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異世界作家生活<なろう連載版>  作者: 森田季節


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13/50

小説のエロについて真剣に考えてみた(後編)

 今回の授業、俺は何もしてないようなものだけど、かなり実践的だと自負している。


 座学でどれだけ小説とは何かということを聞いたところで、よい小説が書けるかどうかはまったく別だ。


 でなきゃ、小説書き方ガイドを買った人間は全員作家になってる。


 授業とは知識を与える場だ。だが、知識は活用できないと意味がない。


 俺は頭でっかちの軍事オタクではなく歴戦の傭兵を育てるつもりだ。


 だから、いい文章、いい小説がどういうものか、感覚で知ってもらう。


 あと、生徒たちはまだ黙読ができない割合が高い。


 それなら、いっそ自分がいいと思う文章を朗読してしまえばいい。


 声に出して読むこと自体は迷惑になりさえしなければかなり意味がある。


 プロの小説家でも、原稿の最終チェックの時は音読している人もいる。


 声に出すことで、どうしてもリズムを無視することができなくなる⇒結果、文章のぎこちない部分がわかるというわけだ。


 なお、本は教壇の上に大量に載っているし、生徒の多くは読みかけの本を持ってきて、授業に来ているので、とくに問題はない。


 極論、どれだって出版されているので一定のレベルには達してるはずだ。


 せっかくだから教壇の椅子に座って、生徒の声に耳でも傾けてみようか。


「…………つかる……倒れ……うわぁ!」


 お、これはミクニの声だな。

 あいつも真面目にやってるようでなによりだ。


「いったたたた……きゃっ! どこ、触ってるの!」


 あれ?


 なんかいかがわしい内容になったような……。


「あっ……やめて。む、胸触ってるから……。ひゃうっ! 違うって! そっちは胸じゃないけど……も、もっと、まずいから……ああぁっ! あああああぁぁあぁぁぁっ!」


 これは誤解とかではなく、確実にエロいやつ!


 内容が内容なので、周囲の生徒も、筆写と朗読を中断していた。


 おかげでミクニの声がよく聞こえる。


「ダメ、ダメだよ……私、兄さんの手であふれちゃうよぉ……!」


「ストップ、ストップ、ストップ! そこ、何してる!」


「ま、真面目に授業をしたまでですぅ……何を興奮してるんですか!」


 きっ! とミクニに涙目でにらまれた。


 表紙のタイトルを見たら、アニメ化までされたかなり有名なライトノベルだ。


「感動したシーンを対象にしろとお前が言うから言われたとおり、恥ずかしいのも我慢して筆写してたんですう!」


 抗議するようにミクニが言った。


「マジで!? そのシーンで感動するか?」


 主人公がヒロインを闇の中で押し倒してしまい、もがいてるうちに胸やいろんなところに触りまくるという箇所である。


「感動とはつまり心が揺れ動くシーンなのですう。私はこのライトノベルを図書館で借りてきて読んだ時、ぶっちゃけ戦闘シーンなんかよりこのシーンのほうが心の動揺は大きかったのですう。心の動揺とはつまり感動の一種なのですう。だから、感動させる文章を自分で作るために、ここを書き写しているんですう!」


「そんな論理展開、想定してねえよ!」


「私だって穴に入りたいぐらいに恥ずかしいんですう……。でも、黙読の技術がないから、声に出すしかないんですう……。それに、この小説はえっちいシーンを売りにしてるから、そこ心に響くのはやむをえないですう!」


「た、たしかにエロコメだもんな! そこに力入れてるよな!」


「『お、お兄ちゃんのえっちな指で、わ、私、覚醒しちゃう!』」


 これはいかん。ただの羞恥プレイではないか。


 ちびっ子キャラがこういう発言をしているので、さらに背徳的である。


 しかし、中止させるべき論理的根拠がぱっと出てこなかった。


 エロシーンで感動しちゃダメだなんて決まりはないのだ。エロい文章を書いて、お金を稼いでる人もたくさんいるし、一概に否定してはいけない。


「『か、体がびくん、びくぅんってするぅ……』」


 だいたい官能小説というジャンルがあるぐらいだし、文学的な小説にも性描写が出てくるものなんて無数にある。官能小説と純文学の双方で活躍した作家だって多いのだ。


「『お兄ちゃん、わたし……変かな……』」


 あと、俺も小説家のはしくれだから、表現を規制されたら困る側である。


 そんな立場の人間が内容がエロいから中止しろというのは職業倫理として許されないのではなかろうか。


「『あうぅ……お兄ちゃん……』――――おいっ! いいかげんに止めるです! 変態淫乱教師!」


 生徒の側から中断しろって文句言われた!


「恥ずかしいんだったら、自主的に止めろよ!」


「恥ずかしくはあるですう……。けど、ミクニはこのシーンを興味津々に読んでしまったのは事実なんですう……自分の読書体験にウソをつくのは断じて否なのですう……だから、だから、お前が教師権力にものを言わせて止めてくれるなら、ミクニも素直に従えたのに……お前は変態淫乱色情魔教師だから、こんな授業を続行しやがったですね!」


 なんか逆恨みされてるぞ!


「じゃあ、ほかの本に変えろよ! もっと泣けるやつとかあるだろ?」


「そういう安易な発想は一番嫌いなんですう……」


 なんか譲れない一線があったらしい……。


「感動的な泣けるところがいいシーンっていうのは、たんなる固定観念ですう! それが無難だからそういうことにしてるだけですう! でも、心が動くという意味なら思春期の人間はえっちいシーンのほうが動いたっておかしくないはずですう! 大人は都合が悪いから、それにふたをしてるだけですう! 小説家を目指す人間がそんな世間に迎合するような価値観でどうするというのですう!」


 俺は、しばらく呆然としていた。


 ミクニの言うとおりではないのか。


 泣けるシーンがいいシーンって、映画のCMで頭空っぽな奴が「感動しました~」とか言ってるのと完全に同じ土俵ではないか。


 そんなん、通俗的なだけだ。


「けど、けど……声が出ちゃって、いろんな人に見られて恥ずかしいのは事実ですう……。頭から火が出そうですう……」


 うぇ~んうぇ~ん。


 ついにミクニが泣き出してしまった。


 このまま、クラスの注目を集めてしまうのはあまりに可哀想だ。


 だが、普通の学校なら保健室があるのだが、そんなんないぞ……。


 ならば――


「わかった、ミクニ、こっちに来い!」


 俺はミクニの手を抱きかかえた。軽いので手を引くよりこっちのほうが早い。


「ひゃぁっ! 何をするですう!」


「この問題に対処する!」


 俺は廊下に出ると、階段を上がって二階に移動した。腕の中でかなり抵抗されているが、ここはこのままいく。そのほうが長い目で見て、正解なのだ。


 講師控え室に入る。


「よいしょっと。降ろすぞ」


 ミクニは泣きながら、むくれている。


「こんな個室に連れこんで、どうするつもりですう?」


「ここだったら聞こえないから、好きなだけ書き写せ。それなら、恥ずかしくないだろ。穴に入れるわけにはいかんが、ここにいてもらうことならできる」


「はぅ、そういうことですかあ……」


 やっと俺の意図がわかってもらえたらしい。


 教室で説明する時間も惜しかったので、先に連れてきたのだ。


「お前の言葉は一面の真実を突いている。俺も啓蒙されたぐらいだ」


「生徒に教わるだなんて、教師として問題ですう」


「口が減らんな」


 でも、生意気な生徒に教えられたのは事実だ。


 どんなシーンに感動しようと、そんなのは読む側の自由だ。


「ミクニ、俺はお前の感性を尊重する。お前の感性を否定する奴がいたら、俺がぶん殴ってやる。それが教師の仕事だ」


「お前もちょっとは気がきくですね……」


 俺から顔を背けて、ミクニが言った。


 褒められたということにしておこう。


「じゃあ、授業を続けてくれ。俺は教室に戻る」


 官能朗読に授業妨害の側面があるのは事実だし、これが一番いい落としどころだろう。

「お前が教師として真剣なことだけはわかったですう」


 問題児との距離がちょっとは縮まった気がした。


 さて、あとはのんびり教室の巡回でも――


「な、なんであなたがお風呂に入ってるのよ!」

「先輩、なんて水着着てるんですか!」

「見えてしまった……特殊な光はアニメみたいに入らなかった……」

「お兄様、私と赤ちゃん作りましょう!」



「えっちいシーンを書き写す授業じゃねえぞ!」


 教室に戻ったら、趣旨が変わっていたので元に戻させた。


 でもたしかにエロコメでもないのに、ライトノベルにサービスシーンが多すぎるのではないかという点は、後日、編集と話し合うことになりました。

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