不思議喫茶 菓恋が紡ぐ夏恋語り
あきら十六歳〜いちごのかき氷〜
照りつける太陽と汗だくになるほどの暑さの中、セーラー服姿のあきらはとぼとぼ歩いていた。
そんなあきらの目の前にレトロな雰囲気の小さな喫茶店が現れた。看板には『菓恋』と書かれている。
『こんなところに喫茶店なんかあったっけ?』
首をかしげながら恐る恐る入ってみる。すると、そこで待っていたのは、メイドさんだった。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
あきらは顔を引きつらせながら、回れ右をする。
「お邪魔しました」
「いや〜ん。待ってください。お嬢様」
「いえ。いいです」
「そう言わずに〜」
あきらはメイドさんに腕を掴まれ、強引に席に座らされた。
「ここは、お嬢様のように思い悩んだ方のみに扉が開く摩訶不思議な喫茶店菓恋。ゆっくりしていってください」
メイドさんは、そういうとあきらが座るテーブルにあるものを置いた。
「いちごのカキ氷」
メイドさんはにっこりと笑い、あきらは怪訝な顔で彼女を見上げる。
「頼んでないんですけど」
「この夏からはじめた願いの叶う不思議なかき氷です。ぜひお試し下さい」
下げようとしないメイドさん。
あきらは視線を戻し、いちごのかき氷をじっと見つめる。
いちごのかき氷はあきらの大好物。
夏になると、必ず幼馴染の翔といっしょに作って、食べていた。
いつも氷を削るのはあきらの役目。
その姿を翔が面白そうに見守るのが定番となっていた。
しかし、今年は少し違っていた。
『なぁ、あきら』
『何?』
『俺たち、付き合おうか』
かき氷器の取っ手を回すあきらの手が止まった。
しかし、何事もなかったかのように笑いながら翔の背中をバンバンと叩く。
『冗談でしょ? ああ~。びっくりした』
あきらの反応に翔は何も言わなかった。
でも、机の上に立てた片腕に頭をよりかからせ、あきらの横顔をせつなそうに微笑みながら、見上げ続けていた。
あきらはスプーンを手に取ると、かき氷を一口、口に放り込んだ。
口の中に広がる甘さと氷の冷たさ。その刺激にあきらの心の糸が切れた。口に入れるたびに、涙が溢れ、止まらない。
『あきら。今、連絡があったの。翔くんが車にはねられたって…』
母の言葉を思い返す。帰宅途中の死だった。
さっきまで、かき氷を食べていたのに、死んだなんて、そのときは信じられなかった。
パクパクと音が聞こえそうな勢いであきらは、かき氷を食べる。
そのせいで頭にキーンとした痛みがはしり、手からスプーンが零れ落ちる。
そして下を向いたあきらの食いしばった口から言葉が漏れた。
「戻ってきて。翔。私、翔に言いたいことがあるの。今の関係を壊すのが怖くて『あのとき』言えなかったことがあるの。お願い。戻って。戻ってきてよ! 翔ー!」
あきらの叫び声が店中に木魂する。
涙がかき氷にぽつりぽつりとふりかかり、溶かしていく。
すると、あきらの頬に誰かの手が触れた。
彼女の瞳から流れ落ちる雫をそっと拭う。
その温かさにあきらが顔を上げてみれば、目の前には困ったように笑う翔が座っていた。
「あきら」
目の前に突然現れた翔。
『死んだはずなのに』とか、『一体どうやって』とか疑問はあったが、そんなことはどうでもよかった。数秒後、あきらは立ち上がり、バッチーン!という見事な音が響き渡った。
叩かれるとは思ってもみなかった翔は眼も口も大きく開いてあきらをぽかーんと見上げている。
一方、あきらは拳を握り締め、泣きながら、怒っていた。
「なんでよ。どうしてよ。どうして死ぬの? 私を置いて。どうして!」
涙ながらに訴えるあきらにこらえきれず翔はテーブル越しに彼女の身体を強く抱きしめた。
「ごめん」
あきらも翔の背に腕を回し、しがみつく。
「翔が好きなの。臆病で言えなかったけど、ずっと前から好きだったの。だから、行かないで。そばにいて!」
「…ごめん。あきら」
謝る翔の身体が透けていく。別れのときが近づいていた。
「やだ。いや。いや!」
泣き叫ぶあきらに翔は風のように触れるだけのキスを贈る。翔は瞳に涙を浮かべていたが、うれしそうに微笑んでいた。
「俺もあきらが好きだ。ずっとそばにいたかった」
そして、再び抱きしめると、あきらの耳元で最後の言葉を囁く。
「いつまでも、あきららしく生きて」
そういうと翔は霞のように消えていった。
まるで始めから、いなかったかのように。跡形もなく。
いちごのかき氷はすっかりいちご水となっていた。
翔が消え、あきらはしばらく呆然としていたが、おもむろに乱暴にテーブルの上の器を引っつかむと、それを一気飲み始めた。
ゴクゴクゴクッとのどを鳴らし、飲み干した後、ドンと器を置いた彼女の顔に、もう涙はなかった。
ずっと見守っていたメイドさんに礼を言う。
「ありがとう。もう大丈夫」
メイドさんは、そんなあきらを満面の笑みで見送る。
「お嬢様のこれからを応援していますわ」
メイドさんの開けた扉から一歩外へ踏み出したあきらは、そのまま振り返らず前に向かって、歩き始めた。
『いつまでも、あきららしく生きて』
大切な人の大切な願いを胸に。
完
このお話は夏とかき氷をイメージして作りました。とても短いお話ですが、楽しんでいただけたなら、とてもうれしいです。