4.妄想学園松木とうた
先輩と私は、付き合って三年になる。
それは遡ること、桜が舞い踊る中学校の入学式。
その頃から暴君と名高かった外岡先輩のグループにいる、控えめな先輩に私が一目惚れをしたことからはじまった。
「好き」という言葉を三十回くらい言ったところで先輩が、
「好きの安売りをしない方がいい」って優しく諭してくれた。
そうだなぁ、と思って、今度は、
「大好き」という言葉を三十回くらい言った。そしたら先輩が、
「大きいを付けたところで、あまり変わらないよ」って教えてくれた。
好きよりも、大好きの方が気持ちがいっぱい込められている気がしたけれど、
先輩には通じなかったみたい。
だから今度は、
「愛しています」って伝えた。
「気持ちが重い」って言われ続けた。
「結婚してください」って言うと、
「うっとうしい」と言われた。
いつも通り休み時間の度に顔を出していた私は、お友達から猛者と呼ばれていた。
普通は、他学年の、しかも二つも上の先輩の教室に、一人で乗り込むことってすごく勇気がいるみたい。そんなの、先輩を見るだけで毎日幸せな私にとって、障害にもならなかった。会いたかったら、会いにいけばいい。
例え男子トイレに逃げ込まれても、体育の前で着替え中だっても。
もし妄想学園に入ってた頃だったら、コル.先生も一緒に覗いてくれたかもしれない。以前覗こうと思ってドアに手をかけた時、コル.先生と手が触れ合ったことがあったもの。
外岡先輩に“松木のフン”と言われながらも、私はずっと先輩のことを追っていた。
高校だって、先輩と同じところに行くために、必死で勉強したんだもん。
そんな関係が、一年続いた頃、気がつけば私と先輩は付き合ってた。
好きとも、愛してるとも、結婚してくれとも言わなかったのに、それは突然やってきた。
入学して、桜が散り、夏が来て、紅葉が色づき、冬が訪れ、新しい年を迎えた。そして、恋人達のイベントの数週間前。
「ねぇ、先輩。チョコレート好き?」
「嫌い」
「じゃあ、ココア好き?」
「砂糖入ってないのなら」
「うーん。マシュマロは? 好き?」
「甘いもの嫌い」
「ねぇ、先輩」
「なに?」
「私のことは?」
「好きだよ」
「もー、先輩って好き嫌い激しい……ってあれ?」
聞き間違いかと思って、雑誌から視線を上げると、先輩はいつもの澄ました顔だった。外岡先輩といる時と何も変わらない、笑うと八重歯が覗いて可愛いのに、あまり笑わない先輩。殿は俺様だって嫌そうに言いながら、すごく仲の良い、私の大好きな先輩。
「ほんとに?」
「なにが?」
「先輩、私のこと……」
「好きじゃなかったら、今頃被害届出してる。それくらい酷いって、そろそろ自覚してくれないかな」
そんな会話からはじまった私たちの付き合いは、高校生になっても変わらなかった。
「七不思議?」
お昼の放送を聞きながら……あ、また工藤パパだ。大丈夫なのかな、幽体離脱しすぎると、元に戻れないって聞いた事があるけれど。最近よく代わっている気がする。最後のシメが、
「工藤結花と付き合いたいヤツは、この俺を倒してからにしろ!」
なので、よくわかる。
既に空気と化している私は、先輩の前の席の人から椅子を借りてお弁当を広げていた。外岡先輩たちもいるけれど、外岡先輩たちにとって、私がいることは気にも止めない存在らしい。中学校からずっとこの調子だからなのか、私が先輩のフンだからなのか。
「そう、七不思議。うたは知ってる?」
私の名前は歌歩と読むのだけれど、先輩はうたって言う。
そう呼ぶのは先輩だけ。
だから私は、うたって呼ばれるのが好き。
「用務員の有働さんが、ウシって呼ばれてる理由とか?」
「……黒毛和牛からだろ。そんなの、周知の事実だ」
「んー、もり学園長の背がまだ伸びてること?」
「まじで!?」
「うそだろ!!」
先輩と外岡先輩は驚いていないのに、他の先輩達は驚いている。
「うた、それは七不思議じゃなくて、単に朝身長計ったから」
「そうなの? 髪が元気になった証拠だって、もり学園長喜んでたのにね」
つまんないと言いながら、かにさんウインナーをつつく。
フォークの先が手にあたって、ひとつもげて落ちた。
「七不思議、一年ではまだ聞いた事ない?」
「んー、そんなに話題にはなってないんだよね。コル.先生が、実は日本語流暢とか、首つりの木とか、丹羽先輩に彼女が出来たとかかなぁ」
そう言い終わると、大きなお弁当を持った先輩達が次々に立ち上がる。
先輩と外岡先輩は驚いていないのに、他の先輩達は箸を追ってしまうほど驚いていた。
「許せん、丹羽の分際で!」
「くそ、末代まで呪ってやる!!」
「リア充は爆発しろ!」
佐々木先輩が怒りに震えているので、思わずくすくす笑う。
「やだぁ、佐々木先輩。爆発したら飛び散った内臓集めるの大変じゃないですか。爆発しそうな人みたら、ちゃんとゴミ袋でカバーしないと駄目ですね。後片付け楽だし」
にこにこ言った私とは反対に、固く口を閉ざした先輩達は次々と箸を置いて座る。
まだお弁当が残っているのに、蓋までしてしまった。
「うたは想像力が豊かだな」
「そんなことないよ。事実だよ!」
微笑んで頭を撫ででくれる先輩に、私もにっこり笑い返す。
先輩大好き。うざいって言われても、一度死んで馬鹿を直して来いと言われても、優しいし大好き。ずっと、先輩の隣にいたいな。
「……前から思ってたけど、松木が歌歩ちゃんと付き合ってるの不思議だわ」
「俺も同感。松木って俺らの中で一番普通だよな」
「多分な」
「いや、殿の親友をかれこれウン十年続けている時点で普通ではない!!」
声高々に宣言した先輩達を、外岡先輩は笑顔でチョップしていた。その音が肉同士がよじれる音に似ていて、私はつい楽しくなってしまう。
先輩達は楽しい。
きっとそれは、私の大好きな先輩のお友達だからだ。
「あれ有名だろ? 尾野先生の偽チチ疑惑」
外岡先輩が黙々とお弁当を食べながら言い放つ。
食べ方もワイルドな外岡先輩のお弁当は、今日も日の丸だ。すてき。
「よせて上げるだけで、そんなにサイズって変わるものか?」
「バカ言え。俺、ねーちゃんのブラみて詐欺だと思ったぞ、あのパッドは騙される」
「馬鹿はお前等だ。サイズが変わるんじゃない、見た目が変わるんだ!」
なぜかおっぱい話に火がついた先輩達は、尾野先生のチチには夢がつまっているだの、希望がつまっているだのと、楽しげに話をしていた。
「…………夢も希望もつまってるわけないじゃん。おかーさんペチャだし」
ぼそりと呟いた一言は、本物だ、半分嘘だと議論している先輩達には届かない。
目の前の先輩は、口元に指を添えて、黙っていなさいと目で私を諭した。
尾野 歌歩、十六歳、高校一年生。
どうやら貧乳は、遺伝しないものらしい。