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武限の闘士  作者: 漆之黒褐
白天と草狼
9/28

2-4

 それは、さならが現在という時間をカットし編集した様な光景だった。

 一本の黒い線と、それを追う豪風が駆け抜けた後。

 生きていた頃と、死んだ瞬間。悪魔の悪戯か、その間に起こった出来事をその世界の時間軸からこっそり盗みだし、そして繋ぎ合わせた様な惨劇がそこにはあった。

 だが、それは決して生きて立っていた時と、死んで横たわった時を繋げた様な生易しい映像ではない。

 黒線が通り抜けた時、既に兵士の首は胴体から切り離され、横に移動した後。その兵士の命は、勿論失われている。だが、表情はその死ぬ前のままであり、そして微少の時間だがその兵士の意識はしっかりとあった。だが、遅れて通り過ぎていった豪風に思わず目を瞑り、そして空けた時。首と胴体は全く別方向にはじき飛ばされ、そして何かにぶつかり四散した後だった。その四散度は、駆け抜けていった豪風をその兵士がどれだけ邪魔をしていたかにだいたい等しい。ほとんど道から外れていた場合は、首と胴体はだいたい同じ方向に飛び、そして速度も遅く形を残している。だが、完全にその道を閉ざしていた場合、まるで鉄球の直撃を超速度で受けた様に、その場で砕かれ四散し血と内臓と肉片の雨を広範囲に降らせた。その中に、着ていた鎧の破片も含まれているのだから、たまったものでは無かっただろう。運が悪い者は、その四散し千切れ高速ではじき飛ばされ鎧の一撃を心臓に受けて死に至った。

 驚異的な脚力を活かし、リーヴァンスは黒き剣士レイダーを追う。

 突然にその速度を維持したまま方向を変えるレイダーに、リーヴァンスは地を蹴り再加速を得て軌道修正する。その度に大地が悲鳴を上げ、血を飲み柔らかかった大地が衝撃に陥没しその身を固くする。しかしすぐにゆっくりとした速度で流れ込んでくる血とドロの洪水に、すぐに元の状態へと返ってしまう。

 時にレイダーは180度その軌道を変え、リーヴァンスを襲った。真正面からの一閃に、チャンスとばかりにリーヴァンスは躱すと同時に拳撃を撃ち込むが、しかし掠りもしない。その速度を完全にとらえているにも関わらず、当てる事が出来ないのだ。これにはリーヴァンスも首を傾げていた。

 黒線の襲撃者は、まるでその身がそこには存在しないかの様に戦場を駆け抜けていく。

 それに音は伴わず、そして足跡も風も無い。

 だが、確実に黒線は鋭き刃として眼前に迫った兵士達の首を確実に、綺麗に一刀のもとに斬り殺す。

 信じられないほどの技術だ。魔法を駆使していたとしても、そこまで鮮やかに行う事はそうそう出来る事ではない。

 リーヴァンスは、本当にその男が先に戦ったブロラルドよりも弱いのかと考え始める様になっていた。

 しかしそれも一瞬の事で、すぐにリーヴァンスの脳は沸き上がる高揚感に支配される。

 そして突然に、その速度を零へと落とした。


「うわっ……!?」


 黒線の軌道上には運良くいなかったが、しかしそれに近い場所にいた兵士は、いきなり目の前に現れたリーヴァンスの姿に悲鳴を上げる。

 その声を無視して、何を思ったかリーヴァンスは瞳をゆっくりと閉じた。

 そして沈黙する。

 もしその兵士が勇敢なる戦士であれば、そのチャンスを逃さまいと攻撃を仕掛けただろう。

 だが、現実には兵士はその場からすぐに逃げ始めていた。

 その兵士に向けて、最初に言い放った言葉通りにリーヴァンスは瞳を閉じたまま烈風撃を生みだす。

 ブロラルド程の勇士であれば、それを片腕だけで防ぐ事も出来ただろう。しかしそうではない兵士は、背後からまともにその攻撃を食らい、胴体に大きな風穴を空けて息絶えた。

 リーヴァンスが最初にその場にいる全員に向けて言った言葉を兵士は息絶える瞬間に考えていただろう。

 戦わなければいたぶり殺す、という完全無慈悲な行為の宣告を忠実に破った訳だが、彼にとっては案外幸運だったのかもしれない。

 息絶えた次に襲った彼の不幸。


「我等が敵を屠ってくれるのはかまわんが、これ以上我が軍の兵士達の命を奪う事は止めて貰おうか」


 脳天から踏みつけられ潰された、元は人であった肉の固まり。

 潰したのは、ブロラルドが騎乗している愛馬である。

 重量級のランスを持ち、決して軽装とは言えない防具を身に纏った草原の狼をその身に乗せている馬の体格は、他の馬に比べると一回りも二回りも大きかった。

 草龍飛天。

 草原の狼と称されるコーセティアーク最強の将、ブロラルド・ヴェルンシュターが愛馬たる彼の馬は、ブロラルドの草原の狼という異名と共に広く世に知れ渡っている。一夜で十の街を駆け抜け、その体躯から生み出される速力は過去の名だたる名馬にも劣らぬという。魔者ではないが、魔者の階級で例えるならば、確実にA級以上と見なされるだろう。知能度も高く、人の言葉を十分に理解する事が出き、決してただの馬では無い。自然の中で生まれ、自然の中で育ったにも関わらず、そこまでの能力を持つ存在へと成長した草龍飛天という馬は、言い換えれば人という種族の中でのブロラルドという存在に匹敵するだろう。

 そんな草龍飛天とブロラルドという二つの強大な力を持った存在が、互いに信頼しあい行動を共にしてリーヴァンスの目の前で戦闘態勢を取り立っている。

 自らの背丈の二倍上から見下ろされる形で重圧の瞳を向けるブロラルドに、しかしリーヴァンスはそれを感じながらも未だ瞳を閉じたまま動くことは無かった。


「奴の刃を待っている様だが、残念だがもう来ぬよ。これ以上、御前と奴の暴挙を見逃すつもりはない」


 瞬間、草龍飛天がいななき、大きく上体を起こす。


「引けぃ! 四天が一人、白天エナイル・レイダー。愚弄なる行いをいつまで続けるつもりか! 俺の怒りをその身に買いたくなければ、早々にこの場から立ち去れぃ!」


 衝撃にも似たブロラルドの怒喝が、その戦場ラルバに存在する全ての者達の身体に芯から大きく響き走っていった。

 間近にいた者はまるで金縛りにあったかの様に、その身体を完全に硬直させる。中には耳から血飛沫を上げ、硬直したまま倒れ、更に運が悪かった者はその命まで失ってしまった。運良くブロラルドからは遠くにいた者達でも、その怒号の強声に一瞬意識を奪われ、行動能力を失ってしまう。やはりその中でもツキの無かった者は、目の前の敵が繰り出した攻撃を回避する事を忘れてしまった為に、致命傷となりうる攻撃を身に受けた。

 その彼等とは全く異なる、力を有した者。

 その一人は、それをしたブロラルドから最も近い場所にいたにも関わらず、何ら影響を受ける事の無かったリーヴァンスだ。リーヴァンスがその瞳をゆっくりと空け、眼前のブロラルドへと相変わらずの挑戦的な視線を向ける。

 もう一人は、エナイル・レイダーとブロラルドに呼ばれたコーセティアーク国『四天』の一人だった。


「まさか、我等が将軍から種明かしをされるとは……」


 ゆっくりとした歩調で、敵味方入り乱れる戦場の中を何ら前進を妨害される事無く、何処からともなく姿を表した白きに彩る白衣を身に纏った男。その背には、僅かにだがその先を歪ませる透明な空間が存在する。その先には剣の柄。見つめる先を歪ませているものは、透明に彩られた剣の刀身だった。その剣とは別に、右手にはそれまで戦場を黒線となり襲っていた黒き大剣が握られている。

 その男の顔に見覚えがあったリーヴァンスは「ん?」と言って首を傾げた。


「まぁ、良いだろう。改めて自己紹介をしよう、修羅の闘士よ。我が名はエナイル・レイダー。コーセティアーク『四天』が一人、白天の座を与えられし幻透剣士。本来ならば、別の形で貴様と相対する筈だったのだが、それは敵わなかった様だ」


 残念そうに言うレイダーの顔は、本当に残念そうだった。

 それはそうだろう。上司であるブロラルドの命令により、リーヴァンスと戦う事は愚か、これ以上その戦場に留まる事すら出来なくなったからである。


「……なるほど。あいつはただの使い捨ての影だったって訳か」


「そういう事だ。今まで汝を相手にしていた黒天は、俺が創り出したただの幻影。そして貴様を襲っていた剣は、この黒天が持つ剣に似せて作ったなまくらにすぎん。俺の操剣技にあれだけついてこられた事には驚愕に値するが、あれが俺の真の実力とは思わない事だ」


「それを聞いて嬉しいぜ。俺をもっと楽しませてくれる事ができるんだな、あんたは。ケチケチせず、こんなじじいの命令なんか放っておいて、もっと楽しもうぜ。なんなら、二人と一匹がかりでも良いぜ」


「汝が名を聞かせてくれるのならば、考えてやろう」


「俺の名前か? 俺はリーヴァンスってんだ。下の名も、上の名も無い。ただのリーヴァンスだ」


 リーヴァンスが言葉を言い終わった瞬間、彼の胸をブロラルドのランスが急襲した。狂喜笑みして言い隙ばかり生んでいたリーヴァンスの胸元を確かに捉えたブロラルドのランスが、次の瞬間リーヴァンスの身体を何ら抵抗を受ける事無く貫き通す。ブロラルドという男は、勝利の為には卑怯な手段もじさない事で良く知られている。それが戦場で恐れられた草原の狼のもう一つ強さだった。

 だが瞬間、ブロラルドの表情に驚きの感情が生まれていた。


「俺っちって、瞬間的な速さには結構自信があるんだよね。黒天って奴は、この俺とどれぐらい競えるのか、また楽しみだぜ」


 突然に横へと出現したリーヴァンスに、しかしブロラルドの行動はそれよりも早かった。長年の経験から培われた勘。それがブロラルドの命をまたもや救う。無造作に振るった一撃だったが、しかし驚異的な威力を持ったリーヴァンスの拳が一瞬早く回避行動を取ったブロラルドの左肩鎧を撃つ。砕き、更に進行しその先にあるブロラルドの身を破壊しようとする凶悪な意志を持った驚異がブロラルドの身に迫る。だが、回避行動を取ったブロラルドと時を同じくして、主人の身の危険を感じ同様に回避行動を取った草龍飛天の御陰もあり、リーヴァンスの拳は遂にブロラルドの身に届く事は無かった。

 だが、咄嗟に取った回避行動により、ブロラルドにリーヴァンスにとってはとても大きな隙が生じてしまう。

 しかしそれでも、その危機を好機に変えようとしたブロラルドは、ランスを振るい空に弧を描いてリーヴァンスへと払い向かわせる。

 刹那、リーヴァンスはそのランスを撃ち、更なる大きな隙をブロラルドに生ませる。それをしなくても十分にブロラルドに致命傷を与える事が出来たにも関わらずである。勿論、ブロラルドもそれを回避する術を幾つか持ってはいたが。

 飽く迄も戦いを楽しもうとするリーヴァンスに、ブロラルドは生まれて始めて言い様の無い恐怖を感じてしまう。それまでの生涯に、これ程までに自らを危険にさらし、そして尚かつそれをすぐに掴む事無くじわじわと楽しみながら追いつめようとしてくる存在にブロラルドは出逢った事が無かったからだ。


「小僧がっ! 良かろう、貴様の望み通り、我が本気で相手をしてやろう!」


 くわっと開いた瞳に彩った怒りの表情。

 瞬間、草龍飛天が力強く地を蹴り、そして飛翔した。


「我が名はブロラルド・ヴェルンシュター! 我がゼ・イルのランスで、貴様が命を貫いてくれるわ!」




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