やっぱり好き
「ネコちゃ~ん、マーリス、どこにいるの? 出てきて!」
その日、私は例の中庭で必死にマーリスに呼びかけ、彼女を探していた。
あの呪いが本当に発動するものだとわかったから、急いで解いてもらおうと思ったのだ。
ダイナードをあきらめる方針は変わらないけれど、今後ずっと彼に裸を見られつづける人生を送りたくはなかったから。
でも、マーリスは見つからず、逆に来てほしくない人が現れた。
「なにを探してるんだ?」
「きゃあ!」
回廊から顔を出したのはダイナードだった。
周りには誰もいなくて、とっさに身体を隠す。
「あ、あれ?」
手の下には布の感触があり、かえって驚いた。
二人きりになっているはずなのに、服は消えていなかったのだ。
安堵したけど、拍子抜けもした。
あの呪いは一回限りのものだったのかもしれない。
(なんだ、心配して損しちゃったわ)
ほっと胸をなでおろして脱力した。
ダイナードも同じように思ったのか、近寄ってくる。
「今日は大丈夫そうだな」
でも、彼が中庭に出たとたん、私の服は消えた。
「きゃあああ! もう、来ないで!」
「わ、悪い」
手で目を覆ったダイナードは謝りながらも、なぜか私のほうへ近づいてくる。
ふわりと彼の腕が私を引き寄せた。
自分の身体で私の裸を隠そうとしたらしい。
たしかにこれなら裸は見られないけど、抱きしめられているようで、心臓が跳ねて飛び出そうになる。
でも、もっと驚くことが起こった。
ダイナードが私に触れたとたん、彼の服まで消えてしまったのだ。
「っ!?」
初めて見た彼の裸は、引き締まった身体に筋肉が隆起していて、その肌には無数の傷跡があった。それは彼の戦歴を物語っているようだった。
(……筋肉って美しいのね)
あまりの異常事態にポカンとしつつ、しげしげとその肉体美を眺めてしまった。
でも、胸を横切る大きな傷跡が痛々しくて、なでようとしたとき、ハッと我に返る。
(なにしているのよ、私!)
私の反応に、視線を落としたダイナードは、自分の肌が露出しているのを見て、「うわっ」と叫んで飛び退った。
私から離れたら、無事に彼の服は戻ってきた。
でも、服が戻る寸前にあろうことか、全身が見えて、私の目に焼きついてしまった。
(……なんて破廉恥な魔法なの! なんでダイナードの服まで消えるのよ!)
うろたえた私は自分が裸だということを忘れ、立ち尽くした。
ダイナードはまた私の身体を隠そうというつもりか、自分の胸に私を引き寄せた。
こんなところを誰かに見られたら大変だ。
「ダイナード、離して!」
私はもがくけれど、どういうわけか彼は離してくれない。
すると、突然、二人の服が戻った。
(あれ?)
驚いている私たちに回廊から声がかけられた。
「お熱いね、二人とも。でも、場所をわきまえてくれよ」
ビクッと飛び上がって振り向くと、上司がからかうように見ていた。
彼は中庭には出てきていないけど、視線があるから二人きりという条件が破られたらしい。
(よかった。それなら、誰かに裸を見られることはないってことね。ダイナード以外……)
慌てて、ダイナードが私を解放する。
それを見た上司は笑って去っていった。
彼の視線がなくなったとたん、また私の服は消える。
魔法の発動条件は私が考えた通りだったらしい。
「ダイナード、回廊まで戻って」
ダイナードはまた目を覆いながら、回廊まで後退る。
彼が中庭から出たとたん、私の服もなにごともなかったかのように現れた。
どうやら回廊には誰かいて、二人きりではないという判定らしい。
逆に中庭では明確に二人きりだったから、呪いが発動したようだ。
まさか私に触れた人の服まで消えるなんて、どういう魔法なのよ!
(またダイナードに裸を見られた。それどころか見ちゃった……)
私は恥ずかしくて顔から火が出そうで、さっさとその場を去ろうとした。
だけど、がっしりした手が私の腕を掴んで、それを阻んだ。
「待て、カーティア。俺は君になにかやらかしたのか? なにか傷つけることをしてしまったのなら、謝るから言ってくれ」
実直なダイナードの言葉に胸を衝かれる。
彼はなにもしていないのに、私は一方的に避けて、嫌いと言ったのだ。
ダイナードからしたら理不尽で訳がわからないだろう。それが気になって、ここにやってきたのかもしれない。
申し訳なさに目を伏せて、謝った。
「ごめんなさい。ダイナードは悪くないの。すべては私の問題で……」
「だが、俺が嫌いになったきっかけはなんだ? 俺が嫌いでなくなれば、裸になることもないのだろう?」
指摘されて、もっともだと思った。だけど、嫌いになったわけではないから、きっかけなんて話せるはずもない。
(私がダイナードを好きでなくなれば、この呪いは発動しない)
彼の顔を黙って見上げる。
久しぶりにまともに見たダイナードの顔は、私にされた仕打ちを怒るでもなく、ただ幼なじみを案じているものだった。
この寛大で包容力のある彼にずっと守られてきた。
(好き。やっぱり好き……)
彼を見るだけで想いがあふれそうになる。
ムリだわ。この気持ちを消すなんて。
私は力なく首を横に振った。
「……しばらく時間がかかりそう。ごめんね」
「そうか。だが、どうして、こんなとんでもない呪いをかけられたのか教えてくれ。それでなにか対策できるかもしれない」
溜め息をついたダイナードはさらに聞いてきた。
彼が疑問に思うのは当然だろう。
呪いの存在なんて、自ら経験しなければとても信じられなかった。
私は細かいところをはしょって、説明した。
「この中庭で黒ネコを助けたら、それが魔女で、お礼にって魔法をかけられたの」
「お礼? あれが?」
「うん。悪気はなさそうだった。魔女協会所属の魔女は善い魔女なんだって」
「なんであんなのがお礼なんだ? ほぼ嫌からせじゃないか!」
いつも冷静なダイナードにしてはめずらしく憤慨しているようで、大きな声を出す。
それを聞いて、切なくなった。
見たくもない私の裸は、彼にとって嫌がらせレベルだったのだと思って。
でも、落ち込んだ様子を見せるとダイナードが気にするから、敢えて怒ってみせた。
「そんなの私にもわからないわよ! とにかく、その魔女のマーリスを見つけて魔法を解いてもらわないといけないの!」
「魔女協会のマーリスか」
「知ってるの?」
意外に思い聞き返したら、ダイナードがうなずく。
額に落ちかかった前髪を掻き上げて、教えてくれる。
ダイナードは身長差があるので、私と話すときはこうして身をかがめてくれるのだ。
そんな優しさが邪魔な私のことを我慢させていたのね。
(もしかして私はダイナードの結婚も邪魔してたんじゃない?)
二十七歳になるのに婚約者さえもいないダイナード。
彼の親のファッジオ伯爵もお父様も、そのうち私たちが結婚するのだろうと見守ってくれている気配を感じていた。私だって、二十歳の誕生日を迎えたら、今度こそプロポーズされるに違いないと愚かな期待を抱いていた。
だから、みんなが遠慮して、ダイナードに縁談を持ち込まなかったのだろう。
凛々しくて優しくて穏やかなダイナード自身、素敵だし、そこに騎士団長という地位もあれば、引く手あまたなはずだ。
(お父様にちゃんと言わなくちゃ。私たちは結婚しないって。ファッジオ伯爵にも伝えてもらわないと)
改めて言葉にするだけで、喉になにか詰まったように息苦しくなる。
その思考をダイナードの声が遮った。
「少し前にマーリスが挨拶に来たんだ」
意識を彼に戻して、私はその続きを待った。
「俺もそのときまで、魔女が実在するとは知らなかった。マーリスは王宮内に協会の秘宝を盗んだ魔女が逃げ込んだという情報があるから探しに来たと言っていた。協力要請というより、断りを入れたという態度だった。魔女のことは魔女が解決すると言って」
なんで王宮に魔女がいるのかと思っていたら、そういう理由だったらしい。
私は念のため、マーリスの姿を確認してみた。
「それって、黒髪でツリ目の美人さんだった?」
「あぁ。紫の瞳の。魔女は皆、黒髪で紫の瞳らしい」
「でも、そんな人、いっぱいいるわよね?」
黒髪はありふれているし、紫の瞳もさほどめずらしくはない。
どうやって探すのだろうと思ったら、同意したダイナードが補足してくれた。
「そうだな。でも、マーリスには魔力探知があるからわかるらしい。一応、青い石のついた菱形のペンダントを身につけている女性を発見したら教えてほしいと言われたが。それが秘宝なんだと――」
「マーリスと連絡つくの!?」
堂々と盗んだものを身につけているわけがないと思ったけど、それより『教えてほしい』という言葉に飛びついた。
マーリスが連絡先を残していったのかと思って。
私の勢いに押されてダイナードは身を引いた。それを見て、いけないと距離を取る。
複雑な表情をした彼は私の態度に対してはなにも言わず、代わりに先ほどの質問に答えた。
「マーリスというより、魔女協会の連絡先を置いていった。だから、協会経由で連絡が取れると思う」
「よかった! それならすぐ連絡を取ってくれる?」
「もちろんだ。連絡が来る前に、見つけ出せたらなおいいのだが。俺も探しておくよ」
「ありがとう」
そんな話をしてから、ダイナードと別れた。
(あれ? 今、普通に話せてたかも? この調子で自然に離れていけたらいいな。ただの幼なじみに戻るのよ)
離れたくないという心の叫びを無視して、無理やりそう考えた。




