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中年紳士と血まみれバイオリン

 再び場面は三賢者一行。

 一行はネイモウ・スパの館内に入り、中を見学していた。

 三賢者たち一行を案内する入り口で出迎えたにこやかな男は、白いローブを着た中年紳士風の男で、終始笑顔を絶やさずに館内を案内して回っていた。

「館内設備はご覧のようです。何かご感想は」

「いや、温泉もいいし、宿泊施設もあるんですね」

「信者たちでも遠方から来て長く留まる者もいますので、宿泊施設には力を入れています。賢者様方にも、旅の疲れを癒していただくために、本日は当館にお泊りください」

 その言葉を聞いてレピスが目を輝かせた。

「え、いいんですか」

「もちろんです」

「ここの温泉つかれるなんて夢見たい!」

 予想以上に喜んでいるレピスにテイが不思議そうな顔をした。

「レピスさん、ここの温泉のこと、知っているんですか?」

「うん。センタジアスの洞穴から湧き出す温泉は昔から心身と魔力の回復に強い効果があったのよ」

「へぇ! 知らなかった」

 感心しているテイの横から、そっとリモンが入ってきて解説を始めた。

「その昔、魔王がその効能の強さから、ここの温泉地を奪い取ろうと再三モエ・ルンバァと戦ったのよ」

「奪うなんてつもりはなかったんだけど、モエがせこくてさ、入湯料取るって言い出したからカチンと来ちゃっただけなのよ。ここの温泉の効能を見出したのはわたしなのに、効能がわかった途端にお金取るとかって、一体誰のおかげで……」

 そこまで一気に話してからレピスはハッとして言葉を止めた。

 テイは唖然とした顔をしており、リモンはニヤニヤとした表情でレピスを見つめていた。

「……という風に、魔王は思っていたって、最近読んだ古文書に書いてあったのよね。ほ、ホントのことかどうか知らないけどさ、あはは……」

 レピスは必死に笑顔を作っていたが、幸いなことにテイはホッとした表情になっていた。

「本に記されていたことだったんですね。なんだかレピスさんがまるで自分に起こった事のように話すから、びっくりしちゃいました」

「あ、ご、ごめんね、びっくりさせちゃって。わたし、えっと、昔よく言われたのよ。『お前の朗読は味がある』って、ね」

「誰が言ったのよ」

「リ、リモン! そんな事はいいから、次行きましょ、次」

「よしゃぁ! じゃあ、さっそく部屋に荷物置いてくつろぐか」

 全くテイとレピスとリモンのやり取りを聞いていなかったルイが、他の案内役について部屋へと歩きだそうとしたところをボウスが止めた。

「ルイ、ちょっと待ってよ! 肝心なこと忘れていないか?」

「なんだよ、一体」

 テイがボウスの顔を見て頷くと、案内人の中年男性に質問を始めた。

「ちょっといいですか?」

「なんでしょうか?」

「ここは宗教施設ですよね。邪教を崇めるいかがわしい集団との噂も流れていますが」

「そんな事実は無論ございません。わが宗教は心のケアをモットーとしております」

 相変わらず笑顔を絶やさない中年紳士にボウスも質問を始めた。

「邪教音楽隊と繋がりがあるんじゃないんですか?」

「ヒルヴァレイ音楽隊の事でしょう? 確かに当宗教団体はヒルヴァレイ音楽隊の活動に端を発していますし、現在も公でない演奏会も開かれております」

「やはり」

「ですが、それはあくまでも信者の心の中にあるストレスを吐き出させる一つの手段にすぎません。先ほどもお話していたように我々は心のケアを行っており、時には過激な音楽によるストレスの発散という形もとっているのです。シークレットライブという形も、あくまでも信者対象の演奏会だからこそです。お聞きください」

 そう言って男は指を唇にあてた。

 先ほどから館内に穏やかなピアノの音色が流れているのは分かっていたが、口を閉じ耳を澄ますとその緩やかなリズムと曲調が心に沁みこんでくるようであった。

「このピアノはヒルヴァレイ音楽隊のメンバーが演奏しているんですよ」

「え? もしかして、あのピアノにダイブしちゃう人が?」

「そうです。彼も私もシークレットライブの時以外は癒しの音楽を追及しているんですよ。この曲は私が作曲しました」

「え? も、もしかしてあなた」

「申し遅れました。わたくしヒルヴァレイ音楽隊でヴァイオリンを担当しております、ケイゼルと申します」

 ボウスが中年紳士を驚いた表情で見つめた。

「え! あ、あの血まみれヴァイオリンのブラッディケイゼル?」

「あ、まあ、昔からのファンでそう呼ぶ方もいますね」

「テ、テイ! 下がれ、下がるんだ!」

 血相を変えたボウスがテイを押しのけるようにして前に出た。

「わ、わたしは何も危険なことなどするつもりは」

 そう言って戸惑った表情をしているケイゼルの前にボウスが斧を突き出して立ちはだかった。

「あんた、ブラッディケイゼルなんだろう?」

「そ、そうですが」

「サインください、握手してください」

「は、はい?」

「この斧の、ここに、お願いします。あ、それと、ボウスさん江って、書いてくれます?」

 中年紳士、ケイゼルが苦笑いをしながらサインをしている姿と、その様子を嬉々として見つめるボウスの姿を、テイとルイはぼんやりとした表情で見つめていた。

(ボウス、あいつ隠れヒルヴァレイ音楽隊のファンだったのかよ)

(どうも詳しいと思ったんだよなぁ。意外にミーハーなんだよなぁ、昔から)

(ま、どうでもいいけどな)

 テイとルイの思いも知らず、斧にかかれたサインに目を輝かせるボウスであった。

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