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武限の闘士  作者: 漆之黒褐
聖鎧の僧騎士
2/28

1-2

「楽しそうだな、リーヴァンス。私が言った警告をもう忘れたのか? 勝手に遊ぶな。育て親である俺に許可を得てはしゃげ。でなければ煮て食ってしまうぞ」


 声のした先、血に濡れて一部の視界が朱色に染まっているリーヴァンスの瞳がゆっくりと動く。


「アス、御前が肉食だったのは驚きだな。だが、俺のは柔らかい脂肪肉じゃなくて、分厚くて堅い筋肉だぜ。もう年なんだし、噛める事は出来ても噛み切る事は無理なんじゃないか? ハッハ!」


 育ての親という言葉を強調して言ったにも関わらず、ラデュアの真ん中で困った様に歪んだ瞳を睨め付け威嚇する男の存在を呼び捨てにしてリーヴァンスは貪る様に強笑みを出す。

 そのリーヴァンスを、まるで子供の群をかき分けるかの様に手で優しく周りにいたラデュア達を横に押しのけて進むアスと呼ばれた男、闘剣士ザウザー・アスフィア《僧騎士》はいったいどうしたらいいものかと掛ける言葉に悩み始めた。この数年、幾度と無く感じてきた疲労感は、乾きくたびれた唇と以前は盛んだった筈の頭上の金色の稲畑が何も言わずとも物語っている。それでも血は繋がってはいないが幼き頃のリーヴァンスを引き取ったザウザーは、果たしてそれが自分の為に良かったのだろうかと、別視点つまり自分視点から見てしまうという慈悲深き《僧騎士》にはあるまじき行為を思わず考えてしまう。いや、考えざるを得なかった。

 ザウザーの警告一喝に何ら行動阻止力を受ける事無く、リーヴァンスは本能のままに殺戮劇を繰り返していく。その血に虚ろってはいるが喜びに満たされつつある視線はゆっくりと歩み寄ってくるザウザーの姿を映したまま。しかし次々と繰り出される死の演舞撃は、全て向かい来るラデュアの身体へとヒットし、粉微塵に吹き飛ばす。手加減をしているが故の、力制御の出来ていない一撃は、それまで遊んでいたリーヴァンスのそれとは明らかに別の結果を生んでいる。


「ま~た『影の歩み』を使ってんのか? わざわざそんな魔法使わなくても、こいつらは敵なんだから素直に倒しゃ良いだろ」


「勿論、事が終わった後で彼等は掃除させて貰う。この玉の様にコロコロとして可愛らしい子供達はな」


 触られている事に気付いていないのか、そしてザウザーの存在が全く認知出来ていないのか、可愛い子供をあやすかの様になでなでするザウザーの手を、ラデュアは何ら感じる事無くされるがままになっていた。

 その手がピタリと止まり、そして突然にザウザーの身から凄まじい気がリーヴァンスへと向けて発生する。それすらも、ラデュア達は感知出来ていない様だった。


「だが、先に理性も知識も無き獰猛な魔者以下の下等生物を始末しなければならない様だ。つまり、御前の事だな」


 言って、ザウザーは背に収めてあった剣を抜いた。

 白々銀と銀白色に煌めき輝く、刃渡り約1200ミリメートル、幅約30ミリメートル、最大厚約2ミリメートルの純銀製対魔者専用長直剣クロスナイトソード。カルナス聖王国僧士団に所属する第二階位《僧騎士》のみが所有する事を許された、特別製の剣である。柄の全長は長く、約400ミリメートル金色。それに垂直に伸びた鍔は神聖絵字によって描かれた幾何学な模様。

 別名『聖十字剣』と呼ばれるこの長直剣を地面に垂直に構え、ザウザーはそこには存在しない聖神に対して封印されし『僧剣技』の解封儀式を執り行う。一般に、外部の者の瞳にはそれはただの礼にしか見えない儀式は、ただそれだけで終了する。言い換えれば、闘いの前にするその礼こそが解封儀式の全てだった。


「さぁ、大人しく私に斬り刻まれろ。そして御前の食えた物ではない堅い肉をじっくり数十年の年月を掛けて、煮て柔らかくしてやる」


「朝にも聞いたな、その言葉」


 ボリボリと頭をかいて、リーヴァンスは応える。瞬速で繰り出した、素直で混じりの無いストレートな拳撃を伴って。


「聖属防御発動」


 空を斬る音を置き去りにして、ラデュア達の瞳には映る事の無かった速度で接近したリーヴァンスの攻撃を、その一刹那の間に発したザウザーの言葉より剣から発動した光がその行手を阻む。衝撃を完全に吸収し、ザウザーの眼前に円上へと広がる光の奔流が流れ、そして消えていく。その一部、地にぶつかった輝きの部位は、消える間際迄地の土を音も無く削っていった。


「本来は魔なる者の攻撃を打ち消す筈の聖属防御結界魔法だが、人である筈の御前にもどうやらかなりの効果を発揮してくれる様だな。喜ばしく、新しい発見だ。以後の飼育に十分に役立ってくれよう」


「この肉片、この体液。あいつらの血に俺の腕が溺れているからだろ」


 再び発生した光の奔流が、ザウザーが天へと掲げ構えている剣の十字がクロスする部分、その前方に展開しリーヴァンスの腕と接している光の中心から生まれいでる。が、その波は先程とは違い綺麗な波紋を作る事は無く、ただいびつに歪み脈打つ雑音の様な揺れだった。それは複雑に空間をたゆたい流れ、そしてその一部が地へと衝突。ガリガリと削る様な音が辺りに鳴り響く。

 その衝撃と時を同じくして、付着していたもの全てを強制的に排除し、その本来の色を取り戻したリーヴァンスの腕がようやく世界へとその姿を表す。デュランの血を受け焼けただれた皮膚は鼻を押さえたくなる様な異臭を放ち、そして内側よりしみ出してきたどす黒い液体によって再びその肌をゆっくりと確実に世界から消し去っていく。


「おらぁ!」


 更に衝撃。

 雷のごとく轟きを響かせ、リーヴァンスの掛け声と繰り出した第二段目の零距離攻撃、ザウザーが唱えた聖属防御結界魔法の障壁とがぶつかり合う。そして耐えきれずに、聖なる属性を持った対魔属性魔法障壁が消滅。

 しかし既にそれを予期していたザウザーの身体はそこには無く、後方へと跳躍し加速していた。その道筋、地面水平横へと剣の向きを変えた刃に、玉の様にコロコロとして可愛らしい子供達と表現したラデュアの何体かをまるで紙を斬っていくかの様に無惨に斬り殺していく。対魔者専用に精製された聖なる刃には、さしもの甲殻皮膚強度8.59Cの鎧も役には立たない。それを制止する為の微量の力に利用し、6体目のストッパーを半ばやや寸前体内まで斬り侵入したところで、ザウザーはようやく制止した。


「水を与えれば僅かな時間と共に増えていく乾いた海草類の様に、何処までも私の心を弄んでくれる。貴様に費やした無駄な時間、これ以上増やさない為にも、やはり貴様は無理矢理にでも禁呪を用いて作られた特殊金属製鍋の中に放り込んで岩をも沸騰する超高温で煮た方が良い様だな」


「仕事に真面目なのは分かるが、たまには本当の自分の子供の相手ぐらいしてやれよ。そして存分に煮て食ってしまえ」


「貴様に言われる迄もない!」


 叫び言って、ザウザーはリーヴァンスに向けて剣を突きだし、そして構える。騎士大国カルナス聖王国で僧士団第二階位《僧騎士》の称号を受けているだけあって、その技術はかなり高い。ザウザーの発言にさしもの調子を狂わせ「本当にそれでいいのかよ…」と独り言に突っ込むリーヴァンスの瞳からは、ザウザーが手に持つ剣は点にしか見えていなかった。点にしか見えていない、つまりその長さを目測で測る事が出来ず、一撃の間合いを知る事が出来ない。

 だが、リーヴァンスは全くそれに臆する事無く、それどころか再び心の底から沸き上がってきた鬼気とした歓喜に全身を高揚させ、自らの意志でその第一歩をザウザーの方へと踏み出す。

 いったいどうやったのか分からない間の刹那、次にリーヴァンスが認識したのはもう目の前まで迫っていたザウザーの姿だった。それが先に行った『影の歩み』とザウザーが読んでいる魔法の、更に高度な魔法だという事をリーヴァンスは推測する。流石に初めて見る魔法で、ザウザーは過去一度としてその魔法をリーヴァンスの目の前で行った事は無い。わざわざ取るに足らない相手であるラデュアに対して『影の歩み』を使った事は、このカモフラージュだったとリーヴァンスは理解した。

 間合いが掴め無い以上、リーヴァンスがそれを完全に回避するのは難しい。余程の事が無い限り使う事のない、リーヴァンスには秘匿していた幾つもの技術の一つを披露してまで繰り出したザウザーの攻撃を、しかし幾度と無くザウザーと闘いその剣技の特徴と操る武器の情報を知り得ていたリーヴァンスは、ただ後方に軽く跳躍する事だけの回避行動を取った。


「逃げるな、肉! 第八聖印解放」


 いつもより壊れている、一応は育ての親であるザウザーの言葉にリーヴァンスは失笑してしまう。

 その笑みを貫かんばかりの閃光が十字剣の尖端から放たれる。クロスナイトソードが別名『聖十字剣』よ呼ばれる所以は、その鍔に神聖絵字によって描かれた聖なる印を十持つ事にある。契約を交わせし使用者の魔力持つ言葉に反応し、その十の印に秘められた魔法は発動。ザウザーの力ある言葉に呼応し、刀身及び柄合わせて約1600ミリメートルの長直剣は、その尖端から光の柱を発生させその長さを更に増やした。この特殊魔法の事も、リーヴァンスは知らない。

 持ち前の鬼神的戦闘能力の一端、戦闘に関する限りにおいては高名な知を発揮するリーヴァンスは、だがザウザーの正確をよく知っていた為にその攻撃を予測していた。間合いが全く関係無くなった光輝たる刺突の進行開始に、リーヴァンスは瞬時に血色地の土を蹴り後退を前進に変える。そして右目の更に右、右耳の上を浅く斬り裂いて突き抜けていった光の剣。魔法を発動せずに、そのまま刺突を繰り出していればいいものを、血迷い正しき判断を失ったザウザーの一撃は、完全に攻撃のタイミングをずらし一瞬対応に遅れる。

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