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解けない呪い

 いきなりダイナードが動き出したので、慌ててロザンナさんも後を追ってくる。

 ダイナードはそれに構わず、強い視線で私を見つめたまま、歩みを止めない。

 私は目を逸らすことができず、ただ彼が近づくのを見ていた。


「カーティア、話があるんだ」


 目の前に来たダイナードは身をかがめ、私に視線を合わせて言う。

 私はどうしていいのかわからず、固まっていた。

 私が口を開く前に、ユリスが私を背中に隠すように、ダイナードに立ち塞がる。


「カーティアは俺のパートナーだ。お前は自分のパートナーの相手をしろよ。ロザンナさんがかわいそうだろう」

「パートナー……?」


 ユリスが顎でロザンナさんを指し示して言うと、ダイナードはハッとして振り返った。

 ロザンナさんは甘えるようにダイナードの腕に手をかける。

 

「置いてけぼりはひどいです。ダイナード様がわざわざドレスを用意して誘ってくださったというのに」


(ドレスを……)


 私はダイナードにそんなことをしてもらったことはない。

 やっぱり本気の人には違う対応をするのね。

 悲しみが胸に広がり、彼をあきらめることにしたのは正解だと改めて思った。

 それなのに、ダイナードはなにかを振り払うように頭を振って、訴えるように言ってきた。


「違う。カーティア、俺は――」


 切迫した顔でなにを言おうというのか気になったけど、ダイナードの背後の窓を黒い影が通り過ぎたのを見て、私は声をあげた。


「あっ、マーリス! 待って!」


 突然、大声を出した私に、ダイナードとユリスはポカンとして、ロザンナさんはビクッと身を震わせた。

 それに構わず、私は「ごめんなさい」とだけ言って、走り出した。

 見えたのはずっと探していた黒ネコの姿だった。

 きっとマーリスに違いないと思って、追いかけたのだ。


「マーリス! どこ?」

 

 呼びかけながら中庭に出たとたん、グイッと物陰に引っ張られた。

 黒ずくめの中、紫の瞳だけ爛々と光らせたマーリスだった。

 ネコ目をさらにつり上げて、文句を言ってくる。


「ちょっと、どういうつもり? あんなに大声で名前を呼ばれたら、ロジーナに逃げられちゃうじゃない! せっかく魔力を探知したから特定しようとしてたのに」


 どうやら探していた魔女の気配を感じたところを邪魔してしまったらしい。

 でも、文句を言いたいのはこっちのほうだ。

 私も精一杯目を尖らせて迫った。


「探してるっていう魔女のこと? それは悪かったけど、そんなことより呪いを解いてよ!」

「そんなことじゃないわよ! 事情を知ってるの? それなら重要性がわかるでしょう? 放っておいたら災厄を撒き散らすんだから。ん? 呪いってなによ?」


 災厄を撒き散らすとは聞き捨てならないと思ったけど、それより身に覚えがないというようなマーリスの態度に腹が立つ。


「あなたが私にかけた魔法のことよ! 好きな人と二人きりになると裸になるなんて、呪いでしかないわ。早く解いて!」

「あぁ、あれのことね。呪いなんて失礼だわ。話が早いじゃない。それなら高確率で男は落ちるし、それでなびかない男は脈がないんだからあきらめたらいいだけだわ」


(脈がない……。その通りよ)


 改めて現実を突きつけられると、胸が痛くてたまらない。

 ついふてくされた声で言ってしまう。


「もう結果は出たわ。あきらめることにしたから、魔法を解いてよ」

「無理よ。あの魔法は好きな人と結ばれるか、あなたが本当にあきらめるまで消えないわ。あぁ、こっぴどく振られても消えるかも」

「ウソでしょう?」


 魔法をかけたときと同じく、一瞬で消してもらえるものだと思っていたのに、愕然とした。

 そして、私がいつまでもダイナードをあきらめきれてないから、魔法も消えないのだとがっかりもした。

 彼を見るだけで失恋の傷口がジュクジュクと痛むのに、完全にあきらめられるのはいつになるのだろうと気が遠くなる。

 それでも、ダイナードの口から傷つくとわかっている言葉を聞きたくはないし、呪いを消すのは困難なのだと悟った。


(ダイナードと二人きりになってはいけないという戒めになっていいのかしら?)


 そもそも彼と会わなければ裸になることもないし、その顔を見ないうちに忘れられるかもしれない。

 沈み込む私に同情したようで、マーリスが謝ってくる。

 

「……なんか、ごめんね。お礼のつもりだったのに」

「ううん。ちょうど引き際だったのよ。遅かれ早かれ失恋してたわ」


 私は頑張って笑みを作り、首を横に振った。

 そこへ私を探す声がした。


「カーティア、どこだ?」


 それはユリスの声だった。

 パートナーを放り出して、ここに来てしまったことに気づいて申し訳なくなる。


「じゃあ、私はもう行くわね。会場で一瞬、秘宝の魔力を感じたのよ。もう逃げちゃったかもしれないけど」

「ごめんなさい。早く見つかるといいわね」

「あっ、そうだ、これをあげとくわ」


 マーリスは小さな銀色の筒を渡してきた。

 どうやら呼び笛に見える。


「私に用があったり、あやしい人を見つけたら、これで呼んで。それを吹くと魔力で私に伝わるから。……それ、お守り代わりにもなるし」

「お守り?」

「邪悪な魔法を跳ね返すの」

「ありがとう。でも、そんな貴重ものをもらってもいいの?」

「……おわびだから」

 

 マーリスなりに変な魔法をかけたことを反省しているようだ。

 本人が言っていたように、彼女は本当に善い魔女なんだなと思う。

 照れ笑いを浮かべたマーリスはまたネコの姿になって、ぴょんと窓の出っ張り部分に飛び乗った。

 身軽な彼女を見送ってから、私は笛を大事にポケットにしまった。

 そして、ユリスの呼びかけに答える。


「ここよ、ユリス。ごめんなさい」


 私が出てきたのを見て、ほっとした様子でユリスがぼやく。


「急に走っていって、なにごとかと思ったぞ。なにがあったんだ?」

「ごめんね。探してた人を見つけて追いかけてきちゃったの」


 もう一度謝ってから、ぼやかした理由を告げた。

 魔女を探してたなんて言うとまたややこしくなると思って。

 すると、ユリスが目をすがめて聞いてくる。

 

「男か?」

「え? 女性よ」

「そうか。それで会えたのか?」


 なぜそんなことを聞かれたのかと不思議に思いつつ答えたら、彼は視線を緩めた。

 自分というパートナー以外の男性を追いかけたのかと誤解して不機嫌になったのかもしれない。

 ユリスはプライドが高いから。


「おかげで捕まえて話ができたわ。ありがとう。戻りましょうか?」

「そうだな。お前の好きなデザートもまだ食べてないしな」

「そんなに食いしん坊じゃないわよ」


 頬をふくらませた私の手を取り、ユリスは広間へとエスコートしてくれた。

 さりげなく置いてきたダイナードとロザンナさんの姿を探すと、目ざとく気づいたユリスが教えてくれる。


「ロザンナさんが気分が悪くなったらしく、ダイナードは送っていったよ」

「そうなの……。来たばかりで気の毒ね。大丈夫かしら?」

「青褪めてはいたけど、しっかり歩いていたから大丈夫そうだ」

「それならよかった」


 ダイナードと彼女が一緒にいると考えるだけで、胸がチリチリとするくせにしらじらしくそんなことを言う自分が嫌になった。

 ユリスは私をイスに座らせ、給仕からドリンクを取ってくれた。


「デザートを取ってきてやるから、ここにいろよ」


 落ち込んでいるのがばれているようで、ユリスは私を元気づけようとしているみたいだ。

 戻ってきた彼の手には、チョコレートがかけられたフルーツやエクレアなど、私の好きなものばかりが載ったお皿があった。

 思わず顔がほころんで、お礼を言う。

 

「ありがとう」

「こんなことでお前が喜ぶのなら、いくらでも?」


 彼のほうもキラキラした笑顔を浮かべて、そんなことを言ってくる。

 なんだかユリスが優しくて、戸惑った。

 帰りの馬車でも、ユリスは気づかいのできる完璧なパートナーだった。

 屋敷に着いて、彼の差し出す手につかまり馬車を降りると、私は感謝を告げた。

 

「今日は本当にありがとう。ユリスがパートナーになってくれてよかったわ」

「こちらこそ、夢のようだった」

「大げさね。私にまでそんな言葉を遣わなくてもいいのに」


 女性を口説くときの癖が出たのか、ユリスがキザな言葉を使うから、私は笑った。

 でも、彼は真剣な目でじっと見てくる。


「いや、お前だから言ってるんだ」

「えっ?」

「お前のパートナーになるのを夢見ていたし、これからもそうしたいと思ってる」

「これからも?」


 今夜一回限りの話ではなかったのだろうかと驚いて見上げるも、微笑んだだけでなにも答えないまま、ユリスは私の手の甲にキスを落とし、踵を返した。

 「おやすみ」とつぶやいて。

 どういうつもりかわからなくて、私はただその背中を見送った。

 やたらと速くなった鼓動を感じながら。

 

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