15:かつては世界的な犯罪者だったあの女性を、ふらりと訪ねてみる。
016
十六日。パーティーの前日。
俺はヨーロッパ風の大邸宅の前に立っていた。昔と大して変わっていない。
警備員に近づいて、更屋敷双葉のところへ来たと伝え、彼女の名刺を見せた。中に通された。
邸宅の中には曲がりくねった車道があり、その中央には噴水が立っていた。脇には息をのむほど美しい花畑が広がっていた。
「ずいぶん変わったな……」
お嬢さまの車が並んで停まっているのをちらりと見た。全部高級車だ。見覚えのある車もあれば、なくなったもの、新しく加わったものもあった。
邸宅の玄関へ向かって歩き出したが、数歩も行かないうちに、小さな女性が花に水をやっているのが見えた。その隣には、肩くらいまでの青い髪をした表情の乏しいメイドが立っていた。
俺は近づいていった。
彼女はやはり、俺の知っているお嬢さまのままだった。肩までの紫の髪の女性。右目には眼帯をし、左目には片眼鏡。黒いシルクハット形のヘアピン。どんなものにも無関心なようでいて、しかし翡翠色に輝く赤い瞳は世界で一番美しい。そして、自分以外のすべてを嘲笑うかのような微笑み。
「日本を自分の家名の力で掻き回した女性が、自ら花の手入れをしてるとは思わなかったな」
冗談めかして言った。
「私だって思いませんでしたわよ。あなたのような人があんなことを手伝っておいて、ただの会社員になるなんて。しかもみんなのところを先に訪ねて回って、私を最後にするなんて……」
手厳しいな。
彼女は水を一口飲んで、大きな木の下の椅子に腰を下ろした。
「久しぶりだな、お嬢さま……よ、アオイちゃん」
「そうですわね……」
「ごきげんよう、アキト様」
更屋敷双葉。それが彼女の名前だ。更屋敷一族の当主で、かつては密輸から人身売買まで、あらゆる裏稼業に関わっていた。今はもうそういったことはやめている。
「相変わらず綺麗だな……しかも前より『大きく』なって」
俺はアオイちゃんのおしりをそっと触った。
「きゃっ!」
その瞬間、お嬢さまが懐からけん銃を取り出して俺に突きつけた。
「アオイにもう一度触れたら……生きて帰れると思わないでくださいね」
「やめてくれよ……冗談だって。お嬢さまは相変わらずかわいいな」
ご覧の通り、二人の間にある愛情は相当なものだ。俺がとやかく言える立場にはない、ゆりのカップルだ。
アオイちゃんは邸宅に戻ってお茶とお菓子を用意しに行った。毒でも盛られないといいが。
「最近はどうですか?」
「まあまあですわ……父が残した裏稼業をしなくていいようになって、ずいぶん楽になりましたわ……本当に感謝してますよ」
「何もしてないよ……やめたらどうかって言っただけだよ……口が軽かっただけだ……」
彼女は微笑んで空を見上げた。
「でも、あなたの言葉があったからじゃないですか……みんなが前に進めたのは……」
大げさだな。
「……そんなことないよ……俺なんてただの口だけ野郎だよ……人には前に進み続けろって言いながら……足踏みしてるのは俺自身だから……」
「…………」
「お嬢さまと一緒にいた時間は楽しかったな……危険な仕事で何度も死にかけたけど……でも正直に言うと、俺はただ運が良かっただけだって認めるよ……あんな目に遭ってよく生き残れたって……そのうえ、成功した友達ばかり周りにいるし……」
大口をたたいているように聞こえるかもしれないが、実際に俺は何度もお嬢さまの危険な仕事をこなしてきた。それで得た金で、ずっと食いつないできた。
彼女はしばらく聞いていてから、昔の話を持ち出した。
「優秀な人間を味方につけてみせると、私がいつか言ったこと、覚えてる?」
あんなとんでもない話、忘れられるわけがない。
「そのとき……お嬢さまは優れた人物を更屋敷グループの名の下に集めて仲間にしようとしてたな……中二病もいいところの言葉、誰が忘れるんだよ……」
「では、彼らと交渉していたのは誰だったかしら?」
「俺だよ……」
「そうでしょう……あなたには才能があるのよ、アキトくん……でなければ私はあなたを選ばなかった……誰も、あなたのことをそういう目で見ていないわ……もうそんなふうに思い込むのはやめてちょうだい」
彼女の言う通りだった。
「知ってるか?……あのくだらない会社を辞めてから一ヶ月になった……これじゃあまだ足踏みしてることになるのかな……」
今でもまだ、自分は何がしたいのかと考えている。
「いいじゃないですか……あなたにはやりたいことがあるでしょう……やりたいことをやればいい。周りはほっておけばいい……彼らが私たちの人生を決めるわけじゃないんだから……」
「…………」
それは、初めて会ったとき俺が彼女に言った言葉だ……まだ覚えていてくれたのか。
「私もたくさんの人を見てきたけど、あなたほど印象的な人はいなかったわ……だからあなたがどうすべきか、何を決断すべきかがわかるなら……あなた自身も、自分が何をすべきかわかってるはずよ……」
「……そうですね……」
俺は考えすぎていた。そして、自分がやりたいことが本当に未来に繋がるのかを考えすぎていた。踏み出すのが怖くて、結局何も始めないままでいた。
あの日まで……かつてVTuberになることを夢見ていた女の子が、ずっと追いかけてきた夢を諦めようとしていたあの日まで。
俺は夢を追うのが怖かった。彼女はどれだけ頑張っても夢に届かないことに絶望していた。
あのとき、俺は自分自身の姿を見たような気がした。だから彼女を助けようと決めた。
高校生一人のために五十万円を集めるなんて正気の沙汰じゃない……でも、それがわかっていても、俺はやり続けた。
まるで自分への言い訳をしているのかもしれない……菅原を助けることは、本当は何も行動してこなかった自分を認めたくないだけなのかもしれない。
でも今は決めた。
菅原を、本当に夢に届いてほしいという気持ちから助けると決めた。
理由は変わらない……彼女が好きだから。それだけだ。
「表情が明るくなりましたわね……」
彼女が穏やかな顔で言った。
「……ええ……」
これからは、はっきり言える。菅原を助けるのは、彼女が好きだからだ。
俺は立ち上がり、次のお客さんのところへ向かう準備をした。
「もう行くの?お菓子とお茶でも飲んでいかない?アオイの煎れた大吉霊茶、美味しいわよ……」
「すみません……もう行かないと……あ、そうだ……明日の夜七時に俺の家で星野の結婚のお祝いをやるんで……来られたら来てください」
「ふふ、もちろん行きますわ……ただ双子の姉がイギリスの用事で来られないけど……」
「じゃあミスさん(双子のお姉さん)にもよろしく。それとフロスちゃんのことも西尾に伝えておきます」
「ええ……お気をつけて……」
「あら……もう行ってしまったの」
「まあいいでしょう……ここに来てくれたということは、私に頼らずとも生きていけるということなんでしょうから……」
「そうなのですか?」
「ええ……考えてみれば……彼のような普通の人が、ずっとみんなを支えてきた。でも幸せになれなかったのは彼だけだった」
「…………」
「でも今は……ちゃんと手に入れたのよ。自分の力で。幸せというものを」
「たとえ離れていても……私たちはいつも強くいられる……私も、あなたも、西尾くんも、キヨミちゃんも、シンヤくんも、ナオちゃんも、スミちゃんも、スバルくんも、加東先輩も、郁朗くんも……そして彼も。アキトくんも」
「今の私たちは……それぞれ、自分が本当に求めているものを見つけたのだから」
10代の頃の私は、小説を書いても誰にも気に入ってもらえないのではないかと、いつも恐れていました。でも、今の私を見てください。実際に書いてみたら、多くの人に読んでもらえ、みんなに愛され、ずっと支えてもらえているのです。あの頃の自分がどれほど愚かだったか、今になって痛感します。もしあの時挑戦していなかったら、何も生まれていなかったでしょうから。




