科学者と三賢者、地を貫く大蛇を見る
テイ、ボウス、ルイは、街からセントガルドへ続く道を歩いていた。そして、彼らの少し後方にレピスとリモンが遅れて歩いていた。
澄んだ青空に薄い白い雲がほんのりと漂い、時折少し爽やかな風が通り過ぎていく心地のいい昼下がりであったが、三賢者たちはルイを中心にまた雷箱の事に関して話していた。
「だからな、そこで俺はひらめいたんだよ。この蒸気でハンドル回すことが出来ないかって」
「じゃあなにかよ。雷箱の横にストーブとヤカンつけて、一年中お湯沸かし続けるのかよ」
「冬はともかく、夏の暑い時どうするんだよ。って言うか、薪代がかかり過ぎないか?」
熱心に自分の輝かしいひらめきに関して説明しても、ボウスとテイからの賞賛はおろか全く賛同も得られず、ルイは苛立ちを隠せなくなってきていた。
「うるせえなお前たち、揚げ足取り過ぎだろう! だからもっと小型化してさ、ヤカンとストーブの一体化したものを作るんだよ」
「燃料の薪は? そんなもの各家庭で持ち始めたら周辺の森、すぐ木がなくなっちゃうぞ」
「そ、そんなの、もっと効率のいい燃料を探すんだよ」
半ヤケになってきたルイの傍らに、音もなくリモンやってきて口を挟んできた。
「だったらセンタジアスの洞穴の中に『燃える石』があるわよ」
「燃える石?」
「そう。いつまでも燃え続ける石よ。わたしが観察した限りでは直径三十センチの石で三ヵ月は燃え続けていたわね」
「センタジアスの洞穴ってめちゃくちゃ熱いとこじゃないですか」
「近くにネイモウ・スパっていう有名な温泉地があるところよ」
「ネイモウ・スパって昔如何わしい宗教施設のあった建物を改装して温泉宿にしたんだよな、確か」
「誰が取ってくるんだよ、そんな燃える石なんて」
「って言うか、雷発生させるより燃える石のエネルギーそのまま使ったほうが効率よくないか?」
「うっせえ、ばか! これからは雷の時代なんだよ」
不毛な会話をしながら歩いていると前方に分かれ道が見えてきた。一方の道には柵があり、そこの前に一人の青年が立っていた。一行が柵のない方の道を進もうとするとその青年が声をかけてきた。
「君たち、この先は邪竜が出て危険だよ。こっちの道を通った方がいい」
眼鏡をかけた知的な雰囲気のする青年は柵のある方の道を指し示した。
「あの、柵みたいのはなんですか?」
「ああ、ここからは私有地だからね。通行料を取っているんだよ」
「はぁ? 通行料?」
ルイが眼鏡をかけた青年に詰め寄った時だった。不意にルイが目を輝かせてその青年の顔をマジマジと見つめだした。
「あ、あれ、ひょっとしてあなた、科学雑誌『過去の魔法と未来の科学』、通称『かまみか』で論文書いているロウコム スチームンソンさんじゃないですか?」
「いや、よくご存知で。光栄だなぁ」
状況についてこれていない他のメンバーを余所に、ルイはロウコムと呼ばれた青年の手をとって握手していた。
「手回し雷箱の大きな物を作っているんですよね! 応援しています」
「い、いや、ありがとう。ま、それなら話が早い。その巨大雷箱、エレキタン製作資金をここで稼いでいるんだよ。ヨロシク資金協力してくれないか?」
「お金は出せません」
「え?」
一転してドライになったルイの態度にロウコムが困惑した表情になった。
「その代わり、自動手回し装置『蒸気でルイルイ』って、奴の構想、設計図を『かまみか』に投稿したんで是非見てください」
「そ、それはありがとう、期待して見せて貰うよ、ところで、その、お金は……」
「お金は払いません」
テイとボウスがやれやれといった表情でルイとロウコムのやり取りを見ていた。
(ルイ、金の事になるとシビアだなぁ)
(それにしても蒸気でルイルイってネーミングはどうなんだ?)
「ただでもらっている金でも他人の為に一銭も払いたくねぇ」
ルイの力強い一言の下に一行は柵のない方の道を歩み始めた。
「ま、そうだな」
そう言いながら道を進んで行くテイたちを追いかけて、再びロウコムが声をかけてきた。
「いいの、君たち、危ないよ?」
「いいんです。俺達その蛇倒しに来たんですから」
「ま、そんな蛇なんているわけないし」
「って言うかいないと俺たちここまで来た意味ねぇぞ」
ロウコムの忠告を無視して歩いていく三人とロウコムの後方から、ほとんどどうでもいいような表情のリモンとレピスがついてきていた。
しばらく、それは先ほどの分岐が見えなくなるくらいまで進んだ時だった。
明らかに怪しい感じで大きな木が一本道をふさぐように倒れていた。
「は、はぁ。この木を大蛇と勘違いしたんじゃないか」
「幽霊の正体見たり、ってやつか」
「なんだそれ?」
「いいから、この木、どかしちゃおうぜ」
「筋トレの効果が発揮される時が来たな」
そう言いながら三賢者たちは倒れている木に手をかけた時だった。
倒れた木の向こうから大きな物体が顔を覗かせた。
「な、なんだ?」
それは真っ赤な鱗に覆われた大蛇の頭だった。その頭はゆうに成人男性の身体くらいはあり、目は燃えるように、そして光り輝いていた。
「マ、マジででたぁ!」
三賢者がやっと状況を把握して後ろに下がった瞬間、奇怪な音を上げながら大蛇は頭を掲げて大きな口を開いた。
「く、食われる、マジで!」
「逃げろ、後退だ!」
三賢者一目散に逃走した。そのスピードたるや、一瞬の内に残されたレピスたちの視界から消えて行った。
「相変わらず逃げる時は早いのよね」
リモンがぼそりと呟いた。
「とにかく下がって、ここは早く逃げましょう!」
ロウコムがレピスとリモンを促して避難しようとしたが、逆にレピスとリモンは大蛇に近づいて行った。
「なんかすごい精巧に出来ているわね」
「こういうのを見ると科学の進歩を認めざろうえないわね」
二人は、大きく口を開けて威嚇している大蛇の近くによって観察していた。
「お、おい! 君たちなんで驚いていないって言うか、すげえ、じっくり観察しているし」
「これ、あなたが作ったの?」
「つ、作ったって、馬鹿! 本物だよ、食われちゃうぞ」
焦って叫ぶロウコムに対してレピスが笑いながら手を振った。
「だって、生き物のオーラが出ていないじゃない。魔力も感じられないし」
「そうね。科学の力がこんな域まできているなんて正直驚いたわ」
あっさり作り物だと見破られていたが、頑なにロウコムは否定し続けた。
「だ、だから、これは、大地を貫くロンゲスの蛇だって!」
レピスとリモンは顔を見合わせて首をすくめた。
「こんなんじゃないわよ、ねえ?」
「ひょっとして本物、見たことないんじゃない?」
「そっか」
「見せてあげたら? こんな技術を持っているなんて将来有望よ。後学の為にも」
ロウコムは焦っていた。
自分の作った自信作を見破られただけでなく、なにやら怪しげな会話を淡々としているレピスとリモンに、言い知れぬ嫌なものを感じ始めていたからだった。
「な、なに話しているんだ? お前ら、もしかして魔法使いか?」
リモンと話していたレピスがロウコムの方に向き直って微笑んだ。
「じゃあ、特別に本当のエグスドゥスがどんなものか、あなたにみせてあげるわ」
「はぁ? 何言ってんだよ」
レピスがなにやら呟きながら両手を大きく天に掲げたあと、ゆっくりとその手を下に降ろして、地面のある一点を指差した。
「目覚めよ、我が僕、大地を貫くもの、今ここに!」
すると軽い地響きが起こり、指し示された地面が盛り上がり始めた。
「あ、あ、な、な、なんだぁ!」
ロウコムは次の瞬間、大地を裂いて飛び出してきた巨大な生き物、それは樹齢百年の大木ほどの太さで、暗褐色でぬめりのある皮膚、小さな黒い目らしき器官、先端の摂食器官と思われるところから飛び出す何本もの触手、を目撃することになった。
リモンとレピスはスワンハイシャトーへ続く道をあるいていた。
「驚いて逃げちゃったじゃない」
「間違いなくトラウマになったわね。よし、また一人科学者の芽をつんでやったわ」
「ちょっと! リモン、最初からあの青年を脅かすために?」
「今回の事を期に科学なんてやめて魔術の道に来てほしいわね」
ロウコムは道なき道をがむしゃらに走り抜けていた。
「ち、ちくしょう! 絶対魔法か何か使ってやがるんだ。魔法なんて、だいっきらいだぁ!」
逆に更に魔法嫌いになってしまったロウコムであった。