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僕らの最後の夜空

作者: ハッチャソ

 焚き火と、満月の明かりが周りを照らし、夜にしては明るすぎる中での夕食だった。


「ごちそうさま」

 僕はいつも通り必要最低限の晩飯を胃のなかに詰め込み、その場を離れようと立ち上がる。

 すると、トモが軽い調子で声を投げてくる。


「カイ、もっと肉食った方がいいんじゃないか?筋肉つかないんじゃね?」

 さすが武闘家という所だろうか、言うだけあって、トモはしなやかな筋肉の鎧をまとっている。

 パーティメンバーの肉体面への配慮も欠かさないところは、なんというか……ナイスガイだ。

 だが、魔王討伐の旅で食料を無駄にバクバク食べてしまっては旅を続けられなくなる。


「んー、最後に機能していた街からしばらく旅しちゃったし食料が少し心もとないから、節約していくよ」

「そうだね、確かにちょっと食料の残量怪しいかも」

 ユウが肯定してトモの軽口にマジレスで返す形になる。

「いや、俺だってそれはわかってるって。ただ、お前があまり食欲が無いようだから大丈夫かと思ってさ」

「ありがとう、でも大丈夫、ちゃんと必要な分は摂ってるから」

「それなら、いいけどさ」

「うん……ちょっと腹ごなしに鍛錬してくる」

 今度こそ、その場を離れようとしたら、今度はユウからも心配する声が聞こえた。

 

「もう魔王城の直前だし、強力な魔族が出るかもしれないから、あまり遠くに行っちゃだめだよぉ」

 ユウがスプーンを振りながら 明るい態度で、注意を促してきた。

 普段元気娘なのに人一倍、周りに気を配っている辺りヒーラーらしい。

「オッケー、わかってるよ」

 軽めに応答し、その場を離れる。



 正直あの二人と一緒にいるのは少し気まずかった。



 もともと二人とも僕が勇者に選抜されて、魔王討伐の旅の途中、パーティーとして集めたメンバーである。

 物理戦も魔法戦も万能的にこなす僕は、突出した力がなく、トモのような前衛とユウのような回復も任せられる後衛が必要だった。

 理想形のパーティーを組み、三人でいくつものクエストをこなしてきたけど、少し前に二人が恋仲になったことを聞かされて以来、どう接していいか、わからなくなってしまった。

 ……というのが現状である。

 最近は二人の時間を自分が邪魔しているような気がして、浮いた時間ができるとこうして訓練と称して一人になるようにしていた。

 二人から逃げるように。

 

 思ってみれば昔から僕はうまくいかないとすぐ逃げてきた気がする。

 ずっと変わっていない。


 キャンプの明かりが遠くなったあたりで、転がっていた岩に腰を下ろし、何の気なしに空をを見上げる。

 もやっとした雲が散らばっているものの、いつになく満月が輝き、その明かりに負けた星たちは、いつものように月を取り囲むことはなく、息をひそめていた。

 僕は知っている、こんな夜は魔族たちのテンションがやたら高くなり、とても面倒な夜になる。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れた。

 ただ、このため息はウザったい魔族達を懸念してのものだけじゃなかった。


 ため息をすると幸せが逃げていくという事を聞いたことがあるけれど、幸せを取り逃がして、悩むときにため息が出るんだから、ため息をつくときにはすでに不幸になっているはずだ。『ため息をつく→幸せを取り逃す』というのは間違いで、本当は『幸せを取り逃がす→ため息が出る』が正しいと思う。

 ならば、僕は今幸せを取り逃がしているという事になる。


 その幸せが何なのかはわかってる。

 僕にとってはわかりたくなかった事実。

 

 僕はユウの事を好いていたのだ。

 

 つまり僕の幸せはユウと恋仲になることで、ユウがトモと恋仲になった今、僕は幸せを逃がしてしまったことになる。

 数日前にトモとユウから二人が恋仲になったのだと聞かされた時、確かにショックを受け、混乱したことは確かだけど、単純に驚いただけだと思っていて、失恋なんて考えもしなかった。

 これまでの旅の間、ユウの事を好きだなんて認識していなかったから。

 だけど、報告を受けてから1日後、混乱とは別に自分の中にもやもやした、気持ちの悪い感情が生まれていることに気付いた。

 それが自分の失恋による嫉妬心だと理解するのにさらに1日かかり、そこに気付いたことでさらにショックを受けた。


 僕は無意識のうちにユウに惹かれていたのだ。

 

 考えてみれば、ユウはこんな旅に付き合ってくれるだけではなく、いつも明るく振舞い、僕を元気づけてくれていた。

 それはヒーラーという役割だったからだけではなく、彼女自身の人格のなせる業だと思う。

 過酷な旅を供にする人間が彼女に惹かれないはずがなかった。

 それは僕だけではなくトモだってそうだった。

 そしてトモは意識して動き、ユウはそれを受け入れた。

 そういうこと。

 

 ただ、それは僕の中でうまく整理されず『ユウを盗られた』という憎しみとも取れる、とてもおぞましくて理不尽な勘違いをよぎらせた。

 もともとユウは誰かのものではないから、それは勘違いで、その勘違いは一瞬で、間違っているという判断に塗り替えられたけど、そんな気持ちが一瞬でも生まれたことは、僕が二人とちゃんと向き合えない理由としては十分だった。

 別にトモの事が信頼できないとか、そういうことではなかった。

 トモとは旅の当初から気が合い、無茶な戦いや、バカなこともやって、今まで戦場を潜り抜け、さらには女の子であるユウとはできない話なんかもできる親友だ。信頼している。

 それでも今回ばかりはすぐに割り切ることができていないし、すごく辛い。

 

 今の僕では二人を祝福できない。

 このもやもやをまき散らしながら八つ当たりをしてしまうかもしれない。

 もしそんなことになったら、これまで培ってきた信頼なんてぶち壊しで、パーティー解散の危機だ。

 僕は一刻も早く心の整理をつけ、二人を祝福できるようになりたかった。



「そろそろ戻ろう……」



 ユウにも注意を受けているし、どうも雲行きが怪しい。

 月は相も変わらず自己主張を続けているが、さっきまで散らばっていた雲が集まり、闇の塊が浮いているようだった。

 魔族の襲撃があるかもしれない。そうなったらバラバラでいるのは得策じゃない。

 

 そう考えを巡らせた直後、流氷の下に放り込まれたような絶望を含む気配があたりを包み、体中の毛を直立させる。

 その絶望はキャンプの方向から流れてくる。

 瞬間的に剣をひっつかみ、キャンプへ向けて疾走を開始する。

「っ!!」

 嫌な予感が的中してしまった。

 しかもこの気配とともに流れる強烈な殺気、これまで闘ってきた雑魚のものじゃない。確実にボスクラスのそれだ。

 一人でパーティーを離れたのはやっぱり失敗だった。僕が心の整理をちゃんとできていれば。

 後悔が頭をめぐる。

 

 キャンプの明かりが近づくと共に殺意がより濃くなる。

 無事でいてくれ。

 そんな心の叫びと同時に、たき火の明かりが切り取る視界の端からテントに向けて吹き飛んでいく人影が見えた。


「トモっ!!」

 

 叫ぶとともにテントを背にして剣を構えながら飛び込む。

 道中、剣は抜き放ち、身体強化魔法は詠唱済み、僕の初期臨戦態勢だ。

 即座に状況把握に努める。

 相手はというと、トモを吹き飛ばしたらしい拳を下しながら、ゆっくりとこちらを見る。人間の、女か?

 すらりとした赤いドレスをまとい、背も高い。出るとこは出ていて、美人という言葉を体現しているようだった。

 長い黒髪の間から覗く赤く輝く目は殺気を放ち、こちらを品定めするかのように見据えている。


 相手の容姿を確認していると背後で回復魔法発動の気配を感じる。ユウの回復魔法だ。

「トモを回復します!復帰まで数秒かかりそう!」

 ユウから声がかかる、トモ復帰まで数秒、この得体のしれない敵から何とか時間を稼げるか?



「あなたが勇者?」

 殺気を抑えないまま聞いてくる。

「……だったらなんだ?」

 相手の意図はわからないが、僕は律儀に答える。この問答の間にトモが復帰できれば、もらい物。


「そろそろ勇者が来ると聞いて迎えに来たの」

 すらりとした腕を広げながら場違いなことを言ってくる。

「なに?」

 飄々と話しているくせに殺気は依然としてものすごいものだ。

 あたかもこいつが存在するだけで殺意が発生しているようでもある。


「勇者は魔王に会いに来たんでしょ?だからこちらから迎えに来てみたのよ」

 こいつは何を言っているんだ?

 いや、魔王に会いに来た僕を迎える?


「……もしかして」

「そうだよ。私が魔王だよ」


 そんなことを宿敵であろう僕に堂々と告げながら、暖かい印象の笑みをつくって見せる。

 今まさに目の前に魔王がいるというプレッシャーと急に見せた温和な笑顔の違和感に一瞬気圧されそうになる。

 直後、背後での補助魔法の気配とともにトモが僕の傍を駆け抜ける。

 僕もなんとか立て直し魔王への距離を詰める

 まずトモが上段のフェイントからの足払いによってバランスを崩す。僕は傾いだ魔王めがけて渾身の一撃を振りぬく。が、手ごたえがない。

「カイ!うしろ!」

 ユウの声が聞こえるが、ほぼ同時に背中に強い衝撃が伝わる。

 

「ぐぅっ」

 瞬間的に前方向に跳んだものの肺の中の空気が強制的に押し出される。

 空中で体をひねりながら追撃に備え、着地する。

 見たところ、トモは別方向に蹴り飛ばされたようだ。

 

 魔王は蹴りの姿勢から直り、いまだ悠長に構えている。

 あいつはどんなトリックを使った?あの体制から避けるのは、瞬間移動系の能力か?

 

「勇者はカイっていう名前なんだね。カイは面白い事をしているね?興味がわいてきたよ!」

 こんなバカ強い宿敵に興味を持たれてしまった、僕の事を解剖でもしようというのか。

「僕は興味ない、魔王には倒れてもらうだけだ」


 言いながら、僕はトモの立ち位置を確認して、次の攻撃に備える。

「ふむ、私は勇者と一対一でデートがしたいなぁ、どうしようかしら?」

 またふざけたことを言って僕を困惑させようとしているのか?と勘繰った直後。

 

 ブジュッ!!

 

 「っ!?」

 

 多分に水分を含んだ肉が断裂する音が響き、その場にいた魔王以外の人間が息を飲んだ。

 ぼとり、という音ともに魔王の左腕が、地面に落ちる。細く白い肌が赤黒く染まっていく。


「時分の腕を、切り落としやがった?」

 トモが怪訝な目で見守る。これまで魔族の肉塊なんて何度も見てきたが、自らの腕を切り落とす奴なんていなかった、訝しがるのは当然だ。絶対になにか仕掛けてくる。


「あぁ、驚かせちゃったかな?」

 魔王はそう言いながらゆっくりと自らの腕を拾うとその腕に、隠しもせず、魔力を込め始める。


 僕と友は緊張状態に戻るが、迂闊には飛び込めない。ちぎれた腕に魔力を込めるのはその腕を使ってなにかをする、つまり近距離で効果を及ぼす魔法の可能性が高いと思われたためだ。

 代わりにそうでなかった場合に備えて、ユウが魔法防御強化の魔法を展開する。


 ユウの魔法の発動の方が早く少し安心したところに魔王が声をあげる。

「じゃあ、カイ!いくよっ!」

 声と共に魔力を込められ、ぼんやり輝く自らの腕を頭上高く投げあげた。


 全体魔法の類いだったか!と推測すると同時に防御の体勢をとる。が、衝撃は訪れず、腕は輝いたまま再度地面に落下した。


 そこに魔王がいないことに気付いたときには遅く。

「カイ、ひとつめだよ」

 耳元で囁かれ、剣を薙ぎつつ飛びずさるが、剣はすんでのところで魔王に届かず空を切る。

 何故かこちらは攻撃を受けていないようだったが、こちらの攻撃もやはり有効打にならない。


 しかし。


「……何をした?」


 魔王に触られたらしい脇腹の辺りが、異様に熱い。

 まずい、時間差魔法のようなものをうたれたのか?


「安心していいよ……」

「カイ!さっさと潰すぞ!」

 魔王の話を遮る形でユウの魔法によって生み出された炎の塊と共にトモが空中からの足技を叩き込む、いってみれば炎の踵落としだった。


「くっ!」

 不意をつかれたのか、魔王は残った右腕でトモの足をいなしながら避ける形になる。が、そのいなした右腕にそのまま魔力が込められ、トモに向けられる。


「ぐあっ!」


 魔王の悲鳴が上がる。

 なんとか僕の対応が間に合い、トモは吹き飛ばず、代わりに地面に転がるのは溜め込んだ魔力を解放できなかった魔王の右腕だ。


「あははっ!いい連携だねっ!なるほど、なるほど」

 両腕を無くしてなお、高笑いを見せつつ距離を取る。

 実に楽しそうなのがムカつく。

 得たいの知れない魔法を埋め込まれているから、先ほどの速攻で仕留められなかったのは良くない。


「あぁ、やっぱり先ほどの魔法が気になるのかな?」

 表情に出したつもりはなかったが、気取られている。

「なに、その魔法が突然爆発したりすることはないよ。一回目では発動しないんだ、ちょっとした呪いみたいなものだよ。いや、逆かもしれないけど。ふふふ」

 ご丁寧に解説してくる。

 当然鵜呑みにするつもりはないけど、奴の僕らをなめた言動から、信憑性は高いと思う。

 どちらにせよ戦いを長引かせるのは得策じゃないと、次の攻撃のためにトモとアイコンタクトをしたとき、視界に地面を這いトモに近づく何かを見つける。


「トモ!うしろっ!」

 トモはかろうじて、反転し、はじく。さっきはただ転がっていた魔王の右腕を。


「きゃあっ!」

 その直後、背後からユウの短い悲鳴で気づく、魔王は今、両腕を落としていることに。

 すぐに振り返りユウの状況を確認した瞬間、何かが地を蹴る音を聴き、振り返った勢いのまま回転し、赤い砲弾となって僕に突っ込んでくるそいつに剣を叩きつける。


 ガッギィイ!!


 人間が本能的に嫌う金属が強く擦り合わされる音が響く。

 突っ込んできた勢いのままのそいつと激突し、ひとつの塊となり後方へ吹き飛ぶ。

 僕の剣と噛み合い、眼前に迫るのは計10本の爪だった。

 さっきまで血をドクドクとたらしていたいた肩口からはちゃんと腕がついている。

 こいつ、こんな超再生能力まであるのかよ!

 僕は辟易すると同時にあることに気づく。


 なるほど。


「魔王、お前。胸小さくなっt、ぐはっ!」

 言いきる前に脇腹に蹴りをぶちこまれて直角方向にぶっ飛ぶ。



「レディーに何て事を言う?カイ、モテないでしょ?」


 魔王は冷ややかな目で見降ろしながら言う。

 失恋をして間もないところにこの正論は正直ぐさりと来る。


「いてて……大きなお世話だ」

 脇腹は痛いが致命傷ではない。

 奴は超再生を持っているわけではなく、肉体の再構成のようなことが出来るようだ、つまり豊満だった胸の肉体組織をつかい、腕を形成したようだ。しかしこれは、回復能力と大差がなく、厄介なことにはかわりない。


「それにしても、胸のサイズの違いを一瞬で見破るとは。カイも人畜無害な顔して助平なんだね?」


 胸だけではなく等身も一回り小さくなって、高校生くらいの容姿になった魔王がからかってくる。


「僕も一応、男なんでね。それより魔王でも胸の事を気にしたりするんだな」


 そう言いながら、魔王越しにトモとユウの様子を窺う。

 距離は少し離れてしまったが、二人とも大きなダメージはなく、それぞれに何度も飛来する魔王の腕を叩き落としているのが見える。ユウに至っては、初撃で受けたダメージを回復しながら、魔王の腕にカウンターで魔法を打ち込んでいる。

 それを見て一呼吸置きながら視線を魔王に戻すと、魔王と視線が絡む。

 心中を見透かされているようで、気分が悪い。


「私も一応女なのよ。当然気にするわ」

 僕のセリフを真似て返してくる


「それはそうと、さすが勇者の仲間達だね、私の腕一本では抑えられないか、じゃあ」


「ぱちん」


 魔王が特に何の感慨もなさそうに言い、指ぱっちんの”マネ”をする。音は当然口でつぶやいていた。

 すると二人と戦っている魔王の腕を包む光が強まり、視界を奪う。そのただなか、空気……というより空間そのものが腕を中心に収束するような錯覚に襲われ、たじろぐ。


「ぐっ!」

「きゃっ!」


 トモとユウの声が聞こえ、視界が戻ると、膝をつく二人の前に、それぞれ今の魔王よりさらに小柄な魔王が立っていた。


 自分の肉を媒介にしているとはいえ、小さいながらも自分の分身を生み出すとは。かなり上級の魔法だったはずだ。


「頭まで筋肉でできてそうなおにぃちゃんなら、すぐ倒せちゃうかも!」

「かわいいおねぇちゃん!私といっぱい遊んで~~」


 ちび魔王達は口々にそういいながら二人に追撃をかける。


「かわいいお嬢さんだが、こっちも守るべき彼女がいるんでね!早めに倒させてもらうよ!」

「わっ!ちょっ!ちょっと待ってってば!」


 対する二人も即座に体制を整え、ちび魔王と切り結ぶ。


「さぁ!準備は整ったよ、カイ!あっちはほっといて、こっちは二人だけのデートを楽しみましょう!」


 二人を気にする僕をみて、先ほどより語気を強め、魔王が言う。最高にワクワクしてたまらないといった顔だ。

 二人が簡単にやられるわけはない。ここは二人を信じ、魔王に剣を構え、集中する。

 魔王を倒して、ちび魔王が消える確証はないけど、なんにせよこいつは早く倒したい。


「申し訳ないけど、女性の扱いには慣れていないから、期待に応えられなかったら、ごめんねっ!」


 言い終わるとともに最大加速しながら胴への突きを繰り出す。

 魔王は後方へ飛び退くように回避するが、そこへさらに加速しつつ切り上げをお見舞いする。

 今度は爪で受け止めつつその勢いを使ってさらに後方へ大きくふわりとした挙動で飛んでいく。

 相手が浮いたことを確認し、切り上げた剣に風魔法を付加し、着地箇所めがけて振りぬく。

 剣から飛びだした風属性の魔力は無数の風の刃となり魔王の着地を襲う。

 いくつかの風刃は撃ち払われるものの、いくつかは被弾し、その白い肌をえぐる。


「っ!」

 魔王は体を切り裂かれ、驚いたようだが、余裕顔は崩さない。


「なかなかやるね。さすがは勇者だ。私じゃなきゃ、やられちゃってたかもね」

 言いながら体中の傷口がみるみるうちに塞がっていく。


「でも、お得意の魔法はもっと使わないの?」

「ん?別に魔法は得意ではないが、お望みとあらば使ってあげるよ!」

 少し試したいことがあるから、にやにや顔から発せられる安い挑発にも乗ることにする。


「あら、怒っちゃやだー、キレやすい男も嫌われちゃうよ?」

 くねくねした動きでさらにあおってくるのを無視し、大型の火炎魔法を圧縮しバレーボールサイズにする。


「そんなことだから、お仲間のかわいこちゃんにも嫌われちゃうのよ」

「っ!? 嫌われてなんかないっ!」

 何故僕の心情を知っているのかはわからなかったけど、気にしているところを突かれ、勢いにまかせて火球を投げつける。

 案の定短絡的に投げつけた火球は斜め前方に滑り込むようにして躱される。

 でも、それも計算のうち。圧縮した火球は僕の意思で爆発させることができる。

「甘い!」

 そう言って火球を起爆させる。


 その瞬間、周りを赤々と照らしていた火球の明かりが何かに遮られる。

 瞬間の暗転に視界を奪われ、魔王を見失ったかと思ったが、明かりを遮ったそれ自体が羽を大きく広げた魔王であったことに気付く。

 爆風に乗り、ものすごい速度で魔王が接近する。

「二つ目もらったよ!カイ!」

 咄嗟に剣を振るが、そのまま激突し、もつれて地面を滑る。


「ぐあああっ!」


 窮屈に振られた僕の剣は魔王の肩に突き刺さり、ぶすぶすと煙を上げ、肉が焼け、血が蒸発する悪臭をまき散らす。

 魔王は苦痛の悲鳴を上げるや否や、闇に溶けるかのように姿を消し、数秒後、距離をとった位置に出現する。


 火球を作ると同時に剣にも炎の魔法を付与しておいて正解だった。

 魔王の左肩の傷からは依然薄く煙が上り、腱か骨を断ったのか腕はだらりと垂れさがって動かないようだ。


「回復しないのか?」


 よく見ると、先ほど突然展開した羽も爆風にやられて痛めているようだ、左右のバランスが悪い。

 これで実験は成功だ。魔王はおそらく炎系の魔法に対してはダメージを受ける。いわゆる弱点だ。


 しかし、実験の代償は大きかった。


「これぐらい回復するまでもないよ。カイのほうこそいいのかな?二つ目の魔法を打ち込ませてもらったよ」

 苦しそうではあるが、にやにやした笑顔でこちらを見てくる。

 そう、さっきの激突の時にまた、怪しい魔法を打ち込まれている。

 しかし、今回もすぐに発動するような様子はない。


「さぁね、全然発動しないけど、この魔法失敗してるんじゃないの?」

 かなり気がかりではあるが、できるだけ強がってみる。

 

「ふふん、魔法は成功してるよ。でもその魔法は対象の強さによって打ち込まなきゃいけない回数が変わるのさ」

 僕はそんな特殊な条件を持つ魔法を知らない、魔王のオリジナルなんだろうか。

 

「私の見立てだと今回は3回で発動すると思うから、あと1回だねぇ」

「大丈夫だよ、次に打ち込まれるまえに、お前を倒すから」

 とは言ったものの、あの闇に溶けるような移動能力で逃げられるのでは仕留めきれない。

 ただ、さっき消えてから出現までに時間差があったことから、初めに考えた瞬間移動のような能力ではなく肉体を、何か別のものに変換して、その後、再構成しているのだとしたら、倒しようもある。これまでの魔王の能力を考えても可能性は高く感じた。



「あら、あんまり焦るとさっきみたいにカウンターを入れちゃうよ?それでもあの二人が気になるのかな?」

「気になるよ、仲間だからね」

「本当に?彼女には嫌われちゃったんでしょ?さっき嫌われちゃうっていったとき、カイすごい顔してたよ?」

「……嫌われてないっていったでしょ」

 しつこくからんでくる魔王に腹が立ってくる。


「でもでも、それだけむきになるってことは、嫌われてはなくても、彼女の事を好きだったりするのかしら?」

「さぁね」

「あぁ、なるほどなるほどぉ!確か武闘家の男の子は、かわいこちゃんの事を彼女って言っていたね?」


 魔王が勝手に分析を進める。


「だから、カイは好きだけどアプローチできないんだね!」

 少し違うけど、大体あっているのが腹立たしい


「だったらなんだっていうんだ」

「最初から思っていたけど、やっぱりすごく面白いことをしてるなって、ふふふ。それであの二人との付き合い方がわからないってところかしら?」

「……」

 完全に看破されていた。



「そうだ、なんなら、私のところに来ない?」

 唐突に意図のわからないことを言い出す。

「何をバカなことを」

「私なら受け入れてあげられる。カイは強いし、かわいいもの。私はカイの事好きだよ」

 こうストレートに好意を表現されるのに慣れていなくて、少しドキッとする。

 

「それに、彼らも二人っきりのほうが楽しいんじゃないかしら?」

「……そうかもしれない。でも、僕たちはお前を倒すためにここまで旅をしてきた。お前を倒して旅が終われば、あの二人は二人きりになれる」

 魔王と視線を合わせていられず、視線を背け、これまで何度も頭を巡ったセリフを口から送り出す。

 旅が終われば僕は彼らとは別れることになるだろうとは思っていた。


「それじゃあ、カイがかわいそうじゃない?」

「それでいいよ」

 わかっていたことだが、わざわざ再認識させられ、体から力が抜けるような気がした。


「じゃあ、かわいそうなカイのためにも先に二人を消してあげようかな」

「なに!?」

 驚いて顔を上げると魔王と視線が絡んだ。また、微笑んでいた。

 その微笑を認識するとともにトモとユウが地面に倒れているイメージが一瞬脳裏をよぎる。


「見えたかしら?実はもう二人の事倒しちゃったの。でも、まだ生かしているから、急げば助かるかも」

 確認したくても、すでに二人とも見える位置にはいなくなっている。


「僕がそれを信じるとでも?」

 まずい、さっきのイメージが本当なのか確認することはできない、いそいでこいつを倒すしかなくなってしまった

「信じなくてもいいのよ。でも、カイは二人に幸せになってほしいんでしょ?あ、でも男の子のほうだけ間に合わなかったという事にするのが一番だよね?」

「うるさいっ!」

 自分でも軽くパニックになっているのがわかる。まずい。


「わっ、こわい。正論すぎたかなぁ、ごめんごめん」

 まったく怖くなさそうにそう言い、じゃあと続ける。

「カイがあと1分待ってくれて私のところに来るなら、カイを一生守ってあげる。その場合、二人を消すからカイの事を責める奴はいなくなるよ。それが嫌ならすぐに私を殺すことね。その時は私たちの決着がつくまで二人を殺すのは待ってあげるよ」



 僕に選択肢はない。ゆっくりと臨戦態勢に入る



「やっぱり、私のところには来てくれないか……。じゃあ、おいで」

 言葉と同時に魔王に向かって跳び、突きを放つ、弱点は炎。当然剣には先ほど同様、炎の付加と、もう一つ爆炎の魔法を準備している。


 どすっ!


 重い音が響き、魔王の肩の向こう側に僕の剣の切っ先が見える。

 魔王があまりにあっけなく攻撃を受けたから、戸惑ったが、作戦通り順番に魔法を発動する。


「物理防壁魔法展開!」

 かける対象は自分ではなく、魔王に対して。本来は体表面に物理攻撃に対する防御壁をつくって攻撃から身を守る魔法だけど、この魔法をかけることで、魔王は逆にその防壁から外へ出られなくなる、これで魔王は空間に溶けだすような回避はできないはず。少し賭けになるが、今魔王を倒す方法はこれくらいしか思い浮かばなかった。


「っ!?」

 魔法発動後、魔王に抱きしめられ、さらに戸惑う。


「さすがカイだね。その攻撃で大正解だよ。それで私を殺せる」


 どういう事だろうか、諦めたのか?


「あんたのような友達がほしかったんだ。ずっと独りだったから。最初は魔法の使い方がおかしな勇者だと思ったけど、私と闘える力をカイは持っていた。カイは悩み、苦しみ、自分なりの戦いをして、それで私と闘ってみせた。そんなカイとなら対等な友達になれると思った」


「……」

 僕は黙って聞く。なぜかその言葉に引き込まれていく。


「でも、カイはやはり私のところには来てくれなかった。カイが手に入らないなら、もう独りは辛いし、やっぱりカイを殻ごと壊して一緒に死んでしまうのもいいかなって思っちゃったんだ。自分勝手でごめんね」


 魔王はそういって抱擁の力を強くする。

 僕は魔王に刺さったままになっている剣から防壁の内部に向けて爆炎魔法を展開する。



 どがあぁぁ!



 炸裂音と同時に爆風にあおられ、ふきとばされる。

 抱擁と同時に3回目の魔法を打たれたらしく、体内で魔力が渦巻くのを感じる。


 魔王とは相討ちか、あいつは最期に泣いていたな、などと吹き飛びながら考える。

 受け身をとる気力すら出ず、地面を転がる。



 このまま、僕は死ぬ。



 魔王が死んだことで、ちび魔王達も消えてくれればトモとユウは生き延びるだろう。

 幸せになってくれればいい。

 二人のために死ぬと思えば多少気が楽になる。


 そろそろ魔法が発動するみたいだ。

 体中が暖かくなり、そして、なぜか自分に魔力がみなぎってくるのを感じる。

 疑問に感じた直後、みなぎった魔力が霧散して消えていく虚脱感と、同時に激しい頭痛に襲われる。

 今度こそ死ぬようだ。



 数分間、頭痛によって悶えたところで頭痛が収まった。



 生きている。



 そう思うとともに理解する。


 自分は今まで何をやっていたのか。


「魔王は、このからくりが、わかってたのか」


 涙と嗚咽が止まらない、もういっそ魔法で殺して欲しかった。

 身体を起こす気力も出ない。


「本当に、自分勝手だな」


 魔王の魔法で僕は魔力を全て封印されたようだ。体に、魔力を感じない。

 今後魔法を使うことはできないだろう。



「教えて、くれれば、魔王と共に、生きたかも、しれない」



 そして魔力喪失に付随して、解除された魔法が2つ。

 わからないようにしていたが、僕はこれまで常に魔法を展開し続けていたようだ。

 しかもかなりの上級魔法のはず。

 常にかなりの負荷がかかっていたようだ。


 ひとつ目の魔法は、この仕掛けを解らないようにするために自分にかけた記憶操作の魔法。

 この魔法のせいで何も気づかず、これまで道化を演じていた。

 この魔法が解けたせいで全て思いだし、そして何もかもどうでもよくなった。



 そして二つ目。

 僕にとって最悪の魔法。



 疑似的な人間具現化の魔法。



 何を具現化していたか?



 「トモ」と「ユウ」だ。



 二人は僕の理想を寄せ集めて具現化されていた。

 ユウのことを好きになるのも当然のことだったんだ。

 具現化していた魔力の供給が無くなり二人は消滅していることだろう。消えるときも一緒だなんてさすが仲良しカップルだ。


 この数年間、いくつもの死線をくぐり抜け、共に勝利を勝ち取ってきた僕の仲間は作り物だった。

 僕が好きになって、諦めた相手も。

 僕が命を懸けて助けたかった二人も。


 昔の僕はバカだったと思う。

 こうなることは予想できたのに。


 もともと社交的とは正反対の性格で、なかなか旅の仲間を集められなかった僕は、独りで修業をして、ついには自分で仲間を造り、その二人を自分の友達にするという奇妙な作戦を実行した。もれなく二人が友達になるように設定までして。

そして自分の狂気に気づかないように、自らの記憶も封印した。


 今思うと、狂っていたとしか思えない。



「僕も友達が欲しかっただけなんだ」



 なんとか仰向けになり、空を見上げ深呼吸をする。

 一眠りしたら夢から目覚め、二人の軽口に迎えられると信じながらゆっくりと目を閉じる。


 空はすでに我が物顔の太陽が顔をだし、月はそいつに光を奪われ白く色褪せ、まるで空っぽの球体のように軽々しく見えた。



~終~


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