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腹部を突き抜けていく凶悪なショック。遅れて全身に震え伝わる振動。
ザウザーは、流石に死んだか、と思った。
「そんなに可愛いと言われた事が嬉しかったのかよ」
しかし更に遅れてやってきたダメージがあまりにも小さかった事に、ザウザーはいったい何が起こったのかと自分の腹部の方を見た。
見た目は薄地に見えてもかなりの強度を持つ聖衣鎧と、そんなものを身に纏っているにも関わらずたった一撃により自身が死んでしまったかと思ってしまう様な死の拳。その間に潰され、流石に遅れて認識する死の間に存在する無意識の生命を感じる事の出来なかったラデュアの一体が絶命していた。
「見えない筈の、御前達には感じる事の出来ない筈の『影の歩み』を常時使用している私の危機を本能的に察知し、そして助けてくれたというのか……」
「んなわけねぇって。ただ単に、普通に俺に攻撃を仕掛けようとしてただけだろ」
気が抜けた様に言うリーヴァンス。
しかし二刹那の沈黙の時が流れたと思った瞬間、リーヴァンスの腕から再び零距離から衝撃拳は発動する。
咄嗟に言葉無しで聖属防御結界を発動させ、ザウザーは間一髪でそれの完全回避に成功した。そして瞬時に突き出した剣を返し、リーヴァンスの首へと叩き入れる。硬質の為、クロスナイトソードは棍棒としてもかなりの性能を誇っている。同時に、今度は接触すれば聖印の一つが解放される様にしていたので、まともに受ければ即死も免れないだろう。しかし悠長な笑顔でそれを確認した後、リーヴァンスは悠々と躱す。躱し際に三発のお土産、頭部、胸部、股間へと繰り出すが、その全てはしかし聖属防御結界によってやはり意味を失う。まるで熱くて堅い壁の様なものを殴った感触がリーヴァンスの腕から脳に伝えられる。痛みの抗議を完全に断っている右手ではなく、何ら精神防御を行っていない左手で殴ってしまったのが悪かったのだろう。
だがそんな事は些細な事なので、リーヴァンスはすぐに忘れた。忘れた序でに、それまで自分をとても暖かく、とても熱く育ててくれたザウザーの存在をもキッパリと忘れる。
残るのは、ただ闘いのみを求める野獣の様な闘争本能。
衝撃。
それを諸に受けた血の色に乾いた大地がサークルを作り陥没する。リーヴァンスの踏み込みによって超重力を押しつけられたその代わりに、神速を得たリーヴァンスの悪魔のごとき闘意がザウザーの障壁を撃つ。ただの一撃により破壊し、その先へとリーヴァンスは侵入を果たす。しかしその時既に新たに展開していた魔法障壁がリーヴァンスの拳を阻む。ザウザーの魔力によって発動する魔法障壁ではない。
一瞬のみ展開された第二の魔法障壁の五刹那の間にザウザーは後退し間合いを取る。
「第三聖印の自動発動……まさかこの剣を破壊しうるだけの攻撃力を持っているというのか!?」
ザウザーの発動させた魔法障壁よりも、特別精製された純銀製対魔者専用長直剣クロスナイトソードの硬度の方が遙かに高い。だが、普通その衝撃に扱う者の膂力が耐えきれないので、結局その硬度はそれほど意味を持たない。故に、その処置策として、自らを破壊するだけの強大無比な力を感知した時に自動発動する第三聖印を設ける事で、より使用者の身を守る剣として精錬された。だが、その代償に剣の寿命は一気に短くなる。
そんな事はリーヴァンスの頭の中には無い。ただ目の前の敵と闘う事のみ。その生死は問わない。闘い楽しむ事が全て。
一瞬後に掻き消えた、十字剣がその命を削ってまで作り出した第三聖印自動発動型魔法障壁。それから受けた右腕のダメージは、やはりリーヴァンスの脳には伝わらない。だがダメージ自体は存在している為に、強力な力と力のぶつかり合いによって生じた反響によりリーヴァンスの右腕は肘先から無惨にも折れ曲がっていた。骨の一部が露出し、筋肉の繊維を剥き出しにする。しかし血管は千切れていなかったので、致命傷にはならない。自らが行った行為により慣れ果てたその姿を見て、リーヴァンスの咽はウンともスンとも言わない惚けた空き口唇を見せていた。そして無造作に、その右腕を左腕で無理矢理曲げ戻す。伸ばし、折れた骨をまるでバネの様な伸縮を以てしてピタリと折れ口を合わせる。そして筋肉により固定した。
その間を、ザウザーが見逃す筈も無かった。
「第七聖印、及び第十聖印解放」
冷静に相手を分析した決断。たった数秒の間で折れた骨を元の様に戻し、その手が自由に動く事を確認しているリーヴァンスから生まれた時の流れの間に考えられる事は多くは無かった。だが、その決断を下すには充分な材料が揃っている事から、ザウザーは決意する。
「今、この時をもって、我が血の繋がらぬ子リーヴァンスの生命たるを完全に断つ事を、カルナス聖王国僧士団第二階位《僧騎士》ザウザー・アスフィアの独断により下す。願わくば、我が行為に聖なる神たる存在が悲しみを持たぬ事を……」




