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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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17/50

肩がこりそうだなと思った(後編)

「あと、設定の描写が長くなりすぎるんですが、どうすればよいですの?」


 これもよくある問題点だった。


 地の文が説明のためだけの文章になってしまうのだ。


 そんなものをずっと読まされると、読者はだいたい飽きる。


 これ、いかにも設定詰め込み小説くさいしな……。


 こういう時に設定が多すぎるから減らせと言うのは簡単だ。


 もっとも、それは教師としては赤点と言っていい。


 今の俺なら、教師がそんなことを言い出したら、こいつザコだなと認識する。


 それは設定過多が読みづらいという固定観念の段階で思考停止しているからだ。


 設定が多くても面白い小説などいくらでもある。


 ボリューム感を売りにしている小説だってある。


 すぐに可能性を狭める発言は厳禁だ。


 そもそも小説に唯一の正解などない。


 無難な完成品にするためには設定は減らすべきだが、「無難な完成品」が目的じゃないならそれだけを目指してはいけないのだ。


「そういう時はな、強引に会話文に入れていくという手法がある。そうすると地の文で長々と書くより読者が理解しやすくなる」


「なるほど! やっぱり先生は偉大ですわ! さすがアニメ化作家ですわ!」


「俺はまだアニメ化できてない! あ……すまん、ちょっと声が大きかった……」


 くそっ! アニメ化作家になりたいぜ!


「先生の手法、しかと胸に刻みましたわ」


「いや、その胸には刻んだりなんてしちゃダメ……」


「あれ、変な比喩でしたかしら?」


「……いや、なんでもない!」


 机の上の二つの丸いかたまりがどうしても意識を奪ってくる。


 なぜ、人間はただ胸がふくらんでいるというだけでこうも心乱れないといけないのか。


「つまり、ここは『くそっ! ケルエント第三呪歌の黒死断章をどうしてサイラス帝国の近衛魔法騎士が知っているんだ! これはノルエリア法国の大司祭クラスしか知りえない情報のはずなのに! 雨の中、傘も差さずに五キロも走った俺の労苦は報われないのか!』とすればいいのですわね!」


 さすがに説明くさすぎるし、固有名詞まったく頭に入ってこねえ!


 とはいえ、やけに説明口調で気持ちはわかる。


 書きはじめた頃は、自分が作った固有名詞を口にすること自体が楽しいからな。


「一回ごとの文は短くしたほうがいい。ここは『なっ! これはケルト第三呪歌の魔法か!?』ぐらいにまず切る」


「ケルトではなくケルエントですわ」


「あ、そうだな……。すまん……。そのあとに相手が『帝国の魔法騎士が知りえない魔法だとでも思いましたか?』とか返せば上手くつながるだろ」


 俺は定石を教えたつもりだった。


 しかし、そこに落とし穴があった。


 定石が正しいという思考停止を俺もしていた。


 ガタッ!


 ユサがむっとした顔で立ち上がった。


「ど、どうした、ユサ……?」


「魔法ではなくケルエント第三呪歌の黒死断章ですわ! 魔法とは異なりますわ!」


 しまった! 生徒の設定を正確に理解していなかった!


 もう一度、ユサの修正前の文章を確認する。


 そうだよ!

「ケルエント第三呪歌の黒死断章」は「ノルエリア法国の大司祭クラスしか知りえない」はずって書いてある!

 文脈からこれは魔法とは別の概念って判断できるようになっていた!


 うかつだった。


 生徒はオリジナルの設定を必死に考えているのだ。ユサはユサなりに黒死断章という言葉を考えた。それを安易に「魔法」の一言で包括してはいけない。


 これは反省しないと――


 ゆたんっ、たゆんっ。


 ユサが立ったことで胸が思いきり揺れていた。


 そっちのほうに気をとられた。


 くそ、やはり胸に目がいってしまう!


 これこそ反省、反省! 生徒のおっぱいに気をとられるな! 


「先生が悪かった。黒死断章は黒死断章だったな」


「そうですわ。白雷はくらい断章ではないんですわよ」


 出てきてない用語までは知らん。


「本来、魔法とは異なる黒死断章を帝国の魔法近衛騎士が知っていることが問題なのですから、それを魔法と読んだらおかしなことになりますわ」


 紛らわしくはあるが、あくまでも間違えた俺が悪い。


「よし、玉稿を拝読できることを楽しみにしてるぞ」


 ユサがぎゅっと鉛筆を握った。


「二千年読み接がれる超大作を目指しますわ!」


 聖書かよ! 夢が壮大すぎる!


 しかし、その高すぎる理想で力んでしまったのか、鉛筆が手からこぼれて――


 胸の谷間にすぽっと入った。


「ひゃあっ! あうぅ……落としてしまいましたわ……」

 ユサが顔をゆがませる。

 その表情が悩ましいので、俺は少し視線をそらした。


 出ていけ、妄念……。お前は教育の邪魔だ……。


 それに、エロいということだけ考えていてはいけない。


 先の丸いペンならいいが、とがった鉛筆だと体に刺さってケガをすることもないとは言えないのだ。


「ユサ、ゆっくり拾え」


「そ、そうですわね……」


 ユサが胸の上から手を入れる。


 さっき以上に胸元が開いた!


「ぶふっ! 見てないぞ、見てないぞ! 見てないぞっ!」


 俺はケルエント第三呪歌の黒死断章のように、見てないと繰り返した。


 ダメだ。これ以上見たら、今後ユサを「おっぱいの生徒」としか認識できなくなる。


「はうっ……。と、取れそうで取れませんわ…………。自分の胸って上手く見えませんから……」


 そっか、胸が大きいとそんな弊害があるんだな。


 これ、男が横にいていいことじゃない気もするが、問題が解決してないのに立ち去るわけにもいかない。


「あっ……さらに鉛筆が落ちちゃいましたわ……」


「わかった。ゆっくり立ち上がれ。そのうちドレスの下ぐらいに落ちてくるだろ」


 けれど、さらにユサの顔は艶かしくなってくる。

 おい、これはまさか……。


「下着の中にまで入ってしまいましたわ……」


 もぞもぞとユサはドレスをたくしあげて、手を外側から入れようとする。


 俺は即座に横を向いて、徳川将軍を十五代目まで順番に脳内で並べた。


 すぐに数え終わったので、足利将軍も同じように並べた。


「はぁ……とれましたわ……」


 よし、無事にサルベージはすんだな。


「ユサ、こういうこともあるから、胸元は閉じた服のほうがいいかもな……」


「ぴっちりしたドレスはボタンが飛びますの」


「ごめん、先生、男だからそういう苦労はわからんかった」


 そして、一息ついたユサが着席した。


 俺の目の前で。


「ぶっっっ!!!」


「先生、ど、どうしましたの……?」


「大丈夫だ……なんでもないからな……」


 見下ろす構図から、しっかりと見えてしまった。


 俺は小説家なので、何を見たのか具体的に描写することも可能なのであるが、これに関しては口をつぐませてもらいたい。


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