来るなら事前に言ってほしかった(後編)
どうせ、書斎(兼本置き場)と食事用のテーブルがある部屋ぐらいしかないので、テーブルの部屋の側に案内する。
酒でも出したほうがいいのだろうか。むしろ、酔わせようとしてるぞと警戒されるかな。
タツ山というところから流れてきてる伏流水を出してきた。
王都は水道はあるが、飲み水にはならない。
ビンに入っているものを買ってくるしかない。
「多分、普段はもっといい水を飲んでらっしゃるかもしれませんが」
「ああ、お気づかいなく、今日は新刊が気になっただけなんで」
と言って、シーナさんはすぐに書斎のほうに移動する。
「あれ? 新刊?」
「はい、チカラ先生なら確実に日本の新刊漫画を輸入してると思いまして。倉庫は性質上、新刊がなかなか置かれませんからね。ああ、この積んでるところがそうですね」
そして漫画をチェックするシーナさん。
「あっ、あのコミカライズ、一巻出たんですね! こっちにはコミック虎の新刊ですね。コミック虎の漫画はハズレがないですからね。コミックアキタの新刊もありますね。コミックレーザーのこの漫画も気になってたんですよ。この四コマサイズはくるるの新刊ですね! あっ、くるるっぽい表紙だと思ったら松書房のほうか。てへっ☆」
「ほんとに漫画、詳しいな!」
明らかににわかの会話じゃないぞ。
日本留学中に何があったんだ?
「では、読ませていただきますね。政府高官として、日本文化について私はよく知っておかないといけない立場ですから!」
言い訳みたいなことを言って、黙々とシーナさんは読みはじめた。
そのペースも早い。
いくら日本語が母国語に翻訳されて見えるはずとはいえ、尋常なペースではなかった。
「あの、俺、どうしてたらいいですか?」
「お仕事があるならしておいてください」
風呂でも入ろうかと思ったが、シーナさんがいるのに、それもまずいのでもうちょっと仕事を続けることにした。
「あっ、そうだ。この漫画もあったんだ」
少し前に出た本のコーナーにもシーナさんは興味を示したらしい。
過去の本なら全部読んでるってわけじゃないから、まあ、自然だろう。
「そうそう、これ! 十八禁漫画雑誌の後ろにあるエロくない漫画が一冊分にまとまったやつですよね」
「あ、あぁ、そうですね……」
素で十八禁って単語が出てきて、少しうろたえた。
それにしても、本当にいろんなところを押さえてるな……。
エロ漫画の後ろには、何かの伝統なのか、エロ要素のない、ギャグや四コマの短い漫画が載っていることが多い。
「エロ後ろの漫画って、クオリティが高い漫画の率が高いですよね! あれ、なんでなんですかね?」
「自由度が高いから、いろんな表現を試みることができるんじゃないですかね……」
話題として危ういな……。
どうにか方向性を変えよう……。
うん、ギャグ漫画だし、ほかの不条理世界観の漫画に……。『セキツイホーム』とか家が脊椎でできているという、相当シュールな漫画だ。あのあたりの話に……。
「シーナさん、ギャグ漫画と言えば『セキツイホーム』って漫画が――」
「持ってます」
漫画を読みながら、シーナさんが答える。
「ほかにも、ギャグだと『赤津』っていう変な父親とまともな息子の――」
「持ってます」
なんでも持ってんな、この人!
ちょっと気持ちを落ち着けるために水でも飲もう。
どうせシーナさん、水を飲む気一切ないみたいだし、隣の部屋のコップをとった。
「あ~、そういえば、この漫画を読んでてふと気にかかったんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「チカラ先生はエロ漫画雑誌だとどこ派なんですか?」
「……ぅえほっ! けほっ! うぐっ……!」
ちょうど水を飲んでたところだったので、猛烈にむせた。
「何ですか、その質問!」
「いや、この部屋って本棚含めても成年コミックが一冊もないんですよ。だけど、一方で成年コミック出身で一般でも描いてる漫画家さんの本はまあまあ見るんです。チカラ先生ほどの年齢の健全な男性なら、えっちい本がないのは不自然ですし、もしかして隠してるんじゃないかなって」
読みが鋭すぎる!
いかん、これでまったく知りませんと答えるのはかえって変に映る。
「あ~、日本の部屋に置いてきちゃいました~。ははは~」
「チカラ先生、このダンボールの中身は何なんですか?」
「それは過去の原稿とか資料とかですね」
「じゃあ、一番底のダンボール開けていいですか?」
「なんで!?」
絶対ダメだけど、こうもピンポイントで指定されるとダメと言いづらい。
「いや、なに、簡単な推理ですよ」
不敵な笑みをシーナさんは浮かべる。なんか本当に探偵っぽい。
「この部屋にはまだまだ空きスペースがあるから、ダンボールを片すことはできるはずなんです。
というか、物置がこの物件にはついているから、当分使わないならそっちに置いてしまうのが普通です。
なのに、ずっとダンボールが部屋に数箱積まれている。どうも怪しい。
ということは表に出しづらいものが入ってる可能性が疑われるわけです。
しかし、一番上のダンボールはガムテープもはがれてないし、まったく開封した形跡がない。
一方で、一番下のダンボールは側面から見ても、開封していることがわかります。
しかも上部が全体的に傷んでいる。これは何度も開け閉めした証拠です。
では、どうして開け閉めを繰り返すのか? それは参照頻度の高いものだからです。
しかし、よく使う資料ならダンボールの上や本棚に入れます。底に押しこむ人はいません。
となると、使用頻度が高く、なおかつ、隠蔽の必要があるものとしか考えられない。
使用頻度と隠蔽必要性、その両方の要素を満たすものは十八禁のアイテムぐらいしか思いつかないんですよ。
――私の推理は以上です。さて、先生、この箱を見せてもらえませんか?」
俺はがくりと床に膝立ちになった。
「し、仕方なかったんだ!」
こんな名探偵がやってくるだなんて……!
「俺は生徒の前では賢者でいたかったんだ! 魔法使いの魔法も僧侶の魔法も使えるような、そんな賢者的存在で教育者をしたかったんだ!」
ぽんぽんとシーナさんが俺の肩を叩いた。
「いいんですよ。誰も先生を責めたりしません。たしかに王国の法では未成年に見せてはいけないものの輸入を取り締まっていますが、この漫画は個人使用ですから。つまり王国に被害者はいません。先生は無実です」
「シーナさん……天使のような言葉だ……」
「それに私の役目は先生を糾弾することではありません。成年コミックを読むことです」
「えっ!? 読むの!?」
「私、そういうのもいけますから。とくに上手な成年コミックは人体や骨格の描き方が秀逸ですからね。というわけで、このダンボールどけますね~」
そのあと、シーナさんは俺の目の前で平然と、
「これ、無茶苦茶売れた成年コミックですね。やっぱり先生も持ってたんですね~」
「この作者さん、有名なライトノベルのコミカライズ描くようになりましたよね~」
「店舗特典小冊子もちゃんと入ってますね。先生って物持ちがいいタイプですね~」
そんなことを言いながら、エロ漫画を物色していった。
これがそれこそエロ漫画の世界だったら、こういう本を読んだシーナさんがむらむらして――などという展開になるのかもしれんが、まったくならなかった。
俺のほうが消え入りたい気持ちでいっぱいだった。
辱めを受けるってこういうことなのか……。
――そして夜十一時頃。
「そろそろ私は帰りますね~。やっぱり、ここに来ると漫画がたくさんあって癒されます」
「それはよかったです……」
軽く死んだマグロの目だった。
「しかも、チカラ先生はチョイスも素敵です。本棚を見れば、漫画愛がよくわかりますからね」
「はい、光栄です……」
「あっ、成年コミックサイズの漫画用の本棚がないなら税金で用意しますから」
「頼むから、そこに血税を使うのだけは勘弁してください!」
翌日、エロ漫画は本棚に並ぶことになりました。




