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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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16/50

肩がこりそうだなと思った(前編)

「よーし、では今日から小説を書いていってもらう」


 教室から「え、もう!?」などという声も聞こえる。


 その驚きもある意味、当然かもしれない。


 感覚的には自転車の補助輪をはずす行為に近い。


「いきなり本一冊分のものを書けだなんて無茶なことは言わないから心配するな。最初はせいぜい十ページから三十ページぐらいの短編だ」


 一同からほっとした安堵の息が聞こえてきた。


「それと、ここが大事な点なんだけど、面白くなくてもいい。みんなが読者だったらふざけんな、金返せ! って投げたくなるレベルでもいい」


 ここを勘違いされそうなので、声を大きめにして言う。


「なぜなら、これは短編小悦を書く授業だからだ。面白い小説を作る授業ではない」


 むしろ、あえてつまらないものを作ってもらうのが目的とすら言える。


 小説に限らないが、完璧主義者すぎて何も作れない人間というのは多い。


 理由は簡単だ。

 完璧なものなんてすぐに作れたら苦労しないからだ。


 そもそも、完璧なものなんてこの世に存在するのかという気さえする。


 目標が高いこと自体はいい。

 というか目標が低すぎると悲惨なことになる。


 六十点のものを作ろうとすると、たいてい四十五点ぐらいのものになるのだ。


 当初の目標より二割程度、点数の低いものになると覚悟したほうがいい。


 現実は理想より必ず劣化する。


 いいものを作りたかったら、百点や九十点を目指すしかない。


 しかし百点を追い求めて、百点にできないから何も発表しないのでは意味がない。


 そこで、まずは短いもので、かつくだらんものでいいから、何かを完成させる。


 作品を完成させるという行為に慣れさせてやる。


 それは間違いなく、何かを作ったという自信になる。


 開始五分で眠るほどつまらなかろうと、いくつも文章をつなげてストーリーを矛盾なく終わらせることは、一つの技術なのだ。


 世の中にはそれすらできない人のほうが圧倒的に多いのだから。


 三十ページの短編を書ければ、九十ページの中編に挑戦する糸口が見える。


 九十ページの中編が書ければ、二百六十ページの本への糸口だって見える。


「それじゃ、はじめてくれ。ジャンルは完全不問。ラノベっぽくても私小説みたいでも紀行文でもいい。詰まったら、俺を呼べ。そのための教師だからな」


「「はいっ!」」


 生徒のその声もいつもより気合が入っている。


 うん、今日の俺はなかなか立派な教師をやれているのではなかろうか。


 教壇からの眺めもいい。


 みんなが悩みながらも鉛筆をとって、文章を紡いでいく姿も初々しいではないか。


 そうそう、自分もこういう時期があった。


 処女作(初めて書いた長編であって、デビュー作という意味ではない)は甘い部分が多かった。


 たしかヒロインが吸血鬼の血を引いていて、それで吸血鬼狩りを行う退魔機関に命を狙われてしまい、それを主人公が命懸けで救出する――そんな話だった。


 よくある王道系の話だが、王道だからこそレベルが低い状態でやると悲惨だ。


 応募する気すら起こらずにお蔵入りにした。


 今思えば、落選するという痛みを味わうのが嫌だったのかもしれない。


 そんな話でも、数年後、吸血鬼の設定だけ使ってラブコメのシリーズの元になったのだから、まったくの無駄ではなかったが、まあ、それはどうでもいい。


 とにかく、処女作はテンプレ要素だけで個性も存在しないレベルだった。


 だけど、その一本目を書き上げたことで、原稿を書くのがぐっと楽になった。


 こういうふうに書けば一本で収まるな、ここにこういうシーンを入れたほうが盛り上がるな、感覚的にそういうことがわかる。


 デビュー作は結果的に暗い話になったが、テンプレ寄りの話を一本作ったことがすべての土台になっている。


 いきなり、デビュー作みたいなのを作ろうとしても空中分解していただろう。


 大変だけど頑張れよ。


 これで短編を作れるようになったら、かなりの成長だ。


 ――十分後。


 みんな黙りこくって、真剣に取り組んでいる――わけでは厳密にはない。真剣ではあるが、「あ、違うな……」とか「あっ、いい感じ」とかいった声は飛んでくるのだ。


 ずっと教壇にいたら質問もしづらいだろうし、巡回するかな。


「どうだ? みんな書いてるか? ――うっ……」


 俺の目が留まった。


 女子生徒のユサ・ミヤケルカの席だ。


 ライトノベル作家である俺を過大に信奉してくれている生徒だ。


 その割には事実誤認がはなはだしいのだが。「先日もさすが十五年のキャリアですわ!」と褒められた。


 俺、プロやって七年目だぞ……。


 ただ、目がいったのはユサの文章じゃなかった。


 ユサは胸を机に載せて文章を書いているのだ。


 えっ、胸が大きいとこんなことになるの……?


 たんにユサのオリジナルな執筆スタイルなのか? わからん!?


「あっ、先生、質問がありますの」


 ユサが手を挙げる。


 いかんな、胸に気をとられすぎてはいかん。教師たるもの、公平性を……。


 しかし、ユサは胸元の開いたドレスを着ていた。


 真上に近いところから見下ろすと――谷間がすごくくっきり見える。


「うわっぷ……これは犯罪だろ……」


「犯罪? ミステリのことでも考えてるんですの?」


 ユサのほうに自覚症状はないらしく、きょとんとした顔をしている。


「いや、な、何でもない……。と、ところで質問は何かな……」


「このケルエント第三呪歌じゅかを、咒歌と表記するかどうか迷っておりますの」


 初心者あるある来た! 用語とか細部にばかり気がいっちゃうやつだ!


 だが、そんな言い方したら生徒とはいえ失礼である。


 ここは懇切丁寧に教えねば。


「そうだな。そこはぶっちゃけ作者のこだわりがどれだけ強いかによるな」


「と言いますと?」


「たとえば、目を引いてもらいたいから難しいほうの『咒』を使うのもアリだし、逆に読者が読む時にひっかからないように簡単な『呪』を使うっていう手もある。ユサはどうしたい?」


「……う~ん、わかりましたわ、ここは断腸の思いで呪歌にしますわ」


「まあ、今回は授業用の短編だから、そこまで気にしなくてもいいけどな」


「いいえ、これはサイラス帝国サーガの記念すべき最初の短編になりますの! 妥協はできませんわ!」


 なんかすごい大長編を構想してる!


「サイラス帝国五百年の興亡を描くことがわたくしに課された使命なのですわ! 第一部は差別を受けていた魔法使いがついには皇帝の妃にまで立身し、そこで恐怖政治を行う『ノルファ帝の妻』という話です」


 よほど自信があるのか、ユサは胸を張った。


 その胸で張るのは危ういのでやめるべき。

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