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小説学校の教師になった(前編)

 その日、俺は東京の中心部にある、とある出版社のビルに来ていた。


 目的はライトノベルのシリーズ最終巻(ちなみに三巻)の打ち合わせだ。


 ただし、最終巻のほうはすでに原稿も編集の上杉うえすぎさんが目を通しているし、大きな修正は必要ないはずだ。


 もっと大事な話も一緒にするつもりだった。


 ずばり、次のシリーズをどうするかである。


「原稿を確認しましたが、とくに何も問題ないかと思います」


「ありがとうございます。三巻ともなるとキャラを動かす勝手もわかってますしね」


「こちらも仕事が少なくてすみます。さすがベテランですね」


「ベテランは言いすぎでしょ。俺、大学一年でデビューしたから……まだ七年目ですよ」


「業界的に言えば、もうベテランですよ。もちろん、二十年選手のレジェンドみたいな人もいますけど」


 そっか……。せいぜい中堅どころだと思っていたが、栄枯盛衰の激しいこの業界では七年程度でも安定して仕事をしていればベテラン扱いされてしまうのかもしれない。


 ただ、自分の場合、悪い意味でも安定しすぎているのだ。


 七年やってアニメ化した作品もない(ドラマCDやコミカライズまではある)。


 なので、できればアニメ化を狙えるようなものを作りたい。


 次のシリーズは売れそうな要素をすべて注ぎこんでやろう。


 デビュー当初のような無駄にグロくなったり鬱になる展開もやめよう。あの頃は、あれが尖っていてかっこいいと信じていたのだ。二十五歳、二十代もなかばの今となっては、なつかしい話だ。


 編集の上杉さんとアニメ化までいくシリーズを作れるよう頑張ろう。


 いや、絶対作ってやる。代表作にしてやる。「どういうの書いてるんですか?」と言われて作品名出して、きょとんとされるのはもう嫌なんだ!


「上杉さん、次のシリーズなんですが、アニメ化を狙ったものに――」


「そうそう、今日は長谷部さんに会いたいという方が来てるんですよ」


 意外な言葉に俺の言葉はいったん立ち消えた。


「えっ? 誰です? 違う部署の編集さんですか?」


 同じ出版社でも漫画の編集さんや一般文芸の編集さんが別にコンタクトをとってくるということは稀にある。


「いえ、うちの会社じゃないです。別室で待ってもらっているので、お呼びしますね」


 脳内に「もしや」という期待の芽が生えた。


 これは、アニメ制作会社の人かもしれない。


 ライトノベルにしても漫画にしてもアニメ化されるのはヒットしているのが普通だ。


 だが、普通があるということは例外も存在する。


 監督が偶然目にして気に入ったとか、そこまで売れてないけどアニメの制作費が安そうだから採用されたなんてこともある(らしい)。


 俺もデビューから七年、著書の数だけは増えてきたからな。名前がどこかで知られる可能性もゼロではない。


 やっと自分もアニメ化か! もう同期や後輩のアニメ化してる奴に後ろめたい思いをしないぞ! 他社で同期の堀松ほりまつひら<♀>にもデカい顔されなくてすむ!


 実際、サシ飲みした時にひらのやつにおごってもらった時はラッキーと思った反面、どうも釈然としない気持ちになったものだった。まあ、ラッキーとも思ったけど。


 同期の奴がごく自然に「ここは私が払うわよ。呼んだのは私だし」みたいなことを言うって、モロに自分のほうが売れてますアピールじゃねえか。


 そりゃ、お前の本は売れて、アニメもそれなりに成功して、年収も数倍あるかもしれないけど……。


 やめろ。


 これからアニメ化の話がはじまるのだ。昔の嫌な記憶は封印しろ。


 だが――


 部屋に入ってきたのは、帯剣した若い女性だった。


 幼さが残る顔立ちで、まだ少女と言ってもいい年かもしれない。高校生ぐらいか。


 服装――というか装備も大昔の異国の騎士がしているようなもの。


 そういえば、髪の色はあざやかなゴールドで、顔つきもどちらかというと西洋系か。


 北欧生まれの気品あふれるお嬢様といった雰囲気だ。


 凛々しい口元は高貴なものを感じさせるし、あおい瞳も理知的な印象を与える。ファンタジー小説のメインヒロインに据えたいぐらいだ。


 とはいえ、俺の心は少し暗くなった。


 絶対にアニメ制作会社の人ではないからだ。


 この世には二つの人間がいる。



●アニメ制作会社の人間。


●それと、そうでない人間。



 騎士っぽいこの女性は後者である。


 さよなら、アニメ化。


 いや、さよならじゃない。

 俺は諦めないぞ。アニメ化よ、また会おう。きっと会おう。アニメ化よ、俺がふさわしい男になったら、迎えに来てくれ。きっと、お前を幸せにしてやる。ついでに俺も幸せにしてくれ。俺の渾身の力をこめた小説を、最高のアニメにしてくれ! 原作ファンにもアニメ初見にも感動の涙を流させてやろうぜ!


 というか、この女の子、誰?


 まったく話が読めず、編集の上杉さんの紹介を待っていた。


 しかし、不思議なことに俺と目が合った瞬間、少女の表情が朝日を受けて開いた花びらのように、ぱっと明るくなったのだ。


 ライトノベルの主人公だと諸般の都合で女性の好意に不自然なほどに気づかないものだが、現実では自分と目が合って笑ってくれたら、何かあるぞとは気づく。


 どうも俺のことを知っているようなのだ。


 だが、こんな子と会ったことなんて絶対にない。


 俺は自慢じゃないが女子の知り合いなんてほとんどいない。


 高校のクラスにいた女子は顔すら一人も覚えてない。


 友人の作家(友人の数が少ないので、例の堀松ひらだけど)に話したら、


「なんで? 女子だけに見える背後霊でもいたの?」


 とドン引きされたが、事実だからしょうがない。


 二次元のキャラの区別しかつかなかった。だって二次元だったら髪の毛がピンクやら青やらで記号的にも覚えやすいし。


 だから、金髪碧眼の美少女との出会いなら忘れることはないはずである。


「長谷部チカラさんですね……?」


 美少女は声も美しかった。透き通る声とでも言おうか。


「は、はい、そうです。本名は長谷部龍介りゅうすけです」


 勢いに負けて、なぜか本名まで言ってしまった。


「会いたかったですっ! 光栄ですっ!」


 美少女は一歩前に踏みこむと、その手で俺の両手をぎゅっとつかんでぶんぶん振った。


 俺はなされるがままだ。


 俺、罠にかかった鶴を助けたりしてたのかな。


 その鶴が転生して恩返しに来てくれたのかな。


 まさか。転生なんて現実にあるわけないだろ。


「その方は、アルクス王国の二級騎士のシーナ・マスクリフさんです」


「あの、異世界に存在して、かつ、地球側とまともに国交のある、唯一の国か……」


「はい! そのアルクス王国から留学で日本に来ていましたシーナと申します! 都内の書店で長谷部チカラ先生のご著書を拝読しまして、それでファンになったんです! チカラ先生の本はすべて持っています!」


「マジで? 同人で出してたやつとかも?」


「はい、委託してる書店で買いました」


 俺の最初の感想は「やったー、数少ない女性ファンだー!」だった。


 シリーズにもよるが男女の読者比は九対一ぐらいだったりする。工業高校みたいな男社会である。


 前、ツイッターでライターって職業は八割が独身とか見た気がするけど、多分小説家も該当していると思われる。


 まあ、今はそれはどうでもいいのだ。

 そのあとに、こんな驚きが来た。


「まさか異世界のファンがいるとは……」


 アルクス王国というのは、十年前にこの世界と交流がはじまった、こちらの価値観で言うところのファンタジーっぽい世界にある国である。


 王国以外にも、向こうにはいくつも国や部族があるらしいが、こちらの世界との交流はないので、省略する。俺もよく知らん。


 七年ほど前、偶然、王国の魔法実験で日本とのトンネルができてしまったのだ。


 そんなわけで出入口のある日本とのつながりは他国より強い。


 ただし、性急にこちらの違う文明に触れさせて、電気や車の社会にするのはよくないということで、両世界との大規模な交流は禁じられたままだ。


 向こうに行った地球人も、各国の政府関係者や一部の研究者などに限られている。


 王国側からも観光目的などで人は来れないが、留学は認められていた。


 その留学生が彼女だったということだ。


 二級騎士というのも、二流みたいに聞こえるが、一級騎士になるのは大臣などの高官クラスのはずだから、この年で二級騎士ということは超エリートだ。


「シーナさんはこちらの世界の芸術を学ぶために、日本に留学されたのですが、そこでどっぷりオタク文化に染まってしまい、国費で漫画やらグッズやらを大量に購入されていました」


「それ、海外留学生でもたまにあるやつ!」


 国から金が出て日本に来たぐらいなのにオタクが一人増えただけというのは、本国からしたらやりきれないことこの上ないだろう。


「私、今季のアニメは二十八本見ています」


「一日四本か。見れない数じゃないですね……」


「録画して、CM、OP、EDをカットして、少し声が聞き取りづらくなりますけど速度上げて再生すれば一話20分弱ですみますから」


「ファッションオタクじゃなくてガチな人だ!」


「シーナさんはもうすぐ留学期間が終わって、王国で政務につかれるそうです」


 小さく、首だけで彼女がこくっとうなずく。


 なるほど、本国に戻る前に、記念に作者に会わせてやろうということか。


 この人はつまり海外要人だ。多少の無茶もきくだろう。


 こちらも美しい女性のファンがいることを知って、モチベーションも上がる。減るものじゃないし、サインぐらいなら何枚でも書くぞ。


「あの、チカラ先生、今日はお願いがあって参りました」


 もう下の名前で呼ばれた。

 ずっと手を握られているし、フランクな国民性なのか。

 まずはそのお願いを聞かなくては。


「サインだったら喜んで」


「王国で小説の授業をしていただけませんか?」





「…………………………………………はっ?」





 サインとまったく関係ない内容だったので混乱した。

そういえば、本物の女騎士さんに出会ったことないです。一度ぐらい出会いたいです。

このあともすぐに更新します。

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