1-4
カルナス聖王国僧士団第二階位《僧騎士》のその象徴である『聖十字剣』を天へと翳し、眼前にその柄と鍔、刀身によって形取っている十字の中心を持ってくる。遅れてようやく発動した、先に発動を促した第七聖印、及び第十聖印が完全に解放される。刃のある長い方を上に、逆十字の文様が瞬間、正しき十字の形へと変化を告げる。
それは、柄の全長約1200ミリメートル、刃渡り約400ミリメートルという、剣にしては明らかに異様な形をした十字剣だった。剣と呼ぶには相応しくない聖杖の様な巨大十字架、神々しく輝き七と十の聖なる印の紋章文様が鍔の両端先の空間内に浮いている。円輪浮遊していたそれは、そのまま現実空間内に具現化し、そして鍔先端二つに重なる。完全具現化し、重力による支配を受けた。
僧士団第二階位《僧騎士》たるザウザー・アスフィアが持つ事を許された純銀製対魔者専用長直剣クロスナイトソードの解印儀式光景に、その敵と指名されたリーヴァンスが見とれ待ち続ける様な事は無い。
直した右腕、デュランとの戦闘により皮膚を失った肌から血の雫がポタポタと流れる事に何ら感情を覚える事無く、その右腕を大きく振りかぶりリーヴァンスはザウザーへと肉薄する。
「聖属防御発動」
冷たく感情を無くした冷徹な声による無の詠唱時間、そして発音した言葉に力が生まれ聖なる衣がザウザーとリーヴァンスの間に生まれ入出る。刹那の間も介せず非具現化した物体干渉及び魔なる力を拒む力場。
衝撃。
音と呼ぶには相応しくない鈍い言を発し弾き壊れたのは、しかし攻撃を仕掛けたリーヴァンスの方だった。肩から普通にはありえない方向へと折れ曲がり、同時に直したばかりの腕が再びその傷口を開く。筋肉の幾つかが骨から離れ、今度のそれは筋肉という強制接着剤で形を保つという事は不可能だろう。
「第八聖印発動、続き第四聖印展開」
流石に苦痛に歪め、しかし瞳には歓喜たる笑みを浮かべ弾き飛び後退するリーヴァンス。その軸線上へと、ザウザーは一歩も動く事無く柄と刀身の長さが逆になった十字の剣を横薙に一閃する。しかし第八聖印が発動した刃渡り400ミリメートルは、光に包まれた金属の煌めきを発し、その長さを長大な迄に増やす。
まるで閃光の一閃が世界を襲った。
既に第八聖印という言葉、その意味を知っていたのでリーヴァンスは心揺らぐ事無く背面にその光線を器用にも空中で躱す。だが、真に恐ろしいのは、第八聖印の後に発動した第四聖印の攻撃だった。斬り払った面の空間、ザウザーの視点から見れば線の空間だが、通り過ぎた第八聖印によって生み出された刀身の軌道先にあった家や木、及び空間そのものが超音波の様な高周波の悲鳴を発し、そして突然に何かを求めて辺りの空間を貪り始めた。
ただ一閃、無造作に振るわれただけに過ぎない斬撃、その一瞬によって零の真空へと帰された空間へと流れ込む多量の空気。風となり、嵐となり、そして瞬間的に超重力並を圧力を生んだその小さき世界へと、未だ空を飛翔していたリーヴァンスとて例外ではなく吸い込まれていく。一瞬、何事かと思う。
だが真に恐ろしいのはそれからだった。
下と上から同時に激しく熱烈なキスを交わす風と風。嵐の様に渦巻き、しかし更に遅れて吹き入ってくる風の奔流に世界は狭められる。運悪くその風に呑み込まれたラデュア達は、その空間の圧力に耐えられずに次々と潰され肉と甲殻の固まりへと変わっていった。
遅れてそうなるかも知れないという空間、周りに何もその位置を変える事が可能な物が無いという場所に存在するリーヴァンス。しかしそれを逆に狂喜するかの様に、自らその死の超重力空間へと飛び込んでいった。先に訪れていた者ラデュア及び、命持たぬ土、石、家壁、木々、その他諸々の物が至所で嵐たる超重力世界の源、奔流荒れる部にリーヴァンスの身体の一部が到達。瞬時にリーヴァンスの身体を食らい尽くし体内に取り込もうと魔の重力手が襲う。
それがまさにリーヴァンスの身体を捉え引きずり込もうとした刹那。兇悪的な破壊力を持った何かが、我先にと空間内中心へと割り込みを掛けた。割り込んだ犯人、肩から折れ、更に肘先から折れすぐには治らないだろう右腕とは違い、リーヴァンスの無傷たる利き腕ではない左腕が暴風の驚異を無理矢理に押しやり、超小型のブラックホール並になっている堅い高密度空間へと拳撃する。
招かれざる来客。均整の取れていた空間に、一方からの強大な力が加わった事により、その部分に展開していた一つの超重力空間はその短き運命を終えた。残ったのは、やたらと重い鉄球の様な黒い物体と、無茶をした為に多少のダメージを受け軽い痛みを撃った続けるリーヴァンスの左腕拳。鉄球は力無く大地へと吸い込まれ、そして重い響きを発したかと重うと地中深くへ数百ミリメートル埋まり消えていった。
その驚愕たる事実を映像としてザウザーは瞳から脳に、受け取って流石に自らが殺そうしている敵の怪物並の単純さとそれを可能にしうる驚異的な肉体能力を改めて実感してしまう。
それも束の間、怪物並の知能度と思われたリーヴァンスの左腕が撃を生む。無謀なる行動は一度で充分な筈なのだが、しかしリーヴァンスの頭はザウザーの評価通り以上の応えを帰す。まだ小型ブラックホール運動を続けていた小さき世界へと鬼気として急加速し跳躍し寄ったリーヴァンスは、その空間を再びそれをした左腕で殴った。
そして向かう先、一転してザウザーの身に危険を及ぼし始めたデュランやラデュアの甲殻皮膚強度とは比べ様もない超強度を持った鉄球もどきが、その短き運命を終えると共に短き世界の距離を一気に零へと帰そうとする。視界に収める黒の不幸玉の急なる飛びつきは、しかし常時発動に切り替えた聖属防御魔法結界にぶつかり威力を殺され、何とか突き破ったものの苦無くザウザーの十字剣によって弾かれる。その重い手応えに一瞬剣が悲鳴を上げるがザウザーは気にもとめない。既にその瞳はいつの間にか姿を消した筈の大敵リーヴァンスの策敵へと入っている。
斜め背後より音も無く高速で走り寄ったリーヴァンスの六つの脚撃が六望星のごとく円上に放たれる。その威力の全てを吸収し四散させようとするザウザーの防壁魔法障壁。波紋を描き威力を立体円に展開させた球壁に沿って逃がす。3発目にしてザウザーの首がようやくリーヴァンスの肉体を捉える。しかし4発目にして障壁は限界を超え崩壊。間一髪5発目をいなし、そして6発目を新たに構成させた魔法障壁によって無力へと忘じる。そして袈裟斬りに短き聖十字の切っ先を振るう。瞬時発動された第八聖印。しかしそれよりも早く、第七撃目となる拳撃が一瞬にして強固なる聖属防御結界を突き破る。その狙う先は剣。
尖り犬歯を剥き出しに笑むリーヴァンス、焦りを覚えるも全力で目の前の鬼人を滅ぼそうとするザウザー。その両者の一撃同士が一刹那の間のみ交わり衝突する。敗北したのは、未だ充分な加速を得られず半ば迄しかその距離を縮めていなかったリーヴァンスの剣。剣峰へと撃ち込まれ、弾き飛ばされ軌道修正、及び急加速。
そして勝利を掴んだと思われたリーヴァンスのこめかみに何かがヒットした。長き柄、全長約1200ミリメートルのその真なる形を表した純銀製対魔者専用長直剣クロスナイトソードの加速された一撃。思わぬ攻撃にリーヴァンスは一瞬世界を忘却してしまう。たっぷりと二刹那後に故郷へと帰ってきたリーヴァンスの意識がまず世界から受け取ったのは苦痛。そのリーヴァンスの腹部へとザウザーは柄による突撃、離れる一瞬に急回転させ転身撃を入れる。
だがしかし、それにより吹き飛ばされたのはザウザーの方だった。
瞬時に長直剣の柄による根撃を察知したリーヴァンスは腹部の筋肉を引き締める。同時に、手や足で行った様に、腹部に当たっているそれに、腹部での零距離攻撃。その化け物じみた回避方法、攻撃方法にさしものザウザーも驚く。だが冷静さという感情は失われておらず、聖なる剣の切っ先を地に斜めから突き刺し吹き飛ばされ後退する自分を止めた。
そして大地に刺した剣を地面に垂直に立て、その柄の先をそっと右手の平で押さえる。
「第二聖印限定解除。前方位直線展開!」
それまでのただ力ある言葉のみによる魔法とは違い、左手で印を結び静かにそう呟いたザウザー。その力無き言葉に剣が反応、そして十字の交点である部に青白く輝く光りを収束し始めた。
訝しみ警戒するリーヴァンス。
そのリーヴァンス目掛けて、刹那。幾つもの白々青々たる光の閃線が、カルナス聖王国僧士団第二階位《僧騎士》の聖十字剣たる純銀製対魔者専用長直剣クロスナイトソードから生まれいでる。そして目標であるリーヴァンスの肉体を貫いていった。
折れたままの右腕肘、左肩、右足ふともも、その下部にもう一発、左腰、右胸、左足臑、及び左眼球。一直線に光向かう聖なる剣が次々とリーヴァンスの肉体を、空気ある大空間のただ一端であるかの様に何らその威力を失われる事無く、その遙か先へと消えていく。身体の様々な所を貫かれたリーヴァンスに、特に左眼球の奥の脳まで焼かれ消失させてしまったリーヴァンスに生きている事は出来ない。その筈だった。




