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グレース・デュラメルの談話室

グレースの愉快な婚約破棄

作者: 葛霧

グレース・デュラメルの相談室のブクマ100件突破を記念して、王子ざまぁ!してみました。

「グレース!これはどういうことだ!?」


ドタバタと慌ただしくやってくるなり、セルジュ・ニコラ・ラグランジェ第二王子はグレースの前に一枚の紙を叩きつけた。

グレースはそれを「なんだか最近叩きつけられてばかりだわぁ」などとのんきなことを思いながら細い指先で拾い上げた。


「婚約破棄による示談書ですか」

「そうだ!いきなり父上から城へ呼び出されたと思えばこれだ。話に聞けばデュラメル侯爵家から婚約破棄を言い出したというではないか。僕は聞いていないぞ!」

「そうでしょうね、殿下にはお話していませんから」


癇癪を起こした生娘のようにキィキィと騒ぐ現時点王位継承権第一位をグレースは冷ややかな目で見ていた。たぶんこのまま放っておけば机をバンバン叩いてせっかくのお茶とお菓子が台無しになるのは予想するに容易い。自分を母親か姉のようにでも思っているのかセルジュはグレースの前で取り繕うことなどしない。割と本能に忠実に生きているので予想しやすくていろいろ手は打ちやすいのだが面倒な男である。


「そのように気を荒げていては殿下の主張も伝わりづらいものになります。まずは落ち着いてくださいませ」


そういいながら仕方なくセルジュのために椅子を用意させると、セルジュはさっさと座り遠慮もなしに茶菓子に手を伸ばした。

が、セルジュの斜め向かいに座っているクリスタが目に入るなり、手に取った木の実がぎっしりつまったマフィンはぽすん、という軽い音を立てて皿の上に落された。「なんでいるんだ…」と思わずと言った言葉がセルジュからこぼれる。クリスタはそれを気にするでもなく、いつものにやにやした笑顔を浮かべて「ごきげんよう」と言いながらセルジュに簡略式の礼を取った。で、終わるなり小鳥のような小さな口から毒を吐いた。


「さすが殿下。巷では1か月も前から第二王子とデュラメル家の婚約破棄の噂が流れていたというのに、示談書を作るまでグレース様の顔を見ることもなく、手紙の一つも贈ることもなさらないなんて、なんて貞淑な殿方なんでしょう!愛する婚約者にそんな話や気配でもしたのなら、私はいてもたってもいられずきっとフレディを問い詰めてしまいますわ。さすが殿下です、私共とは違う価値観で動かれているのですね」


男性に、それも王族に対して貞淑などという言葉を使うなど実に不敬な話ではあるのだが、『誠実』という言葉から離れた行為をしていた心当たりのあるセルジュは口をつぐんだ。

もっとも、この学園でクリスタに口で敵うものなど早々いないので、賢明な判断といえよう。

そんな二人を斜めに見つつ、グレースはセルジュから叩きつけられた示談書に目を通した。


「もう示談書ができたのですね。さすがこの国一番の法務事務官に依頼しただけのことはあります」

「お前が頼んだのか!?」

「私の婚約を破棄するのですから、表立っては当主である父が動いております。ロニー事務官の上司であるゴードン法務事務長とはご縁がありまして。彼の奥方であるイザベル様は私の紹介で知り合ったのですよ」


仕事中毒のゴードン事務長は男性なので婚期を気にする必要もないが、さすがに40代の大台に入って焦ったようでした。イザベル様はといえば、華やかで麗しいお顔立ちではあるのですが、社交界でもその気の強さが知れ渡っており、恵まれた領地ではないため、持参金もそこまで用意できないと、なかなか貰い手のいないまま21歳と貴族としては「やや」行き遅れ感の出てくる年齢でした。

ゴードン様のご要望としては家のことはすべて取り仕切り、自分の意見を求めない女性であること、イザベル様は家政のことはすべて自分にまかせていちいち細かいことに口を出さない男性でした。そして決定打は、お二人には共通の趣味があり、それは意外なことに人形収集でした。特に殿方でこの手の趣味はあまり誇れるものでもないのでこっそりとしたものでしたが、彼に頼まれて専門の商会を紹介したところ、イザベル様と遭遇したのです。イザベル様としても小さな子供が好むような人形を買い集めているということで後ろめたく思っていたため、では、作ってみてはどうかと提案させていただきました。思いのほかはまったらしく、たまに創作意欲を燃やすために直接商会へ出向くこともあったようで、二人が出会った時も新しい人形が入っているか見に来たとのことでした。まぁ、あとは二人で勝手に盛り上がったので私は詳細など興味もないのですが、たまに会うとのろけ話を聞かされる程度のお付き合いは続いています。


「その様子ですと、示談書よりも先に婚約解消書についても碌に見ていないようですね」

「何だそれは!?」

「2か月ほど前に国王陛下に提出いたしました。セルジュ様のサインもありますわ」

「覚えがないぞ!偽造じゃないのか」

「国王陛下のサインを偽造するなんて詐称罪通り越して反逆罪になりかねませんが」

「はぁ!!?」

「ですから、セルジュ様のお父上である国王陛下も承認されているのです。受領済みです」

「なんでそんなことになっているんだ!」

「というよりも、なんでセルジュ様はご自身でサインしたものも覚えていないんですかぁ?サインするときに普通何が書かれているか目を通しますし、考えるまでもなくわかるじゃないですか」


クリスタは本当に阿呆だなこいつという気持ちを隠すこともせず、冷めた目でセルジュを見た。

どうせ忙しいとか文官が目を通しているのだから自分が再度見る必要などないだろうとか舐め腐った態度で碌に見ることもなくサインをしたのでしょう。


グレースは最後の最後で国王がなけなしの親心でセルジュにはっきりと示談書を突き付けたのだろうと察した。示談書になっている段階で手遅れというか既に事後なのだが、そうなるように仕向けた側が言うべきことはないだろう。


「どうしてもこうしても、心当たりはないのですか?」

「あるわけないだろう」

「コレット嬢が情熱的に私に挨拶をした、と言っても?」


今思い出してもあの熱意と行動力には脱帽するばかりだとグレースは感慨深くなった。きっかけはなんであれ、あの令嬢がここまで派手に動いてくれなければぐたぐだ流れて一生自分は我慢するばかりの人生だっただろう。

ここまでくればある意味感謝の気持ちすら湧いてくる心境であった。


コレットの名前を出されたセルジュはみるみる顔を蒼褪めていく。

一応悪いことをした意識はあったのか。


「コレット様が私の前にきて、殿下と恋人関係にあると告げたのは3か月ほど前になります」

「な…っ!そんな話、僕は」

「聞いてないんですよね。わかっています。殿下は、『何一つ』ご存知ないと」


王族であり、将来国王となりこの国を背負う者がここまで周知されていることを知ることもせず、まともな情報網もそしてそれを告げてくれるような人材も囲えていないということも。

グレースはまだ3か月も経たないのに、ずいぶんと昔のことのように先日の出来事を思い返した。


「私、コレット様から決闘を申し込まれましたの」

「はぁ!?決闘??」


まぁ、それが普通の反応だ。グレースもそれよりは落ち着いていたが、だいたい受けた衝撃は同じだ。当人なのでそれ以上だと確約できるぐらいだ。


「そ、それで君は受けたのか?」

「まさか。私をなんだと思っているのです?自衛のためにある程度は護身術は嗜んでいますが、それぐらいです。女の細腕で騎士が扱うような剣が振れると思われますか」

「いや、それは思わないが……」

「ええ。ですから、丁重にお断りしました。物騒でしょう?血を流すような決闘なんて」


そんなことをせずとも、淑女たる者の戦争は剣ではなくその舌先で行うのだ。

甘やかな舌先で人を寄せ、繋ぎ、広げていく。

銀や宝石が鉱脈から掘り出されるように、グレースは人という財を育て上げた最強の人脈を保有している。ここまで育てるにはずいぶんと骨が折れた。別に望んで育てたわけではないが、手塩にかけていたというかかけさせられたというか、振り替えるのも嫌になる程度には頑張ったのだ。

だから、その努力の結果を何に使おうと、それはグレースの自由だ。権利と言ってもいい。

グレースは笑った。今までセルジュに向けることのなかった、心から楽しげな笑顔を。


「でも、決闘をお断りしたところで、彼女から向けられた敵意を放っておくわけにはいきません。私、殿下もご存じのとおり、王妃筆頭候補でしたから、明確な敵意を魅せる人間を放っておくことは許されないのです」

「な…っ!コレットに何をした!!」


セルジュは思わず立ち上がり、勢いのままに机を殴った。

鈍い音がしたが、それは机を傷つけることなく地味にセルジュの手を痛めるに留まった。

あぁ、馬鹿だなぁと先ほどからクリスタが向けているのと同じまなざしで痛みに震えるセルジュを見た。本当に、なんと自分は無駄な時間を過ごしたのだろうと、己の愚かさを感じずにはいられない。

ようやく痛みが少し治まったのか、涙目でセルジュがグレースを睨みつけてくるので鼻で笑った。


「別に。何も」

「………………………は?」

「ですから、何もしていないと言っています。事実、コレット様から私から何か虐げられているとでも言われましたか?極めてお元気そうですけど」


先日廊下をすれ違った時など「今日も元気だお茶がうまい!」と言わんばかりのいい笑顔で会釈されてしまった。別にお茶など飲んでいないし、別の講堂へ移動していた時なのでお互い手に持っているのは教科書類だったし。

かつて決闘を申し込みグレースを悪役令嬢などと理不尽に罵った彼女はどうしてしまったのだろうと一抹の不安を覚えたが、根本的なところで悪意のある人間ではなかったのだろう。単にバカなだけで。


「じゃ、じゃあグレース。君は何をしたというのだ?」

「婚約破棄を申し立てましたわ」

「コレットが君に敵意を向けたのだろう!?」

「コレット様が婚約者のいる殿方と恋人関係になることは進められるものではありません」

「そうだ、だから」

「ですが、セルジュ殿下の立場と容姿であれば、以前から様々なご令嬢が殿下を狙うことなどわかりきったことです。それを躱し、誠実さを示すことこそ殿下に求められたことです」


というよりも、他に能力として示せるものがないのだからそれぐらいしかできないというのが事実なのだが、そこまでいうのも可哀そうだろう。そんなものに近寄らざるを得なかったご令嬢たちが。

誠実さというよりも、王家の血を下手にばらまくなよ、というような意味合いなのだが、そんなことは淑女たるグレースの口からはとてもではないが言えない。クリスタあたりなら言いそうなので言うなよ、とは目線で注意したけど、どうかな。

見た目はいいが、話し方として教養を感じないし、感じさせるような話題を提供することもできない。それでも人を従わせる何かがあればよかったのだが、寄れば寄るほど「あ、だめだこいつ」と思わされるのがセルジュである。学園内では残念な麗人の代名詞となっていることを知らぬは本人ばかりだ。


「勅命により殿下を支えるよう命じられました。そのための婚約だったのです。ですから、殿下が一言、私に相談してくれればコレット様を側室として迎えることも吝かではありませんでした」


公務以外でこの阿呆の面倒を見るなど冗談ではない。休める時間ぐらい一人でゆっくり休むか、仲の良い友人と過ごしたい。押し付け要員として置くのならばかまわなかった。


「しかし殿下のしたことは何ですか?コレット様を誑かし、これから先コレット様に相応しい殿方を選ぶチャンスを自分の恋人などという中途半端な形で閉ざして。おまけに私の罵詈雑言を吹き込むなどどういうつもりですか」

「僕は君の悪口など吹き込んでなど」

「高飛車でいつも口うるさく煩わしい女狐らしいですね、私は」


セルジュの言葉を遮り、グレースは皮肉を含ませた声色で続けた。


「殿下をお飾りの王として据え置き、好き勝手に権力を使うつもりだとか?」


セルジュが国王になった場合、そうせざるを得ないのは事実だ。王もその周辺の貴族も周知されている。セルジュに権力などという物騒なものを持たせるのは赤子にこの世の終焉の引き金を任せるようなものだという認識だ。

ある意味間違ってはいない。


「コレット様は義侠心に溢れる方なのですね。もし、私が本当にそんな悪女であれば、と、いても経ってもいられずということで私にセルジュ殿下を助けるために決闘を申し込まれたそうです」


事実はコレット様の中ではこの世界は別次元で、私は家柄と王族の婚約者という立場を利用して取り巻きの令嬢にちやほやされて勘違いしている高飛車な女だそうです。コレットは心優しい乙女なので、その優しさと気高さから王子や侯爵子息やら騎士団長やら宰相子息やら、社交界で注目の的な美男子たちの中から運命の相手を選べる仕様になっているとか。仕様とは何のことかさっぱりなのですが、そういう世界の中でコレット様は生きていられるそうです。正に別世界に住まう少女、設定が細かい。

グレースはその後ちょこちょこ会うたびに聞かされたその世界観の細かさに感心していたのだが、先日幼馴染ら3人と兄でお茶をしていたところを急襲され、「悪役令嬢逆ハールートだと…!?」と謎の言葉を発しながら膝から綺麗に崩れ落ちた。本当に見事なものだった。

「ざまぁは嫌です!!ヒロインざまぁエンドだけは勘弁してください…!」と額を地に着けて謝り始めたので、別に初めからどうこうするつもりではなかったのだが、彼女は報復対象から外すことになった。ざまぁとは何だ。ヒロインざまぁエンドがどのようなものなのかわからないが、それほどまでに怖ろしいものとは拷問の一種なのだろうか。コレットの説明がなければ分からない類の話なので、きっとずっとわからないままなのだろうが、まあ問題はない。


ぶっちゃけ現実世界で生きていない人間に常識に見合った罰を与えても仕方ないだろうという気持ちもあった。

本当にどうしようもない手の付けられないような阿呆で悪女であれば、決闘を吹っ掛けられたという事実を盾に取り、決闘を受け入れ、グレースの代理人としてフレデリックを召喚する手筈であった。

蛇足だが、そのことを知ったフレデリックの父であり現役の騎士団長ローランドが自分がやりたいと駄々をこねるという一幕もあったのだが、無事にその手は使わないで済むことになった。平和裏に解決するに越したことはない。


「それほど情熱的な恋人をお持ちなのです。そして、私に対して悪意のある噂を流すぐらいこの婚約は殿下にとって不本意なものなのでしょう。殿下の意に沿うために勝手ながら話を進めました」

「僕はそんなことを望んでいない!」

「えぇ。知っています」

「はぁ!?」

「私にも建前というものがありますから」


グレースは愁いを帯びた顔で扇を手で弄んだ。

建前は必要なのだ、何につけても大人になるというのはそういうことなのだから。

未だお子様のままでいる殿下にはわからないだろうけれども。


「大変だったんですよ、婚約破棄。何せ、陛下は自分の後に殿下を任すのは不安という理由で私を宛がったのですから」


どういう意味か、わかりませんか?


「年の近い他国の姫君もいる中で、あえて国内の令嬢を娶るのは今回の場合は国防と同じぐらいの意味があるのです。殿下に聡明な他国の姫君を嫁がせたら、どうなるのか。別の寵妃ができて蔑ろにしたら?国の存続にかかわる秘密を他国に流される可能性は?……国際問題になるようなことはなるべく避けたいじゃないですか。国の恥は、あくまで国内で済ませるべきというのが当時の全会一致の結論だったようですよ」


将来は変わるかもしれない、という意見は一蹴される程度に7歳のセルジュは愚かであった。そんな幼いころから既に見離されていたという事実はセルジュにとっても重い。そしてその重みから逃げ続けてグレースにすべて肩代わりさせていたのだから、グレースとしては同情などするつもりもない。


「なら……どうして婚約破棄なんてできたんだ。仮にも王家の婚約なのだから、侯爵位からの婚約破棄となれば退けたはずだ」

「ええ。本当に大変でした。私の今後に関わることですから、非は殿下にあるようにしなければなりませんでしたし」


本当に面倒くさかった。

最初に父が正面から「陰でこそこそ二股するような腐った男に娘はやれん」といったところ、国王からは「ごめん無理」で返されたぐらいだ。


私がしたことと言えば、セルジュ殿下の愚かさを私の人脈すべて使って2割増しで伝えたことと(末端に届くころには2割通り越して元の4倍ぐらい酷い話になっていた)、国王が直接治める領地の主要産業に関わる取引先を私の手の届く範囲で”すべて”停止させたこととぐらいだ。

取引停止による関係者への損失が出ないように、ほかの領地から補ったり、元の物よりも良質な代替品を作るなど関係者以外にとっても迷惑にならないように最大限配慮はしている。

その土地の主要産業が立ち行かなくなるということは、直接ダメージを受けるのはそこにいる最も弱い者たちだ。なぜこんなことになったのかと嘆く彼らの耳に届いたのは、セルジュ殿下の悪行に怒った者たちが、報復として殿下に関わるものから手を引いたという噂であった。

ただでさえ産業がうまくいかなくなれば税収は下がるのに、さらにそこへ民の反乱の火種がそこかしこで生まれるのである。治安のために派遣された騎士や兵士はお世辞にも意欲が高いものではなく、むしろ土地の者と揉め事を起こしてなおのこと王への不信感を募らせる結果となった。そのような人選をしたのは人事院に伝手を持つ公爵家子息のエドガーでグレースの息がかかっているし、商会ギルドの頭たちはグレースによって得た利益と恩を返すために協力を惜しまなかった。彼らにとって旨味もある話であったことも大きい。


それもすべて過去のことだ。

労力に見合った結果だとグレースは思うし、友人たちも頑張ったと労わってくれた。

その間に出た馬鹿王子から甘い蜜を吸う予定だった売国奴どもの抵抗はクロードが責任を持って始末してくれたので、よそに気を取られることもなく集中してできた。兄にはお礼に使い古した羽ペンを上げた。実に喜んでもらえたが心底気持ち悪いと思った。

いろんな人に助けられ、感謝しながら、ようやく本日、示談書に至ったのだ。


「陛下も、もっと早く受け入れてくださればよかったのに」


ちょっと愚痴りたくなったが、それぐらいいいだろう。

馬鹿の教育に失敗したのは親の責任なのだから、それぐらいの仕返し程度、許してもらいたい。仕返しなんて可愛いものではないと言われたがそんなものスルーだ。


「グレース……君は…僕のことが嫌いだったのか?」

「そうですよ。大嫌いでした」


心からの笑顔でグレースは告げた。


「大嫌いで憎くて辛くて苦しくて、存在すらも煩わしいと思うほどに」


だから私の思いの丈を知ってもらいたくて、必要以上に頑張ってしまったことは否めない。

でも、それもすべて過去のことだ。


「私の仕事は終わりました。もうあなたの婚約者でも何でもありません。だからあなたのことなんてどうでもいいんです。もはや関係ありませんから」


ここまで派手に動かしたのだから、途中から割と気が晴れたということもある。

それに、本当の止めは昨日仕上げたばかりだ。


「陛下から大事な話があると言われたのでしょう?最後まで聞かずに来たのは失敗でしたね」


グレースは近づいてくる武骨な足音の響くほうへと顔を向けた。

予想した通り、国王の親衛隊の制服を着用しており、手には一枚の辞令書と、国王しか持つことを許されない封蝋が押された封筒があった。

グレースとクリスタは席から立ち上がり、親衛隊に頭を下げた。

未だ状況を掴めていないセルジュはそのまま目線を彷徨わせている。

壮年の親衛隊員はそんなセルジュを冷えた目で一瞥し、2人の令嬢に礼を返した。


「セルジュ・ニコラ・ラグランジェ第二王子殿。国王より勅命があります」

「僕は!」


何かを言おうとするセルジュの言葉を遮るように、親衛隊員は声を張り上げるように告げた。


「王子としての責務を果たさず、次期国王の資質に著しく問題ありと査問審査室より決定が出た。

よってセルジュ・ニコラ・ラグランジェの王位継承権を剥奪する。今後はご正妃様の姓であるフォーゲルラインを名乗り、第一王子ハーゼ殿下の臣下として勤めるように」


親衛隊員は読み上げた辞令書を丁寧に仕舞い、もう一つ手にしていた封筒をセルジュに渡した。これ以上話すことはないと、再度礼を取り、親衛隊員はその場を去って行った。

呆然としていたセルジュであったが、もう用はないと目の前をグレースとクリスタが通り過ぎようとしたところでようやく我に返った。

反射的グレースの腕を取った。


「なぜ……っ!なぜここまでせねばならなかった!!」

「殿下。お放しください」

「僕が愚かであったとしても、ここまでお前にされるいわれはないはずだ!僕は悪くない、僕を支えるためにお前が選ばれたのならば、お前が役に立たないからこんな目にあったんだ!!お前のせいだ!!!」


血走った目で罵倒するセルジュに、グレースは顔色一つ変えることはない。

趣味の悪い置物でも見たような目でセルジュを見るだけであった。

クリスタはセルジュの視線を遮るようにグレースの前に立ちはだかった。


「フォーゲルライン様、グレースの腕を離してくださいませ」

「黙れ!お前も……僕はお前たちも許さないからな!!」

「何とでもどうぞ。逆恨みなど、今更ですわ。今まで何もしてこなかったつけではありませんか。私の大切なグレースになさったこと、フォーゲルライン様がお忘れになったとしても私たちは決して忘れません」

「僕はセルジュ・ニコラ・ラグランジェだ!」

「いいえ。あなた様はセルジュ・フォーゲルライン様です。セルジュ第二王子を誤った方向に育てた咎により、王妃としての権限の大部分を奪われ、ご実家も公爵位から伯爵位になった、フォーゲルライン家のセルジュ様ですわ」


更なる追い討ちに一瞬セルジュが力を抜いた瞬間をクリスタは見逃さなかった。

グレースの腕を握る手が緩んだその瞬間、クリスタはセルジュの胸倉と二の腕を掴み、勢いよく投げ飛ばした。

派手に飛ばされたセルジュは先ほど待て茶会をしていた机にぶち当たり、冷めきった紅茶と菓子で服を汚した。


「ぐはぁあ!」


痛みに呻くセルジュが反撃に出ないことを確認して、クリスタは手をハンカチでぬぐった。

グレースは困ったようにセルジュとクリスタを一瞥して、クリスタの手を握りセルジュに背を向けた。


「行きましょう、クリスタ」

「そうね。もうここに用はないし」


グレースとクリスタはお互いに怪我はないか気にかけながら、その場を去った。

セルジュがまだ痛みと混乱で身動きが取れないことなど二人には何の関心もなかった。






あまりざまぁになってないと思われる方もいるかもしれませんが、グレースの中では終わりました。ただ、グレースの迷える子羊たちがその後どうするかはグレースの知ったことではありませんので、あしからず。


人脈無双で王領経済制裁した件については、グレースの足がつかないようにしていますので、もちろん安心のアフターサービス付きでございます。

「次に舐めた真似してくれたらどうなるかわかってんだろうなオイ」

などと国王の傍でさえずる小鳥が複数いますので、強く心に刻んでくれるでしょう。





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― 新着の感想 ―
[一言] うん?ザマァされてない奴が一人いるなぁ? そうだね、正妃より側室と先に子作りしてた愚王だね。
[良い点] これ以上ないほど鮮やかなざまぁ具合。 [気になる点] わずか7歳にして自国にとっての害悪認定された王子。 そんな王子を年が近く有能だからという理由で押し付けられた主人公。 [一言] 近い将…
[一言] 王子の惨めな描写が黒いナニカを浄化してくれたのを感じました。
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