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舞踏会

 王立舞踏会の日は、昼からお風呂でメイドに身体を磨かれ準備をされた。

 ダイナードと行くのではないから、正直、私は適当でいいと投げやりだったのに。

 言われるがままドレスを着て化粧を施されて、準備が整ったころ、ユリスが迎えに来た。

 

「きゃあ、ユリス様よ!」

「間近でお目にかかれるなんて!」


 メイドたちがきゃあきゃあと騒いでいる。

 癖のある前髪を上げて、騎士の正装に身を包んだユリスは貴公子然として、キラキラ光を振り撒いているようだった。

 騒がれるのには慣れているから、微笑みを浮かべ、軽く手を振るサービスまでしている。

 いっそうにぎやかな歓声があがった。

 

(本当にお調子者なんだから!)


 なんでいつも軽薄にふるまうのかしらと、幼なじみの将来が心配になる。

 ユリスだっていい歳なのに、婚約者どころか決まった相手さえいないなんて、なにを考えているのかと思った。

 そのおかげで今回は私のパートナーをしてくれるのだけど。

 そんなことを思われているとは想像もしていないだろうユリスは、玄関ホールに出てきた私に気づくと、きらめく笑みを向けてくる。

 それはいつもの皮肉げなものではなく、女性があこがれるのもわかるほど魅惑的なものだった。

 彼が私をからかう様子がないのはめずらしくて、そんな顔もできるのだとドキリとしてしまう。


「やぁ、カーティア。ドレスアップした姿も美しいな。赤いドレスがよく似合ってる」

「……今日はどうしちゃったの、ユリス? 熱でもない?」


 エスコートしようと手を差しだし、礼儀正しく私を褒めてくれたユリスに私は目を見張った。

 まるで恋人を迎えに来たような態度を取られると、調子が狂う。

 その手を取る前に、彼の額に手を当て、熱を計る。

 特に熱くはないようで、首をかしげた。

 いつもならここで憎まれ口が返ってくるところだけど、今日のユリスは違った。

 にっこりと笑った彼は、私の手を取り、自分の頬を摺り寄せたのだ。


「記念すべき日だからな」


 甘ったるい目をするユリスに動揺してしまう。

 後ろでメイドたちのキャアキャア騒ぐ声が聞こえる。


「な、なんの記念なの?」


 さりげなく手を引っ込めて、尋ねてみた。

 こんなにユリスがご機嫌になる記念日とはいったいなんなのか、思い当たることがなかったのだ。

 ユリスは笑みを深めて、さらりと返してきた。


「初めてカーティアのパートナーになった記念日だ」

「えっ?」

「俺がどんなにこの日を待ち望んできたか知ってるか?」

「えぇっ! 本当にどうしちゃったの!?」


 まじまじと見上げた先には、言葉通り、喜びに輝いた顔がある。


(まさか本当に私のパートナーがうれしいなんてことはないわよね?)


 ユリスのことだから、真に受けることはできない。

 冗談か、からかっているのだろうと疑いのまなざしを向けたけれど、ユリスは本気で喜んでいるように見える。彼は聞いたことがないくらい弾んだ声で続けた。


「お前は今までダイナード以外、目に入ってなかったからな。まさかこんなチャンスが来るとは思ってもみなかったよ」


 それを聞いてようやく彼の意図がわかった。

 ユリスはひそかにダイナードに対抗心を燃やしていたのだ。

 だから、私がダイナードよりユリスを選んだこの状況を喜んでいるのだと理解した。


(勘違いしないでよかった。ユリスが私のことを好きなのかと思っちゃうところだったわ)


 私がそんな誤解をしたのがばれたら、またユリスに盛大にからかわれるところだった。気がついてよかったとほっと胸をなでおろす。


「ダイナードと張り合わなくてもいいのに」

「そりゃあ、張り合うだろう」

「そうなのね」


 男同士の友情ってよくわからないなと思いながら、肩をすくめた。

 

 ユリスのエスコートで馬車に乗り、王宮へ向かう。

 その道中もユリスはパートナーらしく、巧みな話術で私を楽しませてくれた。

 いつもの意地悪な彼は影をひそめて、女性にモテるのも納得の歓待っぷりだった。

 ダイナードのことを考えては落ち込んでいた私をそれとなく気遣い、おもしろい話をして笑わせてくれた。


(こんなにユリスと穏やかに過ごせるのは初めてね)


 別人のような彼に不思議な気持ちになる。

 その話術に乗せられて、うっかり街に新しくできたカフェへ行く約束までしてしまった。



 舞踏会会場は王宮の大広間だ。

 中に入った瞬間、まばゆい空間に出迎えられる。

 彫刻で飾られた金の燭台の上に何千というロウソクが並べられ、辺りを煌々と照らしていた。

 頭上にはいくつものシャンデリアが吊り下がり、光を反射してクリスタルがきらめいている。

 贅を尽くした色とりどりのドレスに身を包んだ女性たちと華やかな刺繍入りコート姿の男性たちが笑いさざめいていて、豪奢な空間に彩りを加えていた。

 そこへユリスとともに入っていく。

 チラリと辺りを見回したけれど、ダイナードはまだ来ていないようだ。


「本当に騎士団長とご一緒じゃないのね」

「なんでユリス様と?」

「ダイナード様の次はユリス様に手を出すなんて!」


 私たちを見て、周囲がざわめいた。

 主に女性からの声が多かったのは、やはりダイナードとユリスの人気ゆえだろう。

 私の赤いドレスは、ダイナードの紺色の軍服の差し色の赤と合わせて仕立てていた。

 だから、同じ軍服姿のユリスと私はまるで色を合わせたように見えたのだろう。

 私たちが特別な関係だと誤解された気がする。


(まぁ、いいわ。そうでないことは、ユリスが如才なく否定してくれるはず)


 誤解を解いて回ることもできず、私は肩をすくめ、放っておくことにした。

 知り合いに挨拶しながら、奥の方へ向かう。

 つい目がダイナードの姿を探してしまうけど、やっぱり彼はいなかった。

 そのことにがっかりするような、ほっとしたような複雑な気分だ。

 

 ほどなく壇上の国王陛下が王太子殿下のご生誕を祝う挨拶をされ、舞踏会が始まった。

 楽団が優雅な演奏を始め、王太子殿下と妃殿下がフロアの中央に出てこられる。

 ファーストダンスだ。

 そのあと、それぞれが自由にダンスや歓談を楽しむいつもの流れだ。

 私は隅に用意されている軽食をつまんで時間をつぶそうと思っていたのに、隣にいたユリスが向き直って言ってきた。


「一曲お付き合い願えますか?」


 彼はキザに胸に手を当て、会釈して見つめてくる。

 パートナーにダンスを誘われて断るわけにはいかない。


「……えぇ、いいわ」


 いつもと違う誘い文句に戸惑いながら私がうなずくと、ユリスはうれしそうに顔をほころばせた。

 今までも彼と踊ったことはあるけれど、「踊るか? お前が足を踏まないか確かめてやるよ」というようなおざなりなものばかり。こんな正式にダンスを申し込まれることなどなかった。


(ユリスって、こんなにかっこよかったっけ?)


 意外な思いで、幼なじみの顔をしげしげと眺める。

 彼との関係はずっとケンカ友達のようだった。

 ユリスがからかってきて、私が怒り、ダイナードがなだめるというパターンができていた。

 そばにダイナードがいなくて、まるで紳士なユリスと過ごす日が来るとは思っていなかった。

 

 ユリスは私の手を取り、腰に腕を回す。

 ワルツが流れ出し、私たちは踊り始めた。

 なにをやらせても器用なユリスはダンスも上手で、私を丁寧にリードしてくれるから、踊りやすい。


「 なぁ、本当にダイナードのことはあきらめたのか?」


 踊りながら、ふいにユリスが聞いてきた。

 私は胸を痛めながらもうなずく。


「そうよ。もうダイナードの重荷になるのは止めたの」


 考えたら、ユリスはしょっちゅう『その気がないダイナードにいつまでしがみついているんだ?』と言っていた。親友の彼はダイナードが私を妹分以上には見れないと知っていたのだ。

 ロザンナさんに言われるよりもっと早くユリスの言葉に耳を傾ければよかった。


「……私に必要なのはユリスだったのかもしれない」

「ようやくわかったか!」


 私がつぶやくと、ユリスがやけに弾んだ声でぐっと腰を引き寄せてくる。

 ダイナードに勝ったと思って喜んでいるようだ。

 そんなことで競わなくてもいいのに。

 ご機嫌な様子のユリスとのダンスを終え、壁際に移動したとき、ダイナードの姿が見えた。隣に微笑みを浮かべたロザンナさんを連れている。

 腕を組んだ二人は美男美女でお似合いだった。

 ズキリと胸が痛む。

 今まで私がいた場所。もう手放した場所。

 そこはすぐに埋まってしまうのね。

 当たり前のことなのに、ショックを受けてしまう。


「結局、ロザンナを選んだんだな。興味なさそうだったのにな」


 私の視線を追ったユリスが意外そうな声でつぶやいた。

 私みたいに義理の相手ではなく、ダイナードが自分で選んだ人。それがロザンナさんなんだ。

 二人はダンスでもするのか、中央へと進んだ。

 切なくてそれ以上見ていられなくなり目を逸らそうとしたら、ふいにダイナードがこちらを見た。

 バチッと目が合ってしまう。

 すると、ダイナードが顔をしかめた。

 衆目の中、断ってしまったから私なんかもう見たくもないのだろうかと自虐的に思う。そんな人ではないと知っているのに。

 だけど、次の彼の行動は予想外のものだった。

 ロザンナさんの腕を振りほどいて、ズンズンと大股で私のほうに向かってきたのだ。


(もう放っておいてくれたらいいのに。どうして……?)


 私はダイナードを見つめながら、立ち尽くした。

  

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