第二話 起の舞-1-
満月に照らされて地面に落ちた影が長く伸びていた。その影を凝視していると、呑み込まれるような錯覚を覚えてしまう。
――近寄らないで!その瞳で、私を見ないで…ッ。
悲鳴に近い声で、そう叫んでいた母を最期に見たのはいつだったか。
――どうして、こんな子、生んじゃったんだろう…。
幼い心には重過ぎた拒絶の言葉。
その時、知った。
母は、自分を愛してはいないのだと。
自宅の縁側の柵に両腕を預け、闇に沈む世界を見つめるその唇から僅かな吐息が漏れる。
こんな満月の夜は、嫌な事を思い出してしまう。
夜空に漂う支配者と同じ色をした金色の瞳が細められる。
突きつけられた言葉は、あまりにも重くて。喉まで出掛かって、それでも、言えなかった言葉がある。
母さん。生まれてきて、ごめんね。
「…馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てるように呟き、頭が振られれば後ろで一つに結わえられた絳色の長髪が揺れる。ココアでも飲んで寝てしまおうと、踵を返しかけた詩来の耳が微かな音を捉えた。
「…何だ?」
足を止め、詩来はその黄金の瞳を細めて暗闇に沈む世界を注意深く観察する。
世界を震わせた声。それは、人のもののように聞こえた。
「―――…ッ」
再度、響いた声。研ぎ澄まされた聴覚は、今度は確かな音としてそれを拾った。
「悲鳴…?」
夜も更けた時間帯に、目の前に広がる深い森の中から悲鳴が聞こえてくる。




