4-7
その後の話というと、牢獄からようやく抜け出してきたベオルブの参入や、仕事を終えて一息つきにきた藍須との偶然の鉢合わせから始まった三つ巴の戦闘――ネイとは違い、ある程度イクスの事を知っていたベオルブが敵と味方の壁を越えて藍須と共同戦線を結んだので、実質二対一だったが――や、ネイが誘拐魔に浚われたので誘拐魔を助け出そうとしたが時既に遅く誘拐魔は全身の血を完膚無きにまで吸われ尽くされていた事など、色々な事件が起こった。
のだが、それらは全くもって本題とはあまり関係ない事なので、回想はこれまでとするとしよう。
「貴様、まさか……我が神国守護騎士団をたった一人で足止めしにきたというのか!?」
ドーガの驚きの表情に、リーヴァンスは意味深に笑みを口元に零す。
「さぁな……そんな事、知った事じゃ無ぇよ。俺はただ、あんたと戦えって言われてるだけだからな」
リーヴァンスは挑発する様に靴の爪先で地面を二、三回叩いて、靴の状態を確認した。
僅か数メートルの距離は、二人の力量であれば一瞬で零へと返す事は可能だ。対峙する二人の戦闘タイプは全く反し、そして互いに絶大的な能力を秘めている。リーヴァンスは神速移動から放つ拳撃として。ドーガは『神の盾』の防御結界を広げる事で、それが少なくとも攻撃の代わりとなる。だが、互いに決定打は無い。リーヴァンスの兇悪な矛はドーガの『神の盾』の防御力をうち破る事は出来ず、ドーガの持つ盾はさほど攻撃力を持っていない。意味合いは違うのかもしれないが、攻防の戦いとはまさにこういう事を言うのだろうか。
二人は動かず、静かに次の一手を練っていた。
「ならば、何故関係無い者達――我が騎士団の騎士達の命を奪ったのだ。彼等は関係ない筈であろう? まさか、準備運動だとでもほざくのか、小僧」
鋭い声が大気を切り裂く。
「ハッ――それでも良いかもな」
あろうことか、それをリーヴァンスは声高に笑ってドーガに突き返した。
「きさま……」
刹那、言葉が衝撃にかき消された。
まさに一瞬。僅か数メートルとはいえ、俺の瞳に映らぬ程の速度で肉薄したリーヴァンスの腕が、何の予備動作も無くドーガの持つ盾へと突き出され、その結果だけが俺の瞳に映し出される。
そして見せつけるように牙を剥き、獰猛な響きがその口より言葉を漏らした。
「だからだよっ! いったい、あんたは誰と戦ってんだ? 俺だろ? 他のどこに俺以外の敵がいるってんだよ。俺だけと戦えよ……あんたが何に縛られてんのか知らねぇが、そんなもの、命のやりとりをしているこの場に出してくんな。守ってんじゃねぇ……あんたは俺と戦ってるんだよ。国の守護も……ここにいる騎士の命も……その盾が築きあげてきた歴史の事実も……一切関係ねぇんだ。命をかけて戦うって、そういう事だろ? 何もかも悟った顔して手加減してんじゃねぇよ!」
言葉と共に、リーヴァンスは拳をゆっくりと防御壁の中へと突き入れた。
絶対である筈の『神の盾』の魔法防御壁を苦無くして越えた左腕が、驚愕に染まったドーガの瞳の輝きの中で、程なく本体である盾へと到達する。それをする迄に数秒も掛かったにも関わらず、周囲の空気は完全に凍り付き、その場にいる誰もが自らの目を疑っていただろう。
「な……!?」
「こんなのを突破するのは……命を奪う事よりも、ずっと簡単な事なんだよ」
一転して、悲しみに沈む弱々しい呟きが、闘士の口より漏れ落ちる。この場にはいない、誰かに向けられて……。
だが、それも一瞬の事。
その事実が、リーヴァンスの左腕の先より放たれた。
衝撃に、大気が撓む。
零距離から繰り出された拳が、『神の盾』を伝いドーガの腕に強烈な負担を与えた。
だが、真っ先に打ち砕かれたのは、その兇悪な攻撃力を持った意志――リーヴァンスの放った一撃の威力そのものだった。ドーガの腕へと到達する前に展開した魔法防御壁は、当たり前の様に恐ろしき衝撃力を一瞬にしてほぼ無に返す。しかし、瞬間的に生まれた威力は、その力でドーガを後方へと加速させ、反発する力でリーヴァンスの身を襲う。
『神の盾』を中心として、二人は弾かれる様にそこから吹き飛ばされた。
砕かれた空気にダメージを受けた左腕を、今度は衝撃波としてリーヴァンスが撃ち込む。ドーガはそれに反応して『輝盾』を発生させ、その衝撃を飲み込むと共にリーヴァンスの身を撃ち払った。驚愕の事実の後のリーヴァンスの攻撃に、全く動じていないドーガの動きは、たったそれだけで、リーヴァンスの数倍はあろうかという年齢から二人の間に決定的な経験値の差がある事は否めない。
リーヴァンスがバランスを失った時には、ドーガは体勢を立て直しており、魔法障壁の向こうで音を立てず大地に着地した。
そしてリーヴァンスの横に回り込む様にして地を素早く走り、そこで盾を構える。再び発生した『輝盾』はリーヴァンスの身を直撃し、向き直りかけていた肉体を勢いよく弾き飛ばした。
「集いて降臨せよ、【義】堅き騎士。そして我等が剣を守護せよ!」
「轟き見参せよ、【義】猛き騎士。汝が魂の剣で禍しき刃を折り砕け!」
その時を見合わせたかのような、絶妙のタイミングで力ある言葉が紡ぎ出された。
先ほどまでその辺りで彷徨いていた巨大騎士がどこにもいない。
代わりに、より巨大な空間の歪みが言葉と共に二つ、リーヴァンスの身を挟むように出現していた。多重媒体召喚を更に結集して、より強力な"召喚獣"を召喚したか。
未だ半数近く残っていた神国守護騎士団の精鋭騎士達が、全く同じ印を結び召喚魔法を詠唱している。兜に隠された向こう側の額には、恐らく多大な汗が流れ落ちているのだろう。一線を越えるか否かという危険な状態を表しているかの様に、騎士達の身体は小刻みに震えて何かに耐えている様だった。
そこまでして守るべきものなのか、アリティアの国というところは。
二つ生じた歪みの一端より、まず最初に現れたのは、刃幅が人の背丈ほどもあるかという巨大な剣だった。歪みから先端より突き出てきた刃の切っ先は、最短距離でリーヴァンスの身を背後から襲う。
光に煌めく刃が、血を飲む。
大地に降り注いだ赤き雨が屍を洗う。闘士の口より声にならない苦痛の悲鳴が漏れ出るが、それは前方より迫った巨大な盾によって浚われた。
盾による挟撃に身を撃った身体が宙を飛ぶ。放物線をまず斜め上方へと加速して進み、その進路上周辺に血の雨を降らせる。そのリーヴァンスの背中、刃による傷口は痛々しげに削り後として見えていた。
間一髪、回避が間に合ったという事か。いや、僅かに間に合わなかったという方が正解かもしれない。
高速で迫った刃との摩擦で契れ飛んだ囚人服も、ゆっくりとではあるが紅い血雨と共に大地へと落ちていく。まぁ、支給品なので、破れた所で何ら問題はないだろう。
放物線の終点で、ようやくリーヴァンスの身体は大地に触れた。
運の悪い騎士を巻き添えにして、激突音が大地との間に生まれる。
だがそれも束の間の事だった。
次の瞬間には、まるでボールが跳ねる様な勢いでリーヴァンスの身は来た道を引き返していく。その先には、二体の巨大召喚騎士の中途半端は姿。まだ歪みから完全には抜け出せていない様で、剣及び盾を持った腕と、頭と胸の半分まで彼等は姿を現していた。
故に、例え"盾の騎士"が"剣の騎士"を守る様に命令されていたとしても、"盾の騎士"は動く事が適わない。
「さっきから、うぜぇよ!」
兇悪な衝撃が、五月蠅いという言葉を口悪く表現した鬼人の右拳より生まれいでた。
ただその一撃で、"剣の騎士"が沈む。
恐ろしき攻撃力。人である筈なのに、その肉体より生まれたエネルギーはあまりにも強大だった。
まともな防御も、カウンターの攻撃も、回避の移動も適わなかった"剣の騎士"の身が、初めて右拳を振るったリーヴァンスの拳撃で完膚無き迄に破砕される。
「壱!」
何の意味があるのだろうか。一撃を放ったリーヴァンスの口より、数字が一つ零れ落ちる。
その響きが消え去る頃、ようやくその驚愕の事実を認識した"剣の騎士"の破砕された甲冑が、幻の様にかききえていく。出現した時よりも早く、悲しき咆哮をあげて――。
同時に、その"召喚獣"を召喚していた数十もの騎士達の全身から、夥しい数の血飛沫が鎧の隙間から塗って飛び散った。
「弐!」
光が闇に食われるかの様に幻影と化していく"剣の騎士"に見とれている間に、鬼人の口より次なる数字が発せられる。
今し方、"剣の騎士"を屠った右拳を身体のひねりと共に一回転させ加速。更に、剛雷脚の時と同様に、突然空中で超加速し、"盾の騎士"へと振るわれた。
刹那、二度目の衝撃が、大気を強く打ち振るわせる。
"剣の騎士"の騎士が攻撃力に優れているならば、"盾の騎士"は当然防御力に優れている筈だ。だが、それはリーヴァンスの右拳の前では無力だった。
"剣の騎士"とは違い、防御する手段だけは持ち合わせていた"盾の騎士"だったが、鬼人の拳は何重にも張られた魔法障壁を突き破り、その先の盾を粉砕。
"盾の騎士"は"剣の騎士"と同様に、鬼人のただ一撃の闘技に屠られ、その世から去っていった。
「ば、化け物か……!」
「参!」
ドーガの言葉を無視して、次なる標的とした老騎士へと闘士の身体が加速する。その背後では"盾の騎士"が"剣の騎士"と同様に悲しき咆哮をあげて霞と化していく。
言うまでもないが、屠られたのはその"召喚獣"だけではない。その者を召喚していた騎士達の運命もまた、自らの血による洗浄によって鎧を紅くに染め上げていた。
その惨劇を脳の彼方に押しやり、兇悪な攻撃力を持つ鬼人の右拳と、絶大な防御力を誇る『神の盾』が真正面から衝突しあう。
刹那、先ほどの二撃とは比べものにならないほどの撃音が世界に生み出された。
衝撃により、二人の間より強風がその場から逃げる様に発生する。斜め上方から襲った闘士の拳に対したドーガの下の大地が、その威力に耐えきれず円上に大きく陥没していた。衝撃自体はドーガには伝わっていない様だが、その周りへの力の散乱は流石に相殺出来なかったという事か。
そして、これが最も肝心な事なのだが、"盾の騎士"を一撃で屠ったリーヴァンスの右腕であっても、ドーガの持つ『神の盾』が生み出す魔法障壁をうち破る事は不可能だった様だ。盾に到達する前の空間、輝く球体の障壁に遮られたリーヴァンスの右腕は、空中で静止していた。その事実の認識を忘れていたのか、遅れて思い出したように闘士の右腕全体から血飛沫が舞う。かなり汚れてはいたが、腕に巻かれていた白い包帯は見る間に紅く染まっていく。包帯を巻いていたという事は、まだ腕が完全に回復していなかったのだろうが、これでまた完治が暫く先の事になったな。
だが、その壊れかけた右腕に何ら痛みを感じていないのか、リーヴァンスの顔には全く苦痛の色は浮かんでいなかった。むしろ、喜びの笑みが浮かんでいる。まさか、マゾではないだろうが、見ていて気持ち良い風景では無い。
「肆!」
その口元から、参という数字に更に壱を加えた言葉が発せられる。
次なる衝撃は、零距離からの攻撃より生み出された。
より激しく赤い液体を舞わせた右腕から押し込まれる様に、『神の盾』が展開していた輝く球体、魔法障壁が若干縮む。つまり、何重にも張られていた魔法障壁の数枚かが破壊されたという事か。
そこで初めて、ドーガの顔に痛みの様な表情が浮かんでいた。
零距離からの攻撃は、普通の攻撃と比べると接触した物体を通じてその先にある物までにも影響を及ぼす。あらゆる物理的な手段を使って、鬼人の放った兇悪な拳撃の威力はドーガへと向かい、そのどれかが成功したという事か。だが、どうにも俺にはそれだけでは無い様な気がしている。空中での突然の加速――もしかしたら、あの謎に関係しているのかもしれないと、俺は考え始めていた。
その思考に混じり込むかの様に、俺の聴覚が何かのヒビ割れ音をとらえる。
だが、辺りを見渡せば、その様な音を出すかもしれない物はいくらでもある。優先順位は低いので、俺はとりあえずリーヴァンスとドーガの戦いの方へとすぐに意識を戻した。
「伍!」
いったいどこまで続くのだろうか。
再び漏れ出た数字を吐いたリーヴァンスが右拳を振り上げ、そして力強く振り下ろす。今度はその拳は途中で止まらずに、完全に振るわれた。だが、その目標はドーガの肉体ではなく、ましてや『神の盾』でもない。
標的とされ襲われたのは、ドーガの肉体と『神の盾』本体を守っていた魔法障壁だ。
その黄金色に光り輝く球場の障壁が、鬼人の三連撃に耐えきれず、ガラスが割れる様に砕け散る。その破片の鋭い切っ先が、まるで物質として本当に存在しているかの様に、リーヴァンスの頬や耳を次々と切り裂く。すぐに幻へとかき消えていったが、その幻へと化す迄の場所に存在していたリーヴァンスの全身は、面白い様に切り傷を増やしていった。
だがどれも浅く皮膚を切り裂いただけである。
そして、赤き鬼人となったリーヴァンスは、それを全く気にしていない。
彩る紅に身を包んだ鬼人は、次なる攻撃を繰り出そうと、左腕をいっぱいに引き絞る。
だが、その拳は遂に振るわれる事は無かった。




