婚約破棄? やれるもんならやってみなさいよ
果たして(アルベルトは)ざまぁ出来るのか。
「イザベラ! 僕は君との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業を祝う夜会。
華やかな音楽が流れる大広間に、王太子アルベルトの声が響き渡った。
突然の宣言に、貴族たちの視線が一斉に集まる。
アルベルトの正面に立っていたのは、彼の婚約者であるイザベラ・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢。
艶やかな金髪に、意志の強そうな切れ長の瞳。すらりとした長身に、深紅のドレスを纏った美しい令嬢である。
イザベラは手にしていたワイングラスを給仕に預けると、目の前の婚約者をじろりと睨んだ。
「は? 何よいきなり」
「こ、婚約を破棄すると言ったんだ!」
イザベラは腕を組んだ。
「……で、理由は?」
その言葉に、アルベルトは胸を張って答える。
「良いかよく聞け! まず、君は気が強すぎる!」
「はい?」
「君はいつも僕に対して高圧的だ! 気に入らないことがあるとすぐ怒鳴るし、何かにつけて僕を殴るじゃないか!」
「怒鳴ってないし、口で言っても聞かないからでしょうが」
「ほらまたそうやって! それに君は絶対に謝らない! いつだって謝るのは僕の方だ!」
「当たり前でしょ。悪いのはいつもあんたなんだから」
「そういうところだと言ってるんだよ!」
アルベルトは顔を真っ赤にした。
「僕は王太子なんだぞ! 少しくらい敬意を払ってくれてもいいじゃないか!」
イザベラは鼻で笑った。
「敬意?」
「なっ……!」
「じゃあこっちも言わせてもらうけどね。あんたは昔っから優柔不断で、何一つ自分で決められないじゃない。なのにいつも口だけは一人前。何が王太子よ」
「な、なにおう……!」
「それに自分で言ったことを全然守らない。この前も、これから毎日一日三時間剣術の稽古をするって言って、三日も続かなかったじゃない」
「だって、あの日は雨が降ったから……」
「そうやって直ぐ自分に言い訳して」
イザベラが一歩踏み出すと、アルベルトが一歩下がった。
「……それに、昔っから男尊女卑なのよね。男はこうあるべきだの、女は男を立てるべきだの。古い。そのくせ自分の事を棚上げして権利ばっかり主張する」
「ぼ、僕は王太子としての威厳をだね……!」
「威厳? どこにあんのよそんなもん」
「ぐっ……!」
アルベルトは言葉に詰まった。
イザベラはそんな婚約者を見下ろすと、口の端を吊り上げた。
「で? 婚約破棄だっけ?」
「あ、ああ! そうだ!」
「いいわよ」
「……え?」
「やれるもんならやってみなさいよ」
イザベラは不敵に笑った。
アルベルトは唾を飲み込んだ。今日のために準備はバッチリしてきた。今日こそはこの女にギャフンと言わせてやる。
「よし、ならば正式に婚約破棄の書状を提出してくれ!」
「は?」
「婚約は両家の正式な取り決めだからね! 解消するには書面での手続きが必要だ! 君が書状を用意してくれれば、僕が父上に提出しよう!」
「……何であたしが書くのよ。婚約破棄したいって言い出したの、あんたでしょうが。だったらあんたが書きなさいよ」
「い、いや! そもそも婚約破棄の原因は君にあるんだ! だから君が書くべきだろう!」
「はあ? あんたが言い出したことじゃない」
「だから! 君がもっとお淑やかで、僕を立ててくれる女性だったら、こんなことにはならなかったんだ!」
「あっそ」
イザベラは肩をすくめた。
「じゃあ一文字につき金貨百枚ね」
「……は?」
「書いてほしいんでしょう? だったら一文字につき金貨百枚。それなら書いてあげてもいいわよ」
「なっ……! そんな大金、出せるわけないだろう!」
「じゃあ書かなーい」
「イザベラ!」
「だって嫌だもん。何であたしがあんたのために面倒な書類を書かなきゃいけないのよ」
「くっ……せめて十枚にまけろ!」
「嫌でーす。じゃあ婚約破棄はできないわね。残念でしたー!」
「ぐぬぬ……!」
アルベルトは拳を握り締めた。
「……それならしょうがない。僕が書く」
「勝手にすれば?」
「では正式に書状を書いて、明日持って行こう。後悔しても遅いよ? 謝るなら今のうちだよ?」
「ってか、持ってきても受け取らないわよ」
「は?」
「だから、受け取らないって言ってんの」
「ず、ずるい!」
「残念だねえ。あんたは一生私に虐げられて、いじめられるの。困ったわねぇ?」
「ぐぬぬぬぬ……!!」
アルベルトの顔が真っ赤になった。
周囲の貴族たちは、固唾を呑んで二人のやり取りを見守っている。
いや正確には、露骨に呆れた顔をしている。
「大体、そんなこと言ってどうせ書かないでしょうが」
「な、何を根拠に!」
「今まで一度だって持ってきた事無いじゃない。それどころか前に私が一回持ってきた時、『僕が悪かったから捨てないで〜!』って、書状を破り捨てたこともあったわねぇ」
「な、何年前の話だ! 今度こそやる!」
「へえ?」
つん!
「いたっ!?」
イザベラの指が、アルベルトの脇腹を突いた。
「このくそアマっ……!」
「何が婚約破棄よ。口だけ王太子!」
つん! つん!
「いたっ、普通に痛い!!!」
「ほら謝れ。調子に乗ってすいませんでしたって。デュクシ! デュクシ!」
「くそっ、僕は王子だぞ! 誰かこいつをひっ捕えイテッ! やめて、やめて下さい!」
アルベルトは脇腹を押さえ、うずくまって亀のように身を丸めた。
「……せんぱーい。メイ、もう帰っていい?」
少し離れたところから二人の様子を見ていた少女が声をかけた。
メイ・フォン・ハルトマン伯爵令嬢。
小柄な体格に、愛らしい顔立ち。栗色の髪を肩のあたりで切り揃えた、王立学園の下級生である。
彼女は長々と続く二人のやり取りを、腕を組んで眺めていたが、とうとう我慢の限界に達したらしい。
二人が振り返る。
「メイ、どうしたいきなり?」
メイは深々とため息をついた。
「どうしたじゃないですよ、せんぱ……アルベルト殿下。メイ、今日ここに何しに呼ばれたんでしたっけ?」
「え? そ、それは……」
「『婚約破棄する時、紹介するから隣にいて』って言ってましたよね?」
「そ、そうだね」
「そうだねじゃないですよ。いつになったら呼ばれるんですか? メイも暇じゃないんですけど?」
「う、うん……」
メイは面倒くさそうに手を振った。
「私、殿下が困ってるって言うから引き受けてあげたんですけど。それなのに、何? 書類をどっちが書くとか、受け取るとか受け取らないとか、挙げ句の果てに脇腹つついて遊んでるし」
「いや、僕は真剣に……!」
「はいはい」
メイは心底呆れた顔をした。
「痴話喧嘩なら二人の時にやってもらえます? くっだらないから」
そう、メイはアルベルトの新しい恋人などではなかった。アルベルトが協力を頼んだ学園の後輩だったのである。
婚約者以外の女性を伴って婚約破棄を宣言すれば、イザベラが反省して謝るのではないかという画策である。
「……ちょっとアルベルト。あんた、メイに何て説明したの?」
「い、いや、その……」
次の瞬間。
ゴツン!
「いってええええっ!?」
アルベルトの頭に、容赦のない拳骨が落ちた。
「関係ない子を巻き込んでんじゃないわよ!」
イザベラは再びアルベルトを睨んだ。
「何? あたしと婚約破棄して、メイと結婚するつもりだったわけ?」
「い、いや! 別にそういうわけじゃ……!」
「ふうん?」
イザベラはメイを見た。小柄な体格に幼く可愛らしい顔立ち。目上の人間に対しても物怖じしない生意気な態度。
「アルベルト殿下は昔っから小さくて可愛い子が好きだもんね」
イザベラは口元を歪めた。
「このロ◯コン」
「イザベラ!!」
アルベルトが叫んだ。肩で息をしながらイザベラを睨みつけた。
「僕は王太子だ! これ以上の侮辱は許さないぞ!」
「…………」
イザベラはアルベルトを見つめ、すっと右足を引いた。
バシッ!
「いってええええっ!!」
鋭いローキックが、アルベルトの太腿に炸裂する。
「な、何するんだよ!?」
「王子王子って、他に自慢出来ることないの?」
「…………っ!」
イザベラが近づくと、その分だけアルベルトが下がる。
「もう一回言ってみなさいよ」
「い、いや……」
「言え」
「…………」
イザベラが再び右足を引く。
「ご、ごめんなさい! 私が悪かったです!!」
「分かればいいのよ」
アルベルトは即座に頭を下げると、イザベラはそれを見て満足そうに頷いた。
メイはそんな二人を見比べると、深いため息をついた。
「……メイ、もう帰るね」
「ええ。ごめんなさいね、付き合わせちゃって」
「良いけど二度と呼ばないでね」
「もちろんよ」
メイはくるりと背を向け、んじゃ、とその場を立ち去った。
その一部始終を見ていた貴族たちも苦笑した。
「……またやってるよ、あの二人」
「まったく、相変わらずですなあ」
「殿下も懲りませんねえ」
幼い頃から婚約者として育てられてきた二人。
アルベルトが余計なことを言ってイザベラを怒らせ、最後は必ずアルベルトが謝る。それがもう十年続いている。
そして、そんな二人の様子を会場の奥から眺めていた人物がいた。
国王である。
「……やれやれ、またやっておるわ」
国王はワイングラスを傾けながら笑った。
隣に控えていた宰相も、苦笑いを浮かべる。
「しかしよろしいのですか? あのように人前で殿下が……」
「構わん構わん」
国王はひらひらと手を振った。
「アルベルトは昔から優柔不断で、どうにも頼りないところがある。あれくらい気の強い嫁がいた方が、ちょうどよい」
「はあ……」
「それに見てみろ。あのイザベラの堂々たる振る舞いを。誰が相手でも一歩も引かず、自分の意見を押し通す。実に頼もしいではないか」
「確かに、威厳は誰にも負けませんな」
国王は満足げに頷いた。
「イザベラがおれば、次の王家も安泰よ」
こうして、王立学園の卒業を祝う夜会は幕を閉じた。
王太子アルベルトによる婚約破棄の書状は、その後も一度も提出されることはなかった。なんだかんだで仲良く暮らして、貴族や平民からも末長く愛されましたとさ。
めでたし、めでたし。
ひょ、評価が低すぎるっピ……! 平均5ポイントちょいって……
そんな中、10ポイント入れてくれた方はありがとうございます。勿論2ポイントの人も同じくらいの感謝を。リアルリア充が鼻につくのか、暴力系ヒロインが流行らないのか、はたまた作者がムカつくのか教えていただけると非常に嬉しいです。どんた感想でもお待ちしております。




