三賢者と真実の心に授けられたもの
「よかったら、我々の教義、心の癒しについて、体験なされてはいかがですか?」
案内役の中年紳士、ケイゼルが指し示す方向には、吹き抜けのある広い空間があり、その中に教会にある懺悔室のような小部屋がいくつか見えた。
「我々はまず、『真実の心』と称したこの部屋で、心の悩みを解消していただくお手伝いをしています。中でありのままに思うところをお話いただく、それだけで心にのしかかった悩みという重りを外して差し上げたいと思います」
三賢者たちは顔を見合わせてこそこそと相談を始めた。
「なんか、今度こそ怪しそうじゃないか?」
「うん。邪教とかそういった感じじゃなく、リアルに怪しい方向というか」
「リアルにって、じゃあ今までのはファンタジーかよ?」
「え、そんな感じしない?」
「いや、テイ、それは言うなよ。俺たちはその世界で生きているんだから」
「どういう意味だよボウス?」
「いや、細かい事はいい。とにかく、探る必要はあるけど、騙されるなって事だよ」
「わかった。じゃあ、まず俺が行くよ」
そう言ってテイが前に出て、真実の心という部屋のひとつに入って行った。
ルイとボウスは不安そうな表情でテイが入っていった部屋の扉を見つめていた。
「俺らの中でもテイが一番騙されそうな気がするんだが」
「ああ。でもテイが普通に帰ってきたら逆にいえば問題ないって事になるしな」
レピスとリモンも部屋の外でテイの帰りを待った。
程なくしてテイが笑顔で部屋から出てきた。
「お待たせ。ああ、なんかすっきりしたよ」
清々しい表情でテイが大きく伸びをした。
「ど、どうだったんだ?」
「え? いやぁ、よかったよ。気持ちが楽になったって言うか」
「あ、そ、そうか。で、おまえ、それなんなんだ?」
「え? これ? ああ、これね、幸せを呼ぶ壷なんだって。金貨三百枚で買ったんだけど」
テイが自慢げに足元に置いたよくわからない花瓶のような焼き物の壷を持ち上げて皆に見せた。
テイ以外の者たちは表情が微妙になっていた。
(言わんこっちゃない。まんまと壷買ってきてるよ)
(しかもこんな壷に金貨三百枚って……)
「幸運が舞い込むんだって」
「お、おまえなぁ」
ボウスが突っ込もうとしていたがルイが手を伸ばして抑えた。
「しゃーねーな、こういうのは俺の得意分野だから論破してきてやるよ」
ルイはテイが入ったのと同じ部屋に入っていった。
「俺は喋りは苦手だからな。ま、頑なに無言で通すわ」
ボウスも隣の部屋に入って行った。
「お嬢様方もどうですか? 心の悩みを開放されては」
ケイゼルの言葉に対してリモンが軽くため息をついた。
「なめられたものね。わたしらが何者か知らないからって」
「まあ、まあ。これも付き合いだと思って、少しお話してみようよ、ね?」
レピスがリモンをなだめつつ、二人もカウンセリングの部屋へと入って行った。
テイたち三賢者は、今夜の宿泊部屋の床に正座をしていた。
三人の前に立つリモンの前には、三つの同じような壷が並んで置いてあった。
「で、なんで三人で同じ壷買っちゃってるのよ!」
珍しく少し語気が強いリモンに、下を向いていた三人は頭を掻いていたが、テイがゆっくりと顔を上げてリモンに弁明を始めた。
「いや、だから幸運が……」
「ただの壷で幸運が来るわけないでしょ!」
ルイが顔を上げた。
「あ、ありのままに話すぜ! 俺は奴らを論破したと思ったら いつのまにか俺が……」
「あ、いい、いい! そういうくだりはいらないから!」
すかさず突っ込まれたルイの横でボウスがゆっくりと難しそうに口を開いた。
「俺は、自分の今までの生き方が、選択してきたことが正しかったのか? そこから始まって、そもそも人類の起源が……」
リモンは今日何度目かのため息をついた。
「一番無難だと思っていたボウスがこの有様じゃしょうがないかもしれないけど」
「め、面目ない。気がついたら壷を買っていたよ」
ボウスとルイが再び頭を下げた。
「リモンさんたちは壷、買わなかったんですか?」
テイの質問に対して、リモンがキツイ表情でテイを睨んだ。
「わたしたちはあんたらと違ってあらゆる経験が豊富なのよ。あんな子供だましのトークに引っかかるわけないでしょ」
そう言った時ちょうど部屋のドアが開いてレピスが入ってきた。
「みんなお待たせ」
皆が顔を上げてレピスを見つめた。
「レ、レピスさん、それは」
「あ、これ? 恋愛成就の掛け軸なの! みんなの分も買ってきたから」
レピスは両手に何本もの掛け軸を抱え込んでいた。
「それがね、五本買うと一本おまけがつくんだって! ラッキーよね?」
無邪気に笑うレピスを、皆遠い目をしてながめていた。
(みんなの分って、一番あかんパターンやん……)
(って、言うか、六本目は誰に渡すんだよ)
窓の外からは西日が差し込み、照らされた三賢者たちから伸びる影は賢者たちの呆然とした心を象徴するかのように長く黒く伸びていた。