パートナーは誰?
男爵家に戻った私は、決心が鈍る前にお父様の執務室を訪ねた。
今から言うことを考えると涙が出そうになるけど、目に力を入れて、グッとこらえる。
深呼吸をして、気持ちを落ち着けてから、口を開いた。
「お父様、お話があります」
「おぉ、どうした、怖い顔をして? 王宮でなにかあったか? だから働かなくていいと言ったのに」
下級貴族令嬢は王宮で働いて結婚相手を探すのが流行りだったけど、もちろん私はそのためではなく、ダイナードに会えるから王宮での勤務を希望した。
だけど、お父様からしたら結婚相手は決まっているのだから、ムリに働く必要はないと言ってくれていたのだ。
考えてみたら、ダイナードと結婚しないなら、私も相手を早く探さないといけない。
同い年の女性は皆すでに婚約者がいる。そんな年ごろだ。
(ダイナード以外の人なんて考えられるの……?)
疑問に思うけれども、結婚しないわけにはいかない。
お兄様亡きあと、私が婿養子を取って、ディルール男爵家を支えていかなければならないからだ。
ダイナードは次男だから、その点でも都合がよく、皆が彼と私はいい組み合わせだと思っていた。
ただ一人、ダイナード本人にその気がなかったのだけど。
彼のいない未来を想像するだけで、行く手に果てしない暗闇が広がっている気がする。
だとしても、私はダイナードを解放すると決めたのだ。
息を吸ってお腹に力を溜め、意を決してお父様を見上げる。
「……お父様、私はダイナードと結婚しません。だから、いいご縁があったら紹介してください」
「なに!? どういうことだ!」
驚いたお父様はバンッと執務机に手をついて、イスから立ち上がった。
その剣幕に私のほうも驚いてしまう。
お父様は私のそばまで来て、詰め寄ってきた。
「ケンカでもしたのか? また、お前がなにかわがまま言ったのだろう? 私も一緒に謝ってやるからファッジオ伯爵邸へ行こう」
「違います。ダイナードは私と結婚する気がないってわかっただけなんです。だから、あきらめることに――」
「なんだと!? ここまで引っ張っておいてそれはないだろう! 無責任だ!」
お父様が今度は別の意味で烈火の如く怒りだしたので、 私は慌ててなだめた。
ダイナードが責められるのは嫌だったから。
「でも、今までダイナードになにか言われたこともないし、私たち、婚約どころか、なんの約束もしてないんです。私が一方的に慕っていただけで。ダイナードは優しいからお兄様の代わりに相手をしてくれていただけなんだと思います」
「……それはそうだが、こんなかわいいお前になびかないなど信じられん」
むぅっとした顔でお父様が親バカ発言をする。
その様子に胸が温かくなって、私は思わず笑ってしまった。
私はちゃんと愛されている。ダイナードがいなくてもやっていける。きっと。
「だから、もうダイナードを解放してあげようと思うんです」
「わかった。それなら早急にお前の結婚相手を探さないとな。だが、来週の王立舞踏会のパートナーはどうするんだ?」
「あ……」
今度の舞踏会は、王太子殿下の生誕祝いの場だ。
当然のようにパートナーはダイナードに務めてもらおうと思っていた。
でも、もうそうすることはできない。
かといって、欠席するわけにもいかない。
「それまでに誰か見つけます」
「見つからなければ、私が務めるが……」
「お父様はお母様のパートナーでしょう?」
「たまには両手に花でもいいじゃないか。うん、むしろそれがいい」
自分がお母様と私と腕を組んでいる姿を想像したようで、お父様はまんざらでもない顔つきになる。
大真面目におっしゃるお父様にふふっと笑みが漏れた。
最悪、それをお願いするとして、まずは明日同僚のエドアルドにでも頼んでみようと思った。
翌日、昼休みになり、さっそくエドアルドの席に近づいた。
彼は真面目で感じのいい人だった。少々内気なせいか、いつも舞踏会は一人で参加している記憶があったから、私から誘ってみようと思ったのだ。
「ねぇ、エドアルド。来週の舞踏会のパートナーって決まってる?」
「いや、まだだけど……」
「それじゃあ、私のパートナーになってくれない?」
単刀直入に言った私に、エドアルドはギョッとして目を真ん丸にした。
失礼ね。そんなに驚くことないじゃない。
「で、でも、君には騎士団長がいるじゃないか」
「これからダイナードには頼まないことにしたの」
「っ!?」
「えぇー!」
私がそう言うとエドアルドは絶句していたけど、代わりに周りの女性から驚愕の声が漏れた。
それだけでも、私がダイナードの恋のチャンスを奪っていたことに気づく。
(やっぱりダイナードはモテるわよね。かっこいいもの)
チクンと心が痛むけど、もう彼の邪魔はしないと決めたのだ。
改めてエドアルドを見つめて答えを待つ。
彼は挙動不審に目をうろつかせていた。
「……悪いんだけど、騎士団長の代わりはできないよ。それに……」
彼はちらりと横の席のマルリを見た。
それで私はピンときた。
エドアルドはマルリを誘いたかったのだと。
でも、勇気がなくて、まだ誘えていないらしい。
「わかったわ。エドアルドは誘いたい人がいるのね! 頑張って! 応援するわ」
「う、うん。ありがとう」
マルリも穏やかな優しい人だから、二人はお似合いだと思う。
うまくいくといいなと思いながら、私は次のターゲットを考えた。
同じように何人かにアタックしたけれど、来週のことだからもう相手が決まっている人が多かった。
ダイナードと比べられるのは嫌だと言う人もいて困惑する。
(なかなか見つからないなぁ)
翌日も断られ続けた私は、食堂で料理をつつきながら溜め息をついた。
落ち込んでいると、断りもなく私の前に誰かが座ってくる。
驚いて顔を上げたら、ユリスだった。
「舞踏会のパートナーを探してるそうじゃないか。とうとうダイナードをお払い箱にしたのか?」
いつものニヤニヤ笑いでユリスは聞いてくる。
私が困っているのがおもしろいらしい。
それに、ダイナードを貶すような嫌な言い方だ。
私は腹を立て、きっぱり否定した。
「違うわ! 頼むのを止めただけよ」
「つまり、相手がいない、と」
「ユリスには関係ないでしょう! だいたいなんで知ってるのよ」
「昨日からすごい噂だぞ? フリーになったダイナードはパートナーの申し込みがすごくて大変そうだったな」
ユリスが肩をすくめて言う。
私は相手探しが難航しているというのに、ダイナードにはいくらでもパートナーになりたがる女性がいるのだと思い知らされた。
(舞踏会ではダイナードは私以外の人と踊るのね……)
当たり前のことなのに、胸が痛む。
だけど、強がった私は平気な顔をしてみせた。
「ふ~ん、そうなのね。それで?」
そう返したら、ユリスは少し驚いたように眉を上げ、私を観察するようにじっと見つめてきた。
いつになく真剣な顔つきで、私の本音を探ろうとでもしているようだ。
そして、ぼそっとつぶやいた。
「……俺がパートナーになってやろうか?」
「えっ?」
小さな声だったけど、しっかり耳に届いた提案は思いがけないもので、私は目をぱちくりさせた。
つい真に受けてしまったものの、いつものからかいの延長線上かもと考えて、疑い深く確かめる。
「本気で言ってるの?」
「あぁ、本気さ。どうせダイナードのあとは荷が重いとでも言われて断られてるんだろう? 高スペックな俺なら、そんなことを気にする必要もないし、困っている幼なじみの悩みを解決してやるよ」
さっきほどと違い、ユリスはいつもの調子で皮肉っぽく恩着せがましいことを言ってきた。
自分で言うなと思ったものの、実際、彼は条件だけ見ればかなりの優良株だった。
金髪碧眼で黙っていればキラキラしたとびきりの男前。
ダイナードと一緒で伯爵子息だし、騎士団の副団長で、口が回るからモテるらしい。
王宮内でダイナードと人気を二分しているそうだ。
(むかつくことに、私以外の女性には優しいそうね。キザなセリフを吐くって噂だし。ん? 私はそんなセリフ聞きたいんじゃないわ。ダイナードのほうが遙かに素敵なのに、同じくらい人気なのが腹立たしいだけよ)
ユリスは毎回パートナーを変えていて、決まった人はいないと言われている。
『こんなに世の中には魅力的な女性がいるのに一人に絞れないよ』とうそぶいているそうだが、それがまかり通ってしまうのはどうかと思う。
(やっぱり誠実なダイナードのほうが圧倒的にいいわ!)
そう思ったものの、困っているのはたしかだ。
気まぐれで、ユリスが今回のパートナーに選んでくれるというなら、話に乗ってもいいかもしれない。
なんせ、私には時間がないのだから。
今回だけお願いして、次回の舞踏会までにゆっくり相手を探したらいいかと妥協することにした。
「じゃあ、お願い――」
「カーティアのパートナーは俺だ」
突然横から現れて私の言葉を遮ったのはダイナードだった。
驚きすぎて、心臓が飛び出すかと思った。
(どうして!?)
まるで私を譲らないとでも言うかのようなセリフに、もしかしてと期待を持ってしまう。
私が口をパクパクさせてなにも言えないうちに、目の前のユリスは眉を寄せて、ダイナードに苦情を言った。
「おいおい、カーティアは今、俺をパートナーにするって言ってたんだ。邪魔するなよ」
すると、ダイナードのほうも目を尖らせて彼をにらんだ。ユリスとは仲がいいはずなのに。
これはもしかして嫉妬なのかしらとドキドキしながら見守っていたら、チラリとこっちを見たダイナードと目が合った。それなのに、彼はふいっと視線を逸らし、改めてユリスを見て告げた。
「俺はクラウディオにカーティアのことを頼まれたんだ。悪いが、彼女のことに責任があるのは俺だ」
(責任……)
それは私がもっとも聞きたくなかった言葉だった。
クラウディオとは亡くなった兄の名前だ。
やはりダイナードはお兄様に頼まれていたから私をかまってくれていただけだった。もしかしたらユリスの女癖の悪さを心配してくれたのかもしれない。
しゅるしゅると期待がしぼんで、みじめな気持ちになる。
「ダイナード、もうそういうのはいいから! あなたを解放するわ。今までありがとう」
悲しくなった私は一方的にそう告げて、立ち上がる。
そして、ユリスに目をやり、手を出した。
「ユリス、舞踏会のパートナーをお願いできる?」
そのしぐさは一時休戦だというつもりで、深い意味はなかったのに、ユリスはなぜかうやうやしく私の手を取り、甲に口づけた。
「喜んで、お姫様」
これが噂のキザなユリスね。
その姿は様になっていて、女の子たちが騒ぐのもムリないと思った。
新たなからかう手口だとわかっていたけれど、ドキリとしてしまう。たぶん、私の顔は赤くなっていただろう。こういうのに慣れていないだけだ。
腹立たしく思って、私は急いで手を引っ込めた。
案の定、ユリスはニヤリと笑っている。
その様子をダイナードは衝撃を受けたような表情で眺めていた。
ユリスと私がパートナーになるなんて思いもよらなかったのだろう。
自分でもこの流れが不思議だもの。
でも、スペック的にはダイナードが反対する余地はないから、ユリスでよかったのかもしれない。
「それじゃあ、よろしく、ユリス。じゃあね、ダイナード」
私は無理やり微笑みを作ってそう言うと、食堂をあとにした。




