第二話 起の舞-3-
振り返り、見上げてきた水色の双眸と、目が合った。邪気を知らないような透明意な瞳は、闇の中でも空色に輝いている。
「おい」
自分の姿を映し出すその瞳は何処か焦点が合っておらず、取り敢えず彼を現実に引き戻す為に詩来は声を掛ける。
「…え?」
苛立ちすら沸き起こる長い沈黙の後、返された反応はたったそれだけだった。
あまりにも無防備で間の抜けた様子に、怒鳴りそうになるのを詩来はなんとか堪える。
「あ…助けてくれて、ありがとう」
「・・・・・・・・いや」
なんと絶妙なタイミングか。
心からの感謝の言葉に、詩来はぶつけようとした言葉を呑み込まざるを得なかった。
「あの、君…」
立ち上がり、言葉を発しかけた青年を、しかし詩来は掌を向けて牽制する。鋭さを増した黄金の瞳が用心深く周囲を薄墨に塗り潰す闇を彷徨い、唐突に踵を返して歩き出してしまった。
背後の気配は、多少の躊躇いを見せながらも程よい距離を保ってついてくる。詩来にとっては毎日の様に歩いている森なので慣れた道ではあるが、後ろの青年にとっては鬱蒼と茂る葉の狭間から洩れる満月の光だけでは世界を照らし出す灯りとしては些か心許無いのか、整備されていない獣道に張り出した木の根や自由奔放に転がっている岩などに足を取られているのが、時折背後から響いてくる間の抜けた声で容易に知れた。




