


 ドラゴンが暴れたため、トークイベントはそこで中止になりました。


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