王国のオタクイベントに行った(後編)
「まずユサさんには女騎士の格好をしてもらいました!」
シーナさんの視線の先には、胸を強調したプレートに身を包んでいるユサがいた。
いや、あんまり包めてなかった。とくに胸がけっこうぎりぎりなことに……。
「うぅ……恥ずかしいですわ……」
ユサは顔を赤く染めながら、剣を持っていた。物騒だがどうせ模造の剣だろう。
「なお、ファンタジー世界の衣装と言われてますが、こんな戦闘服はどこの大陸にも存在しません!」
なぜかシーナさんが胸を張って言った。
どう考えても守備力低そうだもんな、こういうの……。
「地球の価値観にはびっくりしましたよ! これぞ、地球の神秘です! すごいです!」
「地球が褒められてるのかどうかよくわからないわね……」
ひらがあきれていた。これは正当な反応だと思う。
と、俺たちがぽかんとしているところに、☆や○や▽みたいな形をしたものが飛んできた。ハートマークまで飛んできた。
手で触ると、ぱちん! と☆が割れた。とくに害はない。
「何、これ? シャボン玉みたいなもの?」
「なんだろうな……。そんなものがあるって聞いたことはないんだけど……」
「ああ、それもコスプレしてくれてる生徒さんの作品ですよ」
シーナさんがまた気味の悪いことを言った。
「みんなのあくとくをたくさんあつめて、せかいせいふく! まじかるさばと!」
教育に問題のある発言が聞こえてきた……。
そこに魔法少女(にコスプレした生徒)がいた。
魔道士のシヴァがその役をやらされていた。
「シヴァ、正直似合ってるぞ! ちょっと、あほっぽいけど」
「なんじゃ、この格好と呪文詠唱は……。知性というものが一行に感じられんのじゃ……。だいたい、こんな形を生み出して何になるのか? 地球人の考えることはよくわからぬぞ……」
シヴァはレオタードみたいな服の上からひらひらをつけたような格好をしていた。
具体的な作品名は出ないが、こういうのよくある。
ただ、これもコスプレ中の本人は困惑しているようで、「はぁ」とため息をついた。
「地球人は魔法に関する文明はずいぶん劣っておるようじゃの。子供だましじゃ!」
「ちょっと、シーナさん! 結果的に地球人がバカにされてるんだけど!」
ひらが地球人を代表して文句を言った。
「え~、本職の魔道士が魔法少女のコスプレをするだなんて胸熱展開じゃないですか! 世界一本格的なコスプレですよ!」
「それ、コスじゃなくて、ただの本業でしょ! ていうか、こういうコスプレって無理にさせると嫌な思いをさせちゃ――」
「――はい、ご意見は次回に活かしたいと思います」
あ、華麗に流したな、シーナさん。
「ご意見いただいた方の中から抽選で三名様にKUOカードをプレゼントします」
「それ、この国じゃ使えないでしょ! シーナさん、あなた、ふざけす――」
「あっ、そうそう、まだコスプレの服ありますからね、せっかくだからひら先生もどうぞ。コスしましょう、オタサーの姫のコスしましょう」
「私はするなんて言ってないわよ! しかも、それ、キャラじゃないでしょ!」
「たいした違いはないですよ。はいはい、お祭り期間中は無礼講ですからねー」
そのままひらはシーナさんに連れていかれた。
俺の前には、恥ずかしいコスプレをさせられているユサとシヴァだけが残された。
「うぅ……くっ、殺せ、ですわぁ……」
「すうぃーと・まじかる・すたー、なのじゃ……」
「お前らも無理してやらなくていいぞ」
俺は思った。
シーナさんを敵にまわすの、絶対にやめておこう。
コスプレしている生徒と話すのも気まずいし、行く当てもないんだよな……。
よし、先生らしいことをするか。
「お前ら、よかったら、屋台で何かおごるぞ」
お祭りだけあって、近くには屋台も並んでいる。
「女騎士は食いしん坊キャラ設定なので、ごちそうになりますわ」
「うむ、せっかくだしいただこうかの」
二人とも乗り気でよかった。これで少しは二人の祭りの印象もよくなるだろ。
クラーケン焼きというたこ焼きらしき屋台が出ているので、あそこにしよう。
「あ、すいません、クラーケン焼き、ひとつ――あっ、お前か」
「はい、おいしいメイドさんのクラーケン焼き――あっ、お前かですう」
ドワーフのミクニが店番をしていた。
なお、メイド姿でクラーケン焼きをくるくるひっくり返していた。
「コスプレで人前に出たくないと言ったら、店員をやらされたですう……。学校創設に金を出したか知らないですが、横暴ですう……」
「シーナさんはああいう人間なんだ……。じゃあ、十個入りのやつ、一つ頼む」
なぜかミクニは羞恥に耐えられないといった調子で、うつむいてしまった。
「……どうしても買うですか?」
「そりゃ、買うだろ。お前だから買うのやめるとか、むしろ失礼だし」
「わかったですう。お買い上げ毎度ありですう……」
ひょいひょいとミクニはクラーケン焼きを容器に入れていく。
その手つきはなかなかサマになっている。
だが、その直後、ここが「メイドさんのクラーケン焼き」である理由がわかった。
「……おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! よし、あと五回ですう……。おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! おいしくな~れ! ああ、これ、面倒くさいですう……」
「クラーケン焼きの数だけ、『おいしくな~れ!』したっ!」
それ、メイド喫茶でオムライスとかにするやつ!
でも、こんな個数多い料理で個数分律儀にせんでもよいだろ……。
「この店の売りだそうですう……。五箱注文を受けた時は、理不尽にも客に殺意が湧いてしまったですう……。まったく日本人はカスで意味不明な習俗を持っているですう……」
「日本でも局所的な風習だからな、それ!」
「この辱めは授業で必ず晴らしてやるですう……。絶対に大作家になってお前なんて木っ端作家、あごで使ってやるですう!」
買い物しただけで生徒に恨まれてしまった。世の中上手くいかないものだ。
クラーケン焼き自体はおいしくて、ユサとシヴァにも好評でした。




