4-4
「だから、俺は俺個人の欲望を満たす為だけに――殺す」
聞き慣れた言葉が修羅に身を投じた闘士の口より、何の躊躇いも無く吐き出された。
「愚か者が。己が痴れ者と知れい!」
刹那、怒声と共に騎士が動いた。兜に隠された老騎士の瞳が、怒喝と共にカッと見開くのがチラリと見える。同時に発光した『神の盾』から生み出された魔法防壁が、思わず目を閉じたリーヴァンスの身に衝突し、その場から弾き飛ばした。どうやら、リーヴァンスの無茶苦茶な道理にようやく騎士の堪忍袋の緒が切れた様だ。
「恐ろしい認識違いをした殺人鬼に、偉大なる『神の盾』を破る行為を――ただ己の欲望を満たす為だけにしか見出せない者に、真に人を殺し続ける恐怖に耐えられる訳が無い」
それまで盾を構えたまま黙していた精鋭騎士達が、老騎士の言葉と共に一斉に抜刀する。
「防衛守護(主御)せよ。《神の剣を持つ国》の聖なる地に踏み入った悪鬼羅刹を、成敗(聖排)し滅せよ!」
老騎士の熱き号令と共に、防御に盾を構え、その後ろに刃を隠した《神の剣を持つ国》精鋭の騎士達が一糸乱れぬ動きでリーヴァンスを囲む様に展開し始めた。
この大陸最強の盾、『神の盾』と称される巨大な盾を持った老騎士を団長とし、万を越える大軍の中で僅か200前後の人数で構成されるこの騎士団は、防御戦術では世に聞こえるカルナス聖王国の《装聖》に匹敵すると言われる程の防衛成功率を誇っている。つまり、防衛率100%だ。如何なる数で攻めようとも、如何なる戦術で攻めようとも、『神の盾』を持つこの騎士団を敗走させる事が出来た者は、《神の剣を持つ国》建国以来いないと言う。その強力な盾を背景に《神の剣を持つ国》は領土を拡大し、現在に至っている。
流石にその最強の盾が相手では、例えリーヴァンスが凶悪で強大無比な攻撃力も有していても無に等しいか。
俺はリーヴァンスが敗北する姿を脳裏に浮かび上がらせていた。
「んじゃ、行くぜ!」
高らかに宣言された言葉が、風の唸りに弾かれて掻き消される。
次の瞬間、リーヴァンスの身体が天より消え去り、稲妻のごとき攻撃が老騎士の大盾へと突き向かう。
天空よりただ一点のみを狙った、突剣の様な鋭い剛(降)雷脚。左足の爪先を尖端に、空気抵抗を限りなく小さくする為に全身をほぼ一直線にさせ滑空。リーヴァンスの肉体が、ただ一点のみを貫く刺突と化す。
「我が名、バス・ファード・エル・ドーガの御名において、守護せよ『輝盾』!」
老騎士の静かな言葉と共に、大盾を中心に輝きが凝縮し、魔法障壁が形作られる。
これが、先のリーヴァンスの攻撃を防いだ正体か。背筋が凍る程の強力な魔力が盾より放出されるのが、肌を通じてひしひしと伝わってくる。ただ一瞬で『神の盾』が完成し、その圧倒的な魔力から成る幾重にも重ねられ凝縮された魔法障壁が老人の身を守る様にして大盾より展開されていた。
刹那、兇悪なる刺突と、絶対なる障壁とが衝突する。その凄まじき攻撃力と防御力に、一瞬大気が震えるのを忘却し、時が止まった様に静寂の刹那を告げる。
眩やい光が発せられ、遅れて世界が思い出したように鳴動した。
大地が嘶き、大気が咆哮を上げる中、瞬時に回復した俺の瞳が見たものは、弾き飛ばされるリーヴァンスの肉体。魔法障壁を貫く事が出来ず、その威力から生じた反動によりダメージを受けた鬼人の顔が歪んでいる。だが同時に、その顔は喜びに輝いていた。
そのリーヴァンスの視界外で、既に老騎士バス・ファード・エル・ドーガ、略してドーガの指揮する精鋭騎士が武具を掲げて突進をし始めており、その手に持つ盾が魔法障壁を生み出している。
四方八方から真っ先に襲い掛かった騎士六人が、上空のリーヴァンス目掛けて跳躍。眼前に盾を構えたまま、内三人が斬撃を繰り出す。一瞬早く空中で姿勢を制御した闘士が向かい来る刃にあわせて回し蹴りを一閃。剣の群は弾かれ、手にしていた騎士達はバランスを崩し落下を開始する。残る三人もその回し蹴りを盾に受けて、それ以上の前進は出来なかった。だが、彼等にダメージは一切無い。
陣形を崩され落ちる六人の騎士達が後退するのに入れ代わり、四方より斜めに飛翔し剣を振るう四人の騎士と、標的より高く跳躍した後に四方より斜めに降下し盾を構えて突進を加えようとする四人の騎士がリーヴァンスを襲う。八方向からの同時攻撃。余程訓練された者達でなければこれほど見事にタイミングをあわす事は出来ないだろう。ただし、彼等は一様に飽く迄防御を重視した構えで連係攻撃を繰り出していた。
それでも8人同時攻撃を迎撃する事は難しいと判断したのか、四つのクロスがリーヴァンスの身を中心に生み出される。全身を小さく丸め防御したリーヴァンスの身を四つの剣が斬り裂き、四つの盾が衝突し突き抜けた。血飛沫が舞い、初めてリーヴァンスの身がダメージを覚える。
だがその両腕が行き過ぎた二人の騎士の足首を掴み、瞬時に握り潰す。金属兜に覆われた向こうに恐らく激痛の色と叫びを迸っただろうが、それは次の瞬間には恐怖の悲鳴へと変わっただろう。背後より衝突してきた凄まじい膂力で投擲された人型隕石に、リーヴァンスの身を盾で撃って降下した二人の騎士が衝撃と共に地面にクレーターを作り絶命する。
同時刻、投擲を終えたばかりのリーヴァンスの身を、単身、騎士の剣が背後より水平に軌跡。攻撃後の一瞬の隙を付く絶妙のタイミングだ。だが、如何せん速度が遅すぎる。後方を振り返る事も無く、身体を捻り易々と躱したリーヴァンスが殺の一文字を乗せた拳を振るう。しかし咄嗟に防御した盾が生み出した魔法障壁が、攻撃の威力を奪い鬼人の拳から騎士の命を守り弾いた。ドーガの持つ『神の盾』とはいかない迄も、彼等が持つ盾も十分に強固な様だ。
リーヴァンスは舌打ちし、もう一撃拳を振るう。同様に、騎士も盾を構えて魔法障壁を更に重濃く生み出し防御する。
だが、獰猛な野獣より放たれた拳撃は、今度こそ騎士の盾を破砕。盾を構えていた左腕の重装鎧ごと砕き、鮮血と破片と共に苦鳴する騎士の胴をリーヴァンスは更に蹴り入れて、その命を今度こそ奪い取った。
並成る防御障壁ではリーヴァンスの兇悪なる攻撃を防御する事は出来ない。それを知らしめた瞬間だった。
その騎士の命を賭した攻防で、《神の剣を持つ国》を守護する精鋭騎士達はそれを悟り、陣形を速やかに変え始める。
対して、リーヴァンスはその光景をさも傍観者の様に見守っているだけだった。休んでいる訳ではない。狂喜の闘気が発せられている肉体からは、あれほど動き回ったにも関わらず未だ汗一つ流れ落ちていなかった。血も流れていない。右腕に巻かれた包帯と、先の八人連携攻撃による掠り傷程度の痣が唯一の負傷の証しか。右腕の負傷は戦闘開始前はおろか、俺と出会った時から負っていた傷なので、幾数十人もの命を落としてようやく彼等が手に入れた功績は、掠り傷だけという事になる。攻撃能力を捨て、限りなく防御に特化した部隊では、こんなものだろう。
俺の感想の合間に、ようやく騎士達が陣形を完成させる。五から十人程度で小隊を作り、リーヴァンスの前後左右十字上に展開した部隊は、一様に剣を鞘に収め盾を身構えていた。今度は四方から何重にも突撃を仕掛けるつもりか。
だが、俺の予想に反して、騎士達はその場を動かず、ただぶつぶつと何やら呟いているだけだった。
そして最後に、力強き言葉が一斉に唱えられる。
「降臨せよ、【義】熱き騎士。我が身の盾となり、御敵より我等を守護したまえ]
耳鳴りに煩い重和音の詠唱が逸し乱れぬ騎士達の口より紡がれる。
これは――召喚魔法。それも数人が魔力を結集し、媒体を介して異世界より人ならざる存在を呼び出す、多重媒体召喚か。
一般に、召喚されし者は"召喚獣"と呼ばれ、注がれる魔力の量と媒体が持つ力に比例して強力となる。今、彼等はいったい何人でその召喚儀式を行っているのかは分からないが、少なくとも十分に脅威となる存在がリーヴァンスの前に現れるだろう。それも、詠唱の内容からして推測するに、攻撃ではなく防御に優れた【義】属性の重装騎士。まさにその圧倒的な防御力を誇る"大陸最強の盾"と称される騎士団が召喚するに相応しい騎士だ。
瞬間、騎士達の上空で幾つもの空間が歪み始めた。この世ならざる者の、異次元跳躍。異世界より召喚されし者達が、召喚者の力によって次元の壁を超え、その姿を具現化させる。歪みの大きさは、人の丈の約三倍。その先にある空の景色が暗闇に侵食される様に歪み、人ならざる存在へと徐々に形を変えていく。その様は、まるで巨大な人型をした何者かが弾力性の高い粘着状の液体の底から無理矢理に突破して抜け出てこようとしている様だった。
約200人にも及ぶ《神の剣を持つ国》精鋭の騎士達の一斉召喚により、ゆうに二十を超えている。同時にこれだけの数を召喚する力といい、先の見事な連携攻撃といい、"大陸最強の盾"という名は伊達では無いという事か。
『我、久遠より来たりて降臨せり。我、汝等が盾となりて、全ての攻撃を防ぐ者也』
人のそれとは明らかに響きが異なる重圧の低音で言葉を発し、異質なる存在が異世界より次元の壁を超えて、その巨大な姿を具現化させる。その姿は、人の約三倍の身長を持った全身を銀色に煌く重装の鎧で覆われた、屈強なる巨大騎士。左手に巨大な盾を、右手に長大な剣を携え、兜の奥より人ならざる瞳を輝かせ、言い知れぬ威圧と神々しさを放ち異世界より現界の大地へと地響きを立てて降り立つ。
人にとって十分に脅威となる存在が、降臨した。
「……凄ぇな。始めてみたぜ。これが召喚って奴か。強そうだな」
都合、二十八体にも及ぶの【義】の騎士が見参したのを見て、リーヴァンスが感嘆した様に賞賛する。あいつは分かっているのだろうか。これからその強そうな奴等と、御前が闘うという事を。少なくとも、奴等はAA級魔者の強さぐらいは余裕で有している筈だ。鎧強度は甲殻魔者と呼ばれるAAA級のデュラン並か、それ以上だろう。そんな奴等を相手に、リーヴァンスがどの様に闘うのか、少し見物かもしれない。
俺の感想の合間に、召喚騎士達は召喚者の意思によって陣形を立て、召喚者である騎士達を守る様に展開する。
その様子を、リーヴァンスは笑みを顔に浮かべてただ見守っていた。その口元から零れ落ちている笑みからはかなりの余裕が感じ取れる。その余裕が次の瞬間には後悔に変わらなければ良いが。
「――んじゃ、そろそろ殺ろうか」
問い掛けにも似た殺人予告の応えを待つ間に、リーヴァンスが左腕を構え、引き絞る。
次の瞬間、爆発的な脚力を大地に叩きつけ、鬼人の身が急加速した。最寄の召喚騎士一体に向かって疾走を開始した御敵の姿に、騎士が命令。"守護せよ"とだけ発せられた言葉を受けて、召喚騎士がその巨躯を沈ませ、鬼人の攻撃を真っ向から盾でガードする。
刹那、鬼人の両側面より二本の剣が袈裟斬りに振り下ろされる。一瞬にして距離を詰めた、あの巨体にしてこのスピード。見かけの重装備ほど彼等は遅くはないという事か。むしろ、重力の咎に捕らわれていないかの様だった。
だがリーヴァンスはそれよりも速い。剣が肉体に触れるよりも早く再加速をしたリーヴァンスの身の、その背後を剣が行き過ぎ地面を強く撃ち付ける。
衝撃が、轟音を伴って召喚騎士の身を吹き飛ばす。
驚異的な攻撃力を見せた鬼人の左腕拳の豪撃に、深く体を沈ませ構えていた召喚騎士はその威力を殺す事が出来ず、大地に足を引きずって大きく後退していた。拳を受けた部分が陥没し、盾に大きなヒビが入っている。幾十にも魔法障壁を展開し、かなりの強度を有すると思われる盾の防御力を以ってしても、リーヴァンスの渾身の一撃を完全に防ぐ事は出来なかったという事か。
だが、それは彼等にとっては予想範囲内の出来事だったのだろう。リーヴァンスの背後で剣を大地を撃ちつけた内の一体が、一瞬動作を遅らせて軌跡を変更。それより早く、回り込んだ新たなる一体が斬撃を放つ。再び刃が闘士の背と側面を襲う。その刃の一本の腹を手で制し、巨体の眼前にリーヴァンスが跳躍。振り上げた拳が力強く振り下ろされるが、巨大な騎士は瞬時に盾を構えて防御する。衝撃と轟音が辺りに鳴り響く。だがその出所は、召喚騎士の盾と狂気なる闘士の拳とが撃ち合わさった音ではない。すぐさま左右より巨騎士の二体が剣を振り下ろし、攻撃を終えたばかりのリーヴァンスの身を襲う。豪風を伴って斬り付けられた刃が空を斬る。咄嗟に前方へと再加速をした身のすぐ背後を通り過ぎた二本の凶器が、そのまま大地を撃ち土を舞い上がらせるのを無視した鬼人の肉体より、更なる拳撃が生まれる。その標的は今し方吹き飛ばした召喚騎士。巨躯故に体制を立て直すのに時間の掛かる巨騎士が、それに気付いて盾を構えるが間に合わない。いや、間に合ったとしても同じ運命を辿っていただろう。第二撃の魔手に耐え切れなかった盾が、その兇悪な攻撃力をほとんど打ち消す事が出来ないまま破砕する。だが鬼人の拳は更なる進撃を行い、そのまま召喚騎士の胸を豪打。盾ほど強固では無かった鎧は易とも容易く粉微塵と化し、そして肉体の無い召喚騎士はそのまま虚空の彼方へと消えていった。
瞬間、その背後で5人の騎士が絶叫と吐血と共に崩れ落ちた。
"召喚獣"が倒された場合、彼等を召喚した召喚者はその反動で多大なダメージを受ける。それは喚び出した"召喚獣"が強力であればあるほど大きい。絶叫と共に倒れた騎士達は、それだけ彼等の能力ではほぼギリギリである強力な"召喚獣"を召喚していたのだろう。
倒れた彼等は、二度と立ち上がる事は無かった。
だが、初めから"殺す"と宣言していたリーヴァンスは、容赦無く召喚騎士へと拳を放つ。
リーヴァンスの拳は、召喚騎士が盾の前に幾十にも展開させた防御結界によって空中で静止させられていた。力の乗っていない攻撃では無効化されるという事か。
構わず、リーヴァンスは体を捻りその状態から回し蹴りを放つ。騎士も泰然として盾を構えその蹴りに構えるが、第二撃目の勝負はリーヴァンスに軍配が上がった。第一撃目の強撃を完全に消し去る事が出来ず、僅かにだが態勢を崩していた巨躯の騎士は、第二撃目を万全の態勢より受ける事が出来ず、体をぐらつかせ後退。その隙を付いて闘士の更に脚撃が放たれた。その三撃目にして、ようやく魔法障壁を突破し、盾と脚とがぶつかり合う。
だが続く四撃目を放つ事は出来なかった。
大地を斬った召喚騎士が地を抉り剣を斬り上げる。時を同じくして、別の重装騎士が盾を構えて反対方向から突撃する。一瞬早く、その巨大な盾がリーヴァンスの身を襲う。右腕でガードし受身を取るが、しかしその身目掛けて剣が疾風と化した。
長大なる剣による一撃が、強大なる盾に勢い良くぶつかり、その威力の様を腹部にまで響く重音で伝える。
しかし次の瞬間、兇悪な攻撃力を持った蹴りの一閃が騎士の身を強襲した。一瞬早く回避行動を取ったリーヴァンスが、飛翔した上空で巨大な騎士の頭を超え背後より攻撃を加えたのだ。その一撃に、銀沢の重装鎧の一部が破砕し、破片を周囲に散りばめる。その破砕した鎧の向こう側、本来は肉体があるべき空間には、ただ虚空が存在するだけだった。
衝撃にぐらつくも、騎士は素早く翻り、まず盾を構え防御する。その頭上を超えて一体の騎士が唐竹に斬撃を繰り出すが、リーヴァンスは横にかわして捻る腰で蹴りの刃を繰り出した。だが、剣撃を放っていても常に防御する事を忘れない防御重視の攻撃を行っていた召喚騎士は、衝撃を盾の魔法障壁に吸収させ威力を軽減させる。吹き飛ばされるも、そのフォローに二体の騎士が入れ代わりにリーヴァンスの前に立ちはだかった。
都合、三つの盾がリーヴァンスの身を襲う。近距離からの突進。普通ならば三本の剣を振るって攻撃を加える所だが、そこが盾の騎士達の特徴か。飽く迄も頑強な盾でその身を守りながら戦う様だ。【義】熱き騎士の基本の戦術は、その召喚者である《神の剣を持つ国》の騎士達の戦闘技術とそれほど変わらないという事か。
突進を跳躍でかわした所に三体の召喚騎士が現れるが、リーヴァンスは最初に《神の剣を持つ国》精鋭騎士の連携攻撃を退けた時と同様に、円を描く鋭い蹴りの一閃によって、その剣ごと騎士の体を撃ち払う。刃の部分にあたってもその脚が斬れないのは、恐らく微妙に打撃ポイントが刃から外れているからだろう。もしくは、摩擦によって斬る武器である刃の鋭度と必要な摩擦力が足りなかったという事か。
迎撃した一体を狙って、リーヴァンスの身が空中で加速する。いったいどの様にしてその加速を得ているのかは謎だが、そこから放たれた拳撃は強迅無比。態勢を立て直す間も無く最寄である頭部を付きぬけた左拳に、肉体無き巨大騎士は兜の破片のみを大空に飛び散らせて体を震わせる。着地と同時に振り返り、追撃の強打が騎士の背中へと撃ち込まれた。対処の間に合わなかった人ならざる存在は、衝撃に耐え切れず腹部から破砕。盾の魔法障壁も背中には届かなかった様で、そのまま騎士は虚空に歪みを生じさせ、引きずり込まれる幻の様にかき消されていった。
続く鬼人の猛襲を、片膝を大地に付け相対した召喚騎士が、その拳を盾で迎撃する。真っ向から受けたのでは適わないと悟った彼等は、着撃の瞬間に盾を斜めに滑らせ、鬼人の拳を右へと逸らせた。だが、瞬時に半回転したリーヴァンスが放った回し蹴りの踵が、隙の出来た右脇腹にヒット。防御に意識を奪われていた為に右腕に持つ剣を振るう事を忘れていた巨漢の体が大きく傾く。それをカバーする為に戦線へと入った騎士が刃を走らせるが、リーヴァンスは軽い跳躍でかわし拳を叩き込む。苦しくもそれは盾によって防御され、続く蹴りの振り抜きもその真空刃ごと完全に盾が展開する魔法障壁に阻まれ、ダメージを与える事は出来なかった。構わず、リーヴァンスは片手を地面につけ、その腕を軸に体全てで旋回する回し蹴りを撃つ。一瞬で数撃を加えた回転脚が障壁を削りとり盾に肉薄する。だが、巨大騎士は発せられた"後退"の命令に躊躇い無く応え、その場より飛び退る。
その召喚騎士と入れ替わる様に、頭上より巨大な剣が唐竹割りに打ち下ろされる。だが全体重を乗せた凶器の刃が大地に突き刺さったのは、大気以外の何をも斬り裂く事の出来なかった後の末路だった。轟音と共に大地を撃った巨剣はすぐさま引き抜かれ、大地を削り伴い右へと振るわれる。その軌跡の先で、宙返りをして回避したリーヴァンスが、突如としてその場から消え去る。先にドーガへと放った稲妻のごとき刺突の剛(降)雷脚だ。神速で撃ち出された蹴りの先端は、刃のごとき鋭さを見せ、盾を構える事すら出来なかった召喚騎士の肉体を貫いた。
だがその着地の瞬間を狙って、二対の刃が再び孤高の闘士の身を襲う。左右より水平に薙ぎ払われた巨刃を、しかしリーヴァンスは落ち着いた様子でヒラリとかわす。その刃が過ぎ去る瞬間に、予備動作無く剣の峰へと肘撃ちを撃ち放ち破壊。攻撃手段を失った召喚騎士達は再召喚し剣を復元する為にすぐさま後退するが、獰猛な闘士の脚がそれよりも早く追いつき、一体の身を引き絞った足から繰り出された突き蹴りにより盾ごと粉砕した。
続く兇悪な拳の振り抜きによって真空波が生まれ、その先にいた召喚者である騎士の数名が吹き飛ばされる。【義】熱き騎士の召喚とその制御にばかり意識をとらわれていたが故の末路か。防壁に守られていなかった彼等は、まともに拳風波を受け、飛沫く血と破砕した鎧甲冑と悲鳴と共に宙を舞い、その命を散らした。同時に、数体の"召喚獣"が消滅する。
ようやく事態を重く見た騎士達が、再び陣形を変える為に奔走する。
だが今度は待つ事をしなかったリーヴァンスの拳が、容赦無く巨大な騎士とその召喚者たる《神の剣を持つ国》精鋭の騎士等を次々と屠っていく。
それを見かねたドーガが、リーヴァンスと騎士達の間に分け入り、その絶対なる『神の盾』を発動させた。
「ロイヤルヴェルタイザー『マルス』の重装盾をも突破するか――まさに鬼人だな、貴公は」
振るわれた強撃がドーガの『神の盾』によって完全に打ち消される。弾き返される身を構わず、更にリーヴァンスは着地と同時に地を強く蹴り『輝盾』へと鋭い三連撃を繰り出す。
「言った筈だぜ。俺は求めるものを手に入れる為に――俺個人の欲望を満たす為だけに、禍き牙持つ鬼人と化すとな」
「だがその牙も我が盾の前では無力に等しい。貴公が我より得られるのは、勝利ではなく引き分けか敗北のどちらかだ。これ以上無駄な努力は止め、大人しく引くが良い」
全てが全て、言葉通りリーヴァンスの攻撃は全く効果を得ず、全てが完璧に防御されていた。駿足を活かして背後に回り込むも、『神の盾』が作り出す魔法障壁は老騎士の身を球状に包み込んでいる為に、鬼人の脅威は一度として老騎士の身に届く事は無い。一度間合いを取り、左腕を引き絞った後に『マルス』と呼ばれた召喚騎士をも屠った兇悪な威力持つ豪撃を繰り出すも、それすらドーガが纏う神盾の障壁を突破する事は適わなかった。
「――えらく弱気なんだな。威勢良く、俺を殺すぐらい言えよ。守ってばかりじゃ、何も解決しないぜ」
「守護する事が我等の使命。それ以上を求めていては、そのどちらもが失う事になる。我等はただ守護するのみ。汝が疲弊し、戦う気力を無くすその時迄、我等は何度でも守護し、汝の前に立ちはだかろう」
その言葉の通り、老騎士はその場から全く微動駄していなかった。リーヴァンスが拳を振るい、蹴りを放ち、衝撃波を叩き込み、一点集中の連撃を繰り出そうが、その動きをただ目で追うのみで、防御するのみ。ただ魔性障壁を生み出し立っているだけでも相当の魔力と体力を消耗している筈なのに、全身鎧の奥から発せられる気質には疲れも焦りも微塵も生まれていなかった。
「だから、何も解決しないんじゃないのか? 何の為に俺が此処にいるのか、まだ分からないのか?」
その、ある意味リーヴァンスらしく無い思わせぶりの言葉が、その身より繰り出される攻撃よりも老騎士の気質に乱れを生じさせた。
「貴様、まさか……」
そう、老騎士が想像した事は、ある意味では恐らく間違ってはいないだろう。
俺は思い出していた。リーヴァンスが、何故ここで戦いを貪っているのかを。
その、勘違いの末に行きついた、間違った戦闘行為の経緯を――。




