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武限の闘士  作者: 漆之黒褐
刻印Kの監視者
13/28

3-1

「あんた……現実って、いったいどんなものか知っているか?」


 今し方、俺の手に無理矢理渡された少量の金貨が入った袋を見つめながら、俺は男に向かってそんな意味不明の質問を投げかけていた。

 たまたま旅の途中で寄っただけの小さな村で起こっていた、ちょっとした悩みの種。その解決の為の手段を俺が持ち合わせていた事により、その提供を俺は今迫られていた。

 これが、俺のちょっとした運動で解決出来る下級魔者の退治や、旅にあまり差し支えない小遣い稼ぎ程度の別村までの荷物運搬、護衛などといった依頼ならば、俺は二つ返事で引き受けていただろう。

 だが、この村が本当に問題としていた事は、そんな生易しいものではなかった。

 古汚い老人の姿と、雨漏りはいつもの事だと言わんばかりに語っている壊れた古風な家が目立つ、人里からかなり離れた場所にあった小さな村。山の奥に深く入った所にあり、近くには川と呼べるものは無い。自給自足もままならないこの様な場所で彼等が暮らしている意味は、早く言えば重い税収から逃れてきたからなのだろう。有り大抵に言えば、この村は隠れ里だった。

 その名も無き隠れ里に住む者達の代表、恐らくこの村では一番若いのだろう40は確実に過ぎていると思われる男が俺に言ってきた要求は、次の様な言葉だった。


「そいつが欲しい。これで置いていってくれないか?」


 そう言った男が指を指し、まるで子供の様な目で物欲しそうに見付けていた先には、"そいつ"と呼ばれた少女が立っていた。


「……わたし?」


 見た目にはまだ7、8歳ぐらいにしか見えない少女、とりあえずは俺の相棒という肩書きを持っている"そいつ"は、男が言った言葉の意味が分からなかったらしく、首を傾げていた。

 愛らしい瞳と、それとは似つかわしくない何処か無表情に白っぽい顔が印象的な"そいつ"の名は、素体名としては『エルフ』と言う。だが、そんな名前を堂々と使える訳も無く、一般にはネイ・サキュースと名乗っている。

 ちなみに、俺の素体名は『ツェーン』と言い、偽名の方はベオルブ・ドラウスと言う。

 他人の目から見れば、ネイと俺の関係は恐らく父と娘という風に映るだろう。

 自分で言うのも何だが、頑強な肉体を誇り、普通の人よりも頭一つ分以上高い背を持つ傭兵の様な男である俺が、ネイの様な子供を連れて旅をしているという事は、少し珍しい事ではあるが、しかしそれほど珍しい訳でもない。世界を捜せば、100組ぐらいはすぐに見付かるだろう。

 だが、俺とネイは父と娘という関係ではなかった。

 付け足しておくが、男と女という関係でもない。そういう趣味もない。

 大した理由ではないが、しかし列記とした理由があり、俺はネイと旅をしていたのである。

 だから、俺はネイの事を相棒として見ている。

 彼女の方はと言うと……あまり言いたくはないのだが、ネイにとって俺という存在は三食の食事であり、便利な餌ぐらいにしか思っていない。

 これは彼女の口から実際に聞いた言葉である。

 そんな彼女を、この男は売って欲しいと言ってきた。

 俺としては物凄くそそられる内容で、むしろこちらからお金を出してあげても良いというぐらいである。

 だが、流石にそういう訳にもいかないし、それ以外にも決してそれは出来ない理由もあった。


「あんた……現実って、いったいどんなものか知っているか?」


 男が欲していたもの、この村が欲していたものが一体何であるかをすぐに俺は理解していた。

 この村には、次代へ繋ぐ為の手段を既に欠落させている様だった。

 次代へ繋ぐ為の手段、それはつまり子供を産む事の出来る女性という事だ。

 人がまず通る事は無いだろうというぐらいに人里からかなり離れ、そして隠れ里であるこの村が、いつから生存の危機に瀕し始めたのかは分からない。もしかしたら、この村が出来た当初から女性はいなかったのかもしれない。男女の区別のつかない老人ばかりなので、そんな言葉さえ浮かんでくる。

 だが、だからと言ってネイを差し出す訳にはいかないのは言うまでもない。

 もし俺の横にいるのがネイではなく、本当に普通の少女だったならば、尚更彼等に売り渡す事は出来ないだろう。

 それぐらいに、ネイの価値は俺の中ではかなり低い。

 しかし、やはりそれをする事は出来ない。彼等の為にもである。


「あんたらがどれだけ切羽詰まっているのかは、見ればだいたい分かる。だが、一応こいつは俺の大切な娘だ。その大切な娘を、普通売る訳が無いだろう?」


 肩書きとしては相棒だが、世間体を考えるとやはり一番良いのは父と娘という関係なので、俺は嫌々ながらもその言葉を使った。


「……一応?」


 ネイが不満そうに問い掛けてきたが、俺は聞こえない振りをした。


「どうしても……駄目、か?」


「どれだけ頼まれても、どれだけ金を積まれようと、娘を売るつもりはない」


「本当は売りたいくせに……」


 やはり俺は聞こえない振りをする。

 同時に、目の前で俺に頼み込んでいる男がネイの言葉を本気に受け取らない事を心の中で願う。

 俺としては、この件に関してはキッパリとこれで終わらすつもりだ。これ以上の話し合いは愚か、すぐにでもこの村を出ていきたいぐらいだった。勿論、本心は別として。


「でも、不味そうだから私もベルの意見に賛成。ベルの方が絶対美味しい」


 恐らく、ネイが言ったこの言葉は俺以外の奴にはすぐにはピンと来ないだろう。

 実際に、男もいったい彼女が何の事を言っているのかサッパリの様だった。

 要約すると、ネイは「この村にいる人達って老人や痩せた叔父さんばかりで、美味しそうな血をしている人はいなさそう。絶対みんなベルより不味い。だから、こんな所に私を置いていったら、ベルの血を全部飲み干しちゃうよ」と言っている。

 ちなみに、ベルというのは俺の事で、ベオルブという名前を略したところから来ているらしい。そして、ネイの言葉の要約の後半にある文章は、サービスとして俺が付け足させて貰った文である。ただし、これは言葉こそ発してはいないが、俺がもしネイをこの場に捨てていったならば、紛れもなく彼女は報復としてそれを実行するだろう。

 それが、俺がネイをこの村に売る事が出来ない、大きな理由の一つである。


「……ともかく、娘は売れない。諦めてくれ」


 これ以上、しつこく言ってくるなら実力行使をするといった威圧を浴びせて俺は言った。


「それが出来るなら、とっくにそうしている」


「……どういう意味だ?」


 瞬間、何を思ったか、男は突然に懐からナイフを取り出して俺へと飛びかかってきた。

 まるで狂喜に犯され、死に物狂いで突き出してくるナイフを、本能的に油断の出来ない俺は全く動じる事無く横へと躱す。もとは俺の身体があった部分を、遅れてナイフが空のみを斬り裂き通り過ぎる。すかさずその男の手を掴み取り、俺は握力のみで握りつぶした。

 片腕を握り潰され男は、そのあまりの激痛に当然耐えきれず、悶え苦しみ始める。


「っと、やりすぎたか」


「不味そうだから好きにして良いよ。私、こんな血いらない」


「そういう意味じゃない!」


 ネイの人外じみた言動にいちいち付き合っていられないので、俺はすぐに忘れて周囲の状況の再確認を開始した。

 壊れ掛けた家と家の隙間に隠れる様にして見え隠れする老人達。

 だが、戦闘タイプとして創られた素体である俺の鋭敏な感覚は、明らかに見え隠れする老人達の気配とは全く別の異様な気配をあちこちに感じていた。その数は、ざっと二桁ちょい。巧妙に隠れているつもりの様だが、バレバレだ。

 その異様な気配を持つ彼等を発見した事で、俺はこの村が別の問題を抱えていたという事に気が付いた。

 この村は何者かから支配を受けており、その何者かにネイを献上する為にネイを欲したのだ。

 素直にネイを置いていけばそれで良し、そうでなければ交渉をしてきた男が襲い掛かる。そして例え男が俺の殺害に成功しようと、逆に殺されようと、この村を支配している何者かは全く外に出てくる事はなく、そのまま外部の者に知られる事もなくこの村を支配し続ける。ただその監視は影ながら常に行っている。

 効率は悪いが、それだけの周到な知能を持つだけの存在にこの村は支配されているという事か。


「……まったく、俺もお人好しが過ぎるな。良いだろう、この金であんたに雇われてやるよ」


 前後の繋がりを全く無視した俺の言葉に反応して、瞬時に隠れていた何かは動き始める。

 どうやら、かなり頭が回るらしい。

 俺の視線より少し外れた場所にいた老人の身を弾き飛ばしたそいつは、そのまま壁を蹴って俺の方へと疾走してくる。その前から来る奴とは別に、背後から気配を消した奴が一瞬早くに攻撃を仕掛けてきた。

 目の前に注意を向けさせる方法といい、しかも時間差とはなかなか侮れない様だ。

 だが、俺は慌てる事無く横に身を捌く。

 そして相手よりも遙かに間合いの広い腕をその二つの影に突き出した。それは見事に顔面に激突し、そこにあった顔という表情を歪ませる。

 しかしそいつらはそれで活動を停止する事はなく、むしろ好機と感じたのかぶつかってきた俺の腕をガシッと掴み、そしてかぶりついてきた。鋭い牙を突き刺された俺の拳が血の涙を流す。

 その流れ出した血の一滴を、急いで俺の側へとやってきたネイが、あ~んと口を開けて勿体ないという風に地面にこぼれ落ちて吸い込まれる筈だった血の雫の幾つかを必死に口でキャッチしていった。


「……飲むのは良いが、先にこいつらを片付けてからにしてくれ」


「やだ。それ、私の仕事にない」


「一応、生命の危機は俺だけでなく御前にも訪れているんだがな……」


 そのやりきれない怒りを、両拳にかぶりついていたそいつら、B級眷族という下級に属する魔者ファバルーをぶつけ合わせて殺す事で相殺させる。

 B級眷族魔者であるファバルーは、鋭い牙を持つ可愛らしい姿をした小動物である。だが、その体型を風貌とは異なり、狡猾で慎重で高い知能を持っている。好物は女性の肉で、特に成熟しきっていない女性の卵巣を好むらしい。

 下級魔者の中でも、特に質の悪いそのファバルーにこの村は支配されてしまっていた様だ。人里離れた場所にある為、外部に助けを求める事もままならず、俺が気付かなければまず間違いなくその村は滅びる運命にあったと言えるだろう。

 だが、俺がたまたま此処を訪れたという事は、彼等にとっては幸運だった。


「大した相手じゃないが、久しぶりに食わせて貰うぜ!」


 この日初めて、俺の顔から笑みというものが零れ落ちていた。

 そんな俺の高揚に何ら臆する事無く、まるでスプリングの様に壁や地面、更には運の悪い老人達の身体を飛びはね、三体のファバルーが俺へと迫る。先の意表をつこうとした二体のファバルーを暗殺者タイプとするならば、こちらは斥候の第一小隊という所だろう。一番後ろにいる一体を小隊長とし、そいつが発するキキッという命令言葉に反応して部下である他二体がまったく乱れの無い威嚇行動を取っている。だが、ただ俺の意識を攪乱させているだけで、攻撃を仕掛けてくる気配は無かった。

 個体能力では明らかに俺の方に分がある事を悟り、軍隊の様な集団戦術で俺を蹂躙するつもりの様だ。

 それがC級眷族程度の個体能力しか持たないファバルーをB級眷族にしらしめている理由か。

 俺は罠だと分かっていて、あえてその小隊へと突っ込んでいった。

 飛び跳ねていた一体に狙いを定め、拳を振るう。武器を使った方が効果的なのだが、しかしB級程度にわざわざそんな苦労をするつもりはない。それを肯定するかの様に、俺の拳は何ら妨害を受ける事無く、目標のファバルーの身体を一瞬で砕け散らせていた。確認するまでもなく、右足に力を込めて地を蹴り、次の目標への加速を開始する。それは一瞬の間に訪れ、再び俺の拳の上で一体のファバルーがその命を終わらせた。

 その瞬間を狙って、隊長格のファバルーが背後から俺の肩にかぶりつく。身体が大きいため、その行動も大きくならざるを得ない故に俺には隙が生まれる事が多い。勿論、それに対して俺は十分に気を使っているが、それでもファバルーの攻撃を避ける事は出来なかった様だ。

 再び血液を肉体から放出させ、僅かな痛みが俺の脳へと伝えられる。

 しかし俺の行動を止めさせるにはあまりにも貧弱すぎる。

 すぐさま俺は離れようとしたそのファバルーの身体をガシッと掴み、そのまま握りつぶす事でそいつの生命活動を終わらせた。

 だが次の瞬間、第二の敵が遂先程傷つけられたばかりの俺の肩へとかぶりついていた。

 そしてジュルジュルという嫌な音を立てて、物凄い勢いで俺の体内に流れている血を吸っていく。

 俺は、一瞬にしてその傷口近辺にあった血を吸われ尽くされていた。

 急激に血を失った事によるショックと酷い激痛が俺の身を襲う。同時に肩より先の一切の感覚を俺は失っていた。

 だが、それによるダメージよりも、どちらかといえばやるせない疲労感の方が俺にはとても大ダメージの様に感じていた。

 そして、疲れた顔で言う。


「ネイ……どさくさに紛れて俺の血を吸うな」


 そう、俺の肩にかぶりついて、その傷口から大量の血を奪い、今まさに俺を窮地へと追い込んでいたのは、相棒のネイだった。

 そのネイの頭をファバルーの肉片がまだこびりついている吸われていない方の腕でガシッと無造作に掴んで、そこから引き剥がす。


「毒が混じっていると危ないから、吸い出してあげたの♪」


「嘘を吐くな、嘘を。その顔は毒の混じっていなかった美味しいままの俺の血をたっぷり堪能して満足した顔だ」


 言って、俺はネイの頭をグリグリといびった。

 うぁああああ……と呻いて、ネイがその痛みに嬉しそうに快感する。

 しかしすぐにある事に気が付いて、俺の方をジロリと睨み始めた。


「髪が汚れた……」


「俺のダメージに比べたら何でもない」


「掠り傷の癖に」


「否定はせんが、痛い事には変わらん」


「すぐに治る肉体的ダメージより、私が受けた心の傷の方が大きい。将来、二重人格者になるかも……」


 それ以上の言葉を全て聞き流して、俺は戦闘に戻る事にした。

 のほほんとしたネイとのずれた会話の間にも、俺は全く油断はしていない。第一小隊の敗北を予め予定されていた事の様に落ち着き払った動きで、視界外で陣形を変えていく奴等の気配を俺は完全に察知している。前方左に9体の第一中隊、右に9隊の第二中隊、背後に回り込んだのが27体の一個大隊、そして本体と思われる気配がそれらより離れて左より100体近くの一個師団が生まれていた。しかも、その離れた一個師団の他に、全方位から次々と気配が現れ、小隊、中隊、大隊という風に隊を大きくさせ、新たな一個師団を形成しつつあるのが感じ取れた。

 敵の数は思ったよりも多いらしい。

 そして敵は個である俺とネイに対して、圧倒的な数と持久戦によりこちらを蹂躙するつもりの様だった。


「……ネイ、覚悟をしておけよ。場合によっては、御前にも働いて貰わなければならないかもしれない」


「やだ」


 そのネイの痛恨の一言を合図として、一斉に計45体のファバルーが俺だけに攻撃を仕掛けてきた。

 まるでネイと意志疎通をしているのでは、と思ってしまうその見事なタイミングの良さに、俺は一瞬ネイを殴り飛ばしそうになった。

 勿論、そんな事は決して出来ない。

 何故なら、俺とネイが本気でぶつかれば、完成体である俺よりも未完成体であるネイの方が強かったからだ。

 それは、相性及び個体能力両方から言って、ほぼ確実な事だった。

 もっとも、その事実をまだ目覚めて8年近くの歳月しか生きていないネイは知る由も無い。

 務めて平静を装って、ネイを殴りつけようとした俺の拳を、最初に俺のもとへと辿り着いたファバルーの身体へと叩き込む。

 瞬間、殴られたファバルーの身体が四散した。その飛び散る肉片は、嬉しくもネイの身体に降り注ぐ。何となく気分がスッキリした。

 その俺とは別に、不機嫌になったネイの瞳が俺の瞳を覗き込もうとする。

 だが、俺はその瞳から視線を外して、無理矢理視界内からネイの姿を消し去った。

 ネイが持つ能力の一つ、『魅惑の邪眼』を受けてしまっては、俺だけでも勝てる戦いもネイだけが生き残る吸血ショーに変わってしまうからだ。本人は恐らくその能力にはまだ気付いていない様だが。

 気を取り直して、俺は向かい来るファバルーに拳を振るう事でネイの事を頭から忘れ去ろうとする。

 まるで風船が割れるかの様に爆発して死に絶えていくファバルーの屍の山が地面に雨霰と降り積もっていく。様々な動きを駆使して俺の目を翻弄させ様としているファバルーだったが、俺にはほとんど効果はない。無駄な動きばかりして虚をついてくる攻撃では、ただ殺す事のみに集中した俺の真っ直ぐな意識を惑わせる事は出来ない。必殺の拳を絶対の域で繰り出してさえいれば、虚の攪乱は無意味だからだ。

 なまじ知能が高い故に、その事に気付く事が出来ないでいるファバルーは次々と俺の拳の餌食になり、そして命を散らせていく。

 作業の様な時間が流れていった。

 だが、それが最後の一匹まで続くのだろうかと思い始めていた瞬間、俺の身を突然に初めて感じる強烈なプレッシャーが襲い掛かった。

 全身の毛が逆立ち、勝手に引きずり出されていく様に筋肉が強張り、そして硬直する。

 明らかに、ヤバイ事が起こりつつあるのが分かった。

 咄嗟に俺はきょとんとしているネイを拾い上げ、そして全力でこの場から逃走を開始した。

 すぐに腰に抱えているネイが、まるで休日の日にとても楽しみにしていた所へ行こうと約束していた事を直前になってキャンセルされた子供の様に、抗議の声を上げ、どさくさに紛れてまた俺の身体に牙を立てて血を吸い始めるが、俺は無視をする。

 そんな事には構っていられないぐらいの、本当にヤバイ事が其処に起こりそうな予感がしたからだ。

 そうして数秒後。

 巨体故に歩幅が広く、そして意外に足の速い俺が結構な距離を其処から稼ぐ事に成功していた瞬間。

 大地に立っている事さえ困難な程に世界が揺れ、それまでいた村を含むその辺り一帯に、強烈な"歪み"が発生した。

 空間を無理矢理にねじ切り曲げ、そこにある物を物理法則を全く無視した力で押しつぶすもしくは広げてゆきながら、その"歪み"は更に成長をして範囲を広げていく。巻き込まれた世界は完全に外部との関係を失い、別次元の、いや次元の固定さえされていない複雑怪奇な歪曲空間に支配され、本来は見えない筈の安定しない世界の中で朽ちていった。


「これは……」


 その後の言葉を発する事を忘れてしまう程に絶句し、俺は目の前に広がっている世界を呆然と見続ける事しか出来なかった。

 【冥】属性。

 空間を司り、歪みの力とされる兇悪無比な力を持った未だ謎にベールに包まれたままの魔法属性の一つ【冥】という属性の恐るべき力を目の当たりにして、俺は恐怖を感じぜずにはいられなかった。

 もし、俺がまだあの村にいたならば、俺もネイも例外なくその"歪み"に巻き込まれ、死していただろう。

 それは、幾ら強靱な肉体を持ち、人並み外れた力と可能性を持った素体であっても問題ならない程に、力の次元が違う"歪み"だった。

 

「……いったい、何が起こったというんだ?」


 そう言った俺の視界の中で、そのまま全世界を貪り尽くし始めるのではと思われたその"歪み"は、突如としてその世界を収縮していった。





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