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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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18/50

ご近所さんに出会った(前編)

 世の中には様々なトレーニングがある。


 そのなかにイメージ・トレーニング、略してイメトレというものもある。


「いやあ、まあ、五百万部売れたのは運の要素が強いんで威張れることでもないとは思うんですけどね~、ただ、どうせこの仕事をしてるんだったら、オンリーワンだけじゃなくてナンバーワンも狙いたいと思うじゃないですか。そのナンバーワンに今回なれたってことはすごく光栄だと思いますけどね」


 インタビューという設定で、俺は風呂につかりながら一人、しゃべっている。


 奇行ではない。


 イメトレである。


 リラックスできる入浴時ですら、仕事のことを考えている熱心さのほうをフィーチャーしてほしい。


「アニメも無事に五期が決まったみたいでほっとしてます。けど、アニメも俺一人で作ってるものじゃないし、俺が威張ることでもないんで。ただ、ただ、スタッフに感謝してます。本当に、スタッフ全員が原作者だっていう気持ちでいますよ」


 なお、アニメ化されたことなどないので、五期などありえない。


 あくまでもイメージである。


 多少の誇張があるのは当然だ。


 イメージとは「なりたい自分」でもあるのだから。その時点で下方修正する奴はただのバカである。


「次回作ですか。今回、自分なりの王道を狙って、それが成功したんで、次は同時並行で実験作も出していこうかなと。やっぱ、挑戦していかないとどんどん狭くなっちゃいますからね」


 そうそう、挑戦は大事なのだ。


「この立場になった者しかできない挑戦っていうのも、あるわけじゃないですか。それをやっていきたいですね。明日から台湾でサイン会なんで、ちょっと準備でばたばたしてるんですけど、ははは」


 なお、異世界でも毎日入浴している。お湯は蛇口をひねると出るのだ。


 火を起こす魔法は、魔法の中でもかなり初歩的なものならしい。


 そのため、王都近辺では水道からお湯を出すぐらいに水をあっためられるのだという。


 休日の入浴終了。


 ちなみに午前九時である。


 俺は風呂が大好きで、日本にいた時はスーパー銭湯にもよく行っていた。


 自宅でなら朝風呂が至高だ。


 普段は授業があるのでなかなか朝は難しいが、休日ならその心配もない。


 なお、風呂はリラックス以外にも重要な効果がある。


 入浴中にいいアイディアがひらめくことが珍しくないのだ。


 実のところ、仕事中は仕事だけに意識がいくので、アイディアは湧いてきづらい。


 だから、アイディアはトイレ、歯みがき、入浴などで出ることが多いのだ。


 今日の場合はイメトレに終始したので、何も浮かばなかったのだが……。


 まっ、そんな日もある。


 せこせこする必要はない。俺はアルクス王国唯一のライトノベル作家なのだ。


 つまりオンリーワンかつナンバーワンである。


 湯上りに街でも散歩するか。王国ではたまに馬車が走るぐらいで、通りの中央を堂々と歩けるのがよい。


 徒歩五分ほどのところに、これまで気づかなかったが、近所に豪邸が建っていた。


 白亜というのは、こういう建物を言うのだろうか。白漆喰でなんとも優美だ。


「どこの国にも金持ちはいるもんだな」


 むしろ、ファンタジー世界のほうが貧富の差って激しいのかな。そんなことを思いながら、通り過ぎようとした。


 建物の前のポストに書かれてる名前が目に入った。



ASAKURA



 え、朝倉?


 完全に日本人の名前だぞ。

 政府の役人か?


 役人ならそれはそれでよかった。

 俺はすごく嫌な予感がしたのだ。


 なぜかというと、朝倉というのは俺の知ってる作家の本名なのだ。


 ドアがちょうど、がちゃ、と開いた。


「いや~、ファンタジー世界って静かでいいわね」


 パジャマであくびをしながら、同期作家の堀松ひらが出てきた。


「やっぱ、お前かよっっっ!」


「うわあぁっ! なんで家の前にあんたがいるのよ! 何なの? 監視!?」


「するか! お前が王国にいることなんて今知ったばっかりだ! 何しに来た!」


「あ~、ファンタジーの国での生活も面白いかなと思って、申請出したら通ったのよね」


 さらりと、ひらは言った。


「そんなバカな! 気軽に引越す感覚で来れるところじゃないぞ! 政府関係者以外が住むことはほぼありえないはずだ。知り合いが偶然来たなんていくらなんでも――」


「文化振興のために、アニメ化までしてる人はぜひにって、担当者のシーナ・マスクリフさんから許可が出たわ」


「そのルートかぁぁぁぁぁぁ!」


 シーナさん人、結局、両方呼ぶことにしたんだ。


 いかにもあの人ならやりそう。

 買うか迷うんだったら、とりあえず買ってから後悔しろって言うタイプだし。


 いや、起こってしまったことはしょうがない。


 問題は、自分よりはるかに売れている作家がいると、俺がナンバーワンでもオンリーワンでもなくなってしまうことである。


 これは至急、確認が必要である。


「なあ、ひらよ。お前、この王国用にライトノベルを書く予定はあるのか?」


 こいつも王国用のラノベを書くと俺の計画に支障が出る。


「そういや、パジャマだった……。ねえ、恥ずかしいから着替えてきていい?」


「お前の服なんてマジでどうでもいい。質問にまず答えろ!」


「あんたね……女子に向かって、服どうでもいいとか、おかしいでしょ……」


「敵のファッションを気にして戦争する兵士がどこにいる。さあ、答えろ。王国に向けた小説を出すのか、出さないのか」


「ないよ。あくまでも引越しただけ。授業する予定もない」


 首を横に振って気楽にひらは言った。


 よかった。首の皮一枚つながった。


「だって、王国のほうが部数少なくて入る印税もしれてるし」


「お前、ぶっちゃけすぎだろ!」


「日本でずっと本を書いてた日本人がアルクス王国で小説を出版する必然性なんてないでしょ。そのほうがおかしいわ」


「う、それは……そうかも……」

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