邪教の魔宮と王の依頼
いよいよ長逗留していたスワンハイシャトウの宿屋を引き払い、三賢者とレピス、リモンの一行はセンタジアスの近くにある、かつての温泉保養施設、現在は邪教集団の巣窟となっているネイモウ・スパへ向けて旅立った。
「なにそれ?」
テイとボウスが持っているヒルヴァレイ邪教音楽団が描かれた半紙を、横から覗き込んできたレピスが二人に訊ねた。
「魔王復活に伴う世界破滅だとか、全破壊と新世界創造とかって言うテーマで若い人たちに人気がある演奏家集団ですよ」
「なんでも演奏中にバイオリンやベース振り回したり、ピアノにダイブしたりとパフォーマンスもすげえらしいぞ」
リモンと一緒におどろおどろしい絵が描かれた半紙を見ていたレピスが目を丸くして驚いたような表情をした。
「へー、音楽なんて心の平穏を得るためのものと思っていたのに、そんな排他的な音楽が流行るなんて意外ね」
そうつぶやいたレピスを横目で見ながらリモンが頭の中に話しかけてきた。
(意外って言うことで言えば、魔王のあなたから、『心の平穏』なんて音楽論が出るほうが意外じゃない?)
「な、なんでよ! し、失礼な」
急に大きな声を出したレピスにテイが驚いていた。
「ど、どうかしたんですか?」
「あ、いや、別に。リモン、ちょっと……」
そう言ってレピスがリモンを引っ張ってテイたちから少し離れて歩き出した。
「余計なことささやかないでよ!」
「あら、ごめんなさい。そんなことより、いいの?」
「な、なにがよ?」
「このままあそこに行っても。相手はあのモエ ルンバァよ?」
「別にモエは封印されて眠っているんだし、顔を合わすこともないからいいんじゃないの?」
「善からぬ奴らがモエを復活させようとしているんでしょ? 本当に復活しちゃったらどうするのよ」
「今のわたしはモエとこの世界の覇権を争うつもりもないし、モエなんて根は子供みたいなもんだから昔のことは忘れてるでしょ?」
「そうね。子供だからね。でも、それだけに……」
「……うん。機嫌損ねると面倒なことになるけど」
そんなレピスとリモンのやり取りなど知らない三賢者たちは、湖畔から緩やかに峠に向けて上り坂になっている道を進んでいった。
「ここが悪の巣窟、ネイモウ・スパか」
しばらくすると小高い丘の上に白い建物が見えてきた。
白い石造りで、中央の円筒形の塔から三方に放射状に長い棟が伸びているモダンなつくりであった。
「元温泉保養施設だけあって、小奇麗で怪しい雰囲気は感じないなぁ」
「なに言ってるんだ。邪教崇める集団だぞ。どんな奴らが出てくるか」
そう言いながらゆっくりと入り口に近づいて行ったところ中から数人の男たちが出てきた。
男達は白いフードのついたローブを着ており、なぜか皆笑顔をたたえていた。
「早速お出迎えだぞ」
テイたちが武器を身構えようとした時だった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました賢者様」
「な、なに?」
「あなた方は魔王討伐の三賢者様ですよね。存じ上げております。長い道中をご苦労様です。さあ、さあ中へ。歓迎いたします」
何も武器も持たず友好的に建物に招かれたので、三賢者たちは警戒を解いて前に進んだ。
「どうして俺たちが来る事を知っていたんですか?」
「当館への調査命令が王様より三賢者様方へ出されたとの事を聞きましたので。まあ、何か大きな誤解が生じているのではないかと思いますので、何なりとお申し付けいただき納得いくまでお調べいただければと思います」
男の話を聞いて、頭をかしげながらテイはルイとボウスの方に振り返った。
「おい、王様から調査命令出ていたのか?」
「うーん、俺は記憶がないけど」
「俺も知んぞ。依頼書確認してみるか……」
そう言いながらボウスがバックから依頼書の束を出して見始めた。
ほぼ同時刻、セントガルド城の玉座の間では、王様と司祭が話し込んでいた。
「司祭よ、この間の件、三賢者たちに伝わっておるのか?」
「はは、我が王。ちょうど昨日三賢者たちがスワンハイシャトーからネイモウ・スパに旅立ったとの報告が入りましてございます」
「そうか、それは期待できるのう」
再びネイモウ・スパ。三賢者たちは依頼書を確認していた。
「どれだ、うーん、ネイモウ・スパ……あ、これかな」
「あったのかよ!」
テイとルイが同時にボウスに突っ込みながら叫んだ。
「あ、ああ、だが、これ、どうでもいいかと思ってスルーしてた奴だよ」
「はぁ? 王様からの大事な依頼、なんでスルーだよ?」
「みんなで決めたんだぜ」
「え? マジで?」
「これだよ、依頼内容。ほら」
テイとルイはボウスの持つ依頼書を覗き込んだ。
「……ネイモウ・スパへ潜入調査し……レア・チケットゲットせよ?」
「ヒルヴァレイ音楽隊のシークレットライブのチケットを取ってこいって、ああ、思い出した。全力スルーって決まったわ、これ」
「確かに」
しばし三人は落胆したような表情で考え込んでいたが、レピスがにこやかに場を和まそうと口を挟んできた。。
「ま、せっかく来たからその依頼もやっとけばいいじゃない。王様からの依頼だしね」
「まぁ、いいですけど」
「なんかやる気なくすなぁ。なんだよこれ」
落胆している三賢者の気持ちも知らずにセントガルド城では王と司祭がライブチケットの到着を期待していた。
「楽しみだのう、司祭よ。当日はこのレザージャケにこの髑髏ピアスで行こうかと思うんじゃがどうじゃ?」
「イッツ ソウ クールですなぁ、我が王。当日はフェイスペイントはいかがいたしますか?」
……比較的平和な城内であった。