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武限の闘士  作者: 漆之黒褐
刻印Kの監視者
14/28

3-2

 空間の鳴動がようやく治まり、本来あるべき森の静けさを取り戻したのは、それが起こってからほんの数秒後だった。

 相棒であるネイの小柄で華奢な、しかしふっくらと柔らかい肢体を脇に抱え、咄嗟の判断でその場から逃げる様に離れていたベオルブは、全速力で駆けだした為か、それとも一瞬それが遅れていれば自らも消え去ってしまった空間に巻き込まれて命を落としていたかもしれないという現実に冷や汗したのか、全身にどっぷりと汗をかいていた。その巨体に似合わず飽く迄も旅人を装う為に着ている質素な服はたっぷりと汗を吸い重くなっている。にも関わらず、呼吸は全く乱れておらず、疲れは感じさせない。

 その汗だくのベオルブに抱え上げられているネイの方はと言うと、顔をしかめていた。今にもベオルブの腕に噛みつきそうだ。だが、それをしていないのは、思わず鼻を押さえたくなる男臭い異臭を発している液体がそこにべっとりと付着していたからだろう。

 そんなネイの事は頭にはなく、驚きと焦燥感に包まれたベオルブの顔が、緊張の眼差しを映し油断無く目の前の世界を観察する。

 まるで何事も無かったかの様に、その世界は平穏を奏でていた。

 突然の空間の歪曲によって生じた恐ろしき歪みの力は、取り込んだ世界を物理法則を無視する形でどんなものでも容易に空間ごと変形させてしまう。木々は悲鳴を上げる事無く、ぐにゃりとゴムの様に曲げられ、伸ばされ、そして適当な所で寸断される。物理的には不可能な事である。同様にして、家屋もその均衡を失い歪み、人とてそれは例外ではない。ベオルブと一戦を交えていたB級眷族魔者も同じ事だった。

 だが、それらの痕跡の一切は、そこには存在していなかった。

 空間の消失。

 世界をそのまま食い散らし続けるのかと思った歪曲空間は、自らの均衡すら失ったのか、その身体を急激に縮め、そしてその空間ごと消え去った。

 消え去った空間の隣にあった空間は、消失した空間に引っ張られる様な形で急接近し、そして互いに永遠のキスを交わし続ける事で安定を取り戻したのだ。

 まるで、そこには初めから何も存在していなかったかの様にである。

 そこにいた人々も、家屋も、森も、ファバルーも、全てが全て空間の消滅と共にこの世界から永遠に失われていた。


「……やりすぎ」


 じとっとした目で見つめて、ネイがボソッと言う。

 瞬間、緊張の糸が切れたのか、ベオルブは何を言って良いやら嫌そうに困った顔をした。そしてジロッとネイの瞳を睨み返す。

 だがネイには構っていられないと判断したのか、何かを言おうとした口を閉ざし、ベオルブはすぐにその視線を外してネイをポイッとその辺に投げる。存外な扱いだ。

 だがネイは空中でまるで猫の様に瞬時にバランスを取り、そして何事も無かったかのように華麗に地面に着地を果たした。地を踏みしめる音は全くない。四つ足だったのは本当に猫の様で無様ではあったが。

 それすらも興味無かったのか、ベオルブはそのまま足早に前進しはじめる。小柄なネイの歩幅にして、その一歩は約3倍はあるかというその歩みは、すぐにネイを引き離し、森の奥へと消えていく。一歩踏み出すごとに巨体から繰り出された重量に地面が、ザッザッと悲鳴を上げる。地面は乾いているので足跡はほとんど残らなかった。

 だがネイはそのベオルブを追う事はしなかった。

 じっとベオルブが消えていった先を見続け、微動駄にしない。その顔には今し方に起こった不可思議な事象に何ら関心を持つ事無く、変わらずじとっとしている。睨んでいるかの様な瞳だ。向けられている対称は、間違いなく自分の言葉を無視し、そして空中へと雑に放り出したベオルブだろう。仄かな怒りを灯した瞳だった。

 そのネイの視界に、ヒラヒラと大量の木の葉が舞落ちてくる。歪みの影響で生じた風と、空間の動きを察知しベオルブと同様にその恐怖の世界から逃げ出していった鳥達の身体に乗って上空へと飛ばされたのが、今になってようやく地面にまで下りてきたのだ。

 ゆっくりとした速度で揺れ動く木の葉の演舞に、ネイは意識を向け始める。いや、意識を奪われたと言って良いだろう。既にベオルブの姿はそこには無いのだから、ただ何も無い空間をずっと見続けているのは難しい。意識を奪われるのはごく自然的な事だ。

 だが、それは計画された事だった。




 奇襲にはお約束か、ネイの背後より音も無く忍び寄った知的で獰猛な肉食獣が牙をさらす。体格は少女と比べて十分の一程度なので、少女にとっては尖った二本の犬歯はさほどの驚異とはならないだろう。だが、その矛先が確実に首の頸動脈を目指しているとなれば別だった。食らえば十分に致命傷になりうる攻撃だ。

 瞬間、ふっとネイが横に揺れ動く。顔を横に向け、その視線の先にはゆらりと揺れた葉っぱがたゆたっている。まるでその葉の動きを追う形でネイは自分を襲ってきた敵の攻撃を優雅に躱す。予めその時間その場所に攻撃が仕掛けられるという事を知っていたかの様だった。

 絶妙のタイミングで牙を走らせたにも関わらず、予備動作もなくスッと躱された事にファバルーの小さな顔が一瞬驚きの表情を浮かべる。

 だが、それも一瞬の事だった。

 次の刹那後には、そのファバルーの獰猛な顔に平手打ちの衝撃が襲っていた。

 パァンッ、という透き通った良い音を発した後、ファバルーは木に激しく身を叩き付ける。悲鳴らしき声高でか細い言葉がその口より漏れるが、風が揺らす木々のざわめきにより本人以外には伝わらなかった。

 打撲と打ち身のダメージに混乱しつつある脳を奮い立たせ、ファバルーは再び戦闘態勢を取る。

 用心深いB級眷族魔者ファバルーは相手が子供の姿形をしていたとしても、侮る事はない。見た目で敵の強さを判断していては、弱肉強食の世界では生きてはいけないからだ。動物のそれよりも、魔者のそれは苛酷を強いられる。特にファバルーの様な下級で動物の様な生物体をしている眷族は、同族たる魔者達の主食なのだ。

 それ故に、動物の様な生物体をしているファバルー等は、生き残る為に知能を高め集団で行動する。それはごく自然の摂理だった。

 片方に二本、左右で計四本の牙を外部に剥き出しに威嚇してファバルーがネイを睨め付ける。

 だが彼の出番は暫くはやってくる事は無かった。

 回避と同時に勝手に動いた手でしばいたファバルーに注意を奪われたネイの背後から、音を殺した二体のファバルーが疾走する。囮となっている奇襲をしたファバルーとは違い、木の上からネイの首筋を狙うのではなく、地面を駆け一直線にネイの足へと向かっている。狙っているのはアキレス腱だ。僅かな気配を生む呼吸音を殺す為に止めながら疾走し、噛みつく寸前まで隠し続けた、その奥に潜む四本の凶器が遂に外気に触れる。

 一撃必殺ではなく、一手一手念入りで確実に仕留める事へと戦法を変えたファバルーの攻撃を、しかしネイは再び予備動作も無く、察知した様子すらなく突然にその場を移動していた。

 子供の歩幅で約二歩分、歩み無く移動したネイが振り向きざまにガチリと空気のみを噛んだファバルーの胴に蹴りを入れる。右足を支点に繰り出された左足の回転蹴りを受けたファバルーは、もう一体を巻き込んで地面を三バウンドする。四バウンド目に四肢の先に延びた爪で地面を引っ掻き制止し、一度呼吸を整えた後ネイへと飛びかかった。そのファバルーに巻き込まれて地面を一バウンドだけしたファバルーは、最初に奇襲した一体と同様に威嚇の姿勢を取る。

 飛び掛かり襲ってきた一体とは別に、再びネイの背後から三体のファバルーが出現し、それぞれ首の頸動脈の急所、右手首の脈筋、左足のアキレス腱を狙う。それに加えて正面からはネイの顔面目掛けての捨て身の攻撃が迫る。

 時間差と連携、陽動、更には次の一手迄が巧妙に組み込まれた攻撃を、ネイは何ら動じる事無く、変わらずのじとっとベオルブを睨んだままの表情で迎撃する。速度的には少しすばしっこい動物並なので、音も無く瞬時に威嚇をした一体へと接近し、踏みつける。体重の全てを乗せたその一撃は、しかしネイの身体が小さい事もあって、死に至る程ではなかった。せいぜい身体のあちこちの骨にヒビが入ったぐらいだろう。だが次にそのファバルーを襲った制動と逆加速の踏切の一撃は、ファバルーの胴を潰し中に入っていた内臓をビチャリと周囲に飛び散らせていた。その血の飛沫を浴びるよりも早くに真正面から飛び掛かっていた筈のファバルーの後ろへと到達したネイは、手の甲で叩き飛ばす。パァンッ、という軽快な音が再び木霊し、そしてその後で叩かれたファバルーは木へと勢い良く身を打ち付け、今度は絶命した。


「ちょっと強すぎたかな? まぁ良いか」


 一瞬で二体を退け、背後から襲ってきた三体の真正面に相対したネイはその僅かな時間でボソリと呟き、そして再び駿足の移動をする。

 既に目標としていた場所から標的が移動していた事を当然ながら知り得ていた三体のファバルーだったが、しかしネイの呟きが最後迄終わった瞬間に、ネイがもといた場所に前後を逆にして存在していた事に驚きに包まれる。そして上から順に、パァンッ、パァンッ、とはたかれた空中を移動していた二体は、やはりそのまま慣性の法則通りに木へと叩き付けられ口から血を迸らせる。残った地駆け進んでいたファバルーは咄嗟にその方向を変えたが、その真正面へと周り込んでいたネイの脚撃を受け、同様に地面から身体一つ分上辺りで木に衝突した。声にならない悲鳴で呻いて、瞳と鼻孔から血を流す。


「……美味しいかな?」


 言うが早いか、まだ無傷で様子を窺って隠れていた木の上のファバルーに急接近したネイは、そのファバルーが気付くよりも早く短くて少し堅い毛並みに包まれた首筋へと噛みついていた。

 一瞬何が起こったのか理解出来なかったファバルーは、幸か不幸か、そのまま自分の置かれた状況を明確に理解する事が出来ないまま、虚ろになっていく瞳に輝いていた光を二刹那の間後に消失させる。

 ひからびた仲間の身体を口にくわえ、どうやって支えているのか細い木の枝の上で兎の様に四つん這いになってたたずんでいるネイをファバルー達が発見したのは、ネイの姿が掻き消えてから三呼吸も後の事だった。

 血色に付着した液体が垂れ落ちる牙に囚われていたファバルーの身体が、重力に引かれていく形でネイの口元より落下運動を開始する。それが地面にぶつかる迄の、身も凍る様な短くも長い時間の間、ファバルー達はその一挙手一投足は動かす事が出来なかった。

 パサリ、という乾いたファバルーと地面との衝突音が小さく鳴る。

 刹那、恐怖により理性を失ったファバルー達が我先にと逃走を開始した。

 その理由は簡単だ。ファバルー達は、そのネイという少女の存在を、自分達を食事とする魔者だと認識したからだ。もしくは、それと同様の存在である事を。


「食べ放題♪」


 四方八方にがむしゃらに逃げ出すファバルーを、ネイはニタリとした笑みを口元に浮かべて捕食を開始する。

 手近な所からではなく、逃走経路の真正面に瞬時に躍り出て、先頭の一体を捕獲。手元から口元へと移動をさせられたファバルーの首筋へと牙を突き入れたネイは、そこから液体を吸い上げながら、次の標的の元へと移動する。ネイが最初に出現した場所からは遠く、僅かにだがホッと安心をしていたファバルーの胴が何者かの腕によって捕まれたのは、それからすぐの事だった。既にその時にはネイの口先で息絶えていたファバルーはほぼその体内の液体分を対外へと強制的に排出させられている。次にその場所へと自らが赴く事になる事は、もはや明白だった。助けを乞うたファバルーの悲鳴には、誰も振り向く事は無かった。常日頃から隠れ家として木の中に掘っていた空洞に最初から存在し、そしてずっとそこから動く事の無かったファバルーが、三体目の獲物となる。いったいどうやって見付けたのか、障壁である木の壁へと手を伸ばしそれを破壊したネイは、無理矢理に掴みだした彼の身体へと無造作に噛み付き殺す。体内の血液が吸い上げられ空っぽになったのは一瞬後の事。丁寧にもその隠れ家へと彼を帰したネイは、次の標的を既に決めていたのか、視線を巡らせる事も予備動作も無く移動する。音も無く現れたネイの姿に、そのファバルーは既に自らの命を諦めていた。そして彼は予想通りに幕を閉じる。

 知的であったB級眷族魔者ファバルー達の理性を飛ばし、それ以上の狡猾且つ冷酷なネイの捕食行動は、その場にいたファバルーのほとんどを死に至らしめる迄続いていった。





 ゆうに三十体を超えるファバルーの屍が散乱する中にベオルブが現れたのは、丁度ネイのお腹が満足を覚え初めていた頃の事だった。

 その散々たる殺戮の光景を見て、普段ならばベオルブも一喝は入れる所だが、それをされている相手が魔者であるので、流石に怒喝する事が出来なかった。


「……もう少し、御上品になれないもんか? 仮にも淑女と呼ばれる身なんだろ?」


「後5分経ったらなる」


「今は朝じゃない」


 ベオルブは、疲れた様に言って顰めっ面に頭を押さえた。

 その拍子に、肩に背負っていたズタボロのボロ雑巾の様な何かを落としそうになる。だがすぐにその存在に思い出して、かなり存外にその身体を肩にかけ直す。

 血達磨でベオルブの肩に背負われていたのは、男だった。

 その姿は本当に大きなボロ雑巾と見間違いそうな程に血のべっとり付いている衣服がボロボロでだらしがない。右腕は肩先から複雑に折れ曲がり、肘の辺りで今にも引き千切れそうな程、筋肉と骨が剥き出しになり血を流している。ポタポタと流れ落ちる血の道標は、彼がいた場所から此処までの間にベオルブが通った道筋を表していた。その血も乾くより早く地面に吸い込まれ、後には赤い斑点だけが残っている。半時もすればすぐに分からなくなるだろう。その重傷の右腕以外には、見て分かる部分では傷らしい傷は無い。ベオルブに俯せに背負われた男の顔は、ネイの瞳からは映す事が出来なかった。


「今日の晩ご飯、狩ってきたの?」


「御前と一緒にするな! ……こいつは、あった筈の世界の中心付近に倒れていたんだ」


 あった筈の世界、つまり消え去った空間の事である。

 ベオルブは何も残ってはいないとは思いつつも、念の為に消滅した空間の中心である世界が抱擁した付近へ調べに行き、そしてそこで傷付き倒れていた男を発見した。流石にそのまま放っておく訳もいかないので、もしかしたら空間が消失した理由を知る事が出来るかもしれないという事も含めて、男を回収したのだろう。

 最小限の傷の手当てもせずに、しかも存外に扱っているのは、ベオルブがほとんど彼に期待していない事が伺える。

 それどころか、彼に関わる事が自分が不幸に見回れる事の方を心配している始末だった。

 そんなベオルブの複雑な気持ちを無視して、ネイが思い出した様に手に持っていた食事を貪る。


「間食を取るのも良いが、食べ過ぎると太るぞ」


 瞬間、ネイに加えられていたファバルーの乾涸化が急停止する。

 だがやはり己の内に潜む欲望に簡単に負けてしまったのか、乾涸化の急停止は一瞬の事で、すぐにファバルーは完全に乾涸らびる事になった。

 そして、心の中ではもう止めようと思いつつも、次のファバルーを捕獲している自分に気付く。


「運動しながらだから、大丈夫……かな?」


 キキッ、と泣き叫び喚き、手の中でジタバタともがくファバルーだったが、その奮闘も虚しく残念ながら運命に逆らう事は出来なかった。

 その最後の一匹であるファバルーがネイの口元から離れるのを待ってから、ベオルブはゆっくりとネイの方へと歩き始める。


「もう充分だろ。行くぞ」


「さっきは私の事、捨てて行った癖に」


 言葉を発すると同時に、ネイの瞳が再びじとっとしたものに変わる。


「御前がついて来なかっただけだ。初めからこいつ等が御前を襲ってくる事が分かっていたんだろ? 俺には全く見向きもしていなかったからな」


「それを知ってて、私を捨てていった確信犯が言う台詞としてはあまり面白くない。もっと捻って」


「彼等は本気で貴方様を殺そうとしていました。これより正当防衛が認められ、ネイ様の御食事には何ら罪は問われないでしょう、とでも言えってか? 冗談じゃない。それをさせない為に、俺はこいつ等を食えない様に殺してたんだよ。御前が過食症に陥ってしまわない様にな」


「だから、今晩のおかず」


 ネイは男を指さして、食事を終えたばかりにも関わらず物欲しそうな瞳でベオルブに訴える。


「今日は駄目だ。こいつが死んでしまう」


「ケチ」


「言ってろ。まぁ、こいつが回復してから交渉してみるんだな。こいつが人並みの知識と現実を見る目を持っていなかったら、喜んで御前の申し出を受けてくれると思うぜ」


 ベオルブは勝ち誇った風に男のお尻を叩く。

 その拍子に男の胸元から押し出される様な形で血が噴き出すが、ベオルブが気が付く事は無かった。


「とりあえず、目的の街まで行くぞ。こいつを治療させなければな」


 不愉快に顔を歪めたネイを見て勝ったと言わんばかりに口端に笑みを浮かべたベオルブが、その巨体から繰り出される一歩を全く手加減せずにネイの横を通り過ぎる。


「……待って」


「ん? 食べ残しでもあったのか?」


「うん」


 言うが早いか、振り返ったベオルブの視界内からネイの姿が掻き消える。この速度には、流石に常に戦闘態勢でいるベオルブでもそう簡単には捉える事が出来ない。

 目ではなく、生まれた時より身に備わっていた超感覚でネイの位置を捉えて、ベオルブは視線を向けた。


「まだ生まれたてのファバルーじゃないか。見逃してやれよ」


 事態が理解できていない赤ん坊の俺は、ネイの手の中に収まる程の小さな身体にくっついている顔をキョロキョロと巡らし、辺りの観察を行っていた。その身体は、7、8歳ぐらいの子供であるネイの口の中にも簡単にすっぽりと入ってしまう程だ。そんな赤ん坊の俺に牙を立てたら、それだけで死んでしまうだろう。


「やだ」


 掌の上でちょこんと座っている赤ん坊の俺をつんつんと指先でネイはつついて、キッパリと言う。

 流石にその非常さには耐えきれずに、ネイを見るベオルブの顔が見る見る怒気を孕んでいく。


「可愛いから、飼う。決定事項。私以外の誰にもその決定を覆せない。名前は、バルキリー。格好良いね」


 まるで一人芝居の様に呟くネイに、ベオルブがぎょっとする。

 ネイがそんな慈悲深き事を行うなど、今までに無かったからである。

 同時に、あらぬ疑惑も沸いていた。

 少量の餌さえあれば物凄い勢いで繁殖していく事が可能なファバルーを飼って、効率的に食料を確保しようとしているのではないかと。


「バルキリー・ドラウス、行くよ♪」


 まるで飛ぶ鳥を空へと放つかの様に、空中へとポイッとと放り出された俺は、しかしそれに抗議の声を上げるどころかキキッという歓喜の言葉を発し、そして地面に華麗に着地した。その光景は、先程ベオルブがネイを空中に放り出した時に見せたネイのそれによく似ている。マネしてみた。ネイはそれに喜んでくれて、俺と追い駆けっこを開始した。


「何で俺の下の名前を付けるんだよ……」


 その微笑ましき光景に憮然としながら、ベオルブはネイと新たな同行者の身体を捕縛した。



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