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成長してるわ!

(ウソよ、ウソ。 そんなわけないわ。服が消えるなんて。ありえない)

 

 自分を納得させるように、私はブンブンと首を振った。

 マーリスがそう言っただけ。確証はない。

 

(いくらネコに変身できるすごい魔女だとしても、そんな魔法なんて聞いたことがないもの)

 

 だいたい、意味がわからない。

 なんで、好きな人と二人きりになると服が消える必要があるのか?

 マーリスは涙のお礼と言っていたけれど、どこをどうやったらお礼になるのか、私には理解できなかった。

 

 

 ネコの姿をぼんやりと見送った私はとりあえず、職場に戻った。

 いつ服が消えるんだろうとビクビクしながらも、午後の業務を始める。

 職場の同僚は好きだけど、服が消えることはなくて、安堵した。


(対象は恋愛で好きな人限定なのかな?)


 マーリスの魔法を本当に信じているわけではないけど、つい考えてしまう。

 どれくらい好きだったら服は消えるのだろうとか。

 家に帰って、両親に会ったけど服は消えなかった。

 なにごともなかったことにほっとしながら、腹が立ってくる。


(こんな魔法、恩返しでもなんでもないわ。もはや呪いじゃない!)


 失恋したばかりなのに、変なことに頭を悩まさないといけなくなって、むかむかする。

 そんな場合ではないと言うのに。

 でも、ふと違う考えが浮かんだ。


(反対に言ったら、好きな人と二人きりになったらだめってことよね?)


 万が一、魔法が本当に発動したとしても、ダイナードと会わなければ問題はないはずだ。

 ダイナードと二人きりにならなければ、この魔法は発動しないのだから。

 私はダイナードをあきらめようと思っていたので、ちょうどいいのかもしれない。


(あの魔女さんは逆説的に、見込みのない恋をあきらめさせてくれようとしてたのかな?)


 ダイナードに会いたいと思っても、服が消えるかもしれないと思えば、しかたなく我慢するしかない。

 そういう恩返しなのだと考えれば納得はいく。

 でも、去り際に『頑張ってね』と言っていたので、違うかもしれない。

 とにかく、私はダイナードから離れようと固く決意した。

 

 

 それから、私は廊下でダイナードを見かけても慌てて立ち去り、目が合っても手を振るだけで逃げた。

 さすがに不審に思ったのか、ダイナードから訪問したいと手紙が来たけれど、忙しいと断った。

 以前なら飛び上がって喜んだところだけど、部屋で二人きりになる可能性が高いのに、彼を招く危険を冒すことはできない。

 お互いに王宮で勤めているから、意外と接点は多かった。

 呪いがなければ、距離を置くこと自体、難しかったかもしれない。


 夜、ベッドで枕を抱きしめながら、ぼんやりと思う。

 このところ、寝つきが悪く、眠たいのに眠れない日々が続いていた。


(マーリスの呪いに感謝するべきかな。ダイナードとこんなに離れているのは初めてかも)


 それだけ、私の世界はダイナードで埋め尽くされていた。

 彼を想うとまだ胸がキリキリと痛む。キリキリどころか、胸が引き裂ける想いとはこのことかと実感するほどだった。

 会って、顔を見て、話がしたいと思う。

 こんな変な呪いをかけられたのよとおしゃべりがしたい。

 「なんだよ、それ」と、精悍な顔をくしゃりと崩して笑う様が見たい。

 ダイナード、ダイナード、ダイナード……。

 

(だけど、もうあきらめなきゃ)

 

 鼻の奥がツンとしたけど、涙をこらえて、私は決意を新たにした。

 もう彼の邪魔にはならないと。

 つらくてたまらないけれど、私から解放してあげようと思った。

 


 私がダイナードから離れたのはすぐ噂になったらしい。

 廊下でまたロザンナさんに会ったとき、教えてもらった。


「こんにちは。最近、鍛錬所に来てくれなくなったのね。騎士団長にも会わなくなったと噂で聞いて……。私が余計なことを言ってしまったからかしら? ごめんなさい。そんなつもりはなかったのよ」


 柳眉を下げて気遣ってくれるロザンナさんは本当に綺麗な人だった。

 紫の瞳を潤ませて謝ってくれる彼女につい見惚れてしまう。

 

(ロザンナさんみたいに大人っぽかったら、ダイナードも私を好きになってくれたかな……)

 

 そんなくだらないことを考えてしまって、私は苦笑してかぶりを振った。

 

「こんにちは、ロザンナさん。教えてくれて、むしろありがたかったです。邪魔になってるなんてまったく気づいてなかったので」

「邪魔だなんて! たまには顔を出してくださいね。騎士団長もさみしがってるのか、もらったお菓子の行き場がないと嘆いていらっしゃったし」

「……そうですね。そのうち。では、失礼します」


 お菓子なんて、騎士団のみんなで分ければいいのに。

 まるでお菓子の処分先がなくなったと言われているかのようで、ダイナードにとって私はその程度の存在なのかとむなしくなった。

 やっぱり離れて正解だったのだ。

 改めてそう思い、目を伏せて、唇を噛んだ。


 

  

 そうして我慢して我慢して我慢して、避け続けたというのに、とうとうダイナードに捕まった。

 それどころか、二人きりになって、本当に服が消えた。

 恥ずかしさとともに、痛烈に思い知らされる。

 やっぱり私はダイナードのことをまだ好きなんだと。

 だから、ダイナードの前でだけ魔法が発動してしまったのだと思った。


(もうあきらめるのよ!)


 自分に言い聞かせ、泣きたい気持ちで、私は心と真逆のことを叫んだ。

 

『嫌いな人と二人きりになると服が消える呪いにかかっちゃったのよ!』


 そうやってダイナードと決別しようとしたのだ。

 好き好き言っていた私からそんなことを告げられるとは思いもしなかったみたいで、彼は愕然とした顔をしていた。


 

 素っ裸でしゃがみ込んだ私を前にして、ダイナードはうろたえていた。

 そりゃそうだろう。

 人の服がいきなり消えたんだもの。

 魔女の魔法だって知っている私だって、いまだに信じられない。


(私の服、どこに行ったのよ!?)

 

 もしかしたらこれは悪夢かもしれないと期待して腕をつねってみたけれど、しっかり痛かった。

 

「とにかく、出ていって! あなたがここを出たら、きっと服は戻るわ」


 確証はないものの、服が消えたままということはないだろうと思って、ダイナードに言い放った。

 結果はどうであれ、彼に裸をさらしているよりはましだから。

 でも、ダイナードは出ていくのをためらって、聞いてきた。


「本当か? ちゃんと戻るんだろうな?」

「そんなの、わかんないけど、今の状態よりはましよ」

「そうか。じゃあ、ドアの陰に移動してくれ。開けたときに誰かに見られたくないだろう?」

「うん……」


 それはぜったい嫌だと思って、しゃがんだまま、後ずさりしてドアから離れる。

 情けない恰好に涙が出てくる。

 それを確認したダイナードはなぐさめるようにふわっと私の頭をなでてから、部屋を出た。

 そのとたん、ふわりとスカートの感触がして、服が戻ってきたのを感じた。


(私の服……!)


 そして、肩にはダイナードがかけてくれた上着がある。そこからは、彼の使っているさわやかな香水が薫ってくる。

 安堵した私はぺたりと座り込んでしまった。


「カーティア、どうだ?」


 ドアの外からダイナードの声がする。

 立ち去ったのではなく、優しい彼は私の心配をして、すぐそばに留まってくれていたみたいだ。

 

「大丈夫、服は戻ったわ。ねぇ、外にはほかに人はいる?」


 二人きりというのがどういう基準になっているのかわからないから、廊下でも油断できなかった。

 部屋を出たとたんまた裸になるのは嫌だ。

 私の意図が伝わったようで、ダイナードはすぐに返してくれる。

 

「あぁ、いるから出てこい」

「ううん、ダイナードはもう行って。あなたがいなければ問題ないから」

「そういうわけにはいかない。……あ、ちょうどいいところに、ユリス。ちょっと来てくれ」


 できればダイナードには立ち去ってほしかったのだけど、彼は承知してくれなくて、通りかかったらしいもう一人の幼なじみを捕まえたようだ。

 ユリスの整ってはいるけど軽薄な顔を思い浮かべて私は顔をしかめた。

 副団長でもある彼も兄と友達で昔なじみだけれども、この状況をもっとも知られたくない人物だ。

 でも、確実に二人きりではない状況を作ってくれたし、上着も返さないといけないから、私はしぶしぶ資料室から出た。

 ドアの前にたたずんでいたダイナードは私の服に目を遣り、ほっとした顔をする。

 私は彼の上着を差し出した。

 

「……上着、ありがとう」

「いや、なんの役にも立たなかったがな」


 服が消えたときを思い出したのか、眉をひそめダイナードが上着を受け取る。

 見たくもないものを見せられて、不快に思っているのかもしれない。

 居たたまれなくなった私は、彼に目を合わすこともできない。

 不自然な私たちになにか感じたのか、ユリスがからかってくる。


「なんだよ、意味深だな。いつもだったら、ダイナードにひっついて離れないのに。お子様のカーティアにもようやく情緒が育ってきたのか?」


 よそよそしい私の態度が意外だったらしい。

 ユリスはいじめっ子で、こうやって昔から私のことをバカにしてくるから嫌いだ。

 やっぱり今の状況をおもしろがってつっこんできた。

 私はふくれて、ユリスをにらんだ。


「私は大人になったの! それにユリスには関係ないじゃない。ほっといてよ」

「いやいや、幼なじみとして、いつまでも子どもっぽいカーティアを心配してるんじゃないか」

「それが余計なお世話だって言うの! 私だって成長してるわ! ねぇ、ダイナード?」


 つい、いつもの調子でダイナードに同意を求めると、彼は動揺したように視線をさまよわせた。

 そして、歯切れ悪く同意する。


「あ、うん……そうだな。成長してる……」


(ちょ、ちょっと、今なにを想像して成長してるって言ったの!?)


 恥ずかしくなった私は、ユリスに視線を戻して、「ほら、ダイナードもそう言ってるわ!」と主張した。

 ちゃんとダイナードから離れようとしているのだから、精神的に成長したわよねと切なく思いながら。

 本当に嫌なことばかり言うからユリスを好きではないのに、彼のほうは私をからかうのがおもしろいらしく、すぐ絡んでくる。

 まぁまぁと私たちを調停するのがいつものダイナードなんだけど、今日は様子が違った。

 私の腕を掴み、いきなり顔を近づけてきたのだ。

 ドキドキするから止めてほしい。


「カーティア、ぜったいにユリスと二人きりになるんじゃないぞ?」


 なにかと思ったら、真剣な顔でそんなことをささやかれて、きょとんとする。

 私の反応が不満だったようで、ダイナードが不機嫌な声で補足してきた。


「さっきみたいなことになったら大変だろ? 俺だったからよかったんだぞ?」


(そっか、”嫌いな人”と二人きりになったらって言ったんだった)


 私とユリスの仲の悪さを知っているから、彼と二人になったとき、裸になるのではないかと心配しているらしい。

 見当違いだし、『俺だったからよかった』という言葉にカチンとくる。


(ダイナードは私の裸を見てもなんとも思わないから安全だと言いたいの?)


 ムッとしたまま、掴まれていた手を外して、冷たく返した。


「ユリスとならそんなことにならないから大丈夫よ」

「なっ、俺はユリスより嫌われてるのか!?」


 ショックを受けたようにダイナードが今度は肩を掴んできた。

 それを振りほどいて、私は彼に背を向けた。


「私、仕事に戻るね」


 呼び止められる前に私は駆けだした。

「おもしろいことになってるじゃないか」とつぶやくユリスの声が聞こえたけど、振り向くことはしなかった。

 次会ったときに確実にからかわれるだろうと予期しながらも。


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