04 これからも一緒に楽しいことしようね
「来たか!」
ランと一緒にギルドに顔を出すと、待ち構えていたギルド長自らが、ランの腕を引っ張って奥の部屋に連れて行こうとする。
──私も行っていいのかな。
「シア、おいで」
ランの言葉に受付のお姉さん、アルダさんも頷いているので、ランと一緒に昨日と同じ奥の部屋に入る。
「防音を頼む」
ギルド長にそう言われた瞬間、部屋の内側が薄い膜のようなもので覆われた。
「はーぁ。本当にすごいな。お前の魔法」
「そりゃどうも」
「でな、昨日の話なんだが……本当に俺にも名付けが出来るのか?」
「出来ますよ。正確に言えば、誰にでも出来ます」
「は?」
「更に言うなら、程度の差はあれ誰もが魔法を使えます」
「はあ?」
ギルド長が胡散臭げにランを見る。
「昨日の丸い石はありますか? 登録に使った」
「ああ。用意してある。嬢ちゃんの名前の登録がまだだったからな、ついでにやっちまおうと思って用意しておいた」
ギルド長に手振りで勧められて昨日と同じ横に長い椅子に座ると、目の前の低いテーブルの上にはちゃんと丸い石が用意してあった。
「では、先にシアの名前の登録をして下さい」
「嬢ちゃん、これに手を乗せて……シアだな」
ランが言ってた通り、アレクシアの名前は隠されているようだ。少しほっとしていると、ギルド長が丸い石を覗き込みながら声を上げる。
「おっ! 今までの実績から小さな星1つ付くぞ。よく頑張ったな」
──星付き! 星付きになれた!
「よかったね、シア」
ランが褒めてくれた。頭も撫でてくれた。ほかっとする。ここ数日は嬉しいことばかりだ。
「そこに、魔法師でしたっけ、その表示はありませんよね」
「ああ。嬢ちゃんは魔法師じゃない。魔法適正もない」
「シア、浄化の魔法わかる?」
「さっぱりするヤツ?」
「そう。それを思い浮かべて、ダリルさんをさっぱりさせてあげて」
ランが手を握りながら言う。浄化の魔法……あのさっぱりする感じ。ギルド長をさっぱりさせる、さっぱりさせる……。
「嘘だろ!」
ギルド長が叫んだ。あまりの大きな声に、耳がきーんとなる。
「嬢ちゃん! もう一回ここに手を乗せてみろ!」
──ちょっと怖い。
「大丈夫だよ。もう一回あの石に手を乗せてごらん」
恐る恐る丸い石の上に手を乗せる。
「おかしいだろ! 魔法師も適正も表示されてないじゃないか!」
「でも浄化されたのは分かりましたよね。シアが魔力を使ったのも、分かりましたよね」
「……ああ。間違いなく嬢ちゃんが俺に魔法を使った」
──魔法……使えたの?
「シアが魔法……いや、魔力を使ったんだよ。シアは魔力師だよ」
「まりょくし?」
「そう。おそらく魔法師とは違う方法で力を使っているはずだから、魔法師じゃなくて魔力師」
──魔力師! 魔力師になった!
「もう一度丸い石に手を乗せてごらん」
ランに言われるがままに丸い石に手を乗せる。
「魔力師……魔力師って表示されてるぞ!」
ギルド長が大きな声で叫ぶ。あの丸い石にも魔力師と出ているのだろう。
──本当に魔力師になったんだ。すごい。
「本人が強く認識すればそこに表示されるみたいですね」
「まさか名前もか!」
「おそらくは」
ランが丸い石に手を乗せる。
「昨日は魔法師だったのに、魔力師に変わってる。こんなこと……」
「その程度のことなんですよ、きっと」
「これは……。消されるぞ、俺たち」
ギルド長が青い顔をしてランを見る。
「消されませんよ。彼らよりダリルさんが強くなればいいだけです。単に黙っていればいいことでもありますがね」
「強く、なれるのか? 俺が?」
まるで何かを怖がるかのように、まるで大きな何かを期待するかのように、ギルド長がそっとランに聞いた。
「なれますよ。私が教えますから」
「……すまん。俺は教えて貰えるほど金は持ってない」
穏やかに言うランとは対照的に、ギルド長ががっかりしたように言う。
「はぁ? 魔法を教えるのにお金まで取っているんですか?」
驚くランが大きな声を上げた。
「ああ。ひとつの魔法の伝授に一番安くて金貨十枚だ」
「なんだそれ……だから魔法師は金持ちなのか。金があるから権力が付いてくる……」
まるで汚いものを見るかのような目をしながら、ランが嫌そうに言葉を零す。
「そう言うことだな」
「なるほどな。エルが嫌がるわけだ……」
エル。ランの神様みたいな名前の妹のことだ。妹は魔法師を嫌がったのか。
「この辺りの土地の権利ってどうなってます?」
「この辺りにそんなもんはないよ。掘っ立て小屋でもなんでも建てた者のもんだ。まあそこを守るだけの力がないとその場所は力のある者に奪われることもあるがな」
うーんと唸りながらランが腕を組み考えている。眉間にしわが寄っている。
「魔法を無料で教えると言ったら、人は集まりますかね」
「集まるどころか押し寄せるさ」
「ダリルさん、信用出来る人を集めることは可能ですか?」
「そりゃ、ギルド長なんてやってるからな、俺がってのでいいなら可能だが……貴族にはそんな知り合いいないぞ」
「正直貴族はどうでもいいです」
「それなら可能だ」
またランは、うーんと唸りながら考えている。
「目立たないように魔力学校みたいなものを作りましょうか。そこで魔力の使い方を教えます。当然、無料です。どうせギルドの登録内容なんて門の中の人は見ることもないでしょう?」
「確かに奴らが登録内容まで見ることはないが……。無料の魔力学校か、いいな! 目立たない場所、目立たない場所か……」
今度はギルド長が腕を組み、うーんと唸りながら考え出した。
「最初はそれほど大きな規模じゃなくていいと思いますよ。まずはダリルさんの信用出来る人にだけ教えてみます」
「なら、この部屋でもいいか?」
「いいんですか?」
「俺も教えて貰うからな。近場が楽でいい。それに案外ここの方が目立たないだろ」
「なるほど。では人選はお任せしてもいいですか」
「おう! 任せとけ」
ギルド長が胸を張ってどんとその胸を拳で叩く。
ギルドを後にすると、ランが迷いなく歩き出す。
──ここでお別れかな。
「シア? どうした? おいで」
ランが少し前で立ち止まり、振り向いて名前を呼び、当たり前のようにおいでと声を掛けてくれる。まだ一緒にいてもいいのだと分かり、嬉しくなって急いでランの側に駆け寄る。急に走り出しても靴が脱げることもない。
「シアの家の側に俺の家も建てていい?」
ランがあのうろの近くを住処とする。なんだかすごくいいことのように思える。これからもランが近くにいる。それはすごくいいことだと思う。
ぶんぶんと力一杯何度も頷く。
「そんなに勢いよく頷くと頭が飛んでっちゃうよ」
慌てて頷くのをやめ頭を抑える。それを見たランが大きな声で笑った。すごく楽しそうだ。それを見ていたら、なんだか楽しくなってきた。
「シアが笑うと俺も楽しくなるな」
──ランが楽しそうだから、楽しくなったんだよ?
「これからも一緒に楽しいことしようね」
──これからも?
それはこれからも一緒にいてもいいのだろうか。もうひとりぼっちじゃなくなるということだろうか。なんだかすごく嬉しい。本当にここ数日はいいこと尽くめだ。
ランと一緒に街外れまで歩く。ぴったりとした靴のおかげで足取りは軽く、ランが近くに住むと分かって心も軽い。まるでふわふわと体が浮いてしまいそうだ。
「よし。転移するよ」
ランが周りを見渡しながらそう言った瞬間、木のうろの前にいた。びっくりするよりも先に、なんだかちょっと頭がくらっとする。
「シア、大丈夫? 頭痛い?」
──頭は痛くない。ちょっとくらっとしただけ。
ふるふると頭を横に振れば、更にくらっとした。
「ああ。少し目が回った感じかな。ほら。ここに座って」
なんだかすごく立派な椅子が鞄の中からにゅわーんと出てきた。ランに支えられ、ゆっくりぽすんと座ると、ギルドで座った椅子など比べものにならないほど、ほわわんとしている。まるで体が包み込まれるかのようだ。
「そこに座って少しだけ待ってて。すぐに家を建てるから」
ランが少し考え事をしているかのように、腕を組んで目を閉じている。
「リビングは広めで、キッチンもそれなりに調っていた方がいいか、風呂は外せないよな……ああ、泉源があるな、単純泉だけどいいか。トイレと洗面と……。
ねえ、シア。シアの部屋欲しい?」
──シアの部屋? 部屋をくれるの?
「んー、一応シアの部屋と俺の部屋も作っておくか。翼は本当にうろでいいんだな」
「いいよー」
ツバサが姿を現す。魔物っぽい姿の方だ。隣でちょこんとお座りしている。顔は鳥で体は四つ足の獣だ。その羽根は晴れた日の雲みたいな色で、その毛は人型の時の髪の色と一緒だ。光を受けてきらきらしている。
「んー…どうすっかなぁ。魔力で作るか」
「さすがに鞄から家が出てきたら嫌だよ」
「出せるんだけどさ」
「魔力で作って!」
「はいはい」
ランが言い終わった瞬間、ざわざわとするようなぞくぞくとするような、何とも言えない感覚に襲われる。見るとランの体から何かが滲み出ている。まるで霧のような、さっき見た膜をたくさん重ねたような、なんだかよくわからない何かがランの体から出ている。
それが一気にぶわっと広がったと思ったら、目の前に家が建っていた。しかも前にちらっと門の隙間から見えたお貴族様の家のような、とても綺麗な建物だ。
「こんなもんかな。シア、頭ぐるぐるするの治った?」
いつの間にか頭がくらっとするのは治まっていた。いつの間に治まったのだろうか。こくんとひとつ頷く。完全に治まっているようだ。頭を動かしても大丈夫。
「よし。じゃあ、俺たちの家に入ってご飯を食べよう」
そう言って、手を差し伸べてくれる。ランは俺たちの家だと言った。
──俺たちってランとツバサかな。
「俺とシアの家だよ。その代わりシアの家だったうろを翼に譲ってくれる?」
お貴族様のような家とうろを交互に見る。このうろの代わりにこの家に住んでもいいのだろうか。
「うろと交換?」
「そう。うろと交換。ちゃんとシアの部屋もあるからね。交換する?」
「する!」
「じゃあ、家の中に入ろう。そのうろはもう翼の物だよ」
「やったー!」
ツバサの声を聞きながら、ランが差し伸べてくれた手に手を乗せると、ぎゅっと握って力強くその手を引かれ、椅子から立たせてくれた。椅子はどうやってなのか、鞄の中にぎゅにゅうっと小さくなりながら吸い込まれていった。うっかり鞄に吸い込まれないように気をつけよう。
とんとんとんとんとん。
5段の階段を上がり、立派な扉の前に立つ。扉の前は木材で出来た通路みたいになっていて、それが左右に伸びてかくっと曲がり、その先に続いているようだ。
「ああ。ウッドデッキが回廊みたいになっているんだよ。家の周りをぐるって一周している。実家のミニチュアみたいな家になったな……」
ランが扉を開けると、ふわっといい匂いがする。花の匂いのような、木の匂いのような、なんだかよく分からないけど、ずっと嗅いでいたいようなとてもいい匂いだ。
「いい匂いがする……」
「ああ。ジャスミンの香りだな。実家の俺の部屋、ジャスミンの香りのする部屋だったんだよ。そこまで再現しちゃったのか……」
かおり。いい匂いのことを香りって言うのか。そう言えばそうだった気がする。香水屋の前で売り子のお姉さんが「いい香りでしょ」と言ってお客さんに勧めていた。
玄関から足を一歩踏み入れると、浄化されたのが分かった。
「ああ。家の扉に浄化の魔法陣が刻まれているからね。扉の先に入ると勝手に浄化されるんだ」
浄化の魔法だ。しっかり分かるようになった。本当に魔力師になったのかと思うと、今までよりも少しだけだけ偉くなったような気がする。
目の前に広がるそこは、広い部屋だった。さっき座ったような立派な椅子がふたつ並んでいる。それの向かいにはそれを寝そべられるくらい横に長くした椅子がひとつ。その間に低いテーブルがある。それらの下には見ただけでもふかふかしていると分かる絨毯が敷かれている。それは、ギルドに敷かれていた絨毯がいかに薄っぺらな物だったかが分かるほどに分厚い。
「ここがリビングね。とりあえずソファーとテーブルとラグは出したけど、後は追々だな。こっちがキッチンだよ」
ランに手を引かれ、連れて行かれたのはリビングと言われた部屋の右側奥。そこは見たこともないほどぴかぴかした厨だった。ランはキッチンと言ってた。厨とは違うのだろうか。お姉さんの家の厨とは似ても似つかないけれど、ご飯を作るところだと思う。
「ここがシアの部屋」
ランに手を引かれながらリビングを横切り、キッチンとは反対側の左奥の扉を開けると、大きな寝台、もしかしてこれがベッドだろうか。それに机と椅子、リビングに敷かれていたようなラグが敷かれていた。絨毯より分厚いのはきっとラグと言うのだろう。さっきランがそう言っていた。
全体的に春に咲く花の色をしている。薄紅という名前の花だったか、そんな色だ。すごく綺麗な色だ。
「後でゆっくり見て、足りない物は言ってね。ここがクローゼットで、ここがトイレと洗面」
クローゼットという扉を開け中に入ると、色んな色の服が掛かっていた。お貴族様の服がすごくたくさんある。
「シアの服だからね。この中から気に入ったの見つけて着てみてね」
「……これ、着ていいの?」
「いいよ。全部シアのだから。好きなの着ていいからね」
「全部シアの?」
「そう。全部シアの」
──すごい。
全部シアのだとランは言った。全部着てみたい。毎日違う服を着ても、いつまでも終わらないかも知れないほどにたくさんある。
「ここがシア専用のトイレと洗面ね。このフタを上げて、ここに座って用を足すんだ。用を足すと自動で浄化の魔法がかかるようになっているからね。手を洗ったり、朝顔を洗うのはここ。こうやってこのレバーハンドルを持ち上げると水が出るから。こっち側に回すとお湯になるからね。あとこの水は飲めるから」
──すごい。
透明で澄んだ綺麗な水だ。お貴族様の水だ。ギルドで見た綺麗な水よりずっとずっと綺麗な水だ。
「ほら、やってごらん」
ランに言われるがままにその細い棒のようなレバーハンドルをそっと持ち上げると、当たり前のように水が出た。触れるとすごく冷たい。こんなに冷たい水は初めて触った。くいっとレバーハンドルを回すと、冷たかった水が湯に変わった。触れている手には熱すぎず温すぎない丁度いい湯が流れていく。
「後でゆっくり遊べばいいよ。この隣は俺の部屋ね。シアの部屋と同じ作りだから」
再び手を引かれ、リビングからランの部屋の扉を開けると、そこは色が違うだけの全く同じ部屋だった。ここは夜の始まりの空の色だ。
リビングを横切り、キッチンの隣のドアを開けると、さっき見た洗面が2つ並んでいる。驚くのはその壁が一面鏡だった。鏡は高級品だ。平民は手のひらくらいの大きさの物しか持つことを許されていない。それでも随分と高価な物で、実際に見たことはちらりとしかない。それが壁一面。
──ランに手を引かれているのは……誰?
「ん? きょとんとしてるけど、もしかしてシアは自分の姿を見たの初めて?」
手を鏡に向かって伸ばすと、目の前に映る人も同じように手を伸ばす。
「これ、シア?」
「そうだよ、シアだよ。可愛いだろう?」
──可愛いって何だろう? これが可愛い?
首をかしげると、目の前の目がぎょろっとした人も首をかしげた。隣に立っているランより随分と小さい。大人と子供だ。
「で、このガラスの向こうがお風呂ね」
ランが指を指している方を見ると、大きなガラスの向こうに湯気が見えた。こんなに大きなガラスは見たことがない。それに歪みも曇りもない、まるでガラスなんてそこにないかのような透明すぎるガラスだ。
「さすがに露天風呂は無理だけど、大きめのお風呂にしておいたよ」
そう言ってランがそのガラスを動かす。驚くことにガラスが扉になってる。初めて見た。ガラスの扉。窓とは違う。枠がない。さっきの水のレバーハンドルみたいな、それよりも大きな棒のようなものをランが握って下に下げると、かちゃっという小さな音と共にそのガラスの扉が開いた。
その先はつるつるに磨かれた石畳み。その先には更に一段高く、腰掛けられるほどの高さと幅で四角く縁取られたその中には、透明な湯が湯気と共にたっぷりと入っていた。湯の底の石畳みがゆらゆらと揺れながら歪んで見える。湯気の温かさを顔に感じる。
「タイルは滑りやすいから足元に気をつけてね」
ランの手をぎゅっと握って、滑らないように湯をのぞき込むと、その縁ぎりぎりまで湯がたゆたっていた。こんなにたっぷりな湯を見るのは初めてだ。どれだけ使っても無くなりそうもない。